軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

潜入

空間の中に飛び込んだ瑠璃を待ち構えていたのはリディアだ。

「リディア、お願いがあるの」

いつになく真剣な表情で切り出す瑠璃に、リディアは微笑む。

『大丈夫よ。説明の必要はないわ』

リディアがパチリと指を鳴らすと、そこはリディアと契約者しか立ち入れない、空間の裏の世界。

螺旋階段に幾多と並ぶ扉。

その中の一つの前に、瞬く間に移動していた。

『ここが獣王の空間よ』

空間を管理する時と空間の精霊だからなのは分かっているが、これだけ多くの空間の中から特定の者の空間の部屋を一瞬で探し出すのだから、素直に感嘆する。

「ありがとう、リディア」

いちいち説明が必要ないというのは、時間を急いている瑠璃にとっては非常に助かる。

無用な時間はアルマンの命にかかわるのだから。

離れていても情報を共有できる精霊同士の能力にこれほど感謝したことはない。

瑠璃は躊躇うことなく目の前の扉を開き、中へと足を踏み入れた。

迷っている暇などない。

部屋の中はたくさんの貴金属で埋め尽くされていた。

大国の王の空間というにふさわしい煌びやかな光景だが、空間の広さ自体は、瑠璃どころか、先日入ったクォーツの空間より小さい。

だがまあ、一般的な者の空間に比べたら十分すぎるほど広いのは確かだ。

それだけアルマンの魔力量が多いのが分かる。

しかし、今は広さや中にある品物を気にしている場合ではない。

「リディア、外に出る出口作って」

早く早くと急かすように、瑠璃はリディアに頼んだ。

リディアはすぐには動かず、少し間を置いて困ったように眉尻を下げた。

『……私としては、ルリに危険な場所に行って欲しくはないんだけど』

「私じゃないと駄目なの。それはリディアなら分かるでしょう?」

原初よりこの世界に存在する精霊は、下位の精霊だからとあなどれるものではない。

下位の精霊ですら、国一つ滅ぼすのは容易いのだ。

そんな精霊を唯一止められるのは愛し子だけ。

そしてそんな愛し子が敵となっているなら、格上の愛し子が相手をするしかない。

セレスティンでは負けてしまった以上、瑠璃が行くしかない。

最高位の精霊を従属させている瑠璃でなければ。

もしかしたら霊王国にいる樹の最高位精霊も状況を知り、霊王アウェインや霊王国の愛し子ラピスが動き始めているかもしれないが、獣王国にたどり着くまで時間がかかる。

空間を渡るという反則技が使える瑠璃が動くのが一番早いのだ。

戦争の最中に行くのだから、瑠璃とて怖いという気持ちがないわけではない。

だが、それ以上に感じるのは怒り。

セレスティンをあれほどに傷付けるなど……。

それも精霊を使ってというところに一番の怒りを感じる。

セレスティンは愛し子ながら、その立場に驕ることはなく、精霊に対する敬意を忘れてはいなかった。

それは精霊信仰が厚い獣王国出身ということもあるのだろう。

けれど、そんな精霊への信仰心の強いセレスティンに精霊をけしかけるなど。

精霊が敵に回り、それどころか攻撃されても、セレスティンは抵抗しなかったに違いない。

セレスティンにとっては神に刃を向けるようなものなのだから。

「私、今すっごくムカついてるのよ。セレスティンさんを攻撃するよう命令した愛し子ってのにも、異世界から来た愛し子を利用して戦争を起こすような輩にも」

『まったく、無鉄砲なんだから』

リディアは呆れた表情をしながらも、瑠璃を止めはしなかった。

リディアの力により、外へと繋がる出口が作られた。

この先にアルマンがいるはずだ。

『どうやら外は地下牢のようね。先に風のが精霊に命じて動かしたようで、牢番の姿はないようよ』

「そうなんだ」

コタロウからの援護は瑠璃を勇気づけた。

「獣王様、無事だといいけど……」

敗戦国の王がどんな扱いをされているのか、考えるだけでも恐ろしい。

だが、リディアがなにも言わないところを考えると、まだ生きている。

最悪、生きてさえいれば、ジェイド達からもらった竜の薬で助けられる。

瑠璃は今一度気合を入れるために、みずからの両頬を自分で叩くと、意を決して作られた出口に進んだ。

『気をつけてね、ルリ』

「うん。ありがとう、リディア」

お礼を言って、瑠璃は外に飛び出した。

出口の先は、リディアが言っていたように地下牢のようで、薄暗く冷たく淀んだ空気が充満している。

三方を石造りの壁が囲み、一方には鉄格子がついている。

魔法を使わなければ瑠璃の力では到底壊せないだろう、頑丈な造り。

瑠璃は鼻を突く鉄臭い臭いに顔をしかめ、鉄格子から周囲を見渡すと、他の牢に兵士の姿が確認できた。

すべての兵士がこの地下に収容されているのではないかと思うほどの人数が、いくつもの牢の中に押し込められている。

誰もが絶望に彩られた顔をしており、ぐったりと床に寝ている者も少なくない。

その中の一人が瑠璃を見ると、驚愕した顔をする。

「愛し子様……?」

「お前なに言ってんだよ。こんなところにセレスティン様がいるわけないだろ」

「違う。竜王国の愛し子様だよ!」

「はあ? お前とうとう幻覚でも見えるようになったのか?」

瑠璃と目が合った兵士が驚くように声を上げると、別の兵士が疲れ切った声と表情で迷惑そうに顔をしかめた。

「いや、ほら」

兵士が瑠璃に向かって指差すと、迷惑そうにしていた兵士だけではない、幾人もの兵士が瑠璃を見つけ、口を大きく開いた。

「お、俺も幻覚見てるのか?」

「いや、俺にも見えるんだけど。幻覚? 夢? おい、誰か俺を殴ってくれ」

すると、隣にいた兵士が遠慮なくその兵士を殴った。

ゴッというあまりに痛そうな音を立て、殴られた兵士は痛いからなのか嬉しいからなのか涙を流し始める。

「痛い……。じゃあ、幻覚でも夢でもないのか?」

「本物の愛し子様だ……」

その言葉で、それまで悲壮感を漂わせていた兵士達の空気が一変した。

「愛し子様ぁぁぁ!」

「助かるのか、俺達」

「やった! やったぞ!」

歓喜と安堵。それらの感情が兵士達から伝わってくる。

けれど、騒ぎ出す兵士達に瑠璃は慌てた。

「しー! 静かに。牢番が来たら困るから!」

瑠璃がそう注意すると、ぴたりと声が止まる。

しかしすぐにまた口を開く兵士が続出した。

その声には焦りが多く含まれている。

「愛し子様。どうかアルマン様をお助けください!」

「もう限界です。このままだと、いくら陛下でも危険です!」

口々にアルマンの心配をする兵士達の姿に、アルマンは慕われているのだなと感じた。

「そのつもりで来たんだけど、獣王様はどこ?」

アルマンの空間から出たのですぐ近くにいるはずだ。

「後ろです、後ろ!」

その言葉を聞いてルリが後ろを振り返ると、奥の石造りの壁に両手両足を拘束具で磔にされたアルマンの姿があった。

ただ磔にされているだけならまだいい。

だが、アルマンの衣服は引き裂いたようにところどころ千切れてぼろきれのようになっており、そこからは血が流れていた。

まさにボロボロ。兵士達が必死になって助けを願うのが分かるほどひどい状態だ。

その姿を見ただけで、考えたくもない扱いを受けたことが嫌でも伝わって来てしまい、瑠璃は絶句し顔色は青ざめる。

「獣王様……?」

恐る恐る囁くように呼び掛けるが、アルマンからの返事はない。

拘束され、立ったまま意識を失っているようだ。

ただ寝ているだけなどと楽観的なことは考えられない。

気を失っているという方がきっと正しい。

『ルリだー』

『ルリの命令を聞けって言われたのー』

『僕達なにすればいい~?』

どこからともなく集まってきた精霊の無邪気な声色に、頭が真っ白になっていた瑠璃ははっと我に返る。

自分はここに来た目的を思い出したのだ。

呆けている暇などない。

「皆、獣王様の顔持ち上げて。薬を飲ませるから」

『はーい』

『りょーかーい』

精霊達がわらわらとアルマンの顔に集まって、俯いていたアルマンの顔を強制的に持ち上げる。

瑠璃は急いで自分の空間から竜の薬を取り出すと、アルマンの口をこじ開けて瓶を突っ込んだ。

瓶に入っていた薬が全部アルマンの口の中に消えていく。

それを見てから、瑠璃はしまった! と気がついた。

「あっ、竜の薬は効き目が強すぎるから、多すぎると逆に毒になるとか前にヨシュアが言ってたような……」

しかし、もう遅い。

瓶の中はすでに空っぽだ。

「ヤバイ、どうしよう! 吐き出させるべき!?」

以前に説明は受けていたが、ずいぶんと前のこと。

今回は瑠璃が先を急ぐあまり、そして、ジェイド達も早く助けなければと焦るせいか、瑠璃に再度説明はしなかった。

皆が皆、心に余裕がなくて注意し忘れていたに違いない。

動揺する瑠璃をよそに、アルマンの体から傷が消えていく。

そして、ゆっくりと閉じていた瞼が開いた。

「……う。気を失ってたか。あいつら好き放題やりやがって……」

目を覚ましたアルマンは磔にされたまま、愚痴をこぼす。

そして目の前に立つ瑠璃を見て固まった。

「……は?」

たっぷりの沈黙の後に出てきた呆気にとられた声。

瑠璃を、まるで幽霊でも見たかのように驚いた眼で見つめるアルマン。

「お前、こんなところでなにしてんだ?」

「もちろん、助けに来ました!」

ドヤ顔で胸を張る瑠璃に、アルマンは理解が追い付かないようだ。

「いや、どうやってここに入ってきたんだよ」

「帝国で第四皇子の空間から証拠の品をくすねてきたことを忘れたんですか? 獣王様の空間を通って、ここに出てきたんです」

「そんな手があったか……」

驚くアルマンは、そこでようやく自分の体の状態に気がつく。

「傷がない」

「竜の薬を飲ませましたから。あの……、どこか体調におかしなところはありませんか?」

「そうか。感謝する。体調は問題ない。むしろ若返った気すらする」

「それは良かったです」

竜の薬の製造方法は秘匿されており、おいそれと分けてもらえるものではないと分かっているからこその感謝の言葉。

だが、その裏で瑠璃がほっとしていることに気がついてはいない。

さすが獣王という地位にいる人。

普通なら数滴で効果が現れる竜の薬を一本飲んだぐらいではなんともないようだ。

「陛下ぁぁぁ!」

「ご無事でよかったです!」

「愛し子様、ありがとうございますぅぅ」

号泣しながらアルマンの無事を喜ぶ兵士達に、アルマンは複雑な表情をしている。

「獣王様、その枷外せますか?」

「いや、これは魔封じの枷だ。力が出せないから俺でも壊せない」

「そうなんですか」

試しに瑠璃が触れてみるが、魔封じの代物であるのと同時に、枷としてもかなり頑丈に作られており、人間では不可能だ。

そう、ジェイドと同調する前の瑠璃であったなら。

瑠璃が思いっ切り力を入れて引っ張ると、壁に埋め込まれるようにして設置されていた枷がバキンと音を立てて壊れた。

自分でしておきながらびっくりしていたのは瑠璃だけではない。

アルマンも少しだが驚いている。

「竜族と同調すると人間でも肉体が強くなるとは聞いていたが、ここまで強くなるのか」

その声は純粋に感心した様子だ。

「私も自分でやって驚いてます」

「まあ、お前の場合は魔力自体も人間なのにジェイド並みに強いからな。そのおかげなところもあるだろ。とりあえず、その調子で他の枷も壊してくれ」

「はい」

瑠璃は言われるままにアルマンを拘束する魔封じの枷を壊していく。

両手両足を解放されたアルマンはすっきりとした顔で、先ほどまで拘束されていた手首を撫でている。

「それにしても、獣王様ほどの人をよく拘束できましたね」

「相手は精霊を使う愛し子がいたからな。魔法も使えないわ、兵士を人質に脅してくるわで、素直に拘束されるしかなかった。そしたら、ファガールの奴らめ、俺を拷問し始めてな。いたぶられる俺の姿を兵士達に見せることで、尊厳を奪い兵士の士気を削るためだろう」

瑠璃が兵士達を見ると、彼らの手にも魔封じの物と思われる手枷をされている。

王が目の前で拷問されているのをこれ見よがしに見せるなど、なんて悪趣味なのだろうか。

「気分が悪くなりますね」

「まったくだな」

やれやれという様子のアルマンは、少し話しづらそうに切り出した。

「それよりも聞きたいんだが……。あー、なんだ……」

聞きたいと言いつつ、アルマンはなかなか話し出さない。

けれど、瑠璃はすぐに察し、笑顔を向けた。

「お二人とも大丈夫ですよ。セレスティンさんは大怪我を負った状態でたどり着いたんですが、竜の薬で完治しています。パパラチアさんも、そんなセレスティンさんが守り切ったので、母子ともに無事です。獣王様のことをひどく心配していました。早く宮殿を取り戻して元気な姿を見せてあげてください」

「そうか」

アルマンはほっと緊張が和らいだ顔をした。

心配をしていたのはアルマンとて同じだったのだ。