軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

帰還

『何度も言いますけど、私猫じゃなくて人間なんですよ。分かってます?』

「ああ、分かってる分かってる」

そう言いながら蕩けるような笑みで瑠璃を撫でるジェイド。

全然分かってないっ……。

現在瑠璃はジェイドの膝の上。

人間と知られてからは、躊躇いと気恥ずかしさから、いつものようにジェイドの膝の上には乗らないようにした。

だが、それがジェイドは気に食わないようで、強制的に膝の上に乗せられる。

抵抗するが、しまいには「仕事が進まないから座ってなさい」とユークレースに言われ、結局猫だと思われていた頃と全く変わらない生活を送っている。

瑠璃が猫ではなく人間だったという事は、城で働く者達にも周知の事となったが、人の姿を見せていないからか愛玩動物に向けるような視線は相変わらず。

変わったものがあるとすれば、ジェイドの瑠璃へ向ける行動や表情。

これまで以上に、過保護さと可愛がり方に拍車が掛かったような気がする。

今までも十分ジェイドの側にいる事が多かったが、増して瑠璃を側に置くようになった。

それに関してはさほど気にはしていないが、瑠璃が一番困っているのは、ジェイドが瑠璃に向ける表情。

今も、仕事が一段落し、休憩という事でジェイドと二人っきりになると、引き出しからお菓子の入った瓶を取り出した。

ふたを開け中からお菓子を指で取ると、それを瑠璃の口元へと持ってくる。

「ほら、ルリ」

『ひ、一人で食べられます』

そう断るも、ジェイドは瑠璃の口元にお菓子を持ってきたままの状態で手を止める。

ジェイドの無言の微笑みからは、ジェイドが引かないことを察し、瑠璃は仕方なく口を開ける。

まるで飴玉のようなお菓子だったが、口に入れた瞬間サクッとしてホロッと口の中で溶ける、食べたことのないその味と食感に瑠璃は感動した。

『おいしいっ!』

「霊王国に行った時の、お土産だ。

猫にどうかとは思ったが、瑠璃は普通に私達と同じ食事をしていたから大丈夫かと思ってな。

しかし、人間だったのだからその心配も杞憂だったな。

もっと食べるか?」

『はい!』

あまりの美味しさに、羞恥心は何処へやら、もう一個もう一個とジェイドに食べさせて貰う瑠璃。

最近口に出来なかった甘い物の誘惑に負けていた瑠璃が、ふと我に返りジェイドの顔を見上げる。

すると、ジェイドは微笑んでいた。

愛おしいと言わんばかりの慈しみに満ちた笑み。

それは愛玩動物の猫に向けていたものとは違う、甘さを含んだ笑み。

最近ジェイドはそういう表情を瑠璃に向ける。

正直止めて欲しいと瑠璃は思う。

まるで好きだと思われていると勘違いしそうになる。ただペットとして好きなだけなのに………。

その一方、あれ程しつこかったのに、ぱたりと人間の姿を見せてくれとは言わなくなったジェイドを不信に思った。

そんな折、漸くコタロウが会いにやって来た。

ナダーシャとの戦争も目前に迫り、準備の為にジェイドも瑠璃に構っていられない程忙しくなってきた。

邪魔をしないよう瑠璃が精霊達と庭で日なたぼっこをしていると、雲より上にあるはずの第一区の庭にいる瑠璃に影が差した。

不思議に思い見上げると、真っ白い毛をした生き物のお腹が見え、その生き物が上から降ってきた。

「うにゃあぁぁ!」

あわあわとする瑠璃。

ぶつかる!っという予想に反し、白い生き物は高い所から落ちてきたにも関わらず、音も衝撃もなくふわりと庭に降り立った。

真っ白で毛足の長い狼。

人間の姿の瑠璃よりも大きな狼に、瑠璃は息を呑んだ。

何故こんな所に狼がいるのかとか、何故背に大きな袋を背負っているのかとか疑問が浮かぶが、それ以上に食われるかもしれないという恐怖心が襲う。

じりじりと後ずさる瑠璃。

不思議そうにこてんと首を傾げる狼。

一瞬、可愛いと思ってしまったが、相手は狼。隙を見せれば襲われると気を引き締める。

が、警戒心剥き出しの瑠璃を余所に、リンがぱたぱたと羽ばたきながらその狼へと近付いていく。

『リン駄目!』

『あら、大丈夫よ。コタロウだもの』

『……へ?コタロウ?』

信じられない気持ちで白い狼へと視線を向けると、嬉しそうに尻尾を振る。

『うむ、我はコタロウだ。やっとルリに会えた』

『しゃべったぁ!』

驚く瑠璃に、呆れたようにリンが突っ込む。

『そりゃあ、喋るわよ。そもそも話せなかった事の方がおかしいのよ、説明したでしょう?』

『コタロウが自分の属性じゃない体を使ったからでしょう?ちゃんと覚えてるって。

ただ、あまりにも驚きすぎて………』

ずっとコタロウはぶもぶもとしか鳴かず、コミュニケーションを取るのに苦労していたのだ。突然流暢に話されれば驚く。

『えっと、とりあえず、おかえりコタロウ』

コタロウと聞いたので、もう恐怖心はない。

コタロウとの体格差から見上げると、コタロウは瑠璃と視線を合わせる為にふせの体勢を取る。

『ただいま、ルリ。

どうだ、世界中を探してルリ好みの体を見つけた。ルリ好みになったか?』

これまで精霊達を通しての会話を、直接コタロウとやり取りする事に新鮮な気持ちになりながら、瑠璃はコタロウの周囲を回りながら見渡す。

毛足の長い真っ白な毛はもふもふとしていて気持ち良さそうだ。

実際に触ってみると、柔らかく滑らかな触り心地の毛で最高だ。

瑠璃は我慢出来ずコタロウの体に飛びつくと、ふわっとした毛が瑠璃を受け止めた。

コタロウ自身の体も程よく肉が付いているので骨にぶつかる事なく柔らかで、何とも言えない気持ちよさだ。

これは是非ともお昼寝のベッドにしようと、瑠璃は思った。

体温も温かく伝わってきて、コタロウに寄りかかって寝れば爆睡出来そうだ。

『幸せ』

瑠璃が喜んでいる事が分かり、コタロウの機嫌も最高潮に上がり、これでもかと尻尾を左右に振っている。

『水のも、ちゃんとルリに会えたようだ』

『もう水のじゃないわ。リンよ』

以前、コタロウが瑠璃に付けられた名を自慢気に告げたように、今度はリンが自慢気に名を告げる。

『リンか、良い名だ』

『でしょう。………ところで、背に背負っている荷物は何?』

先程から気になっていたものだ。

リンの問い掛けに、瑠璃もコタロウの体から離れ、布に包まれた荷物へと視線を向ける。

『ルリのお土産だ』

コタロウは風の力で背から荷物を地面へと下ろす。

その行動に、やはりコタロウは風の精霊だったんだなと、漸く瑠璃は信じる事が出来た。

別にリンを疑っていたわけではなかったが、やはりこれまで力を使う所を見ていなかった為、どこか信じ切れていなかった。

大きな風呂敷のような布に包まれた荷物の中には、食材から衣類、装飾品など色々入っていた。

『コタロウ、お金なんて持ってたの?』

これだけ揃えるのはかなりのお金が必要になりそうだ。チェルシーさんからもらったのだろうかと瑠璃は不思議に思う。

『いや、我が町に降りたら、町の者が貢ぎ物だとこぞって持ってきた。

沢山もらったから、ルリのお土産になりそうなのだけ見繕ったのだ。ルリ嬉しいか?』

『うん、ありがとう。

今度は私から何か贈り物するね』

途端に尻尾を振るコタロウ。

瑠璃への貢ぎ物まで持って帰ってくるとは、まさに忠犬。

体も変えたから、尚更忠犬らしくなった。

『そう言えば、コタロウの前の体はどうしたの?』

『邪魔だから置いてきた』

『食べられてないよね………』

魔獣も美味しく頂くこの世界。

食べ応えありそうなコタロウの体が、心配だ。

元はただの魔獣と言えど、やはりコタロウだったものが食べられるのは嫌な感じがする。

ジェイドに確認を取ろうと、瑠璃は心に留めた。

暫くコタロウと戯れていると、ヨシュアがやって来た。

「よっ、ルリ」

『どうしたの、ヨシュア。

今は準備で忙しいんじゃなかった?サボり?』

「今そんな事したら、親父に殺されるって。俺としてはしたいけど。

てか、それ何?霊王国の聖獣じゃんか」

驚き目を見張りコタロウを見るヨシュア。

『コタロウよ。

コタロウ、ヨシュアよ。チェルシーさんのお孫さん』

「ああ、例の風の精霊か。ルリに会いに来たのか」

『ふむ、チェルシーの孫か。ルリが世話になった。我の事はコタロウと呼ぶがいい』

「そりゃあどうも………なんかルリの保護者みたいだな。

まあいいや、ここに来たのはルリに今後について話しておこうと思ってな」

ヨシュアはその場に胡坐をかき座り込んだ。

「もう直ぐナダーシャの軍が国境を越えて、竜王国内に侵攻してくる。

どうやら巫女姫も軍に加わっているらしい」

『はぁ!?どうして。戦えるわけないのに』

瑠璃のように自在に魔法が使えるならまだしも、あさひは人間にしては多くても亜人と比べれば少なく、使えるのも魅了の魔法だけのはず。

それとも使えるようになったのだろうか。

それにしたって無謀だ。戦争などテレビの中の出来事でしかない平和な国に生きてきた、平和ぼけした一般人が人が殺し合う場に立つなど。

「直々に乗り込んでルリを取り返すつもりだろ」

『あんの、おバカ!』

「まあ、安心しろ。一応巫女姫は生きて捕らえるように通達されている。まあ五体満足かどうかは分からないけど………」

ヨシュアはそっと視線を逸らした。

『なに、その不安になる言葉』

「だってよ、人間対竜族だぞ。

そもそもの力量が違うし、ルリも訓練している所見たと思うけど、竜族の奴らって戦闘狂ばっかりだから。

手加減忘れて突っ込んだら、人間なんてひとたまりもないって。ただでさえ人間の体って弱っちいし」

人間が弱っちいのではなく、竜族が異常なのだ。

他の亜人でも、矢が刺さったり、お腹に穴が開いていれば重傷だ。竜族のようにへらへら笑って訓練を続けたりはしない。

次に見たとき、あさひが人の姿をしていなかったらどうしよう………。と瑠璃は激しく不安になってきた。

夢に出そうだ。

『わ、私も行こうかな』

あさひと違い、戦う勇気はないが身を守る力はある。

だが、ヨシュアが待ったを掛ける。

「それは駄目だ。ルリは俺と一緒にナダーシャの城に行く事になってるから」

『どうして城に?』

「軍を竜王国に送れば、それだけ城の守りが手薄になる。王は竜王国を潰す気で、かなりの兵を出しているからな。

その隙を突いて、王と神官の捕縛。後、ルリの要望だった荷物を取り戻して召喚魔法の破壊をする」

『でも私、荷物がある場所も召喚の方法も、何も知らないんだけど』

「そんなの俺がばっちり調べてるよ。ルリは付いて来てくれればいい」

『おお、流石諜報員』

瑠璃は尊敬の眼差しでヨシュアを見る。

「ついでに王と神官に一発ぶちかますんだろ?」

『そうだった。なら、爪研いどかないと』

手をわきわきとさせて、今は先が丸い爪を出す。

「おう。思いっきり引っかき傷付けてやれ」

ナダーシャが国境線を越え竜王国に進軍してきたと報告が来たのは、それから半月後の事だった。

「ふふふ、首洗ってまってなさいよ、王と神官!!」