軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

愛し子には愛し子を

執務室に集まった側近達は、一様に深刻な表情をしていた。

まさか獣王国が落とされるとは思っていなかったからだ。

「ファガールったら、なんて馬鹿なことをしでかしてくれたのかしら。獣王国を落としたら、我が国や霊王国が黙っていないと分かるでしょうに」

ユークレースはこめかみを押さえる。

「霊王国には樹の最高位精霊がいるし、こっちには風と水の最高位精霊を従属させているルリがいるのよ。ファガールごとき小国が勝てるわけないじゃない」

同感だというように全員が頷く。

「ユークレースの言葉は間違いない。フィン、すぐに獣王国に援軍を送る準備をしてくれ」

「かしこまりました」

ジェイドの命令に、フィンが慌ただしく執務室から出ていく。

「それまでアルマンが殺されていなければいいが……」

ジェイドの呟きは、瑠璃に大きな不安を与える。

そこへ、アゲットが入ってきた。

「セレスティンの容態は?」

「竜の薬により傷は綺麗に治りました。しかし、お心の方まではどうか……」

アゲットが悲しげに眉尻を下げる。

「大切に守られてきた愛し子様です。あのように大怪我を負うこともなければ、攻撃されながら追い回され命の危機を感じることなどなかったでしょう。しかも、相手は味方であるはずの精霊なのですから、相当恐怖だったと思われます。にも関わらず、パパラチア様を最後まで守り通されたのですから、本当にお強い方です」

「そうだな……」

どんよりとした空気が流れる中、瑠璃はずっと考えていたことを口にした。

「私が行ってきます」

瑠璃に視線が集まった。

それらはすべて非難するものばかりで、瑠璃は気圧されそうになったが、考えを変えるつもりはない。

「ルリ、どういうことだ」

咎めるようなジェイドの眼差しも真っ向から受け止める。

「愛し子に対抗できるのは愛し子だけです。セレスティンさんもそうして戦いに参加したんでしょう?」

「駄目だ」

ジェイドが番いとしても愛し子としても、瑠璃が関わるのを反対するのは分かりきっていたので、瑠璃は特に驚かない。

これまでなにかと感情に流されて行動しがちの瑠璃ではあったが、今は自身でも驚くほどに冷静であった。

「急を要します。早く助けに行かないと、獣王様の命が危険です。他の獣王国の人達も」

「それは分かっている。だが、ルリを行かせるわけにはいかない」

「ジェイド様が反対しても私は行きますよ」

瑠璃は睨むようにジェイドを見る。

「ルリ!」

ジェイドがここまで声を荒げるのは珍しい。

けれど、瑠璃も引かない。

瑠璃がこれほどに頑ななのは、きっとショックだったからだ。

精霊がセレスティンをあれほどに痛めつけ、攻撃したことに。

瑠璃のいつにない雰囲気を感じとってか、ユークレースですら口を挟めずにいた。

そんな張り詰めた空気の中、コタロウが発言する。

『我が命じればいい。我でもいいし、リンでもいい。どちらかが命令すれば、遠く離れた獣王国にいる精霊達を止められよう。精霊は愛し子より最高位精霊の言葉を優先させるから』

そのコタロウの言葉に、ジェイドが安堵した表情を浮かべるが、瑠璃の顔は険しいままだ。

「確かにそれが一番早いと思うから、そうして欲しいのは欲しいけど、その命令ってどこまで有効なの?」

『どういうことだ?』

瑠璃の問いかけに、コタロウはこてんと首を傾げる。

「私がこっちの世界に来てから何年もしないけど、多少は精霊のことを分かるようになってきたつもり。コタロウ達最高位の精霊は自分の意思や考えがちゃんとしていて、人間で言う大人の考え方ができるけど、下位の精霊はそうじゃないでしょう? さっきセレスティンさんを攻撃したように、格上の愛し子にお願いされたから実行する。そこには特に意味もなくて、悪意もない、まるで小さな子供みたいに気の向くままに行動してる」

それはジェイド達も感じているのだろう。

誰一人否定しない。

「そんな子達に難しいことは命令はできないんじゃないの? ファガールに味方するなとか、獣王国の人を攻撃するなとか、そういう簡単な指示じゃないときっと混乱しちゃうよね?」

『……確かにそうね』

リンが納得すると、コタロウも否定できないでいる。

まさにそれが答えだ。

「これまでにも何度もあったもの。私やコタロウやリンのお願いに文句も言わず従ってくれるけど、少し目を離した隙に別のことに気を取られて、目的を忘れちゃうなんてこと」

『否定できないわ。たまに話をちゃんと聞かない子がいるのよねぇ』

下位の精霊になればなるほど、意思が弱い。

その場の雰囲気に簡単に流されてしまう、まるで幼子のような心を持っているのだ。

それ故に、瑠璃からしたらひどいと感じることも、あまり深く考えずに実行してしまう。

「ファガールの愛し子に協力しないようにした上で、捕まった獣王様を始めとした人達を救い出し、獣王様に協力してファガールの兵士達を今度は逆に捕まえる。そんな複雑な命令を精霊達は実行してくれる?」

『まず無理ね。そもそも精霊達は愛し子以外の人に興味はないもの。すぐに飽きて別のことを始めちゃうわ』

そう、リンは即答した。

『そうだな。その場で命じる者がいればいいが、遠く離れたこの地から、状況も分からないままここから細かい指示はできない』

同じ精霊だからこそ、リンもコタロウも下位精霊達の行動をよく分かっている。

せめて珊瑚と契約している上位の精霊がいたなら個を強く持っているので話は違ってくるのだろうが、上位以上の精霊は滅多に人前には現れない。

最高位精霊が竜王国にこれだけいるのが、そもそもおかしな話なのだ。

「すでに宮殿は陥落して獣王様は捕まっているなら、精霊が手を出さないようにしただけだと、ファガールの兵士に獣王様が害されちゃう。だから私が行って、精霊達に指示するの」

迷いのない瑠璃の目が、反対するそれぞれに向けられる。

「……だったら、ファガールの兵士を追い出せっていう命令ならどうかしら? ファガールの兵士がいなくなれば、なんとかなるでしょう?」

ユークレースが案を出したが、リンが首を振る。

『あの子達なら、区別ができなくて、間違って獣王国の者も追い出しちゃうかもしれないわ』

『精霊にとっては、獣王国の者もファガールの者も違いが分からないからな』

リンとコタロウによりあえなく却下され、ユークレースも唸る。

「私が行くのが一番被害を抑えられます」

瑠璃は必死にジェイドに訴えかける。

ジェイドも迷っているようだ。

皇帝が亡くなって日も浅く、アルマンまでもが窮地に立っている。

昔から親交があるジェイドが助けたいと思わないはずがない。

けれど、ジェイドにとって瑠璃が一番なのだ。

瑠璃を危険に晒したくないという気持ちが、ジェイドの判断を迷わせる。

しばしの沈黙の後、ジェイドはかすれたような声で問うた。

「……しかし、ここから獣王国までずいぶんと距離がある。瑠璃が獣王国に着いた頃には、手遅れだったとしてもおかしくない」

「そうよ。凄惨な光景を目にするかもしれないわよ」

ユークレースも必死で瑠璃を止めようとしていたが、瑠璃だからこその裏技がある。

「問題ありません。獣王国になら、一分とかからずに行けますから」

その言葉に全員が目を丸くした。

「どうやって? さすがに風の力を使ってコタロウ殿に送ってもらっても、何日とかかる」

「そうよ、ルリ」

「ジェイド様もユークレースさんも忘れてますよ。私はリディアの契約者です。この間、遠く離れたヤダカインにいるセラフィさんを交えてお茶会したのを覚えていませんか?」

「その手があるか」

誰もが忘れ気づかずにいたことを思い出したようだ。

「場所はクォーツ様の空間です。私は他人の空間に入れるんですよ。つまり、その人の空間から外にも出られます。空間から空間を渡って獣王様の空間に入り、そこから外に出れば、そこは獣王国です」

瑠璃は得意げに語った。

「だが、それではリディア殿と契約しているルリ一人しか行けないではないか。危険だ!」

「向こうに精霊達がいるなら大丈夫です」

「しかしっ!」

ジェイドは中々納得してくれない。したくないという方が正しいだろうか。

「ジェイド様、今議論している時間も惜しいです。こうしている間にも、危険にさらされている人達がいるんですから」

「つっ!」

ジェイドは反論の言葉を失う。

「ねえ、コタロウ。獣王様はまだ生きてるのよね?」

『うむ。魔封じの枷をされ牢に囚われているが、生きてはいる』

「だったら、とりあえず先に精霊達にはファガールの愛し子の願いを聞かないように命じてくれる? その後は私の指示に従うようにって。そうしたら、ファガールの兵士に魔法を使えなくできるし、精霊達の協力で獣王様達を助けられる」

『…………』

コタロウは渋面を作りながら渋々といった様子で『分かった……』と諦めて協力してくれることになった。

残る問題は……。

「ジェイド様、手段を選んでる暇なんてないんです。それはジェイド様なら分かるでしょう? 赤ちゃんがいるんです。父親の顔を知らずに産まれてくるなんて絶対に駄目です!」

瑠璃はトドメとばかりに告げる。

「セレスティンさんの努力を無駄にするんですか? 身を呈して母子の命を守りきったんですよ。私なら助けられると思って、傷だらけで頼ってきてくれたんです。その信頼に答えないわけにはいかないでしょう!」

ジェイドがピクリと反応したのが分かった。

「……分かった。だが、無理はしないでくれ」

「もちろんです」

そこは瑠璃も理解している。

ジェイドは空間からいくつもの小瓶を取り出して、瑠璃の前に置いた。

それに続くように、ユークレース、クラウス、アゲットと、それぞれが同じく赤い液体の入った瓶を瑠璃の前に置いた。

それは竜の薬だ。

どんな傷も病気も治してしまえる竜族秘伝の薬。

「これを持って行くといい。どれだけの怪我人がいるか分からないからな」

「ありがとうございます!」

瑠璃は薬を提供してくれた全員に頭を下げた。

瑠璃は先に薬を空間の中に入れると、みずからも足を踏み入れる。

後ろでコタロウが声をかける。

『精霊達にはルリを守り、ルリの命令に従うように伝えておく』

『しっかり念を押しておくからね。終わったらすぐに帰ってくるのよ』

駄目押しとばかりに、瑠璃の体を風と水の魔力が覆った。

コタロウもリンも満足げなので、わざわざ精霊に守らせなくとも瑠璃には指一本触れることは敵わないだろう。

心強い気持ちを受け取り、瑠璃は空間の中に飛び込んだ。

瑠璃がいなくなった執務室はまるでお通夜のように暗くなっている。

主に、ジェイドが落ち込んでいた。

「ルリに頼るしかできないのか、私は……」

苦悩するジェイドに、コタロウが唸る。

『竜王としてすべきことをすればいいのだ。それがルリのためにもなる』

そう言い捨てて、コタロウとリンは執務室から出ていった。

ジェイドは苦しそうな表情で俯いていたかと思うと、一瞬で王の顔つきに変わり、ユークレース達へ指示をし始めた。