軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

勝利の栄誉を君に

「幼くして愛妻家という話は聞いていたが、よもや帝国ではなく妻に勝利を捧げるとは。中々に興味深い言葉だ」

アーウィン陛下は笑顔だけど、目の奥は笑っていない。

『レナルーテ王国出身の妻に勝利を捧げる。それはつまり、リッドは帝国ではなくレナルーテを重視するという意味か』

言葉の裏を読めばこんな感じだろうけど、これは想定内。

僕は動じず、にこりと目を細めた。

「バルディア家の嫡男である私が獣王戦に招待され前哨戦に参戦、勝利すれば帝国の名は大陸全土に轟き、威信を強めることでしょう。従いまして、私個人の勝利はファラに捧げたく存じます。どうかご容赦ください」

横目でエルティア義母様に視線を向けると、アーウィン陛下は僕の意図に気付いたらしく「なるほど……」と唸った。

「バルディアの偉業は帝国へ、リッド個人の勝利は妻に捧げることでレナルーテとの同盟が堅固であることを諸外国に知らしめる、ということか」

「ご明察の通りでございます、陛下」

僕が会釈すると、アーウィン陛下は「さすがだ、型破りな風雲児」と拍手を始めた。

「良い考えだ。エルティア殿、貴殿もこれなら納得できるのではないか」

陛下が拍手を止めて目をやると、エルティア義母様は畏まって軽く頭を下げた。

「はい、エリアス陛下も大変喜んでいただけるかと存じます」

彼女は頭を上げるとこちらを振り向いた。

「リッド殿。今のお言葉、しかと伺いました。獣王戦でのご活躍を楽しみにしております」

「お任せください。必ずや勝利してみせましょう」

胸を張って返事をすると、エルティア義母様はふっと表情を崩して陛下達に視線を向けた。

「アーウィン陛下、マチルダ陛下。私が申し上げることは、これ以上はございません」

「うむ。貴殿がリッドの言葉を伝えれば、エリアスやレナルーテの華族も納得するであろう」

「そうですね。エルティア殿、皆様によろしく伝えておいてください」

「畏まりました」

三人がそれぞれに納得した様子に、僕はほっと胸を撫で下ろしていた。

両陛下は帝国の頂点に立つ方だから、言葉一つでも間違えれば不敬罪になる可能性だってあった。

エルティア義母様もレナルーテ王国の頂点に立つ王の側姫だ。

彼女が本気で外交的圧力を掛ければ、ファラを帰郷させざるを得ない状況に持っていけるだろう。

三人が僕達の主張を聞いてくれたのは、バルディアの先代当主達が築き上げてきた信頼あってこそ。

加えて、父上と母上が皇帝の座に就く前から陛下達と親交を重ねていたことが大きい。

エルティア義母様も親交はまだ浅いけど、彼女が最も大事にしているものは『ファラ』の立場と将来だと理解している。

だからこそ、僕は『ファラに勝利を捧げる』という言葉を発したのだ。

まぁ、元々ファラに捧げるつもりだったけどね。

「ライナー様、ナナリー様」

エルティア義母様が両陛下から母上に視線を移した。

「この度、私の急な訪問を受け容れてくださったのにもかかわらず、あまつさえ不躾な質問をいたしましたこと。改めて、お詫び……」

「謝罪は不要でございます、エルティア様。貴女様の立場上、言わなければならないことは理解しておりますから」

彼女が頭を下げようとするも、母上は頭を振って制止した。

「しかし……」

エルティア義母様が困惑した様子を見せると、「ご納得いただけないのでしたら……」母上はそう言って破顔した。

「折角の機会ですし、私と『友人』になっていただけませんか。エルティア様」

「友人、ですか?」

「はい。私は闘病中のためファラとリッドの婚約、婚姻時にご挨拶もできませんでした。ですが、エルティア様とは何度か手紙でのやり取りもさせていただいておりますし、互いに全くの知らない仲というわけではございません。如何でしょうか」

「は、はぁ……?」

姿勢正しく座っているはずなのに、まるで母上が身を乗り出してエルティア義母様の両腕を掴んで目をキラキラさせているような雰囲気が部屋に漂っている。

エルティア義母様が意図を計りかねて首を捻ったその時、「ふふ」とマチルダ陛下が笑みを溢した。

「面白い話ね。どうせなら私も混ぜてくれないかしら」

「へぇ、マチルダは友人とは思えない発言が多々あったから、私達の親交は自然消滅したものだとばかり思っていたわ」

母上がくすりと笑って発した言葉に僕、ファラ、父上はぎょっとしてしまった。

でも、マチルダ陛下は気にする様子もなく「はぁ……」とため息を吐いた。

「ナナリー、茶化さないでください。貴女こそ私の立場は理解しているでしょうに。ちょっと意地悪が過ぎますよ」

「あらあら、それはごめんなさい」

軽い口調で母上が返すと、マチルダ陛下はむっと口を尖らせた。

「ナナリー。貴女、以前から肝が据わっていたけれど、磨きが掛かっていないかしら」

「そうでしょうか? ですが、闘病生活で何度か死線を彷徨いましたからね。そのせいかもしれません」

二人の明るい声が部屋を飛び交うと、エルティア義母様がきょとんとしながら「お二人は、本当にご友人でいらっしゃるのですね」と切り出した。

「えぇ、マチルダ陛下と私は学園時代からの友人です。今は互いに結婚して立場があるので、中々気楽に話せておりませんけれど」

母上がそう言って視線を向けると、マチルダ陛下はこくりと頷いた。

「エルティア殿、私達はそれぞれに立場があります。しかし、だからこそ色々とわかり合えることも多いかと。この機に親睦を深め、気が合えば友人となりませんか」

「……身に余る、有り難きお言葉です。お二人さえよろしければ、お言葉に甘えたく存じます」

マチルダ陛下と母上の熱視線に観念したのか、エルティア義母様は会釈して申し出を受け容れた。

でも、口元が少し緩んでいたように見えた気もする。

「……リッド様」

僕の隣に座っているファラがこそっと服の袖を引っ張り、小声を発した。

「どうしたの?」

「いえ、御母様って、人の懐に入り込むのがとてもお上手なんですね。母上があんなに嬉しそうに笑っているの初めて見ました」

「そうだね。僕も母上があんな風に話す姿を見たのは初めてだよ。でも、エルティア義母様はあれで嬉しそうに笑っているの?」

言われて見直すも、エルティア義母様は真顔に戻っていて普段通りに見える。

「えっと、さっき声の抑揚が変わって口元が少し緩んでいましたから。多分、内心はとても喜んでおられると思います」

「そうなんだ。ありがとう、僕も覚えておくよ」

どこからどう見ても普段通りなんだけど、ファラの目には違って見えるらしい。

やっぱり、そういうところに気付くのは親子だからだろうな。

「それにしても、ああしてお話している御母様の姿。リッド様がいきいきして話してる姿とそっくりです」

「え、そうかな?」

ファラに言われて改めて母上に視線を向ける。

いきいきしている母上は、人を惹きつけるような魅力的な輝きを放っているような気がした。

屋敷の皆の話では、病気になる前の母上は悪戯好きでかなりの行動力があったそうだ。

もしかしたら、あれでも抑えているのかもしれない。

でも……と、僕は首を捻った。

「……僕は母上とよく似ているって言われるけど。話す姿も似ているかな」

「えぇ、そっくりですよ。それとその、リッド様が仰った『勝利を妻に捧げる』という力強い言葉、本当に嬉しかったです」

ファラが頬を赤く染めて少し俯くと、僕は彼女の耳元に顔を寄せて小声で優しく囁いた。

「本心だからね。ファラと絶対に離れたくないし、離したくない。そのためなら勝利の栄誉は君に全て捧げるよ。それ以外のことは些末なことに過ぎないからね」

「あ、あう。や、やっぱり、リッド様はナナリー様そっくりです」

「え、どうして……?」

僕はきょとんとするも、ファラは顔をさらに赤くして深く俯いてしまった。

少しだけど耳が動いているから好意的に受け取ってくれているとは思うけど。

『ご馳走様です』

ふいに部屋の壁際で控えるアスナの声が聞こえた気がした。

ハッとしてちらりと見るも、彼女は姿勢を正して畏まったままだ。

気のせいかな、そう思った時「では……」とマチルダ陛下が切り出した。

「必要な話も終わりましたし、早速三人と娘達でお茶でも……」

彼女が目を細めたその時、アーウィン陛下が咳払いをして耳目を集めた。

「話を折って悪いが、それは次の用件が済んでからにしてくれないか。マチルダ」

「そうでしたね、陛下。申し訳ありません、つい楽しくて」

彼女が苦笑しながら決まりが悪そうに頷くと、陛下はやれやれと肩を竦めて僕と父上を見やった。

「さて、ライナー。私とマチルダに見せたいものがあるそうだな」

「……はい。しかし、別の場所に保管しておりますので、私とリッドでお二人をご案内いたしましょう」

「うむ、頼むぞ」

陛下はゆっくり席を立ち上がると、母上とエルティア義母様に視線を向けた。

「すまないが、少々席を外させてもらうぞ。ライナーとリッドに案内してもらう故、貴殿達はこのままゆっくりしておいてくれ」

「畏まりました」

母上、エルティア義母様、ファラに見送られるなか、僕と父上は陛下達を先導すべく席を立って退室した。

この場は何とか乗り切ったけど、次はいよいよ『闇歴史の書』を二人に目を通してもらう予定だ。

僕がズベーラから持ち帰った教国トーガとマグノリア帝国の関係に大きな影響を及ぼしかねない内容が古代マーテル言語で書かれた書物。

陛下達がその目で見て、一体何を思うのか。

まさか、運命の前倒しが起きるなんてことはないよね。

不安で胸のどきどきが鳴り止まない中、僕は屋敷の廊下を歩いて行った。