軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

会談の終わりと企みの起点

「な、何をなさるんですか」

顔を真っ赤にして抗議する彼女だが、ヨハンは意に返さない。

「やっぱり。遠くだとわかりにくかったけど、お前も凄く甘くて良い匂いがする。リッドは美味しそうな感じだったけど、お前は癒やされる感じだな」

「い、癒やされるって。一体何を仰っておられ……ひゃぁ⁉」

戸惑いで首を傾げるシトリーが急に悲鳴を上げた。

ヨハンが彼女の首筋を舌先で舐めたのである。

「うん、間違いない。喜べ、シトリー。僕達の相性はとっても良いぞ」

「い、意味がわかりません。それよりも、いい加減に離れてください」

満面の笑みを浮かべるヨハンだが、シトリーは顔を顰めている。

「えぇ、もうちょっとぐらい良いじゃないか。だって、こんなに良い香りがするんだぞ」

「ひゃあぁああ⁉」

彼は笑顔で彼女を抱きしめると、再びすんすんと鼻を鳴らしながら首筋を舐め始める。

「ヨハン殿、シトリーが困惑しております。もうよろしいでしょう。セクメトス殿、これ以上はいくら何でも狼藉を働いたと見なしますよ」

アモンが怒号を発すると、セクメトスは肩を竦めながら苦笑した。

「それもそうだな。ヨハン、もう止めなさい」

「でも、母上……」

「私の言うことが聞けないのか」

ヨハンがシトリーを逃すまいと抱きしめたその時、セクメトスが目付きを鋭くして凄んだ。

あまりの迫力に、ヨハンがびくりと身体を震わせる。

「も、申し訳ありません、母上。シトリーも無理言ってごめんな」

「い、いえ。分かって下されば別に構いません」

口を尖らせたシトリーは、強い口調で告げるとアモンの隣にそそくさと帰ってくる。

その様子をヨハンは肩を落として見送ると、しょんぼりとしてセクメトスの横の席に戻った。

僕は場の空気を変えるべく咳払いをする。

「ちなみに、セクメトス殿。ヨハン殿は私にも『良い香りがする』と仰っていましたが、どういう意味なのでしょうか。先程のシトリーに対する言動は誤解を招くものでもあります。この場に居る者が納得できるようご説明をお願いしてもよろしいでしょうか」

僕自身の興味があるが、アモンの怒りを堪える表情、シトリーは未だ顔を赤くし、ティスは訝しみ、ラファは相変わらず肩を震わせ、ピアニーは眉間に皺を寄せている。

十人十色の如く、皆が思い思いの表情を浮かべている現状は中々に混沌としていた。

今のままでは、様々な推測や誤解を生んでしまうだろう。

「それもそうだな」

セクメトスは相槌を打つと、自らの鼻先に指先を立てた。

「猫人族において、我等を含む一部の豪族には『特殊な香り』を嗅ぎ分けられる血族がいてね。我がベスティア家は、特にその能力に秀でた一族なんだよ」

「特殊な香り、ですか。それはこの場で伺ってもよろしいのでしょうか」

「勿論だ。調べればいずれ分かることだからな」

僕の問い掛けに即答すると、セクメトスはヨハンの頭を片手で優しく撫でた。

「特殊な香りというのは相手の強さ、気配、力量差、魔力、潜在能力と様々だ。そして、リッド殿とシトリー殿にヨハンが感じた香りというのは『強い子孫を残せるか』という相性だな」

「は、はぁ。強い子孫ですか」

呆気に取られつつも、前世の記憶にある『遺伝子』という言葉が脳裏をよぎる。

曖昧だが、親兄弟が身内の匂いを嫌がるのは本能的に遺伝子が近いからというのを話を聞いた覚えがある。

逆に身内以外の異性の香りを好むのは、自身に持っていない遺伝子を持っているからだとか。

詳しくは知らないけど、それらをより強く感じられるということなのかもしれない。

「子とは不思議なものでな。才を持つ者同士で子を成したとしても、必ずしも生まれる子に才が受け継がれるとは限らない。しかし、ベスティア家はこの『香り』でより強い子を残せる相性の良い相手を見極めてきたのだ。結果、猫人族はズベーラで尤も獣王を輩出した部族となっている。故に、ヨハンが『香り』で舞い上がったというわけだ」

「な、なるほど。それはまた独特な文化と言いますか。素晴らしい能力ですね」

「そうであろう」

セクメトスは不敵に口元を緩めると「ちなみに……」と続けた。

「ヨハンがリッド殿に感じたという『凄く甘くて美味しそうな香り』とは、シトリー殿に感じた『凄くて甘くて癒やされる香り』と同程度の相性の良さだ。貴殿が男の子であることは少々残念だよ」

「う……。またそのお話ですか。というか、子孫を残す相性の良さとなれば、異性にだけ感じるものではないんですか」

「さてな。この能力は未だによくわからん部分も多い。しかし、私も同性に良い香りを感じたことはあるぞ。ルヴァ、とかな」

彼女が意味深に横目を流すと、彼女はびくりと身体を震わせる。

「ちょ、ちょっと。その話は今ここでしなくていいでしょう」

「おやおや。ルヴァはセクメトスの右腕と名高いが、まさかそうした仲でもあるのか」

ギョウブが茶化すと、ルヴァが「馬鹿言わないで」と顔を真っ赤にして否定した。

「確かに憧れはあるわよ。でも、そういう目では見てないわ。そりゃ、小さい頃に会った時、男性と勘違いしたことはあるけどさ……」

彼女の言葉が尻つぼみになると、セクメトスが感慨深そうに「懐かしいな」と呟いた。

当時、私も小柄な少女がやたら積極的に迫ってきたから困惑したものだ」

「セクメトス、貴女もギョウブの前で余計なこと言わないで。こいつが聞いた翌日には、下手したらズベーラ中に噂が広がるのよ」

ルヴァが横目で睨むと、彼は肩を竦めて頭を振った。

「いやいや、この件は広めないよ。しかし、何かの時の手札には使うかもしれんがな」

「だから、あんたに聞かれるのは嫌なのよ……」

彼女は額に手を当てると、深いため息を吐いた。

なんだろう、ルヴァは初対面なのに応援したくなるような気持ちになってしまう。

個性的な人達に振り回されるのは、結構大変なんだよなぁ。

「では、アモン殿。リッド殿とシトリー殿には、次回の部族長会議に必ず同行してもらうように頼むぞ。その場にてヨハンとシトリー殿の婚約も発表する故な」

「……畏まりました」

僕とアモンは顔を見合わせ、互いにため息を吐いて頷いた。

ギョウブとの会談で今後の方針、各部族長とどうやって良好な関係性を築いていくかを考えていくはずだったのに。

まさかこんなことになるなんて想像もしていなかった。

会談が終わると、セクメトスとギョウブ達は満足そうに狐人族領を後にする。

今回の会談は、最初から最後まで予想外のことばかりだった。

でも、部族長会議に僕も参加できるとなれば、一挙に部族長達と顔を合わせることもできる。

シトリーとヨハンの婚約が公になれば、自ずとズベーラ国内におけるアモンや僕の発言力や影響力が増すことも間違いではない。

決して、セクメトス側にだけ利点がある話ではないだろう。

きな臭いホルスト・パドグリーという部族長にも、会議では安全に会える場となるはずだ。

セクメトスはズベーラ国の改革に僕を上手く巻き込んだつもりだろうが、良いだろう。

その誘いにあえて乗ってやる。

狐人族領どころかズベーラごと変えてやろうじゃないか。

さて、どうしてやろうかな。

セクメトス達を乗せた被牽引車を見送りながら考えを巡らせていると、「リッド、また何か企んでいるね」とアモンに呼びかけられた。

「企んでいるとは人聞きが悪いね。やられたらやり返すまでのこと。どうすれば数倍の意趣返しができるかなって考えているのさ」

「リッドの倍返しか。想像するだけで恐ろしいな。しかし、世間一般ではそういうのを『企んでいる』という言うと思うけどね」

アモンが苦笑しながらおどける横で、僕はズベーラ国内をどう変えてやろうかと考えに耽るのであった。