軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

神光教

「どうやらあの愛し子は殺し損ねたようだな」

「申し訳ございません!」

黒に銀糸の刺繍が施された祭服を身に纏った初老の男性の前に、黒い装束の人物が膝をつき頭を下げ必死に謝罪している。

「まあいい、獣王国の愛し子を担当していた者もへまを踏んだようだ。あちらは獣王に返り討ちになってしまったようだ。無事に戻ってきただけでも良かったとしよう」

「お優しい言葉、痛み入ります。

私はすぐに戻り、あの愛し子を抹殺して参ります」

「愛し子は既に国を離れ竜王国へと向かった。竜族の目をかいくぐって城内に侵入するのは簡単ではない。お前にできるか?」

「お任せ下さい!必ずや」

「そうか。竜王国には最近現れた愛し子がいるらしい。どちらにせよいつかは竜王国に侵入するつもりだったのだから、ついでに竜王国の愛し子も抹殺せよ」

「御意」

***

「はあっ?」

普段は少々難ありだが、宰相としてはこの上なく優秀なユークレース。

我が儘放題なアゼルダの要求にも笑顔を浮かべ受けてきたが、今回は勝手が違った。

笑みを浮かべようにも頬が引きつり上手く笑顔を作れない。

「失礼、もう一度言って頂けるかしら?」

ユークレースに再度問い掛けられたアゼルダの取り巻きの一人が口を開く。

「ですから、愛し子様がお茶会を開きたいと仰っているのです。それに合わせた衣装と装飾品を愛し子様と我らの分用意して頂きたい」

ユークレースは笑みを取り戻し、しかし冷ややかな眼差しで取り巻きの男性を見据える。

「……愛し子様のお茶会の開催と衣装の用意は承知しました。ですが、何故我が国がセルランダ国の者の、賓客でもない従者の身の回りの物まで買い揃えねばならぬのですか?

それは本来セルランダ国が用意すべき物では?」

「我等は愛し子様を楽しませる為に仕える者、主を楽しませる為に身嗜みも整えなければ」

「それは理解しました。ですが何故……」

何故それを竜王国側が揃えなければならないんだと怒りを抑え発言しようとしたユークレースの言葉を遮り、男が「それが愛し子様のお望みです」と言われてしまえば、ユークレースにもそれ以上反論する事ができなかった。

アゼルダの望みを退け、それにより精霊が怒りでもすれば一大事だ。

ジェイドのいない間に問題を起こすわけにもいかず、男の要求を粛々と呑むしかない。

しかし内心では決して表には出せない罵詈雑言が飛び交っていた。

アゼルダの我が儘だけでも悩みの種だというのに、最近ではその取り巻きからの要求まで増えてきていた。

「ああ、もう、とっとと賊を捕まえて帰って欲しいわっ!」

それは城で働く者皆が思っている事だった。

そしてユークレースが待ちに待っていた、ジェイドが獣王国から帰ってくるという報告が入ってきた。

喜んだのも束の間、帰還の報告と共に獣王アルマンと獣王国の愛し子セレスティンも竜王国に訪れる旨が知らされる。

竜王国の愛し子ではない他国の愛し子が二人……。

「どうしてそうなったのよ……」

更なる波乱の予感にユークレースは頭を抱えた。

そして竜王国に戻ってきたジェイド。

ユークレースが出迎えると、ジェイドと側近達だけでなく、獣王アルマンと獣王国の愛し子セレスティンと彼らに付いてきた獣王国の者達が集まっていた。

「お帰りなさいませ、陛下。

ようこそいらして下さいました獣王様、愛し子様」

「留守中問題はなかったか?」

「…………」

問題はあり過ぎだったため、ユークレースはジェイドの問い掛けにすぐ答えることができなかった。

もうどこから話して良いか分からなかったのだ。

「何かありましたか?」

どことなく機嫌が悪そうなユークレースに気が付いたクラウスが問いかける。

「ええ、言いたい事がいっぱいよ。私だけでなく皆ね」

獣王国からの来客を出迎えに来ていた城で働く者達が、ユークレースに同意するようにそこかしこでうんうんと頷いた。

「何があった?」

「セルランダ国からやって来た愛し子ですよ、陛下」

言っている意味が分からないとジェイドは首を傾げる。

愚痴は沢山あったが、この場にはアルマンとセレスティンもいるので、取りあえず場所を移す。

来客用の一室に場所を移したジェイド、アルマン、セレスティンと側近達を前にし、早速セルランダ国一行が来てからの出来事を報告したいところだったが、その前にユークレースには聞きたいことがあった。

「今竜王国にはセルランダ国の愛し子がいるというのに、何故このタイミングで獣王国の愛し子様がお越しになったのですか?」

竜王国、獣王国、霊王国、帝国には、同盟四カ国以外の愛し子同士が会わないようにと取り決めがある。

にもかかわらず、セルランダ国の愛し子がいる現在の竜王国に、獣王国の愛し子が来るということはよほどの理由があるはずだ。

「獣王国でセレスティンが見たことのない黒い服の賊に襲われそうになった」

ユークレースは息を呑む。

「その黒服の者とはもしかして……」

勘の良いユークレースは何かに気が付いた。

ユークレースが言わんとしている事を理解してジェイドはゆっくり頷く。

「恐らくセルランダ国の愛し子を襲った者と同じ組織と判断して間違いないだろう」

「単独犯ではなく組織と断じる理由はなんです?」

「セレスティンを襲おうとした者はアルマンによって退けられた後、捕縛しようとした直後に自ら命を絶ったので話は聞けなかったが、所持品に神光教の印が描かれた物があった」

「神光教……まだ存在していたのね」

ユークレースは険しい表情を浮かべる。

神光教。

こういった宗教は少なからずいくつか存在しているが、この神光教の困った所は、信仰すべきは神光教だけであり、他は邪道だといって他の信仰の存在を許さない過激な団体だということ。

過去には無理矢理改宗を求め、幾度も争いを起こしたことがある。

最近はそういった話も聞かず、てっきり潰えたものと思っていたのだが……。

「その神光教が賊の犯人と決まったわけではないが、愛し子を襲う動機はあるな」

精霊に愛される愛し子は精霊信仰の象徴とも言える。

神光教を唯一絶対としている彼らの考えからして、その象徴を消したいと思ってもおかしくはない。

「神光教が関わっている可能性があるというのは分かりましたが、それならなおのこと、愛し子様には獣王国にいらした方が警備面でも安全なのでは?

移動中に襲撃にでもあっては大事でしょう?」

ジェイドは少しの沈黙の後、口を開いた。

「……セレスティンが襲撃された時、一切精霊が騒がなかった。それどころか襲撃した相手に対しても何ら行動を起こさなかった。いや、セレスティンの側に精霊がいなかったというのが正しいか」

「そんなはずがないでしょう。愛し子が襲われて精霊が騒がないはずは……」

あり得ないと断じるユークレースの言葉を遮って「いや、間違いない」とアルマンが告げる。

ジェイドだけでなく、共にジェイドと獣王国へ行っていたクラウスとフィンも視線で同意を示す。

「襲撃された当時、まるで逃げるように精霊がセレスティンの周囲からいなくなった。

それにセルランダ国の愛し子が襲撃された時も、愛し子が怪我をしたというのに精霊は動かず、賊を逃がしているだろう?」

「そうですね」

そのジェイドの話にユークレースは僅かに考え込んだ後、何かを思い出しはっと顔を上げた。

「まさか精霊殺しの魔法!」

ユークレースがジェイドに視線を向けると、ジェイドは静かに一つ頷いた。

精霊殺しの魔法は、ナダーシャとの戦争の時に使われた、自然界や人の魔力から力を強制的に奪う魔法だ。

精霊は力を奪われる=死に直結してしまうので、その場から急いで離れたのだろうと推測される。

「精霊が理由なく愛し子の側を離れるなどそれしか思い付かない。

それにセレスティンが後々精霊達に話を聞いた所精霊殺しの魔法で間違いないと聞いた」

「まさかナダーシャと繋がりがあるわけではありませんよね?」

「それはまだ分からない。

自分達の信仰を唯一絶対としている神光教の者が、ナダーシャの神官と繋がっているとは考えづらいが、その辺りはこれから調べてくれ」

「そうですね、分かりました」

これからすべき事を大まかに頭の中で整理した後、再びジェイドに視線を戻す。

「賊が侵入した時に精霊がいなくなるというなら、異常事態にも気付きやすいですね」

「そうだな。だが精霊殺しの魔法を防ぐのは最高位の精霊でなくては無理だと、以前リン殿とコタロウ殿が言っていた。

そこでセレスティンには樹の最高位精霊がいる霊王国で暫く保護してもらってはどうかと提案したのだが……」

ジェイドが何かを含んだ眼差しをアルマンに向けると、言葉の先をアルマンが続ける。

「これだけ愛し子が狙われてるなら、次は霊王国か竜王国の愛し子が狙われる可能性がある。

地理的にいって、獣王国からは竜王国の方が近い。

それに今竜王国には殺しそこなったセルランダの愛し子もいるって聞いてな。

また殺しに来る可能性も考えて竜王国が狙われる可能性が高い。

それなら協力して捕まえた方がいいだろうということになってな。

まあ、それが一応の理由なんだが……」

ユークレース以外の者がちらりとセレスティンの方に視線を向ける。

ユークレースにはそれだけで何となく理解できた。

「ついでにジェイド様の番いとなられた方をこの目で確認しておこうと思いましたの」

勝ち気そうにセレスティンが答えた。

「そ、そうですか」

一番の理由は最後の、瑠璃と会うというのが大きいのだろう。

何せセレスティンがジェイドに懸想していることはここにいる誰もが知っている。

恋敵の敵情視察が目的だろう。

ユークレースがジェイドに視線を移すと、やれやれといった様子だ。

「ではルリには戻るように伝えますか?」

「そうだな。セレスティンも襲われた以上、ルリの所にも賊が行く可能性がある。

まあ最高位精霊の内二精霊が側にいて何かあるとは思えないが、警戒するに越したことはない」

それにセレスティンを守る為にも瑠璃の側にいるリンとコタロウの存在は不可欠だ。

それだけでなく、ジェイドもこれ以上瑠璃と離れていたくはないのだろうというのが、ユークレースの予想だ。

そもそも竜族が番いと何日も離れていること自体珍しく、それだけジェイドの我慢強さが窺える。

つまりそれだけ限界にきているということでもある。

セルランダ国の愛し子と会わせてはならないという問題はあるが、現在セルランダ国の愛し子が滞在しているのは貴賓室のある第二区なので、第一区で暮らしている瑠璃と会わせずにいるのはそう難しいことではない。

セレスティンの部屋も会わないよう第一区に用意するつもりだ。

「それで、セルランダ国の愛し子の事だが……」

セルランダという言葉が出た瞬間、ユークレースの眉間にしわが寄り目が据わる。

そしてここ数日の鬱憤を晴らすようにジェイドへ訴えた。

「ドレスや宝石を度々要求するのは序の口。

少し気に食わないことがあると癇癪を起こし、城の者に八つ当たり。

それでも反論しようものなら精霊に言いつけるぞが常套句となっています。

精霊の怒りを恐れて私を含め誰も口を挟めない状況となっております」

「セルランダ国は愛し子の教育もできていないのか……」

初めて事態を理解したジェイドは不快そうに眉をひそめこめかみを押さえる。

アルマンも呆れ顔だ。

そしてセレスティンに関しては怒りを顕わにしている。

愛し子である事に誇りを持っているセレスティンには、精霊の威を借り自分の要求を押し通すアゼルダの行いが許せないのだろう。

セレスティンにとって精霊とは世界を管理する崇高な存在であるのだが、アゼルダには我が儘を通す為の道具のように思っているのだろうと映った。

「何ですかそれ!精霊の恩恵を使い脅しを掛けるなどあってはならないことです」

「落ち着け、セレスティン」

「これが落ち着いてなどいられますか!?

精霊が子供の我が儘の道具にされるなんて許せません。私少し説教をして参ります!」

激昂し、今にも出て行こうとするセレスティンを、アルマンは慌てて止める。

「こらこら駄目だ。他国の愛し子と会うのは規約に反する」

「しかし、アルマン様!」

「ここは竜王国なんだからそいつのことはジェイドに任せとけ、なあジェイド」

話を振られたジェイドは、こっちに振らないでくれといった表情を浮かべるも、竜王国にいる以上責任者はジェイド。セレスティンの暴走を収める為にも何とかするほかない。

「ああ、こちらで対処するからセレスティンは大人しくしていてくれ」

「ジェイド様がそう仰るのなら」

惚れた弱み故か、何だかんだでジェイドの言う事は素直に聞くセレスティン。

アルマンはほっとする。いくら力の強い獣王と言えど、愛し子を押さえる術は持っていない。

アルマンは何かと行動的なセレスティンにいつも頭を悩ませているのだ。ユークレースも憐憫を向ける。

アルマンとセレスティンはクラウスに部屋に案内してもらうため退出し、ジェイドとユークレースはセルランダ国の愛し子アゼルダの部屋へと向かった。

「初めまして。私が竜王国の竜王です」

にこりとその秀麗な顔に最上級の微笑みを乗せる。

好印象を与える事で、この後の話し合いを穏やかに進めようと思っての事だったが、ジェイドは己の顔面破壊力を甘く見ていた。

ジェイドをぽーっと見つめたまま頬をほんのり染めるアゼルダ。

「あぁ、何だか嫌な予感がするわ」

そのユークレースの予感は的中する。