軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

117 逸脱者

「【自己定義】――【極火魔法】取得、システム上限解放、スキルレベルを 99(・・) にセット。【剣技】、【火魔法】はカースに還元」

杵崎はそうつぶやくとにやりと笑った。

「ふふっ……行きますよ? ――《 フレイム(・・・・) 》」

――一字。杵崎が放った火の魔法文字はたった一字だった。

しかし――

「なっ……!」

その 卜(フレイム) は本来ありえないほどの膨大な魔力をそのうちに秘めたまま宙を舞い、次の瞬間、内から爆ぜるように砕け散る。砕け散った 卜(フレイム) の破片はそのそれぞれが 卜(フレイム) の魔法文字として成長し、再び砕け――そうして、俺たちの前に数百にも及ぶ 卜(フレイム) が出現した。

舞い散る花びらのような火の魔法文字が、一斉に炎へと変じる。

夜空を明るくするほどの膨大な炎の塊は、サーガスティン侯の美意識の行き届いた中庭を炎の舌で舐め尽くしながら、一瞬にして俺たちを呑み尽くそうと襲いかかってくる!

これを防ぐには――あれしかないか!

俺は動こうとするルーチェさんを制して前に出る。

俺は脳内に ∃(イレイズ) の文字を思い描く。

そして、そのイメージを、今見た杵崎の 卜(フレイム) のように分裂させ、増殖させていく。

「――《イレイズネビュラ》」

俺の身体からごっそりとMPが吸い取られるのがわかる。

と同時に、さながら渦状星雲のような無数の ∃(イレイズ) の塊が俺の前に現れた。

俺はその塊を解きほぐし、襲い来る炎めがけて展開する。

――《イレイズネビュラ》。

500個の ∃(イレイズ) を力任せに多重発動するという俺オリジナルの魔法で、消費MPは破格の5000。

この時点で使い手を選びすぎるが、そもそも ∃(イレイズ) による魔法消去はタイミングが難しく、実戦で狙って敵の魔法を相殺するのはほぼ不可能と言われている。それこそ、【見切り】のようなスキルの持ち主でもなければ難しいが、魔法使いの中に高速の攻撃に晒され続けることでしか習得できない【見切り】を習得している者などまずいない。条件的にはエレミア辺りなら習得できてもよさそうだが、さすがのエレミアでも防御のためとはいえ一発でMPを5000持っていかれる魔法は使い勝手が悪すぎるだろう。

消去魔法の星雲は、襲い来る炎の塊と衝突すると、音もなくひとつひとつの文字を散らせていく。

∃(イレイズ) の文字が消えるたびに炎もその分だけ削り取られる。

∃(イレイズ) の星雲は炎の塊に食らいつき、自身を滅ぼしながら炎を徐々に食い尽くす。

杵崎の放ったすべての 卜(フレイム) が消えた時には、俺の放った ∃(イレイズ) もほぼすべてが消滅していた。

「ほう、これを防ぎますか……では」

杵崎はオーケストラの指揮者のように両手を広げながらつぶやいた。

「【自己定義】――【暗黒魔法】取得、【合成魔法】取得、スキルレベルを9にセット。《 闇咬炎(ヘルブレイズサーペント) 》」

杵崎の言葉とともに、杵崎の周囲の地面から闇色の炎が噴き上がる。

天を衝くほどに高く燃え上がった暗黒の猛火は、幾重にも枝分かれして、屋根の上のジュリア母さんを含む俺たち全員に向かって蛇のように襲いかかってきた。

俺たちは個々での対応を強いられる。

杵崎はこれで俺以外のメンバーのふるい落としをはかったのかもしれない。

が、

「《ガトリング・フレイム》!」

「〈氷槍結閃晶〉!」

「〈 氷壊撃(アイシクルブレイク) 〉っ!」

ジュリア母さんは《ガトリング・フレイム》で撃ち落とし、

アルフレッド父さんは氷霜の魔技で相殺し、

ステフは氷の魔法剣を使って打ち砕く。

俺はシエルさんが使っていたのと同じ【次元魔法】による障壁で漆黒の炎を受けきった。

【合成魔法】? 知らない魔法スキルだが、何とか誰一人欠けることなく凌ぐことができた。

だが、杵崎の引き出しがこれだけとは思えない。

杵崎のペースに巻き込まれたらいつかこちらに被害が出る。

何とかして戦いをこちらのペースに持ち込まなければならない。

俺は次元収納からライフル――ホウワ改を取り出してボルトアクションと次元収納でチャンバーに銃弾を送り込む。

杵崎は母さんの《ガトリング・フレイム》を防いだが、同じ手で銃弾は防げないだろう。銃弾に付与した魔法はさっき取得していた魔力霧散とかいうアビリティで防げても、銃弾自体は防げないはずだ。

俺は《サンダーボルト》を付与した銃弾を杵崎へと叩き込む。

〈エレメンタルマスター〉の能力で「風」をまとわせ空気抵抗を極限まで抑えているため、銃弾は文字通り空を切るようにして宙を進む。

その速度は〈仙術師〉の動体視力強化でも追い切れないほどだ。

――が、杵崎はその銃弾を、どこからともなく取り出した短剣で弾いてのけた。

俺は短剣に【真理の魔眼】を向ける。

《ミスリルダガー。高品質のミスリルを素材として鍛造された短剣。》

ただのミスリル製の短剣か。

手品でも何でもなく、シエルさんと同じく次元収納から取り出しただけだろう。

シエルさんのように【パリイング】があるわけではないから、杵崎は99というふざけたスキルレベルの【短剣技】のみで俺の銃弾に対応したことになる。

汎用スキルにすぎない【短剣技】でこれか。

つくづくチートだと思うが、俺だって簡単に当てられるとは思っていない。

杵崎が俺の銃弾を防ぐ間に、アルフレッド父さんとステフが杵崎へと接近している。

「――はぁっ!」

アルフレッド父さんが裂帛の気合とともに杵崎に鋭い突きを見舞う。

杵崎はこれをミスリルダガーでたやすくいなす。

伝説級スキル【魔槍術】持ちの父さんを、まるで子ども扱いにしている。

しかし、その隙にステフが杵崎の側面へと回りこみ、

「――〈 暗冥剣(ヘルブレイド) 〉!」

杵崎に魔法剣で斬りかかる。

杵崎は落ち着いた表情のままもう片方の手にもミスリルダガーを取り出し、ステフの魔法剣を受け止めた――父さんの五月雨突きをもう片方の手で捌きながら。

だが、これで杵崎は両手を塞がれた。

杵崎は銃を持つ俺に警戒の視線を向けてくる。

たしかにこの状態で狙撃されるのは避けたいだろう。

しかし、俺たちがこの日に備えて用意していた連携は別のものだ。

「 古の炎よ(爾・爾) 、 我が敵を(ル・) 貫き屠る(ル・) 一条の白き(∃・) 炎槍と化せ(∃) ――《 太古炎槍(イグニートジャベリン) 》!」

俺が撃つ、と思わせた隙を突いて、母さんが六文字発動の大魔法を準備している。

――《 太古炎槍(イグニートジャベリン) 》。

白く輝く高温の炎で構成された3メートル超にも及ぶ巨大な炎の槍は、《フレイムランス》の 卜(フレイム) を古代魔法文字の 爾(フレイム) に置き換えた上に、 爾(フレイム) 、 ル(コンセト) ともに二文字ずつを盛り込んでいる。これだけでも通常の《フレイムランス》の数十倍に及ぶ威力を獲得している。

しかし、この魔法の特長はそれだけではない。

「槍」の穂先に消去魔法 ∃(イレイズ) を仕込むことで相手の魔法的な防御をも破ることができるように構成されているのだ。

もちろん、この世界に「魔法による防御」なんて高度な技術を持っている者はごく限られているはずだが、俺と同じく転生者である杵崎なら独自に開発していてもおかしくないと思い、先回りする形で準備しておいた。

もっとも、この ∃(イレイズ) 二文字のせいで魔法の制御が格段に難しくなっていて、今のところこの魔法を使えるのは火属性魔法の天才たるジュリア母さんだけだった。

「くっ――!」

さすがの杵崎もこれには顔色を変え、父さんの槍とステフの剣を弾いて飛び退ろうとする。

しかし、

「樹木の精霊よ! 我が敵を縛めよ!」

メルヴィが【精霊魔法】を使って杵崎の足を地面から伸びた茨で絡めとった。

何気に、この【精霊魔法】の使い方も高度なものだ。

樹木の精霊のように具体物に宿る精霊に呼びかけるのは、「火」や「地」のようなやや抽象度の高いものに宿る精霊に呼びかけるよりも難しい。

これができるのは「キュレベルファミリー」の中ではメルヴィの他にはエルフであるチェスター兄さんしかいなかった。

さらに、文句なしに「悪い人」である杵崎には、メルヴィの姿が目視できていないはずだ。【自己定義】で妙なことをしている可能性はなくもないが、抵抗できずに足を絡めとられた様子から察するに、やはりメルヴィが見えていないのだろう。さっきの《 闇咬炎(ヘルブレイズサーペント) 》とかいう魔法もメルヴィのところには向かっていなかった。

杵崎は飛びのきかけた中途半端な状態のまま姿勢を崩し、屋根の上から襲いかかる灼熱の槍を避けることができなくなった。

「ちィッ……【自己定義】、アビリティ火炎耐性取得、熟練度を5にセット。……いや、上限を突破し、10にセット」

杵崎は【自己定義】を使いながら両腕をクロスして顔の前面をかばう。

《 太古炎槍(イグニートジャベリン) 》が正面から杵崎へと衝突する。

それまでの間にアルフレッド父さんとステフは安全な距離までの避難を終えている。

杵崎の全身が、燃え盛る白い炎に包まれた。

《 火炎嵐(ファイヤーストーム) 》が炎を広範囲に「拡散」させる大魔法であるのに対し、《 太古炎槍(イグニートジャベリン) 》は炎を局所に「集中」させる大魔法だ。

その総火力に反して《 太古炎槍(イグニートジャベリン) 》の効果範囲は限界まで狭く設定されている。

《 火炎嵐(ファイヤーストーム) 》が対多数の切り札だとしたら、《 太古炎槍(イグニートジャベリン) 》は対個人の切り札だといえるだろう。

もちろん、杵崎亨との対決のために用意しておいた切り札のひとつだった。

しかし――

「ぐおおおっ!」

白い炎が収まった時、杵崎はまだ健在だった。

この世界の技術では計測不能なほどの超高温、超高圧の炎の爆縮を、杵崎亨は耐え切ってみせた。

だが、その代償は決して安くはなかったようだ。

杵崎は両の腕を真っ黒に炭化させていた。服も腕から遠い場所は燃え尽き、近い場所も黒く焼け焦げている。

杵崎の背後にはシエルさんが閉じ込められた巨大な水晶があるが、それには焼け跡ひとつついておらず、ただ水晶の根本に剥落した水晶のくずが転がっているだけだ。

「よくも……」

杵崎が母さんではなく俺を睨んでそう呻く。

《 太古炎槍(イグニートジャベリン) 》を耐え切るとは、つくづく人間業じゃないと思ったが、これだけのダメージを負ったのなら同じことだ。

合図するまでもなく父さんとステフが杵崎へと攻撃をしかけていく。

両腕をなくした杵崎は体術だけでこれを凌ぎつつ、シエルさんの閉じ込められた水晶を盾にするように回り込みながら距離を取る。

――しかし、杵崎は忘れている。

それとも、知らなかったのだろうか。

「キュレベルファミリー」はここにいるメンツだけで全員ではないことを。

「――〈首折り〉」

水晶の陰から突如現れた小さな人影が、杵崎の肩に両膝をのせ、両腕を杵崎の頭に巻きつける。両腕が炭化した杵崎はそれを振り払うことができない。人影は、杵崎の首をねじりながら体重をかけ、杵崎の肩から飛び降りた。

「ゴヒュッ……」

杵崎の口から漏れたのはそんな 音(・) だった。

杵崎から飛び降りた人影は、両手でそれぞれ腰の左右から2本の短剣を引き抜き、油断なく杵崎に向かって構えている。

その人影は黒い外套に身を包んだダークエルフの少女――言うまでもなく、気配を殺して潜伏していたエレミアだ。

「……やった?」

エレミアがつぶやき、わずかに両手に握った双短剣の切っ先を下げた。

エレミアのさっきの一撃は、確実に杵崎の首をへし折っていた。

杵崎はその場で身を捩るように回転しながら地面に向かって倒れこみ――

「――っ!? まだだ、エレミア!」

「ジコテイギ……スキル【竜言語魔法】シュトク……スキルレベルヲ9ニセット。

ゴアアアアアアアアッ!」

杵崎は不自然極まりない動きで体勢を立て直したかと思うと、突如エレミアに向かって 吼えた(・・・) 。

「きゃああああっ!」

杵崎の上げた咆哮に、エレミアがその場から吹き飛ばされた。

宙に浮かんだエレミアの手が、地面に突き立ったままの〈 空間羽握(スペースルーラー) 〉をつかむが、聖剣はすぐに地面から引き抜かれ、エレミアともども水晶の裏側の方向へと転がっていく。

「エレミア!」

エレミアの吹き飛ばされたのは俺のいるのとは反対側だ。

エレミアは地面を転がりつつ受け身を取ろうとしているようだったが、それ以上に勢いの方が強かった。エレミアは聖剣を抱きしめるような形で中庭の反対側に倒れ伏す。

「……【竜言語魔法】《ドラゴニックロア》ですか。人の身でそんなものまで使えるとは……」

気づくとアルフェシアさんが片手を前にかざして俺たちの前に立っていた。

アルフェシアさんの手の前には、いくつもの六角形の半透明のパネルが、隙間なく敷き詰められた形で展開している。

杵崎の咆哮――《ドラゴニックロア》とやらは、俺たちの方にも押し寄せていたのか。

「不可視の衝撃波は厄介ではありますが、致命的なものではありません。あの女の子は無事ですよ」

アルフェシアさんの言葉を証明するかのように、エレミアが聖剣を杖にして立ち上がった。

しかしその足元はふらついている。

杵崎に姿を見られないメルヴィが杵崎の周囲を回りこむように飛んでエレミアのカバーに入る。メルヴィは【精霊魔法】でエレミアの怪我を治療していく。

杵崎はその隙に、絶対に無事では済まない角度に曲がった首を、ゴキゴキと逆回転させて元の位置へと戻している。杵崎の首は皮膚が千切れてできた傷と内出血とで赤紫に染まっていたが、杵崎の目には既に光が戻りつつあった。

「……やってくれましたね」

「ひっ……」

凄絶な目で俺を睨む杵崎に、ステフが息を呑んだのがわかった。

あまりに異様な光景に、アルフレッド父さんも手を止めてしまっている。

「ふんッ」

杵崎がそういきむのと同時に、杵崎の炭化した両腕が崩れ落ちた。

いや――

「マジかよ……」

杵崎の肩の付け根から、ピンク色の肉の芽のようなものが生えたかと思うと、ぐちゅぐちゅと湿った音を立てながら伸びていく。元の腕の長さまで伸びきった肉の芽はわずかに体積を増しながらその色を肌色へと変えた。

腕が、再生したのだ。

「この世界は物騒ですからね…… この程度(・・・・) で死んでいては身がもちません」

杵崎がいくぶん余裕を取り戻した笑みを浮かべてそう言った。

ヤバい。想像以上にヤバい。

杵崎亨がこの世界の戦士や魔法使いを超越した実力を持つ、という可能性はもちろん考慮していた。

また、前世知識を動員して強力な武器や兵器を揃えてくることも想定していた。

しかし、【不易不労】のある俺以上に多種多様なスキル・アビリティを駆使してくるとは思っていなかった。

俺がいろいろなスキルを使えると言っても、それは時間をかけて習熟した結果だ。

また、生まれついての能力であるアビリティについては、人間である俺にはそもそも習得すること自体が不可能だった。

それに対して杵崎はほしいスキルやアビリティをその場で手軽に「セット」してしまう。これでは勝負になりようがない。

――この戦いは、長引けば長引くほど不利になる。

俺は、アルフェシアさんへと視線を向けた。

始祖エルフであるアルフェシアさんなら、杵崎を封殺することができるのではないか?

そう思ったのだが、

「わたしに、あまり期待しすぎないでくださいね」

アルフェシアさんは厳しい表情でそう言った。

「わたしの本体はまだ剥落結界の中です。ここにいるわたしは本来の力の十分の一も使えません。わたしはあなたたちの援護に徹することにします」

つまり、基本的には俺たちで片を付けるしかないってことか。

黙り込む俺たちに、杵崎が嘲るような笑みを浮かべながら言う。

「まさか、今のが全力でしたか? だとしたらとんだ期待はずれだ……」

全力かと言われれば、まだ手は残っているが、火力という意味では《 太古炎槍(イグニートジャベリン) 》は切り札の中でもトップクラスだった。

それで仕留め切れないとなると、取れる手段が限られてきてしまう。

俺が逡巡していると、エレミアから【念話】が入った。

『エドガー君! 一瞬でいいからボクにチャンスをちょうだい!』

エレミアには何か成算があるようだ。

ならば、ひとまずはそれからやってみよう。

いや、違うな。やるからにはここで仕留めきるつもりで力を出さないと、こちらの引き出しばかりが暴かれて、ジリ貧になってしまうだろう。

まず俺は、次元収納に手にしていたホウワ改を収納して、今度は両手にイングラム改をそれぞれ1挺ずつ生み出した。〈仙術師〉で膂力を強化すれば、サブマシンガンを二丁拳銃で扱うことも十分に可能だ。リロードも俺の場合次元収納を使ってできるので、手が塞がっていてもとくに問題はない。

イングラム改はさっき「シエルさん」に1挺おしゃかにされたが、次元収納には〈機工術師〉のランク上げを兼ねて量産したものが十数挺は収められている。

「またそれですか」

呆れたように言う杵崎に返事をせず、俺は両手の引き金を引く。

ズタタタ……と空気の漏れるような音とともに一瞬のうちに32発ずつ64発の銃弾が杵崎へと襲いかかる。

杵崎は素早く横へステップして斜線をかわしつつ、かわしきれないものは次元収納から再び取り出したミスリルダガーで弾き飛ばす。

が、

『――兄さん!』

俺が【念話】を飛ばすのとほとんど同時に、杵崎の肩が爆発した。

いや、飛来した超音速のライフル弾によって射抜かれたのだ。

「スナイパー……ですか!」

そう。今のは、この屋敷の外――近隣のどこかの屋根に潜んでいるはずのチェスター兄さんが行った狙撃だった。

「――《ハイフレイムランス》!」

動きを止めた杵崎に、すかさずジュリア母さんが古代魔法文字を利用した《フレイムランス》――《ハイフレイムランス》を撃ち込んだ。

杵崎はこれを無事な方の腕を振るって霧散させる。

その杵崎の背後から、今度はなんとエレミアが斬りつけた。

本来の得物である短剣ではなく――手にした聖剣〈 空間羽握(スペースルーラー) 〉で。

「なっ!」

杵崎はその一撃をからくもかわす。

そのまま【格闘技】99の影響らしい巧みな足さばきでその場を離れるが、

「――【空歩】!」

エレミアは、シエルさんのものだったはずのスキル、【空歩】を使って空を蹴り、杵崎のほぼ真上から聖剣を振るった。

「ぐ――!」

聖剣は身を反らした杵崎の胸をかすめるが、致命傷には至らない。

杵崎は再びステップを踏んで間合いを離そうとする。

しかし、次の瞬間、距離を離したはずのエレミアが、杵崎の目の前にいた。

「 ∨(スプレド) ・ ≡(セイスモ) ・ Y(ディメンション) ――〈 空破絶倒(ディメンションブラスト) 〉!」

エレミアの放った魔技が、杵崎をまともに呑み込んだ。

杵崎は腹部をぐちゃぐちゃに切り裂かれ、上半身と下半身が生き別れになった状態のまま吹き飛び、受け身も取れずに転がって中庭の内壁にぶつかることでようやく止まった。

しかし、エレミアは止まらない。

再びエレミアは杵崎の前に現れる。

これは――シエルさんが俺と戦っている時に見せた、【次元魔法】によって空間を なくす(・・・) 技術だ!

エレミアは杵崎の心臓のある辺りに聖剣を思い切り突き立てた。

が、

「【自己……定義】。アビリティ空間跳躍を取得……熟練度を5にセット」

杵崎が口から血を吐きながらそうつぶやく。

次の瞬間杵崎はエレミアの前から消滅し、シエルさんの閉じ込められた水晶の前へと現れた。

エレミアが追撃に走る前に、杵崎が口を開いた。

「なぜ……それが使えるのです?」

杵崎の疑問は、俺の疑問でもあった。

なぜエレミアが聖剣〈 空間羽握(スペースルーラー) 〉を使えるのか?

「シエルさんに……託されたから」

〈 空間羽握(スペースルーラー) 〉をやや重たそうに構えたエレミアがぼそりとそう答えた。

「あの女に……託された?」

エレミアは、手元の聖剣にちらりと目を向けながら 呼びかける(・・・・・) 。

「……シエルさん?」

『ふふっ……驚きましたか? 私は諦めの悪い女でしてね』

エレミアの呼びかけに答えるようにどこからか聞こえてきた声は、紛れもなくシエルさんのものだった。

その音源は――エレミアの手元、聖剣〈 空間羽握(スペースルーラー) 〉か!

「な……に?」

珍しく、杵崎が本気で戸惑った声を漏らした。

『本物の私は、転生直後のあなたに騙されて殺されました。無害な幼児を装うあなたにまんまとしてやられたのです。

しかし、あなたは勇者である私の力に目をつけた。あなたは【自己定義】というこの世の理に反したスキルを使って、自分自身の半分を私へと作り替えました。そして勇者である私の力のみならず、外面や社会的影響力に至るまでを利用して、まんまと中央高原の諸国家に取り入ることに成功した』

シエルさんが語るのは、これまで謎に包まれていた杵崎の転生後の行動だ。

なんと杵崎は転生直後にシエルさんを罠にかけて殺し、その身体を乗っ取った――いや正確には、コピーして自分の一部としたのだ。

ということは、杵崎は転生直後から悪神の使徒としてではなく勇者として暗躍していたということになる。これでは王様の情報網にも引っかからないわけだ。

『あなたの敗因は、私の意識を残したことです。たしかに、勇者アルシェラートとして適切に振る舞うには、あなたはこの世界について知らなすぎた。あなたにとっては必要な措置だったのでしょう。

本物のアルシェラート・チェンバースが死亡している以上、私はあくまでも『私』の 映し身(コピー) にすぎませんが、それでも私は私です。あなたの課した制約をかいくぐり、私は私自身を聖剣〈 空間羽握(スペースルーラー) 〉に 転写(コピー) することに成功しました。……そのために、結局5年もかかってしまいましたけれど』

聖剣は「知性ある剣」だという話だから、その内部にシエルさんの人格をコピーすることも可能だったのだろう。

しかし、シエルさんはさらりと言ってのけたが、それはとんでもないことだった。

杵崎が【自己定義】によってシエルさんのコピーに課した制約は、戦う前に見せられた通りのものだ。抜け道などなさそうなそれをかいくぐり、杵崎に気づかれることなく聖剣に自分をコピーする――言うのは簡単だが、やろうと思ってできることではないと思う。

『あなたと一心同体である『アルシェラートのコピー』はあなたの支配下に置かれています。いくら抜け道を見つけたとはいえ、できることは本当に限られていました。

しかし、〈 空間羽握(スペースルーラー) 〉にコピーされた『アルシェラートのコピーのコピー』なら話は別です。〈 空間羽握(スペースルーラー) 〉が資格ある者の手に渡りさえすれば、私は晴れて自由の身となれます』

そういえば――シエルさんがいつか意味深なことを言っていた。

聖剣に手を添えて、俺になら託せるか、とつぶやき、その直後に「素質が違うのね」と自分の問いに自分で答えた様子だった。あの時シエルさんは、杵崎のかけた制約の隙間を縫って、〈 空間羽握(スペースルーラー) 〉を託せる人物を探していたのかもしれない。

さらに、劇場での事件の後、エレミアに何事かを囁いていたのも、今起きている事態と関係があるのだろう。結局エレミアからはシエルさんに何を言われたのかを聞きそびれてしまっていたが……。

『私――アルシェラート・チェンバースの力と経験は、聖剣〈 空間羽握(スペースルーラー) 〉を通じてエレミアちゃんに 共有(リンク) されています。それにしても、エレミアちゃんは驚くほどにすさまじいステータスの持ち主だったのですね。

ともあれ、そのエレミアちゃんの地力に勇者たる私の力と〈 空間羽握(スペースルーラー) 〉の力が加わったのです。もはや あなたごとき(・・・・・・) 、私の敵ではありません』

そこでシエルさん(の声)は言葉を区切ると、すぅっと息を吸い込むように溜めを作ってから言った。

『転生者だか何だか知りませんが……私だって伊達に勇者を名乗ってはいないのです。勇者を――この世界を舐めるなぁっ!』

炎に彩られた中庭の空気が、シエルさんの一喝にビリビリと震えた。

いや、震えたのは空気だけじゃない。

俺の――俺たちの心も震えていた。

卑劣な罠に破れた後も、希望を失わず孤独に戦い続けた勇者の魂の叫びが、俺たち全員の心を激しく揺さぶった。

静まり返った中庭の中で、エレミアがゆっくりと聖剣を振り上げる。

その刃の下にいるのは杵崎亨――転生した悪神の使徒だ。

杵崎は呆けた様子だったが、やがてその顔に引き攣れたような笑みが浮かんできた。

「くふふ……っ。ここまでとは……いえ、違いますね。私はこの世界を……勇者や始祖エルフといった特殊な存在を見くびっていた……そういうことでしょう」

杵崎は下半身を失い、胸に大穴を空けたまま、凄絶な表情でそうつぶやく。

しゃべっている間に、杵崎の胸の穴は徐々に埋まりつつあった。真っ二つにされた腹から下にも例の肉芽が生え出している。

杵崎の目はまだ死んではいなかった。

だが。

「しかし――この程度ではまだ、私には届かな……」

不敵に何かを言いかけた杵崎の口から、いきなり刃が生えた。

いや――違う。杵崎の背後、延髄から口腔を貫くようにして、細くて鋭利な短剣が突き刺さっていた。

「ぁガッ……」

杵崎の口から漏れたのは、悲鳴ですらなかった。

「なっ……!」

俺は今目の前で何が起きたのかまったく理解できないでいた。

この攻撃は俺の仕込みじゃない。杵崎を後頭部から突き刺した一撃を放ったのは、俺でもエレミアでもアルフレッド父さんでもジュリア母さんでもステフでもメルヴィでも、アルフェシアさんでもなかった。

じゃあ……誰が!?

「ガッガッ……ガ……」

杵崎は両目を白く剥いて、口から空気の漏れる音を立てていた。

延髄を一突きにされたのだ、普通に考えれば即死だろう。

しかし、ここはマルクェクトで、杵崎はおそらく自分のHPを好きなように定義しているはずだ。焼かれた腕が生えてきたり、首を折られても平気だったりしたことから察するに、それ以外にも何らかの定義によって自分を不死に近づけようとしているのだろう。

だから、辛うじて生きている。

いや、逆か。その一撃は【自己定義】によりとてつもない数値になっているはずのHPをほぼ削りきってしまったのだ。

杵崎の目がぎょろりと動き、自分の背後へと視線が向かう。

身じろぎした杵崎によって、中空にあった何かが剥ぎ取られた。

剥ぎ取られたそれは、粗末な布のように見えたが……一体どこから現れた?

そして、その布の取れた空間には、

「――いいえ、あなたが見くびっていたのはそれだけではありません」

短剣を手にした ミリア先輩(・・・・・) が感情の消え失せた表情でそう言った。

「ミ、ミリア先輩!?」

そう。そこにいたのは、 殺されたはずの(・・・・・・・) ミリア先輩(・・・・・) だった。

俺は思わずミリア先輩の死体を探す。燃え上がるサーガスティン侯の屋敷の、先ほどまでいた執務室の中に、ミリア先輩の死体はまだたしかに見えた。

にもかかわらず――俺の目の前にはミリア先輩がいる。

執務室の先輩の死体と、突然現れた目の前の先輩と。

ミリア先輩は 2人いた(・・・・) ということになる。

「 エリア(・・・) はたしかに 切り裂き魔(リッパー) だったのでしょう……それでも私は、私の 妹(・) を殺したあなたを許しません」

ミリア先輩は短剣の柄を回転させて延髄をえぐり取ると、短剣を延髄から抜き取り、杵崎の心臓へと容赦なく突き刺した。ミリア先輩は背側から貫通した短剣をさらによじり、延髄と同じく心臓をも完璧に破壊する。

そうか、ミリア先輩には【身体透視】がある。急所を正確に突くくらいはわけないことだ。

でも、杵崎のHPは……?

俺はミリア先輩の手にした短剣へと【真理の魔眼】を向けた。

《絶対切断の短剣:対象のHPを無視して身体を切断する。》

地に落ちた布も。

《 隠身(かくりみ) のボレロ:身につけた者のあらゆる気配を遮断する。激しい身動きを行うと気配が漏洩することがある。》

はっきり言って俺も混乱しているが、ミリア先輩の手にした短剣と身にまとっていたボレロはおそらく 切り裂き魔(リッパー) が使っていたものなのだろう。

「エドガー君との戦いは隠れて見ていました。あなたの能力についても把握しています。ステータスを自由に書き換えられるんでしたね? 私には戦う力はありません。でも、エリアの持っていたこの短剣なら、いくらHPが高くても関係がないのでしょう?」

杵崎はもはや返事をしない。

杵崎は目を剥いたままの表情で硬直していた。

いや――おそらくは、既に杵崎は死んでいた。

あまりにあっけない宿敵の最期に、俺はどんな表情をしたらいいのかわからなかった。

「【自己定義】、でしたか――どんな定義をしているかわかったものではないですね。念入りに、私があなたを殺してあげます」

ミリア先輩はそれでも手を抜かない。

先輩は訪問診察でも手を抜いたりはしない。どんな弱い病気、軽い怪我でもその後の経過によっては命取りになることがある。

今はその逆で、どのような【自己定義】をしているかわからない杵崎亨を確実に殺すには、どれだけ念を入れても入れすぎるということがない。

ミリア先輩は、延髄、心臓に続いて頭蓋骨へと短剣を突き立て、脳を念入りに破壊していく。

いくらステータスをいじったとしても、脳が精神と魂の座であることに変わりはないだろう。杵崎亨という人格は、これによって完全に破壊されたはずだ。

世界を渡ってまで人を殺し続けた殺人鬼の、あまりにもあっけない最期が、そこにはあった。

「――エリアの仇です」

ミリア先輩のつぶやきが、静まり返った戦場にぽつりと響いた。