軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

一触即発

「ルリに連絡はしたか?」

執務室で書類にサインをしながら、ジェイドは室内で作業しているクラウスに問い掛ける。

「ええ、今朝早くに母に手紙を出しました。

コタロウ殿なら数時間で帰って来られますから今日か明日には戻って来られるでしょう」

「……今日だ」

それ以上は一秒も待てないとばかりに、言葉少なに告げるジェイド。

瑠璃がいつ帰ってくるかと、今朝からそわそわし通しだ。

作業スピードもいつも以上に早く、帰ってくる瑠璃との時間を確保しようと必死のようだ。

クラウスはくすりと笑いチェルシーに追加の手紙をしたためる為にペンを取った。

そこから各々仕事に勤しんでいた二人だったが、突然示し合わせたように手を止め顔を上げた。

「……何やら騒がしいですね」

「ああ」

竜族の並外れた聴覚が部屋の外の僅かな喧騒を聞き取った。

その騒ぎは段々と近付いてきているように思う。

何だか嫌な予感が二人の胸に渦巻く。

そしてとうとう部屋のすぐ外で言い争うような声が聞こえてきた。その直後挨拶もなく扉が勢い良く開いた。

そんな事は通常ではあり得ない。何せここは王の執務室。挨拶もなく開けるような礼儀知らずなことができるはずもない。

しかしそれを行ったという時点で竜王国の者ではないのは明らかだ。

案の定入ってきたのは竜王国の者ではなくアゼルダだった。

その後ろには、焦ったような表情で必死にアゼルダを止めようとしている兵の姿が見えた。

「ジェイド様!」

アゼルダは今現在行っている無礼など理解していないとばかりに、不躾にずかずかと執務室の中に入ってくる。

「し、失礼致します陛下、申し訳ございません!」

焦りを滲ませ室内に入ってきた兵は、ジェイドに深々と頭を下げた後、アゼルダへと向かう。

「あの、愛し子様、こちらは陛下の執務室です。どうぞお引き取り下さい」

恐る恐るという様子でアゼルダに声を掛けるが、もうアゼルダの意識はジェイドに釘付けとなっていて、話を聞いてはいないようだ。

「竜王様、これからお茶会を致しますからいらして下さい」

ぽっと頬を染めるアゼルダの目には隠しようもないジェイドへの好意が見えた。

最初に会った時にジェイドに一目惚れしてしまったらしいアゼルダ。

こうして機会があればジェイドを誘おうと必死になっている。

しかしアゼルダはセレスティンと会わせないために、第一区への立ち入りは許可されていないはずだ。

何故第一区にあるジェイドの執務室にいるのか……。

ジェイドがアゼルダの後に入ってきた兵に咎めるような眼差しを向けると、兵は申し訳なさそうにする。

「申し訳ございません。

愛し子様には第一区への立ち入りは許可できないと申し上げたのですが、どうしても陛下にお会いすると仰って。

お止めしたのですが、愛し子様がそれにお怒りになり精霊達が……」

その先は聞かなくても大体想像が出来た。

愛し子が怒るとその感情に精霊達が引っ張られるのはよくあることだ。

さすがの竜族も、精霊の怒りを買って無事ではすまない。

アゼルダをここまで通してしまったことは兵の力不足ではあるが、それを責めることはジェイドにできなかった。

精霊が出てきてしまったらジェイドでも止めるのは無理だろう。

ユークレースから話を聞いていたが、アゼルダは精霊の管理がまるでなっていない。

瑠璃ならばきっと精霊達を鎮めていただろうが、アゼルダはそれを利用して己の意思を通している。

面倒な者を預かってしまったとジェイドは頭が痛くなってきた。

ジェイドは兵から視線を外しアゼルダへと向き直る。

「愛し子殿……」

「愛し子だなんて他人行儀な、アゼルダと呼んで下さい」

恥ずかしそうにしながらもジェイドから視線を外さないアゼルダに、苦いものを感じる。

「ではアゼルダ殿。

申し訳ないが今は執務中なのでお茶会に参加はできない」

「そう言って何度誘っても参加してくれないじゃないですか。今日こそ良いでしょう?」

「それは申し訳ないと思っている。しかし、仕事なので理解して頂きたい。

後、第一区へ来るのは控えて頂きたいのだ」

「私はただあなたに会いたくて……」

アゼルダは悲しげに眉を下げる。

「意地悪で言っているのではないのだ。

現在第一区には獣王国の愛し子が来ている。四国同盟以外の他国の愛し子同士が会うのは規約に反する」

「あら他の愛し子もいるのですか?会ってみたいわ」

「いや、諍いを起こさない為に他国の愛し子が会うのはできないことになっているので会わせられない」

「大丈夫よ、そんなの。私仲良くできるわ」

そういう問題ではない。

それに無理だろう。

何せ既にセレスティンの中のアゼルダの印象は最底辺に位置している。

ジェイドから見ても絶対に二人は気が合わないと確信していた。

「取りあえず会わせられない。

セレスティンと会う前に第二区へ……」

「失礼しますわ」

ジェイドがアゼルダを兵に引き渡そうとしたその時、執務室の扉が開き、今まさに危惧していたセレスティンが姿を見せた。

ジェイドは弾かれたように扉の方向を向きセレスティンの姿を目に映すと、頬を引きつらせた。

「セレスティン……」

「何度かノックをしたのですが聞こえていないようでしたので勝手に入らせてもらいましたわ。

ジェイド様に少しお話がありまして……あら、その方は?」

セレスティンの視線がジェイドの側にいるアゼルダへと向かう。

アゼルダの側にはセレスティン同様数人の精霊が付いており、ジェイドから誰かと聞かずともセレスティンはその女性が誰か察せられた。

「そう、あなたがアゼルダとかいう……」

途端にセレスティンの眼差しが厳しいものとなったので、ジェイドとクラウスは焦りを滲ませる。

「セレスティン、外に出ていてくれ」

ジェイドが外に出るよう促すが、セレスティンの視線はアゼルダを見据えたまま。

そんなセレスティンの険しい眼差しに気付いていないのか、アゼルダがにこやかにセレスティンに向かう。

「あなたが獣王国の愛し子?

私はアゼルダよ、よろしくね」

そう言ってアゼルダは握手を求め右手を差し出したのだが、セレスティンは冷めた眼差しを向けたまま差し出された手をぱんっと払い落とした。

そんなに強く叩いたわけではなかったが、驚きもあったのかアゼルダは小さく悲鳴を上げる。

「きゃっ、何するの!?」

「私は精霊を道具のように扱う方と仲良くしようなどとは思いませんわ。馴れ馴れしくしないでほしいものです」

「な、何よそれ!せっかく仲良くしてあげようと思ったのに」

「頼んでなどいませんわ」

ふんっと顔を背けるセレスティンをアゼルダは睨み付ける。

一触即発の二人の会話をはらはらとしながらジェイド達は見守る。

愛し子二人の怒りに触発されてか、先程より精霊が集まってきているのはジェイドの気のせいではないだろう。

早く何とかしなければ、最悪の事態になってしまう。

ジェイドは意を決して間に入った。

「待て、二人共。

セレスティン、規約があるのは知っているだろう?話は後で聞くから今は取りあえず部屋に戻ってくれ。

アゼルダ殿も。お茶会をされるのだろう?第二区まで兵に送らせよう」

両者不満顔だったが、先にセレスティンが動いた。

「分かりました。少し頭を冷やしてきますわ」

理性的なセレスティンにジェイドもクラウスもほっとした。しかしアゼルダは……。

「嫌よ。こんな人嫌い。

私は愛し子なのよ、こんな馬鹿にされて引き下がれないわ!

みんな、こんな奴やっつけちゃってよ!」

折角セレスティンが引いたというのに、アゼルダは納得がいっていないようだ。

愛し子故にこのような対応をされたことがないのだろう。

顔を紅潮させながら怒りを顕わにしている。

近くにいた精霊達に向かい、アゼルダは命令する。

これにはジェイドもクラウスも顔色を変え、ジェイドはアゼルダを止めようと、クラウスはセレスティンを守ろうと動こうとしたが、先に冷静なセレスティンの言葉が響く。

「愛し子だから何だというのです。

そうやって自分の意に添わないと精霊を使う。まるで子供の癇癪ね。恥ずかしくないのかしら」

「何ですって!」

精霊はまだ動いてはいない。

竜王国には長く愛し子がいなかったので、愛し子同士が対立した場合どうなるか、ジェイドもクラウスも詳しくは知らないのだ。

今後精霊がどんな行動を取るのか分からない。

分からないこそ、恐ろしい。

これ以上言い争いをさせては駄目だと、ジェイドはセレスティンとアゼルダの間に立ち、二人の視界を遮断する。

そしてセレスティンに背を向けアゼルダの方へと向く。

「アゼルダ殿、気を静めて頂きたい」

「どうしてその人を庇うの!?」

「別に庇っているわけではない。

アゼルダ殿はお茶会をするのではなかったのか?私も参加させて欲しいのだが」

「けれど先程仕事があると断られたじゃない」

「いや、やはり仕事よりもアゼルダ殿とゆっくり話したいと思ってな。だから早く向かおう」

それを聞いたアゼルダはそれまで怒っていたのを忘れたかのようにぱっと表情を明るくした。

「本当ですか!じゃあ行きましょう」

ジェイドはちらりとクラウスに視線を向ける。

安堵の中にやれやれという感情も含まれた表情で、クラウスは小さく「頑張って下さい」と呟いた。

「クラウス、後は任せたぞ」

「かしこまりました」

頭を下げるクラウスと、不満顔のセレスティンを残し、ジェイドはアゼルダと共に執務室を後にした。