作品タイトル不明
第9話 初心者向け異界:辛口 救済措置
「……これは~……、……ひどいわね~……」
異界の入り口を確認し、何とかそう言葉を絞り出す命。
死に戻ってきた正樹と、その事実に取り乱しながら駆け込んできた佑梨から話を聞いて状況を確認しに来たが、思った以上にひどいことになっていた。
「……ねえ、命さん。これ、僕達の今の能力でどうにかできる感じかな?」
「絶対に無理ね~。これがせめてフロアの真ん中に水まんじゅう状態で陣取ってるとかならまだしもね~、床全体を隙間なく覆っちゃってるとどうにもならないわね~」
正樹の質問に、思わず遠い目をしながらそう答える命。
そう、恐ろしいことに例の玉虫色のスライムは、異界の入り口フロアの地面を、隙間なくきっちり覆いつくしていたのだ。
今でこそ地面が玉虫色に輝いているため一目で分かるが、正樹が足を踏み入れた時はスライムの擬態能力が発動しており、完全に地面と区別がつかなくなっていたのである。
もう一つ悪いことに、正樹の持つ罠感知や気配察知、直感などのスキルやジョブ機能、アビリティは、相手のレベルが高すぎて擬態状態では効果を発揮しない。
つまり、対処をするどころか、下手をするといるかどうかすら識別できない可能性が高いのだ。
「さらに悪い話があってね~。正樹君を食べたから擬態は解けてるけどね~、クールタイム中であと十六時間は捕食行動以外、この状態から動けないっぽいのよ~」
「「うわあ~……」」
命からの追加情報に、絶望的な顔でうめく正樹と佑梨。
それはつまるところ、最低でも今日一日は出入りできないということである。
それどころか、味を占めて居座られてしまえば、いつまでたっても先に進めない。
場合によっては、完全に詰みかねない状況である。
「さすがにまだ、私が排除していい状況でもないのよね~」
「命さんなら、倒せるんですか?」
「そりゃあね~。初心者向け異界に出現できる強さのモンスターで、倒せない相手は基本的にはいないわよ~。この程度の雑魚なら、一撃で仕留められるわ~」
佑梨に聞かれ、あっさりそう言い切る命。
実のところ、たとえ初心者向け異界でも、難易度絶望に出てくるエリートモンスターは他の異界に出てくるモンスターの九割を瞬殺してのけるぐらいには強いのだが、そんなことは当然佑梨が知るわけもない。
が、目の前のどうやって倒していいか分からないスライムをこの程度の雑魚と言い切る時点で、命がとんでもない強さをしているのだけは分る。
「ちなみに、命さんが直接手を出して良くなる条件って、どんな感じ?」
「シンプルに詰み状態になったときか、あんまり長時間どうにもならなくなった場合ね~。今回はあいつが明日にも移動する可能性があるから、まだ手を出せないのよ~」
「今回の場合は、あのスライムが確実にこの場所に固定されたりしたら、命さんが排除してくれるっていうことで間違いないですか?」
「そうなるわね~。もしくは、今回の場合だと、十日も居座られたら長時間扱いになるわね~」
「十日か……」
「十日ですか……」
十日という数字を聞き、むう、とうなる正樹と佑梨。
単純な日数としては十日は短いのだが、高校生と小学生にとって、十日というのはかなり長い。
しかも、現状だとその十日間は異界の攻略は一切進まない、と言うより、ほぼ何もすることがない。
できるのはせいぜい、スライムに何度も食われて正樹の不屈と苦痛耐性を鍛えることぐらいだが、さすがにそれは、関係者の精神的な負担が大きすぎるので却下だ。
かといって、まだ子供と言っていい年の正樹と佑梨にとって、十日も何もしないというのは長すぎる。
そして、子供が暇を持て余すと、たいてい碌なことをしない。
「……そうねえ……。今回に関しては、救済措置を適用したほうがよさそうね~」
「救済措置? あるんだ?」
「あるわよ~。私が直接排除するのも、救済措置の一つだしね~」
「ああ、それもそうですね」
「今回はね~、あれがいなくなるまでの間、使用権がないと使えない施設を使えるようにしてあげるわね~。という訳で、ついてきて~」
そう言って、神社に戻っていく命。
素直に命の後をついていく正樹と佑梨。
二日目から史上まれにみるレベルの大惨事を引き起こしたスライムのせいで、正樹と佑梨の異界攻略は早くも救済措置にすがることになってしまうのであった。
「じゃあ、ここに入ってね~」
命が正樹と佑梨を連れてきたのは、社務所の裏にある道場のような建物だった。
「ここは?」
「見ての通りの道場よ~。ただ、普通の道場とはちょっと違うけどね~」
正樹に対してそう答えながら、道場の扉を開ける命。
扉を開けてすぐ、下駄箱の向かい側に、誰の目にも明らかな黒い空間のゆがみがあった。
「で、これが見ての通り、ワープポータル的なやつよ~。この先にはいろいろな便利施設があるんだけど、今回は採取場を一時的に解放してあげるわね~」
「一時的に、ですか?」
「ええ、そうよ~。本来は使用権を解放する必要がある施設だからね~。それを使わせてあげるのが、救済措置ってことになるわね~」
「むしろ、使っちゃっていいんですか?」
「今回ばかりはね~。若い二人を何もできない状況で放置して、暇に飽かせて悪い遊びに手を出されたりしたら困るもの~」
「悪い遊び、ですか? こんな何もないところで?」
「悪さっていうのはね~、やろうと思えば何もないところでも結構思いつくものなのよ~」
佑梨の質問に、なんとも意味深なことを言う命。
実際問題、神代神社の異界分社にも市販の常備薬は置いてあるので、それだけでも悪いことはいろいろできる。
なお、死に戻りで完全回復する異界分社だが、何気に風邪をはじめとした普通の体調不良は発生する。
普通真っ当な精神をしていれば、それを治すためだけにわざわざ死に戻りするなんてしんどいことはしないというかできないので、結局常備薬は必要となるのだ。
「ちなみにはっきり言っちゃうとね~、私が一番警戒してるのは、暇に飽かせて勢いでエッチなことしちゃうことだったりするのよ~」
「「そんなことしません!!」」
「今はそうでもね~、暇な時間って本当にろくなこと考えなくなるものなのよ~。ここはこんな環境だからまともな娯楽なんて一切ないし~。二人とも教科書類とかちゃんと持ってないから、勉強すらまともにできないし~。料理の練習って言っても三人分だから限度があるしね~」
とんでもないことを言い出した命に対して、思いっきり抗議の声を上げる正樹と佑梨。
そんな二人の抗議に対して、真顔で真正面から反論する命。
その様子から、二人とも過去に何かあったらしいと察する。
「そこまで言い切るってことは、前に相当なことがあった……?」
「ええ、そりゃあもう、大変なことがね~」
恐る恐る聞いてきた正樹に、遠い目をしながらため息交じりにそう言う命。
命がそういう反応をするという時点で相当なことだろうが、それだけに何があったのか聞くのが怖い。
「二人の年頃的に、エッチなことをしたくなるのはある意味当然のことだけどね~。そうは見えないけど、佑梨ちゃんはまだ小学生だから、そういうことはしちゃだめよ~」
本当に真剣な顔で言ってくる命に気圧され、何も言えなくなる正樹と佑梨。
もっとも、真面目でヘタレなところがある正樹が、いくら同級生より第二次性徴方面で発育がいいと言っても、小学生である佑梨に性的な意味で手を出す度胸など欠片もないのだが。
「まあ、直接関係ない話は横に置いておいて~、一度入ってみましょうか~」
「「あっ、はい」」
いきなり雰囲気がガラッと変わった命に、完全に手玉に取られて声をそろえてそんな返事をしてしまう正樹と佑梨。
そんな二人の様子に、内心でかわいいと悶える命。
無論、そんな様子を外に出すことはしない。
そのまま、何事もなかったかのようにポータルをくぐる。
ポータルをくぐった先には、気持ち良い森に囲まれた花畑があり、真ん中にはちょっと豪華な宝箱がドドンと鎮座していた。
「ここが採取場よ~。見た目は森の中の花畑だけど、採れるものはランダムだから、普通に鉱石とかも取れるわね~」
「……まあ、異界だから見た目と一致しなくても不思議じゃないか」
「そうそう~。ランダムの範囲は、今入ってる異界で手に入る可能性があるもの全般ね~。だから、運が良ければ出現予定のモンスターのドロップも、草むしりしてる間に出てくるわね~。ちなみに、ここで手に入る素材は一度現物として出てからメモリーに化けるから、鑑定しなくても正体は分かるようになってるわ~」
「それ、すごくありがたいことなんでしょうけど、実際に物を見ると頭が混乱しそうです……」
「私も、解放した直後はいろいろと混乱したわね~。特に、花を採ったら大イノシシの牙に化けた時は、状況が分からなくてパニックになりそうだったわ~」
「「そのレベルでランダム!?」」
「そうなのよ~。ちなみに、中央の宝箱以外からは、ジョブとかのメモリーは出ないわよ~。あくまでも出るのは、いわゆる素材だけね~」
ちょっとした裏話をしながら、重要な仕様について説明する命。
その言葉で、宝箱以外からは武器などの装備品も出ないのだろうとあたりをつける正樹と佑梨。
二人が納得したとみて、命が説明を続ける。
「採取ポイントを全部採り終わったら、奥に出口のポータルが出るわ~。そこをくぐって出れば、次に入った時にもう一度採取ポイントが復活するのよ~」
「それ、回数制限はある?」
「採取ポイントのほうはないわね~。宝箱は一日一回、復活は午前五時よ~」
正樹の質問に、関係する情報を全て答える命。
それを聞いた佑梨が、もう一つ気になったことを質問する。
「ここで採った素材って、権限や加護の解放に使えますか?」
「もちろんよ~。運と根気があれば、ここの正式な使用権をゲットすることも不可能じゃないわ~」
命の説明を聞き、よしっという感じでぐっとこぶしを握る佑梨。
その可愛らしい様子になごみながら、最後のアドバイスを口にする命。
なお、命は特に説明していないが、当然のごとく採取場にもランクがあり、現在解放しているのは最下級のものだけだ。
それでも、初心者向け異界の激辛ぐらいまでは対応してるので、頑張れば一通りの施設の使用権ぐらいは解放できるのである。
「とりあえず、ここの使用権を目指すのもありだけど~、本命は専用装備の解放ね~。今回はあくまでも救済措置だから、使用権と必要素材がかぶったら専用装備を優先するのよ~」
「はい、わかりました」
「あと、使用権とか加護とかは、一つ解放すれば二人とも対象になるからね~。正樹君と佑梨ちゃんの二人分必要になるわけじゃないから、そこは注意してね~」
「あっ、それは助かる……」
「ですね」
命の補足に、ちょっとほっとする正樹と佑梨。
正直、同じことを二人分繰り返すとなると、かなり面倒だと思っていたのだ。
「それじゃあ、頑張ってね~」
説明すべきことを終えて、そのまま入り口のポータルから出ていく命。
そんな命を見送り、さっそくとばかりに足元の採取ポイントだと全力で主張している光る花をむしってみる正樹と佑梨。
記念すべき最初の一つ目は……
「……これ、スライムのヌチョヌチョした部分ですよね……」
「……多分。こっちはどう見ても何かの目玉だよね……」
あまり触りたくないビジュアルをしたあからさまにモンスタードロップで、いきなりテンションダダ下がりになる二人であった。