作品タイトル不明
ナナリー・バルディアの怒り
「陛下とエルティア様にお尋ねします」
母上は毅然とそう告げると、両陛下とエルティア義母様を鋭い視線で射貫いた。
「バルディアは帝国の建国以来この地を守り、国を死守して参りました。つい最近では、旧グランドーク家による唐突な侵攻を当家のみの兵力にて、多大な犠牲を払い撃退しております。この結果によって帝国、バルディアと国境を構えるレナルーテ王国。今日も両国の平穏が維持されていることをお忘れでしょうか」
「う……」
「む……」
アーウィン陛下、マチルダ陛下、エルティア義母様。三人揃って決まりが悪そうに視線を泳がせている。母上、なんて胆力と迫力だ。父上が真剣を用いて行う訓練同様、いやそれ以上の気迫と鬼気迫る目力だ。
母上の話も至極真っ当な正論で、もしバルディア家が旧グランドーク家に敗れていたとしたら帝国、レナルーテ、ズベーラの三カ国による戦争が起きていた可能性が高い。
当然、バルストやトーガも参戦してくるだろうから、大陸全土を巻き込む戦乱の世となっていただろう。
そう考えれば帝国、レナルーテの平穏を守ったのはバルディアとも言えるわけだ。
戦後処理で帝国とレナルーテは支援をしてくれているけど、狭間砦の戦いにはどちらも参戦は間に合っていない。
バルディアが属する帝国に至っては貴族達との議論が長引き、兵すら出すのが遅れている。
陛下達からすれば、この点は負い目の部分に違いない。
「そうですね。私が少し言い過ぎ……」
「マチルダ陛下。恐れながら私の言葉はまだ終わっておりません」
場を何とか和して雰囲気を変えようと口を開いたマチルダ陛下だったけど、母上がぴしゃりとぶった切った。
「ご、ごめんなさい。続けてください、ナナリー」
すごい。僕やクリス、父上すら舌戦で苦手とするマチルダ陛下がたじたじになっている。
母上は目を細めて会釈すると、新たな口火を切った。
「バルディア家は帝国に属する一貴族、政治の中心地である帝都から離れた辺境伯家に過ぎません。とはいえ、皆様はこれまで狭間砦の戦いにおいての戦没者、英霊となった者達のことにも触れず。あまつさえ、帝国の未来を考えズベーラの外遊に出向いて部族長会議、獣王戦への参戦という前例のない偉業を成し遂げた我が子リッド・バルディア、もといバルディア家への不躾な追求と要求の数々は聞くに堪えません。これが帝国の頂点に立つ皇族とレナルーテ王国の礼儀なのでしょうか」
母上の発する一言一句に、この場にいる誰もが息を呑んでいた。
僕の隣に座るファラに至っては、目を見開き、瞳を蘭々と輝かせている。
将来、ファラもああなるのだろうか。
素質は十分ありそうだけど、もしそうなったら僕はずっと彼女の尻に敷かれそうだ。
「もちろん、陛下とエルティア様も理由があっての追求と要求でございましょう。しかしながら、この場で必要なのは誠意ある言葉と感謝にて激励かと存じます。バルディアもといリッドは、皆様がそこまで心配するほど弱くもなければ、愚かでもありません。狭間砦の戦いの活躍で各国に『型破りの風雲児』という異名を轟かせていること、辺境のこの地で寝込んでいる私の耳にすら届いているのですから」
母上がにこりと目を細めると、部屋をひりつかせていた圧がすっと消えていく。
誰も彼もがほっと胸を撫で下ろす中、アーウィン陛下がため息を吐いて頭を振った。
「諫言、耳が痛い。国の行く末に関わること故、事を急ぎ我らが礼儀に欠けていたようだ。謝罪しよう」
「とんでもないことでございます。むしろ、私の言葉に耳を傾けて頂けたこと、心より感謝いたします、陛下」
母上が畏まって一礼して頭を上げると、「私もお詫びいたします」とエルティア義母様が切り出した。
「ナナリー様の仰った『型破りな風雲児』という異名。レナルーテにも聞こえ、エリアス陛下やレイシス王子も大変喜んでおります。どうか、不躾な言葉の数々をお許しください」
エルティア義母様が頭を下げようとするも、母上は頭を振って制止した。
「そのお言葉だけで十分でございます。ですが、先程のファラ王女を帰郷させるというお話は、この場で明確にお断りさせていただきましょう」
「……それは何故でしょう。恐れながら国同士の政であるため、この件はナナリー様にもご理解いただけるかと存じますが」
「理解はしております。しかし、ファラはバルディア家に嫁ぎました。リッドの妻であり、私の娘です。簡単に帰郷させることなど断じてできません。それに……」
母上はそう言うと、にこりと微笑んだ。
「ファラが帰郷させる必要性が出てくるのは、リッドが負けた場合のみでございましょう。失礼ながらエルティア様も両陛下も、負けると仮定したかのようなお話ばかりされているように見受けられます。獣王戦に参戦する当事者を前に、それこそが一番礼儀を欠いているとは思いませんか」
「う……」
なんてことだ。
エルティア義母様が痛いところを突かれた様子でたじろいでいる。
母上が本気で怒ると、皇族や王族ですら敵わないらしい。