軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話・エラセニーゼ公爵家

レナルーテで行われた『リッド・バルディア』と『ファラ・レナルーテ』の神前式と披露宴を帝国の使者として見届けたバーンズ・エラセニーゼ公爵。

彼は、ライナーとリッドとの会談が終わると一足早くレナルーテを出立。

そしていま、帝都にあるエラセニーゼ公爵家の屋敷の前にようやく辿り着いたところであった。

屋敷の前に止まった馬車から降りると、バーンズは体を伸ばす仕草を行う。

「うー……ん。はぁ……帝都からレナルーテまではさすがに遠いな。木炭車だったか……あれが早く帝都にも導入されて欲しいものだ」

彼がそう呟くと、後ろから声を掛けられる。

「おかえりなさいませ。バーンズ様」

「ああ、スチュアートか。どうだ、私の留守中に何か問題や変わったことはあったか」

バーンズが声の聞こえた場所に振り返ると、そこにはエラセニーゼ公爵家の執事であるスチュアートが会釈を行っていた。

彼は初老の執事であり、優しい雰囲気を纏っている。

スチュアートは顔を上げると、バーンズの問い掛けに淡々と答えた。

「いえ、特に変わりはございません。それと、バーンズ様の確認が必要な書類はいつも通り執務室にまとめております」

「そうか、わかった。では、私はこのまま執務室に向かうとしよう。後を頼むぞ」

「承知しました」

指示に頷くスチュアートの言動を確認すると、バーンズは笑みを浮かべて屋敷に入り、執務室へと向かった。

執務室にやってきたバーンズは、机に腰を掛けると執事のスチュアートがまとめてくれていた書類を手に取りながら呟いた。

「さてと……明日には皇帝に報告に登城せねばならんからな。早々に終わらせるか」

重要な案件ではない限り、執事のスチュアートに決済も任せている。

しかし、どうしても当主であるバーンズの確認が必要になる書類は出てくるものだ。

彼はその書類の束を淡々と片付けていく。

そして、書類仕事が半分ほど片付いた時、執務室のドアがノックされる。

仕事の手を止められ、バーンズは思わず眉を顰めて返事をした。

「誰かな」

「御父様、仕事中にすみません。ヴァレリです。少しだけよろしいでしょうか」

「ヴァレリだって……」

思いがけない可愛らしい声が返ってきたことで、バーンズは手に持っていた書類を離すと机から立ち上がり、執務室のドアを開ける。

するとそこには、透き通るような白い肌と金髪の長い波打った髪。

そして、深い青い目をした少女がちょこんと立っていた。

「えへへ……お父様、お仕事中にごめんなさい」

「あはは、本当にヴァレリが尋ねてくるなんてな。どうしたんだい」

可愛らしく微笑む、娘に思わずバーンズの表情が崩れる。

しかし、ヴァレリは畳みかけるように首をかしげながら右手の人差し指を口元に充て、可愛らしく言葉を続けた

「えーっと。レナルーテでライナー辺境伯と息子のリッドっていう子に会ったんだよね。どんな人達だったのか聞きたいなと思ったんだけど……パパ、ダメかな」

彼女は目を少し潤ませながら、バーンズを上目遣いで見つめている。

彼としては、ヴァレリがこのような言動をする時は、何かしらの意図があるとわかっていた。

しかし、それでも可愛らしく甘えて来る娘を追い返す真似はバーンズには出来ない。

彼は娘に甘い父親であった。

「わかった、わかった。パパの負けだ。執務室に入りなさい」

「やったぁ。パパだーい好き」

ヴァレリはそう言うと、嬉しそうに執務室に置いてあるソファーの上に腰を下ろした。

その仕草に、嬉しそうに表情を崩すバーンズは机を挟んで彼女の正面にあるソファーに座る。

「それで、うちの可愛いお嬢様は何を聞きたいのかな」

「うん、その……ライナー辺境伯とかリッドっていう子に何か変わったところとかなかったかな。パパが感じたことなら何でも良いんだけど……」

彼女の尋ねることの意図を計りかねたバーンズだが、とりあえず思ったことを答えた。

「そうだなぁ。特に変わったところはなかったぞ。まぁ、強いて言うならライナー辺境伯は一年ぐらい前と比べて、大分前向きになった感じはするかな」

「そうなんだ……じゃあ、息子のリッドっていう子はどうだった」

「うーん。リッド君は年齢以上に大人びた様子で末恐ろしい感じはしたかな。大人顔負けに理路整然と話す様子は中々に驚かされたよ。しかし、それを言うならヴァレリやラティガも似たようなものだしな」

帝都の貴族社会にいるバーンズからすれば、リッドのように年齢以上に理路整然と話せる子供は時折見かけている。

何よりバーンズの子供達もまた年齢以上に理路整然と話すところがあった。

それ故、末恐ろしいとは感じても、そこまで違和感を覚えなかったのだ。

何より、彼からすれば内心では『自分の子供達もリッドに負けていない』と思っていた。

そう……彼は案外『親馬鹿』だったのである。

しかし、バーンズの話を聞いたヴァレリは何かを考えるように俯いて、思案顔を浮かべていた。

「大人顔負けで理路整然か……」

「どうしたんだい、ヴァレリ。そんなに難しい顔をして」

「え、あ、ごめんね。パパ。どんな人かなぁって想像していたんだ。えへへ」

ヴァレリの可愛らしい笑みに、バーンズはまた表情を崩す。

その時、ふとレナルーテで見た新しい乗り物のことを思い出した。

「そうだ、ヴァレリ。レナルーテに行った時、バルディア家が新しく開発した乗り物を見せてもらって、試乗もさせてもらったんだよ」

「え……新しい乗り物ですか」

きょとんとするヴァレリに、バーンズは得意げに説明を始めた。

「ああ、そうだ。なんとその乗り物の見かけは鉄の箱なんだが、馬を使わずに『木炭』を燃やす事で自力走行が可能なんだよ。その名も『木炭車』というそうだ。まぁ、長距離の運行を可能にするには道の整備や補給所の設置が必要になるそうだが、それでも非常に可能性を感じる乗り物だったよ」

「えええぇぇぇぇぇぇ。パ、パパ、その木炭車の話をもっと詳しく聞かせて、お願い!」

バーンズの説明が終わると同時に、ヴァレリは目を丸くして甲高い声を上げた。

そして、同時に身を乗り出して話の続きを彼に求める。

バーンズはヴァレリの様子に驚きつつも「あ、ああ、わかった」と答え、説明を続けた。

彼が話をすればするほど、彼女の表情は険しくなっていく。

やがて、説明が終わると、ヴァレリは尋ねた。

「ねぇ、パパ。その『木炭車』を設計、開発したのって誰なのかな」

「流石にそこまでは聞いていないよ。でもまぁ、バルディア領ではドワーフを家臣に加えたそうだから、恐らく彼らだろう。あんな乗り物、普通の人族では想像もつかんよ」

「そっか……じゃあ、ドワーフという可能性も……」

何やらまた思案顔を浮かべるヴァレリに、バーンズはやれやれとおどけた仕草をすると呟いた。

「そんなにリッド君のことが気になるなら、今度直接話してみれば良いじゃないか」

「え……」

彼女にとって予想外の言葉だったのか、きょとんとした表情を浮かべている。

バーンズはその表情を見て笑みを浮かべなら話を続けた。

「ファラ王女はリッド君と結婚したとはいえ、レナルーテの王族だ。それ故、必ず帝都に来て皇帝のアーウィン陛下に謁見するだろう。当然、彼女の夫であるリッド君も帝都に来るはずだ。その時に、会う事は恐らく可能だろう。どうしてもヴァレリが話したいなら、その席を用意しても良いぞ。彼と繋がっておいて損はないだろうからな」

「やったぁ。じゃあ、パパにリッド君とファラ王女とお話する席をお願いしてもいいかな」

満面の笑みを浮かべるヴァレリに、バーンズはニコリと微笑みながら頷いた。

「うむ、わかった。その件は私から先方にも伝えておこう」

「ありがとう、パパ。だーい好き」

彼女はそう言うと、バーンズの傍にやってきて抱きついて可愛らしく微笑んだ。

彼は、そんなヴァレリを軽く抱きしめた後、少し離すと不思議そうに尋ねた。

「ありがとう、ヴァレリ。だけど、どうしてそんなにリッド君……というよりバルディア家が気になるんだい」

「え⁉ えーっと……そ、そう『帝国の剣』って言われるほどだから、ほとんど会えないしどんな人なのかすっごく気になっていたの」

「ふむ、そうか。確かに帝都に住んでいると、辺境をまとめているバルディア家は気になるかもしれないね」

答えに納得した様子のバーンズを見ると、ヴァレリは急にワタワタし始めた。

「あ、そうだ。お兄様に呼ばれていたんだった。じゃあ、パパ。お仕事頑張ってね」

「はは、ありがとう。ヴァレリ」

「うん、またね。パパ」

ヴァレリはそそくさと執務室のドア向かって小走りに駆けていき、部屋の外に出て行った。

その時、ドアの隙間から顔を覗かせてバーンズに微笑み、手を振ってからその場を後にする。

執務室に残されたバーンズはやれやれと首を横に小さく振ると、執務室の机に座り事務仕事を再開するのであった。

バーンズが書類仕事を再開してから少しの時間が経過すると、また執務室のドアがノックされた。

「ふぅ、今日は来客が多いな」

そう小声で呟くとバーンズは手を止め、視線をドアに向けると返事をした。

「あなた、私です。少しよろしいでしょうか」

「トレニアか。どうした、入ってくれ」

彼が机から立ち上がりながら答えると、ドアが開かれてトレニアと呼ばれた女性が「失礼します」と言って入室する。

彼女は、茶髪の波打った髪をしており、水色の瞳をしていた。

特にその髪はヴァレリとよく似ている。

バーンズはソファーに座るように促しながら、彼自身もソファーに座る。

トレニアも彼の促すままにソファーに腰かけた。

「お疲れのところ申し訳ありません」

「いや、良いよ。私も少し息抜きをしようと思っていた所だからね。愛する妻の顔を見られて嬉しい限りさ」

「まぁ。ふふ、相変わらずお口が上手ですね」

二人は会話のやり取りを楽しむように笑みを浮かべている。

それから間もなく、少し真面目な雰囲気を出したトレニアが話始めた。

「あなた……『あの件』ですけど、やはりどうにもできないのかしら」

「あぁ、その話か。残念ながら何度か打診はしたが、ヴァレリとデイビッド皇子の婚約について皇室の考えは変わらないようだ。色々と面倒な動きも多いらしくてな」

「そうですか……」

二人の間に少し重い空気が流れる。

トレニアが呟いた『あの件』とは、彼らの娘である『ヴァレリ・エラセニーゼ』と『デイビッド・マグノリア皇太子』の婚約のことを指している。

ヴァレリが六歳になった日のこと。

エラセニーゼ公爵家において簡単な誕生日会が開かれたのだ。

その際、デイビッド皇太子が来賓としてやってきた。

目的は将来的な婚約者候補としての顔合わせである。

しかし、バーンズとトレニアは、当時のヴァレリの性格から、皇后向きではないと判断していた。

また、ヴァレリを皇后にしたいという思いもなかったので、通常通りの対応を取っていたのである。

そんな折、なんとヴァレリとデイビッド皇子が些細なことから喧嘩をしてしまう。

しかも運悪く、ヴァレリは皇子に突き飛ばされた拍子に後頭部を壁で強打。

そのまま意識朦朧となった彼女は、前のめりに転倒。

その際、床に転がっていたおもちゃで額の右端に、小さな傷が出来てしまう。

一時は大騒ぎとなるが、ヴァレリの命に別状はなく事件はこれで終わるかと思われた。

しかし、事態は予想外の方向に進んで行くことになる。

何と、後日になり皇室から非公式ではあるが、『ヴァレリ・エラセニーゼ』をデイビッド皇太子の婚約者として認める旨の連絡が、バーンズ達の元に入ったのである。

当然、バーンズはすぐに皇帝と皇后の両陛下に謁見を申し込み、理由を問い掛けた。

だが、皇室から返ってきた答えもまた意外なものだった。

主な理由は二つである。

一つ目は、デイビッド皇太子が年端もない子供とはいえ、貴族の娘に暴力を振るったという外聞を防ぐこと。

二つ目は、デイビッド皇太子を政治的な争いから守る為であった。

特に二つ目の目的が大きいと、バーンズは説明される。

中央貴族で様々な派閥争いが起きている現状において、デイビッド皇太子の婚約者は大きな火種となりかねない問題だ。

どうするべきか、悩んでいた折にデイビッド皇太子とヴァレリの事件が発生したのである。

表向きの大義名分は一つ目であり、一番の目的は二つ目ということであった。

バーンズは娘であり、幼いヴァレリが政争に巻き込まれたことに憤慨するが、両陛下に説得され婚約を認めるに至ったのである。

バーンズは皇室とのやり取りを思い返しながら、妻のトレニアの瞳を見つめた。

「安心しろ、トレニア。皇太子とヴァレリの婚約はあくまでも『仮決定』だ。他にも有力な婚約候補者が出た場合、ヴァレリが婚約者から外れる可能性もゼロではない」

「しかし、それだとヴァレリの貰い手が居なくなってしまいます。貴族社会において、婚約破棄が与える影響がとても大きいことは貴方もご存じでしょう」

トレニアの言葉に彼は頷くが、話しながら小さく首を横に振る。

「わかっている。しかし、今はどうすることもできん。辛いが、しばし見守るしかなかろう」

「そうですね……」

二人の間にしばし沈黙が流れるが、やがて思い出したようにトレニアが言葉を発した。

「そういえば、レナルーテでバルディア家の皆様にお会いになったんですよね」

「ああ、ライナーには帝都に来ることがあるから会う機会はあったが、彼の息子には初めて会ったよ。中々に将来が末恐ろしい子だったな」

感慨深そうに答えるバーンズの姿に、トレニアは少し笑みを溢すと話を続けた。

「ふふ、そうでしたか。あ、それはそうと、バルディア家の方にお会いになる機会があれば『化粧水』を融通して欲しいと言う話をしておりましたが、その件はいかがでしたか」

「あ……す、すまん。その話をするのを忘れていたな」

「はぁ、貴方という人は、いつも仕事以外の話を忘れてしまうのは悪いくせですよ。それにこの間も……」

その後、バーンズは暫くトレニアからお説教を受けることになる。

終わる頃には、彼はげっそりしていたのであった。

少し時は遡る……。

バーンズとの話が終わったヴァレリは、その足で兄がいる部屋に向かっていた。

やがて、部屋の前に辿り着いた彼女は勢いよくドアを開けて部屋に入り込んだ。

「ラティガ兄様、やっぱりバルディア家には私と同じ存在が居る可能性が極めて高いです」

彼女の張り上げた声に、部屋の主であるラティガは体をビクつかせて驚きの表情を浮かべている。

やがて、ため息を吐いてから彼女に視線を向けた。

「ヴァレリ……部屋に入る前にはいつもノックしてくれって言っているだろう」

「えへへ、ごめんなさい」

ヴァレリは彼に注意されると、はにかみながら会釈する。

その様子にラティガはやれやれと首を横に振った。

彼の名は『ラティガ・エラセニーゼ』と言う。

エラセニーゼ公爵家の長子であり、ヴァレリの四歳上の実の兄である。

彼女同様に深く青い瞳であり、髪色は金髪だ。

やがて、ラティガは呆れた様子で言葉を続けた。

「それで、ヴァレリと同じ存在というのは以前話していた『前世の記憶を持った転生者』の件かな」

「はい、仰る通りです」

ヴァレリは目を輝かせながら勢いよく首を縦に振っているが、対してラティガは相変わらず呆れ顔である。

すると、ヴァレリが頬を膨らませた。

「むぅ……兄様。私の話を信じていませんね」

「いやいや、そんなことはないさ。それに、ヴァレリのすることは出来る限り手伝っているだろう」

ラティガは、首を横に振りながら笑みを浮かべて答えた。

その様子に、彼女は少し決まりの悪そうな表情を浮かべている。

「それは……そうですけどね。と、ともかく、バルディア家には『転生者』が潜んでいる可能性が高い上、近々彼らが帝都に来る機会があるそうです」

「なるほど。じゃあ、その時に探りを入れたいということだね」

「流石、兄様。話が早くて助かります。じゃあ、早速作戦会議をしましょう。名付けて『バルディア家の転生者を炙り出そう大作戦』です」

ドヤ顔で決めポーズを取っているヴァレリの様子に、ラティガがどっと疲れたような表情を浮かべてため息を吐いた。

「はぁ……炙り出すも何も、普通に転生者しかわからない『言葉』でも投げかけて、カマを掛ければ良いじゃないか」

「あ……確かにそれもそうですね。じゃあ、『カマかけ大作戦』で行きましょう」

「はぁ……」

指摘に満面の笑みを浮かべるヴァレリの表情を見て、ラティガは前途多難を感じて額に手を添えながら重々しくため息を吐くのであった。