軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ファラの門出

その日、迎賓館の前はエレンを筆頭にして皆が木炭車の準備に取り掛かり慌ただしくなっていた。

いよいよ、レナルーテを出立してバルディアに帰る日がやってきたのだ。

しかし、ファラからすれば故郷を離れ、新たな土地での暮らしに旅立つということである。

そして今僕は、ファラ達と共に迎賓館の一室で外に見える木炭車の準備が終わるのを眺めていた。

どこか寂し気な表情を浮かべているファラに、僕は優しく言葉を掛ける。

「ファラ、やっぱり不安かな」

「い、いえ。そのようなことはありません。ただ、いよいよとなって少し感慨に耽っておりました」

どこか寂しさを誤魔化すように話すファラに、僕はニコリと微笑んだ。

「ふふ、そんなに心配しなくても大丈夫だよ、ファラ。ここだけの話だけどね。僕は将来的にバルディア領とレナルーテの行き来をもっと短時間かつ簡略的に出来るようにするつもりなんだ」

「え……そんなことが可能になるんでしょうか」

突拍子もない話に聞こえたのだろう。

彼女は少し目を丸くしてきょとんした表情を見せている。

僕は笑みを浮かべたまま話を続けていく。

「まぁ、やってみないとわからない部分はあるけどね。だけど、バルディアにいる皆が今の調子で頑張ってくれれば間違いなく出来ると思っているよ」

「凄いですね。リッド様がお考えになることにはいつも勇気づけられてばっかりです。ふふ、その時を楽しみしていますね」

話すうちにファラは先程より表情が明るくなった。

その様子に僕は安堵しながら、彼女の後ろに控える専属護衛のアスナに視線を移す。

「アスナはどう。何か不安になるようなことはない?」

「気にかけて頂きありがとうございます。しかし、私はご心配には及びません。姫様の専属護衛となった時から覚悟していたことでございます故、家族も皆承知しております」

彼女はそう言うと丁寧に会釈する。

しかし、顔を上げると不敵な笑みを浮かべた。

「ふふ……しかし、私個人としてはバルディア騎士団の皆様と是非お手合わせ願いたいと思っております故、むしろ楽しみなことも多いんですよ」

「あ、あはは……まぁ、無理しない程度なら騎士団の皆も、手合わせはしてくれると思うよ」

彼女らしいと思いつつ、僕は思わず苦笑しながら答えた。

しかし、アスナが第二騎士団の面々と顔を合せたらなんだか凄いことになりそうな気もするなぁ。

兎人族のオヴェリアとか猫人族のミアとか、ディアナに矯正されたとはいえいまだに喧嘩っ早いしなぁ。

僕の心配をよそに、彼女は嬉しそうに話しを続けた。

「本当ですか。それは実に楽しみです。是非、ルーベンス殿やディアナ殿と手合わせをお願いしたいですね」

「はは……」

満面の笑みを浮かべるアスナに、僕は苦笑し続けるのであった。

その時、ファラが何か気になった様子でこちらに視線を向ける。

「あの、リッド様。実は私も少し武術を習いまして……バルディア領に行ったら、リッド様に手合わせをお願いしてもよろしいでしょうか」

「え……ファラも武術を始めたの?」

「はい。以前、リッド様やアスナとの御前試合を見て私も同様に横に並びたいと思ったんです」

ファラは少し恥ずかしそうに話している。

彼女が突拍子もないことをするところがあるのは、以前のメイド服の件で承知していたけど、まさか武術を習い始めるとは夢にも思っていなかった。

それに手紙のやり取りにも、その話はなかったはずだ。

僕は驚きを隠せずに問いかける。

「そ、それは知らなかったよ」

「ふふ、この件は驚かそうと思って秘密にしていたんです」

悪戯っぽく笑いながら話すファラの言葉に、アスナが続く。

「リッド様。姫様の武術の才は中々でございます故、手合わせを楽しみにしていて下さい」

「う、うん。じゃあ、バルディア領に戻ったら見せてもらおうかな」

「はい。よろしくお願いします」

頷いて答える僕に、ファラはニコリと嬉しそうに微笑んでいる。

しかし、アスナが認める『武術の才』ってどれほどのものなんだろうか。

どことなく嫌な予感を覚えたその時、部屋のドアがノックされる。

返事をすると、メイド姿のダークエルフが二人入室してきた。

「ファラ様、荷物の積み込みが終わりました」

「はい。報告ありがとう、ダリア、ジェシカ」

メイド達に答えるファラの言葉に、僕はハッとする。

ダリアと呼ばれたダークエルフは、神前式と披露宴で着つけをしてくれたダークエルフだったからだ。

「あれ、ダリアさん。貴方もファラと一緒にバルディア領に来られるんですか」

「はい。私はレナルーテの文化、礼儀作法に通じております故、ご同行させて頂く事になりました。リッド様、改めてよろしくお願いします」

ダリアは言い終えると笑みを浮かべて、スッと会釈を行った。

なるほど、ファラがバルディア領に行ってもレナルーテの文化と礼儀作法を身に着けることが出来るようにという配慮だろう。

恐らく、エリアス王……いやエルティアの配慮かもしれないな。

僕は彼女に「うん、よろしくね」と言いながら頷くと、もう一人のダークエルフに視線を向けた。

すると、間もなく彼女もスッと会釈をする。

「……『ジェシカ』でございます。以後、よろしくお願いします」

「うん、ジェシカもこれからよろしくね」

彼女は淡々としている感じだけど、どこか目に鋭いものを感じる。

その時、ジェシカの視線が僕の近くに控えるカペラに向けられた気がした。

しかし、彼女達は報告を終えると丁寧に部屋を退室してしまう。

チラリとカペラを見るも、彼は特に何か気にする様子もない。

気のせいだったのだろうか。

そう思っていると、僕達に向かってカペラが話し始めた。

「リッド様、ファラ様。もうじき『木炭車』の準備も終わると存じます。そろそろ、移動されるべきかと」

「あ、そうだね。じゃあ、行こうか」

「はい」

彼に答えると、ファラも続くように頷いた。

そして、僕達は迎賓館の外に並ぶ木炭車と馬車の列に移動する。

迎賓館の外に出ると、メルが僕達を見つけて嬉しそうに駆け寄ってきた。

「にいさま、ひめねえさま! もくたんしゃは、もうじゅんびできたって」

「そっか、教えてくれてありがとうメル」

「えへへ……」

メルの頭を撫でながら周りを見渡すと、迎賓館の前には出発の準備で人だかりができている。

僕とファラは、準備が終わるまで邪魔にならないように迎賓館の中に居たというわけだ。

だけど、メルは木炭車が準備される様子を見たいと言って、ディアナとダナエを引き連れてはしゃいでいたのである。

「リッド、丁度良かった。準備も終わったので、お前達を呼ぼうと思っていたところだ。そろそろ出発するぞ」

声を掛けられて振り向くと、そこには父上とザックの二人が佇んでいた。

「承知しました。父上」

「うむ。それと、ファラ王女も準備は大丈夫ですかな」

「お気遣い頂きありがとうございます。準備も別れの挨拶も既に終わっております故、いつでも大丈夫です。それとライナー様、私のことは気軽に『ファラ』とお呼び下さい」

笑みを浮かべて答える彼女に、父上は表情を緩めると頷いた。

「わかった。では、これからは少し気軽に話させてもらうよ。ファラ」

「はい、よろしくお願い致します」

ファラと父上は互いに笑みを浮かべて、楽しそうに話している。

その時、こちらに向かってやって来る人達に気付いた。

エリアス王を筆頭にした王族の方達だ。

彼らは真っすぐにこちらに歩いて来ている。

その一団の中から抜け出すようにレイシスが駆け寄ってきた。

彼は間近までやってきてから、息を整えると僕の瞳を真っすぐに見据える。

「リッド殿……改めて妹、ファラのことを頼むぞ」

「はい、勿論です」

「うむ」

彼は僕の答えに頷くと、視線をファラに向けた。

「ファラ、お前は私の自慢の妹だ。そして、何処に行ってもそれは変わらない。何があっても心を強く持て。良いな」

「兄上……はい、心得ました」

彼女はレイシスの言葉に、少し驚いた表情を浮かべるがすぐに嬉しそうな笑みを浮かべて頷いた。

そんなやり取りをしている間に、エリアス王がやって来る。

「はは、子供達が仲睦まじいようで何よりだ。さて……婿殿、ライナー殿。言わずもがな、貴殿達との関係の間には、必ず我が娘が居る事をくれぐれも忘れることのないように頼むぞ」

「承知しておりますとも、エリアス陛下」

笑みを浮かべて答える父上の表情は、言うなれば営業スマイルだ。

エリアス王も、立場上からあえて言っているのだろう。

僕も父上に続くように答えた。

「はい。ファラ王女のことはお任せください」

「うむ、よろしく頼むぞ」

エリアス王は満足したように頷くと、その鋭い視線をファラに向けた。

「ファラ。お前には色々と苦労を掛けるが、これも王族として生まれた者の役目だ。その責務を忘れることがないようにな」

「はい、父上。承知しております」

彼女はそう言うとニコリと微笑んで見せた。

そして、エリアス王やレイシス同様に、リーゼルとエルティアが彼女に声を掛ける。

リーゼルは優しく、エルティアはいつも通り少し冷たく突き放すように。

だけど、ファラは嬉しそうにその言葉に笑みを浮かべているのであった。

それから間もなく、ドワーフのアレックスが僕達のところにやってきた。

「ライナー様、リッド様。木炭車の準備はすでに出来ておりますが、出発なさいますか」

「うむ、そうだな。では、これよりバルディア領に向けて出立する。リッドはファラ王女、メルと一緒に私が運転する予定の木炭車に乗りなさい」

父上は彼の言葉に頷くと、辺りに響き渡る声を発した。

そして、途中で僕に視線を向けて話を続ける。

僕は頷くと、ファラとメルに声を掛けた。

「承知しました。じゃあ、ファラ、メル。木炭車に乗ろうか」

「はーい。えへへ、ひめねえさまといっしょだね」

「はい。よろしくお願いします」

僕達はエリアス王と王族の皆に別れの挨拶と握手を済ますと、木炭車に乗り込んだ。

やがて父上が運転席に乗り込むと、木炭車をゆっくりと動かし始める。

同時に、ファラに対して別れの言葉が辺りから巻き起こった。

彼女は笑みを浮かべて車窓から、家族や兵士、侍女に向かって手を振っている。

父上もすぐに加速させるようなことはせず、丁寧にゆっくりと木炭車を進めていく。

それでも、段々と彼らは遠くなりやがて見えなくなった。

城を出て城下町に出ると、レナルーテの兵士が城下の外まで先導してくれる。

その間に見える街並みを、ファラは心に刻むように眺めていた。

それから少しすると、木炭車は城下の外に出る。

ここからは、バルディア領に向けて真っすぐ進むだけだ。

父上も木炭車を少しずつ加速させていく。

段々と遠ざかり見えなくなるレナルーテのお城と城下町を、ファラは最後まで見つめていた。

やがて木炭車からお城や城下町が完全に見えなくなると、ファラは隣に座っている僕の胸に飛び込み、声を震わせる。

「……申し訳ありません。今だけ……少しだけ、リッド様の胸をお借りしてもよろしいでしょうか」

「うん。大丈夫。ファラが落ち着くまでこうしていると良いよ」

それからしばらく、木炭車の中で彼女の小さい嗚咽が響くのであった。

ファラ王女をレナルーテから送り出して、少しの時が経過したある日のこと。

レナルーテに居るザック宛に、バルディア家からとある封筒が届いた。

ザックはファラ王女の近況報告か何かと思ったが、やたらと封筒が分厚い。

どうやら普通の知らせではないようだ。

怪訝な表情を浮かべながら、ザックは丁寧に封筒の封を開けて中身を取り出していく。

「これは以前、エリアス陛下がサインしたファラ王女用の『新屋敷建造費用負担に関する書類』の写しだな。残りの書類はすべて請求書の控え……か。とんだ祝い金になりそうな書類の山だな」

彼は目の前に広がる書類の山に驚きながらも、エリアス王に報告する為に書類をまとめていく。

しかし、その中にあった『合計金額』をまとめた書類を見て「な……」と目を丸くする。

そして、ザックは急いで請求書のすべてに目を通して集計を行い項垂れた。

「はぁ……やられた。ライナー殿はこれを見越していたな」

彼はやれやれと首を横に振ると、急ぎエリアス王に謁見を申し込む。

事の経緯を伝えた上でその請求書のまとめと、エリアス王が直筆サインした書類の写しを渡した。

ザックから書類を渡された彼は、請求金額のあまりの高さに『わなわな』と体を震わせる。

それから間もなく、普段の冷静さを欠いて怒号を響かせた。

「リッド・バルディアァアアアア! どんな屋敷を建てたんだぁぁああああああ」

この日、安易なサインを行った責任を取るという事で、エリアス王とザックのポケットマネーが露と消えてしまう。

そして、足りない分に関しては『特別予算』が国として組まれる。

しかしその詳細については、当事者であるエリアス王とザックの二人以外、誰も知ることはなかった。

「は……はっくしょん!」

「リッド様、大丈夫ですか?」

突然くしゃみをする姿を見たファラが、こちらを心配そうに見つめている。

僕は鼻を擦りながら、彼女を安心させようと頷いた。

「う、うん。なんか急にくしゃみが出てね。誰か僕の噂でもしていたのかな」

「ふふ、リッド様は話題が尽きないお方ですからね。噂は沢山されていると思いますよ」

「話題が尽きないか……あはは……」

笑みを浮かべる彼女の言葉に、僕は苦笑しながら頷くのであった。