作品タイトル不明
皇族と予期せぬ来訪者
ここ数日、バルディア家の新屋敷内は今までで一番慌ただしく、大忙しだったと言って良いだろう。
数日前、父上の口から母上やファラを始めとした皆に『皇族及び一部の貴族子息令嬢がバルディアを訪問する』という事実が告げられたからだ。
同時に僕が牢宮に誘われて迷い込み、フェイの助力を得て地上に戻ったこと。
加えて彼の自己紹介が行われ、バルディア家で受け容れる方向が説明されている。
この件も驚かれはしたけど、皆には意外とすんなり納得してもらえたから、今のところ大きな問題は起きていない。
それよりも問題となったのは、皇族が数日後に急遽バルディアを来訪するという事実だ。
皇族及び貴族の子息令嬢達を案内する視察行程の段取り、宿泊場所の用意から食事の準備まで僕と父上が多忙を極めたのは言うまでもない。
まだ闘病中ではあるけど、人前に少し出られるようになった母上がマチルダ陛下や令嬢達の受け入れ準備の指揮を執り、ファラとメル達がそれを支え、皇族であるキールが様々な助言をしてくれた。
この期間、フェイは文字の読み書きと地上の常識について、サンドラ達にみっちり教え込まれてげんなりしている。
バルディア関係者全員が寝る間を惜しんで頑張り続けた結果、どうにかこうにか受け容れ体勢は整い、皇族と貴族の子息令嬢の来訪当日となる。
なお、陛下達と子息令嬢達の帝都からバルディアまでの道のりは、木炭車と被牽引車【トレーラーハウス】で移動してもらうことにした。
馬車との違いは口で説明するよりも、体験してもらう方が早いからね。
バルディアに到着した両陛下と子息令嬢達は、帝都からバルディアまで快適な旅だったと喜んでくれて大成功だったと言って良い。
でも、僕は今、ここ数年で一番の修羅場を迎えている。
僕が今いる部屋は、バルディアの新屋敷にある一番格式の高い来賓室だ。
ドワーフのエレンとアレックスが指導している狐人族の子達と共に細部の装飾にまで拘って造られた調度品が並び、内装も金箔を使って豪華かつ気品ある造りになっている。
帝城の来賓室に勝るとも劣らないはずだ。
部屋の中央には黒檀で造られた円卓が置かれ、周囲には四つ足の一人掛け用ソファーが並べられている。
そして、そのソファーにそれぞれ七人の人物が腰掛けていた。
一人目は、リッド・バルディア。つまり、僕だ。
二人目は、僕の妻であるファラ・バルディア。
三人目は、父上ライナー・バルディア。
四人目は、母上ナナリー・バルディア。
五人目は、皇帝アーウィン・マグノリア。
六人目は、皇后マチルダ・マグノリア。
そして、七人目が……。
「さて、リッド殿。この度は急な来訪にもかかわらず、私を受け容れてくださり感謝しております」
ファラと同じ紺色の長髪と朱赤の瞳を持つダークエルフの凜とした女性が、座ったまますっと会釈した。
ただ軽く頭を下げただけなのに、淀みなく流れるような綺麗な所作で部屋の空気がぴんと張り詰める。
まるで、刀のような研ぎ澄まされた美しさだ。
「いえ、とんでもないことです。エルティア義母様」
そう、この場にいる七人目とはファラの実母であり、レナルーテの現国王エリアス・レナルーテの側室であるエルティア・リバートンその人だ。
どうして、エルティア義母様がここにいるのか。
それは帝都から陛下達がやってくる前日、ファラ宛にレナルーテのエリアス陛下から『一通の手紙』が届いたのだ。
『昨今におけるバルディアの発展は実に目を見張るものがある。従って、もっとも俯瞰して価値を見極められる者を訪問させる故、どうか受け容れてもらいたい。これは国王からの依頼である。なお、この手紙が届く翌日には使者がバルディアに到着するであろう』
内容を簡単に言えばこんな感じだ。
友人宅を唐突に訪れるような軽い内容でずっこけそうになったけど、エリアス陛下からの申し入れとあっては無下に断ることも出来ない。
そもそも、手紙が届いた翌日に使者が到着するなら失礼の無いよう受け容れるしか選択肢はなかった。
だけど、その使者というのがエルティア義母様だったというわけだ。
使者の対応をしてもらう予定だったファラもこれには面を喰らってしまい、エルティア義母様の顔を見たときは唖然としたらしい。
残念ながら、僕は陛下達の受け入れでその場にいなかったけど。
失礼がないよう僕が畏まって答えると、マチルダ陛下が小さく咳払いをした。
「驚かせて申し訳ありませんね。実は交流を図る良い機会と考え、私が陛下に許可を得てエルティアを秘密裏に誘ったのです」
「え……?」
僕が呆気に取られると、マチルダ陛下は懐から取り出した扇子を開いて口元を隠した。
鋭い眼光を向けられ、背中がぞくりとする。
「今回の訪問、陛下と子息令嬢達の目的は先に送った手紙通りです。しかし、私はリッド、貴方に用がありました」
「わ、私にですか?」
マチルダ陛下が僕に用って、一体何だろうか。
もしかして、美容関係の商品をもっと融通しろとか、そういう圧力だろうか。
ごくりと喉を鳴らして息を飲むと、彼女は視線をエルティア義母様に向けた。
「ちなみに、この用件でエルティアも貴方に話があるそうですよ」
「エルティア義母様も……?」
ちらりと見やると、エルティア義母様はこくりと頷いた。
帝国の女帝と王国の側妃の二人が同じ用件で話があるって、僕は知らぬ間に何かとんでもないことをやらかしてしまっていたのだろうか。