作品タイトル不明
円卓での舌戦、怒りの微笑み
「……私がレナルーテより失礼を承知で急に訪問した理由。ズベーラで開かれる獣王戦にて、リッド殿がくれぐれも負けることがないようにという念押しでございます」
エルティア義母様が静かに凜とした声を響かせた。
「念押し、ですか?」
「そうです。時にリッド殿は、ご自分が他国からどう注目を浴びているのか、どれほどの自覚はお持ちでしょうか」
僕がたじろぎながら聞き返すと、彼女はこくりと頷いた。
ズベーラ外遊中にもカペラ宛を装って手紙を送ってこられたのに。更なる念押しで訪問してきたってこと⁉
エルティア義母様の行動力に驚きつつも、僕は「えっと……」と切り出した。
「バルディアは著しい発展を遂げていますから、将来性を見越して領地が多少注目を浴びているという認識ですが……」
失礼のないよう言葉を選んで答えると、エルティア義母様は射貫くような鋭い視線を向けてきた。
「恐れながら『多少』どころではありません。帝国内外、何処も彼処もバルディアとの関係強化を狙って動きが大いに活発化しております」
「そうね、エルティアの言う通りよ」
相槌を打ったのはマチルダ陛下だ。
扇子で口元を隠したまま、彼女は僕を見据えてくる。
全てを見透かすような視線に加え、とんでもない威圧感だ。
「目を見張る短期間での著しい発展、狭間砦の戦いに勝利し新政グランドーク家の後ろ盾となり、今回のズベーラ外遊もほぼ成功させて各地の部族長と親交を深めたと聞き及んでおります。今後のバルディアは帝国、いえ大陸全土の発展を先導していく存在となることでしょう。故に、国内外問わずリッドもといバルディアと懇意になろうとする輩は後を絶ちません。それは貴方達も知っての通りでしょう」
「それは……」
マチルダ陛下は僕と父上を交互に見やった。
多分、未だに届いている貴族令嬢達からの縁談やお茶会の招待のことだろう。
でも、どうしてそのことを知っているんだろうか。
こちらの疑問を察したのか、彼女はくすりと笑った。
「帝都で開かれる舞踏会、食事会、親睦会といった様々な社交界でバルディアのことが話題に上がらないことはありません。ちなみにどの会においても『リッド・バルディアに親書を送ったが、返ってきたのは妻を如何に愛しているのかの惚気だけ。幼くして父親同様の愛妻家で付け入る隙がない』だそうですよ」
「あ、あはは。そうなんですね。教えていただき恐縮です」
愛妻家と言われ、僕は照れ隠しに頬を掻いた。
ちらりと横に座るファラを見やれば、頬を軽く赤く染めて俯き、ちょっとだけ耳が動いていた。
帝国内の貴族令嬢達から届く縁談やお茶会への招待は、全て直筆でファラにどれだけ一途であるかを書き記してお断りをしている。
まさか、マチルダ陛下の耳まで届くほど社交界で話題になっているとは知らなかった。
「社交界で話題になる程度であれば、笑い話で済んで良かったのだがな」
アーウィン陛下がやれやれと頭を振って切り出した。
「まさか、ズベーラの獣王までしゃしゃり出てくるとは思わなかった。リッド、お前はセクメトスに相当気に入られたらしい。これを見てみろ」
陛下が懐から封筒を取り出すと、部屋の隅に控えていたティンクがすぐさま丁寧に受け取って僕に手渡してくれた。
「拝見します」
封筒の中から手紙を取り出して開くと、そこには見覚えのある達筆で鋭くも力強い文字が書いてあった。
これは『セクメトス』の文字だ。
驚きつつも内容に目を通していくと、僕は愕然とした。
『マグノリア帝国と獣人国ズベーラ。両国の親交と発展を見据え、バルディア家を獣王戦に招待した。
なお、獣王戦の本戦前にリッド・バルディアとヨハン・ベスティア王子の前哨戦を開催する。
この勝敗次第で将来におけるバルディア家と時の獣王の子供達による縁談を決めるつもりだ。
二国間の未来に繋がる良い案だろう?
獣王戦は獣人国にとって由緒正しき神聖な催しのため、帝国の皇帝であろうと口出しは無用に願いたい。
これもまた、二国間の未来のためにな。
では、ご機嫌よう』
セクメトスは獣王だから、一国の主という点ではアーウィン陛下達と同じだ。
とはいえ、大胆不敵過ぎる文言というか、ちょっと挑発的なような気がしてならない。
読み終えたのを察したのか、アーウィン陛下がため息を吐いた。
「獣王セクメトス。奴はこうと決めたら、てこでも動かん。かと言って、こちらが下手に出ればどこまでも踏み込んでくる厄介な相手だ。こうなった以上、リッドには何が何でも勝ってもらわなければならん」
「アーウィン陛下は、セクメトス殿をご存じなんですね」
「まぁ、互いに一国の主だからな。それに獣王戦が終わった後、新王となった者と連絡を取り合うことは恒例になっている。全く知らぬ仲、というわけではないさ」
陛下は僕の問い掛けに答えると、「しかし……」と話頭を転じた。
「帝国貴族と獣王の子息令嬢による将来的な縁談の申し出、二国間の未来で考えれば頭ごなしに否定することもないと思うのだがな」
「陛下、その件は何度もご説明したはずです」
その時、間髪を入れずにマチルダ陛下が静かに力強く言葉を発した。
「リッドは、レナルーテ王国のファラ王女と婚姻しているのですよ。妹のメルディは私達の息子キールと婚約しました。つまり、バルディアと縁談を結ぶだけでズベーラはレナルーテとマグノリアと強い繋がりを持てるのです」
「う、うむ。それはわかっている。だが……」
マチルダ陛下が威圧感を発しながら捲し立て、アーウィン陛下がたじろぎながら反論をしようとしたその時、「そして……」とエルティア義母様が口火を切った。
「未来におけるバルディアは今より発展し、リッド殿をはじめとする皆も成長して政治に多大な影響力を持っていることでしょう。そのバルディア家と縁談を結んだズベーラが、大人しくしているとは思えません。後ろ盾を得てこれ幸いと、バルストやトーガに攻め入る可能性が高いと存じます」
「そう、その通りです。帝国と大陸の安寧を願えばこそ、バルディア家とズベーラの縁談は断固として認められません。陛下、帝都で何度も申し上げたではありませんか」
マチルダ陛下は高らかに発し、扇子をぴしゃりと音を鳴らして畳んだ。
「わかった、わかった。そう睨むな、マチルダ」
陛下は頭を掻きながら僕達に視線を向けた。
「改めて申し渡す。リッド・バルディア、此度の獣王戦で負けることはまかりならん。何としてでも王子ヨハン・ベスティアを打ち倒し、その勝利を帝国に捧げよ。これは皇命だ」
「承知いたしました。必ずやヨハンに勝利してみせます」
畏まって即答しつつも、内心は穏やかじゃない。
ヨハンに負けるつもりなんてなかったけど、まさかここまで念押しされるなんて夢にも思っていなかった。
「良い返事だ。期待しているぞ」
アーウィン陛下がにこりと頷いたその時、「予めお伝えしておきますが……」とエルティア義母様が切り出した。
「万が一にもリッド殿が試合に負けた場合、ファラ王女は即座にレナルーテ王国へ帰郷させる所存です。ご承知ください」
「え……⁉」
ファラが目を丸くするも、エルティア義母様は動じずに続けた。
「レナルーテ王国がズベーラの後ろ盾ではないということを諸外国に発信するのが目的です。これまで相思相愛だったお二人が獣王戦の結果で別れると言うことになれば、レナルーテはズベーラとバルディア家の繋がりを認めていないということになりますので」
「そ、そんな。そんなの勝手すぎます」
ファラが両手で机を叩いて声を発するも、彼女は動じない。
「どうして声を荒らげるのです。ファラ王女、貴女とリッド殿の婚姻は国同士の繋がりを深めるもの。国の状況が変われば、役目も変わるのです。そう、教えたはずですよ」
「で、ですが……」
「落ち着きなさい、ファラ王女。いえ、ファラ・バルディア」
マチルダ陛下が再び扇子を開き、口元を隠しながら発した。
「皇族、王族、貴族とは国と民を背負い、生まれながら政治の中で生きる為政者なのです。二国間の関係が変われば、立場も変わるのは当然のこと。リッドと仲が良いのは結構ですが、その前にご自分の立場を理解した言動を行うべきです」
「う……⁉」
エルティア義母様とマチルダ陛下の鋭い視線に射貫かれ、ファラが言い淀んでたじろいでしまった。
二人の言うことは正論かもしれないけど、いくら何でも言い過ぎだ。
僕が口を開こうとしたその時、部屋全体が凄まじく冷たい圧に包まれる。
突然のことに驚き、言葉を失って圧の元を見やれば母上が目を細めて微笑んでいた。
でも、全身から凄まじい威圧感が発せられている。
なんてことだ。
母上が、あの優しくて慈愛に溢れている母上が怒っている。
いや、違う。
これは切れているんだ。
この部屋にいる誰もが母上のがらりと変わった雰囲気に気圧され、言葉を失っている。
「マチルダ陛下、申し訳ありません。私【わたくし】からも少しよろしいでしょうか」
「え、えぇ。もちろんです」
母上が目を細めたまま尋ねると、マチルダ陛下はびくりとして頷いた。
「それでは、僭越ながら申し上げます」
母上はそう切り出すとアーウィン陛下、マチルダ陛下、エルティア義母様をゆっくりと見渡した。
「皆様の発言を聞いておりましたが、バルディアを随分と軽んじておられるようですね。誠に残念です」
流暢かつ凜とした声ではっきりと告げた言葉に、部屋の空気がぴしりと固まった。
何も知らずに聞けば丁寧な言い回しだけど、この場に集まっているのは貴族と皇族のみ。
その意味は全く違って聞こえてくる。
『誰も彼も黙って聞いていれば不躾に好き勝手、言いたい放題言ってくれるものです。ここまで落度なく礼儀を尽くしたバルディアに随分とした口の利き方ですね。では、こちらも礼を尽くす必要はありません。私も好き勝手に言わせてもらいます』
要約するとこんな感じで、宣戦布告とも取れる言葉だ。
部屋を改めて見渡せば、三人は青ざめて唖然としていた。