軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

気づいたもの

ユアンが去った執務室。

ユアンが去る時の表情が気になった瑠璃だが、それより今はフィンの事だと、ジェイドの机の上から飛び降り、それまで跪き漸く立ち上がろうとしていたフィンの前に立つ。

『フィンさん、すみません。フィンさんは悪くないのに』

本当はジェイドにフィンを処罰しないようにとお願いしたいところだが、この国の者でも無くよく知りもしない瑠璃が立ち入った事は言えない。

「先程陛下も言っていただろう。ユアンを止めきれなかった私の責任でもある」

そうは言われても、やはり瑠璃の中にはとばっちりという言葉が浮かぶ。

落ち込む瑠璃を見かねてか、普段通りに戻ったヨシュアが口を開く。

「そう気にすることないぞ、ルリ。罰にもなってない、罰なんだから」

『どういう事?』

「もうすぐナダーシャと戦争があるって知ったんだろ?」

『うん』

「そのナダーシャの戦争の前線の指揮を、陛下は信頼出来るフィンさんに任せるらしい。

けど、その為には陛下の護衛から外れる必要がある。王の護衛から一番危険な前線に送られるんだから、実質降格みたいなものだな」

危険って言っても人間相手では危険の内に入らないけどな、とからから笑うヨシュアの様子からは危機感は感じられず、それだけで戦争という言葉で強張る瑠璃の気持ちを軽くした。

しかし、気掛かりはもう一つ。

『でも第一区への立ち入り禁止って』

「戦争の準備をしてたら、忙しくて暫く第一区に来ている暇なんかないって。

んで、戦争が終われば戦争での功績で、また元の官位に戻すつもりだよ、陛下は。

周りの奴らも、フィンさんの官位が下がってたって、戦争に参加させるための措置だって思うだろうし。

そう思わないのは、自分のせいでフィンさんが処罰されたって思っているユアンだけ。

兄大好きのユアンへの処罰には、もってこいってことだ。本人を処罰するよりよっぽどこたえるはずだ」

『おおー』

そこまで考えているジェイドと、それを即座に理解したヨシュアに尊敬の眼差しを向ける。

だが、この場で気付いていなかったのは瑠璃だけのようで、別の意味で少し落ち込む。

「だから、ルリは気にすんな」

『うん』

わしゃわしゃと少し乱暴に頭を撫でられる。

「それに本来ならもっと厳罰でもおかしくないんだ。ルリが止めるから、これまで軽い罰ですんでただけで。それなのにあいつは」

『だって………』

そもそもユアンの言葉に怒っていたのは、瑠璃本人ではなく周囲の精霊達。

瑠璃自身はユアンに対して怒りなど微塵も感じていないのだ。

嫌味や罵声は、幼少期から散々あさひのせいで浴びせられてきたので、ちょっとやそっとの事じゃ気にしない。

スルー能力には自信がある。町中の雑音と一緒だ。

寧ろ、兄弟仲いいなあ位にしか思っていなかった。

被害者が何にも思っていないのに、罰を与えるのは良心が痛む。手を出されたわけでもないし。

………という事を話すと、ユークレースが「あなたあっちでどんな生活送っていたのよ」と、呆れと憐憫を含んだ突っ込みを入れられた。

そこから瑠璃の話へと移行した。

そこで活躍したのはヨシュアだ。

瑠璃が召喚された辺りから、森に追放されチェルシーに出会うまでの事を、詳しくジェイド達に話していく。

時々補足を入れる以外は、瑠璃自身も知らなかった裏事情などを聞き、ジェイド達と同じように眉をひそめたり、当時の怒りを思い出してもやもやしたり驚いたりと心情的に忙しかった。

そして、たまたまヨシュアとの話をユークレースに聞かれ、事情を知っていた事も付け加える。

まさかその時の話をユークレースだけでなくユアンにまで聞かれていたとは思わなかったが。

「…………なるほど。大体は分かった。

ルリはこの世界の者ではなかったのか」

「常識に疎いのは猫だからではなかったのですな」

ジェイドの言葉に続いたアゲットが納得顔で頷く。

「随分と酷い目に遭いましたね。ルリが愛し子でなかったら、今頃森の獣に殺されていましたよ」

眉をしかめるクラウスは、怒りを感じているようだ。

それはジェイドも同じようで「王と神官にはお仕置きが必要だな」と言いながらフィンに視線を向けると、何かを理解したらしいフィンが深く頷く。

何やら黒いものをジェイドから感じたが、瑠璃は見なかったことにした。

「王と神官は後回しとして、その王達によりルリが連れ去られたと思っている巫女姫だか。

ルリとは親しいのか?」

『幼なじみです。でも親しいかと聞かれたら、一方的にとしか答えられませんね』

と、今度はあちらの世界での瑠璃の生活やあさひによって被った被害の数々を話す。

段々と皆の視線に憐憫が含まれてくるが、瑠璃の口は止まらない。

『…………という感じです。

冤罪にかけられた事はむかつきますが、おかげであさひから離れられたかと思うと、なんとも微妙な感じです』

「それでもよく知る間柄である事には変わりないな」

そして真剣な表情へと変わるジェイドは、瑠璃の名を呼んだ。

「ルリ。これからナダーシャとの戦争が起こる。

今ある王を降ろし、新しく作り直す事になるだろう。

巫女姫は戦争の旗頭となり、積極的に戦争賛成を呼び掛けている。

王達により無理矢理巻き込まれたので命までは取らないが、ナダーシャで監視付きの生活になるかそれなりの処罰を与える事になるだろう。

無罪放免にすれば被害を受けた者達が納得しないだろうし、その者自身の身のためにも必要な事だ。

構わないか?」

瑠璃は静かに頷いた。

「ナダーシャとの戦争では、ルリにも手伝ってもらいたいんだが」

『私戦えませんけど………?』

「ルリを戦わせたりはしないさ。ヨシュアと裏方作業で手伝ってほしい」

『そういうことなら』

裏方なら自分にも出来そうだと、少し不安に思いながらも頷く。

「巫女姫に関して処罰を避ける事は出来ないが、何か願いはあるか?お前も被害者の一人だ。出来るだけの事はしよう」

瑠璃は少し考えた末。

『城に置いてきた私の荷物がまだあるなら、手元に戻したいです。

それと王達は、必要ならまた次の被害者を召喚すると言っていました。

私は同じような被害者を出したくない。だからその方法をこの世界から消してしまいたいです』

スマホなどは充電が切れもう使えないだろう。大学へ向かう途中だったのでたいした物は入っていなかったが、あちらの数少ない思い出だ、出来る事なら取り戻したい。

リンの話では定期的にあちらとの道が開くと言っていたが、人が落ちる程の穴は精霊の緩やかな時間感覚でも滅多に開かないという。

それでも落ちてしまう人の事はどうする事も出来ないが、故意に落とそうとする方法なら消すことが出来る。

今後使われる事がないように。

『後、王と神官長を一発ずつ殴らせて下さい』

目をつり上げ手に力を入れる瑠璃に、ジェイドはふっと笑みを見せた。

「一発と言わず、気が済むまで殴らせてやろう。爪で引っ掻いてやってもいいぞ」

なるほどそれは良い案だと、瑠璃は決戦前に爪を限界まで尖らせようと決めた。

「…………ところで、どうやって人が猫になっているんだ?」

がらりと、話を変えたジェイド。

瑠璃の全身を見渡し、猫と相違ない姿に不思議そうにしながら問うジェイドに、腕輪をしている腕をよく見えるように上げる。

『ちょっといわく付きのこの腕輪をすると、誰でも猫に変わっちゃうんです』

「竜族でもか?」

『はい』

試しに腕輪を付け、なんとも目つきの悪い猫になってしまったチェルシーの姿を思い出してしまった瑠璃は、顔がにやけるのを押し殺す為尻尾をぱたぱたと動かす。

「そんな物があるのか」

感心したように呟いたジェイドは、続いて「ルリの人間の姿を見せてくれ」と言った。

その瞬間、部屋中の視線が瑠璃に突き刺さる。

瑠璃の姿を知るヨシュアとユークレースは問題ないが、他四名の興味津々な目といったら………。

『…………暫く猫の姿でいます』

「何故だ」

『そんな大勢にまじまじと見られたら、元に戻りづらいですよ』

「そうか、では見ないようにするから」

『やです』

その後もジェイドからのしつこいまでの要求を振り切り、最後は執務室から飛び出した。

逃げ切った………かと思われたが、夜、何故か瑠璃はジェイドの部屋にいた。

『あのですね、ジェイド様。

なにゆえ私はこの部屋にいるのでしょう……』

「何がだ?いつもこの部屋で寝ているだろ」

不思議そうにするジェイドだが、ジェイドが言うのはまだ瑠璃が人間だと知らなかった時のことだ。

今は違う。

『それは猫ということになっていたからで、人間って分かった以上、男女が同じ部屋で寝るのは如何なものかと思います』

「猫であろうがなかろうが、すでに何度も寝ているんだから、今更関係ないだろ。

それに今ルリは人間ではなく猫の姿なのだし」

『いや、でもですね……』

「ルリはそんなに私と一緒は嫌なのか?」

『うっ………』

騙されてはいけない。騙されてはいけない。

そう思うも瑠璃はたじろぐ。

瑠璃が素っ気なかったり側から離れようとした時に時折見せる、少し眉を下げ寂しそうな目を向けるジェイドのその表情に瑠璃は弱かった。

ジェイドは最近それを分かっていて、ここぞという時に使っているように思えてならない。

そう思うのだが、普段の自信と揺るぎない個を持つジェイドの見せる弱さに、瑠璃はこう言うしかなかった。

『………嫌じゃないですよ』

瑠璃が了承した途端、口角を上げしてやったりというような笑みを浮かべるジェイドに、やはり確信犯かと瑠璃は溜め息を吐く。

『ジェイド様に奥さんが出来たら自分の部屋に行きますからね』

「それなら当分先だな」

満足そうに笑みを浮かべジェイドは瑠璃の頭へと手を伸ばす。

頭を撫でるのかと思いきや、そのまま自然な動作で流れるように瑠璃の腕輪をはめている腕に手を伸ばした。

………が、本能的に危機を察した瑠璃は、さっと手を引っ込める。

上手く避けられた事にジェイドはちっと舌打ちをした。

『油断も隙もない』

「いつかは見ることになるのだから、早く楽になった方が良いと思わないか?」

『そう、がつがつ来られると余計に見せづらいんですってば!』

ジェイドは残念そうにしながらも、諦めたのかそれ以上はその事には触れず、そのまま就寝した。

***

深夜。

気持ち良さそうに寝息を立て眠りに就いている瑠璃の横で寝ていたジェイドが、ゆっくりと起き上がる。

瑠璃が寝ている時は精霊達も気を使い離れているので、この部屋にいるのは瑠璃とジェイドだけだ。

つまり、邪魔者はいない。

息を殺しながら、ジェイドの反対を向いて眠る瑠璃に近付くと、瑠璃の頬をつつき、眠っている事を確認する。

少しヒゲがピクピク動いたものの、瑠璃はぐっすりと眠っている。

起きないのを確認すると、ジェイドはそーっと瑠璃の腕へと手を伸ばす。

そしてゆっくりと瑠璃の細い腕から腕輪を抜き取った。

すると、腕輪を取られた瑠璃は人間の姿へと戻った。

猫の時のまま、丸くなって眠る瑠璃の姿に自然とジェイドの顔に笑みが浮かぶ。

部屋は真っ暗で髪の色までは分からないが、竜族は夜目が利くので、瑠璃の姿はよく見えている。

思っていたより若そうな年齢。

チェルシーの見た目位の年齢ではなくて良かったと、ジェイドはほっとする。

次に瑠璃の顔を確認しようと、瑠璃の顔を隠していた長い髪の毛を除けたジェイドは、その顔を見て息を呑んだ。

部屋は真っ暗で、さらさらとした触り心地のいい髪の色も、閉ざされたままの瞳の色も見る事は出来なかったが、ジェイドにはその色が分かった。

髪は輝くような白金色、瞳は深い青色だと。

ただ一度会っただけの少女。

今、アゲットが血眼になって探している人物だ。

瑠璃の存在で、すっかり興味を失っていた少女だが、その希少な色を持つその顔は忘れてはいない。

まさか、瑠璃と同一人物だったとは……。

驚愕と同時に納得もした。

瑠璃が、クラウスの元に訪ねてきたのは、少女と会った翌日。

どうりで見つからないはずだ。

ずっと猫になっていたのだから。

ふとジェイドはアゲットが以前に言っていた事を思い出した。

僅かに言葉を交わしただけで、惹かれるという事は、何かしらその女性に感じるものがあるからだと。

竜族とはそういう生き物だと。

確かにその通りだと、ジェイドは思った。

人間だと知ってから、明らかに瑠璃へ対する感情が変化したのを感じる。

いや、猫だということで、感情を制限していただけなのかもしれない。

瑠璃が側にいない時の喪失感と、家出と聞いた時の自分らしくない動揺っぷりが全てを表している。

「アゲットが喜びそうだ」

きっとこれまでのように、嫁だ嫁だとは言わなくなるだろう。

ジェイドは瑠璃の髪を一房手に取ると、唇をおとした。

そして、瑠璃の腕に腕輪を戻すと、何事もなかったように瑠璃の隣で眠りに就いた。