軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

07 密偵アラムンド

記憶が戻って3日目、今日も執務机の上には大量の書類が載っている。

ミルダートさん容赦ありませんね。なんて言えるくらいには彼とも仲良くなりたいものだ。なにしろ前世とあわせると、実際の年齢は俺の方がミルダートより上かもしれないし。

などとちょっと浮ついた気分なのは、昨日の『 神速(チート) 』獲得、フォルシーナの懐柔によって、俺の生存ルートに光明が見えてきたからだ。

このまま順調に清く正しい公爵ルートに入りたいところだが、それには超えなければならない壁はまだ多くある。

今日はいよいよ、その中でもかなり気を遣わないといけないものに挑戦しよう。

ただその前に、まずは雑事を終わらせておくか。

俺は机上の固定電話機のような魔道具のボタンを押した。

1分ほどで執務室のドアがノックされ、ロマンスグレーの老紳士、家宰ミルダートが現れる。

「お呼びでしょうかお館様」

「うむ。私が以前与えた指示のうち、取り下げるべきものをピックアップしておいた。この書類にしたがって、直近の指示についてはすぐに作業をやめるよう伝えてほしい。各部署には迷惑をかけたと謝っておいてくれ」

俺が渡した書類に目を通すミルダート。

「大変結構なことだと存じます。しかしよろしいのですか? ここまで一度に指示を取り下げると多少なりともお館様の評判にかかわりますが」

「間違いを犯したのは私だ。悪評は甘んじて受け入れよう。そのようなものを気にして誤りを正さぬ方が 弊(へい) が大きい」

「賢明にございますな。それでは、ただちに各部署に伝えたいと思います」

「よろしく頼む」

ミルダートの態度には、まだ俺のことを疑っているような雰囲気がある。まあこれは仕方ない。今の指示によってすべての王位簒奪ムーブを取り下げたわけでもないのだ。そこは段階的に縮小していく予定だ。一気にやるとそれこそ評判が下がりすぎるからな。

一礼をし、隙のない所作で立ち去るミルダート。

「……ふう、まだ多少緊張するな」

今世ではずっとつきあってきた相手だが、前世の記憶と感覚が戻った今、どうも慣れない相手のような感覚になってしまう。

まあ前世ではただの庶民だったからな。その感覚でいくと公爵家なんて 魑魅(ちみ) 魍魎(もうりょう) が 跋扈(ばっこ) する魔境みたいなものだ。

さて、そういう意味では次に呼ぶ相手はちょっと怖い。なにしろゲーム内での主要キャラクターで、なおかつ俺の中ボスルートにガッチリ関わってくる人物である。

俺は魔道具のボタンを押す――

「お呼びでございますか、お館様」

ボタンから指をはなす前に、目の前に膝をついて現れる褐色の影。

いやいや、たしかにそういうキャラクターだったけどさ、ホントにそうやって登場されると心臓に悪すぎるんだよな。

執務机の前に片膝をついているのは褐色肌の若い女だ。

頭頂部でまとめた濃い紫のロングヘア、同じ紫の瞳を持つ目は鋭く、鼻から下はマスクで覆われて見えないが、極めて整っていることは嫌でもわかる。

さらに目を引くのは左右に突き出た先のとがった耳だ。ゲーム世界ではダークエルフと呼ばれる人種である。

装束は黒一色の、豊満な身体のラインを強調するようなぴっちりスーツ。ご丁寧に胸元とか太ももの外側とかは素肌が露出するようなデザインになっている。

ゲーム世界では当たり前みたいなちょいエロ忍者コスチュームなんだが、実物が目の前にあると目のやり場に困ることこの上ない。

「アラムンド、まずは例の事業の 進捗(しんちょく) を知りたい。『被検体』は何人集まった?」

「8人です」

「今の状態は?」

「地下房に入れています。集めたときの状態を維持しています」

「……そうか、よかった」

俺の言葉にダークエルフはピクリと反応した。

ダークエルフ・アラムンドは公爵家に仕える暗部――すなわち諜報や裏工作を生業とする組織――の長だ。

俺ことマークスチュアートは、中ボスムーブのいくつかを彼女に命じてやらせている。まずはその悪だくみをやめさせないとならないのだが……いきなりすべてやめ、と言ったら大いに怪しまれるだろう。

実のところ彼女はマークスチュアートを裏切ってましたという設定のキャラクターなので、今はまだ妙に思われたくない。

「『被検体』については現状を維持しろ。研究については王都に行って戻った後に開始する。それまではせいぜい足りぬもののないように生活をさせてやれ」

「かしこまりました」

よし、とりあえずこれで一つ問題を先送りできた。この件については王都から戻ったら、根本的な解決を考えよう。

「それ以外でなにか気になる情報はあるか?」

「はっ。王家に関係することですが、『立太子の儀』と同時に、南部大森林開拓の宣言を出すようです」

「南部大森林開拓だと?」

聞き返したのは、それがゲームには出てこなかった話だからだ。そんなイベントが計画されているなんていうのは聞いたこともない。

「はい。現在開拓部隊の準備のため、王都では盛んに物資の徴発が行われています」

「徴発? 無理矢理召し上げているのか?」

「安く買い上げているようです。商人からは不満の声が上がってるとか」

「それはそうだろう。陛下も無理をする。それとも誰かの入れ知恵か?」

「黒の公爵が関わっているようです」

「ゲントノロフ公か。なにを考えているのやら」

「『立太子の儀』には三大公の令嬢が集まります。そこでリードをしたいのかと」

「娘を王子に輿入れさせたい一心で功を求めたか。ま、我が娘の噂を聞けば、そのような手に出るのもわからなくはない」

「はい」

いきなり色々な情報が流れ込んできたが、どれも今世の記憶で処理できる範囲だった。

アラムンドの様子を見る限り、俺の中身が微妙に変ったのを怪しまれたりはしていないようだ。

ただ南部大森林開拓というのはちょっと気になるな。ひと月後、ゲームのチュートリアルオープニングとなる『立太子の儀』がある。そこでいろいろと明らかにはなるだろう。

とりあえず一番重要な指示は出したので、アラムンドを下がらせる。

「……しかし南部大森林、三大公、黒の公爵、ゲントロノフ公か。本当に『オレオ』の世界なんだな」

なにをいまさらという感じだが、実際に話が出てくると現実感がやはり違うものだ。