軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

シトリーの意志

「私、シトリー・グランドークはセクメトス殿の縁談を受けても良いと考えています」

「ほう……」

凜とした強い口調でシトリーが毅然と答えると、問い掛けた側のセクメトスが意外そうに相槌を打つ。

僕達側からはどよめきが起き、すかさずアモンが鋭い目で見やった。

「シトリー、意味を分かって言っているのか」

「わかっています。わかった上で申し上げているんです、アモン兄様」

彼女はそう言って、僕達を見渡した。

その目には、強い意志が宿っている。

「獣王であるセクメトス殿がここまで仰った以上、この縁談は断ることはできません。最悪、狐人族はズベーラで孤立してしまう可能性もあります。そうなれば、狐人族の再建は厳しくなるでしょう」

「それはそうかもしれないが……」

アモンが決まりの悪い顔で言い淀むと、シトリーはふっと表情を崩した。

「安心してください、アモン兄様。私はセクメトス殿から言われたから、縁談を受けるのではありません。狐人族を、いえ、獣人国の思想を変えるための好機と捉えております」

「じゅ、獣人国の思想を変える、だって……?」

「はい、アモン兄様」

彼女は微笑みながら頷くと、セクメトス達とヨハンを見据えた。

「私はガレスから才が無いと見捨てられ、冷遇を受けておりました。アモン兄様が手を差し伸べてくれなかったら、きっともうこの世には居なかったでしょう」

シトリーは思い出すように言葉を続けていく。

「当時の私は、何故自分に武術の才がないのかと日々自問しておりました。でも、外の世界。バルディアに出向いて、世を変えていく力が武術だけではない。様々な才が必要であることを知りました。そして、待っていても何も世の中は変えられない。機会があれば前に出て挑戦しなければならないことを知りました。ですから、もし、私がバルディアで学んだことが獣王国の変革に役立てるというのなら、喜んでこの身を捧げる覚悟がございます」

「シトリー……」

彼女の強い決意表明を受け、アモンは何も言えずに心配顔を浮かべている。

まさか、ここまでシトリーが強い意志表示をするとは想像もしていなかった。

バルディアで学んだ、と彼女は言っていた。

でも、ファラ、メル、ティス、母上との出会いがシトリーの言動に大きな影響を与えたような気がする。

「ですが、私からも縁談を受ける以上、お願いしたきことがございますがよろしいでしょうか」

シトリーは強い口調でそう告げると、セクメトスとヨハンを鋭い目付きで見つめた。

「構わんよ。遠慮せずに言ってみたまえ」

セクメトスが返事をすると、シトリーはヨハンに視線を向ける。

「今から約十年後、おそらくヨハン殿がセクメトス殿の後を継いで猫人族部族長となるでしょう。その際、必ずヨハン殿には獣王になって頂きたく存じます」

「それは無論だ。しかし、理由をあえて尋ねよう。何故かな」

不敵に笑うセクメトスの眼差しに、シトリーは臆さず視線を交える。

「簡単なお話でございましょう。ヨハン殿が獣王とならなければ、バルディアで学んだことを全て生かすことは難しいからです。正義なき力は無能ですが、力なき正義もまた無能でございます。獣人族の変革を『正義』とするならば、これは絶対にお約束していただきたい。もし、それが敵わなかった場合、縁談はなかったことにしていただきたく存じます。私は自分を安売りするつもりはございません」

彼女の毅然とした声が室内に響き渡ると、しんとした静寂が訪れた。

シトリーがここまで獣王のセクメトスに強く物申すなんて、誰も想像していなかったからだ。

周りを見渡せばティスやティンクを初めとするバルディア側は呆気に取られ、アモンは唖然としている。

ラファは肩を震わせており、彼女の護衛であるピアニーは何やら目を潤ませて感激している様子だ。

「す、すごいぞ。お前、すごいな」

驚きの声で静寂を破ったのは、ヨハンだった。

彼は目を蘭々と輝かせ、シトリーを見つめている。

「獣王である母上にここまでの啖呵を切った人は初めてだ。僕はお前のことを気に入ったぞ」

「それは、どうも。ですが、ヨハン殿。貴方も他人事ではないでしょう。獣王に成る覚悟と強さはお持ちなんですか」

「勿論だ。そのため、日々生きているからな」

シトリーの冷たい問い掛けにも、ヨハンは胸を張ってドヤ顔を浮かべた。

次いで、彼はセクメトスに視線を向ける。

「母上。僕、あの子をとっても気に入りました。是非、お嫁さんにほしいです」

「そうか、ヨハンも気に入ったか。私もだよ」

彼女は不敵に笑うと、アモンを見据えた。

「ここまで胆力のある子だとは思わなかったぞ。貴殿は良い妹をお持ちだな」

「い、いえ。私自身、とても驚いております」

彼が目を瞬くと、彼女は威儀を正して畏まった。

「是が非でも、彼女は当家に迎え入れたい。改めて、縁談を申し込もう。なお、この件は最初に告げた通り、獣王国の問題だ。帝国に属するバルディア家、リッド殿は発言を控えてくれたまえ。内政干渉になる故な」

「く……」

相手はズベーラを代表する獣王だが、僕は帝国に属する一貴族の嫡男でしかない。

内政干渉という言葉を出されると、国家間の問題になってしまう。

アモンとバルディア家は密約を結んでいるが、それを表に出すわけにはいかない。

セクメトスの発言はこの世界の常識から鑑みれば決して無理難題を押しつけている訳でもなく、見方次第では獣王の血族と縁を結べるから喜ぶべきことだろう。

その辺りを全て計算した上での、縁談の提案だ。

何とかしたくても現状では手立てがない。

「リッドお兄様、ご安心下さい」

僕がセクメトスと睨み合っていると、シトリーが優しい声を発した。

「例え、何があっても私はあくまで新グランドーク家の一員です。もし、飲み込もうとする者がいれば、逆に飲み込むまでのこと。それに、急とはいえ縁談がまとまれば、狭間砦の戦いと豪族の改易で弱まった狐人族の影響力を回復させることにも繋がります。決して、損にはなりません」

「それは、そうかもしれないけど。本当にシトリーはそれで良いのかい」

彼女の言うとおり、獣王セクメトスと新政権となったグランドーク家の縁談がまとまれば、各部族長達の見る目も変わるだろう。

実質、僕とアモン達の行いが獣王のお墨付きになったようなものだ。

僕達は動きやすくなって、セクメトスは獣人国の改革を押し進める結果に繋がっていくだろう。

政治的には『有り』かもしれないけど、個人的な感情としては別だ。

シトリーは僕にとって、すでに護るべき大切な妹の一人である。

将棋の捨て駒如く、政略結婚の駒になんて使えるわけがない。

でも、彼女は目を細めて頷いた。

「はい、構いません。私はバルディアで一度死んでいますから。むしろ、このような大役に恵まれたことこそ幸せです。必ずや、リッドお兄様とアモン兄様のお役に立ってご覧に入れます」

「シトリー、君は本当に凄い子だよ」

「あぁ。私の自慢の妹だ」

僕とアモンが感嘆していると、セクメトスが咳を払った。

「どうやら、話はまとまったようだな。では、ヨハンとシトリー殿の婚約は次の部族長会議で発表する。当然、アモン殿とリッド殿にも参加してもらうぞ」

「……畏まりました」

僕達が頷くと、ヨハンが急に席を立って「シトリー、挨拶しよう」と長机の正面に移動する。

彼女は少し訝しむ様子を見せるも、席を立って彼の前に歩み出た。

「よろしくな」

ヨハンは白い歯を見せて片手を差し出した。

「はい、よろしくおねがいしま……⁉」

彼女がおずおずとその手を握った瞬間、彼は自らの胸の中に抱き入れた。

そして、シトリーの首筋に鼻を当て、すんすんと匂いを嗅ぎ始める。