軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

118 ミリアの告白

「――じゃあ、ミリア先輩には双子の妹がいたと?」

「はい……」

炎上するサーガスティン侯の屋敷を巡査騎士たちに任せて、俺たちはキュレベル家の屋敷へと戻ってきていた。

アルフェシアさんは戦いが終わるのを見届けると、現れた時と同じように忽然といなくなっていた。アルフェシアさんはまだ不完全にしか封印を脱していないと言っていた。ひょっとするとかなり無理をしてくれていたのかもしれない。

メルヴィは念のためアルフェシアさんを確認してくると言って妖精郷へと向かっている。

そのアルフェシアさんの放った剥落結界――いや、超多重次元結合結界《クリスタル・メイズ》に閉じ込められていたはずの「シエルさん」は、杵崎の死亡と同時に結界の中から消滅していた。

あの「シエルさん」は、杵崎亨が【自己定義】によって生み出したコピーだと、聖剣〈 空間羽握(スペースルーラー) 〉に宿ったシエルさん(のコピーのコピー)が言っていたから、杵崎の死亡によって消滅するのは自然かもしれない。

シエルさんのことも気になるが、まずはミリア先輩の話から聞くことにした。

とはいえ、とりあえず保護したミリア先輩を含め、俺たちは全員ボロボロの格好になっていた。身を清め、服を着替え、(俺以外は)少しの休息を取ってから、俺たちは屋敷の食堂へと集合した。

食堂に集まったのは、キュレベル家側では俺、アルフレッド父さん、ジュリア母さん、エレミア、ステフに加えて、杵崎戦では狙撃役だったチェスター兄さんと近接戦能力に不安があったため屋敷でバックアップとして備えていたデヴィッド兄さんの2人がいる。

ベルハルト兄さんにはイルフリード王子に連絡をとってもらい、竜騎士団の出動準備をしてもらっていた。無事戦いが終わったことは連絡済みだが、残務があるとのことでこの場にはいない。

そして、肝心のミリア先輩は、服を着替えて少しだけ落ち着いた様子で食堂にやってきた。

その他には、エレミアの抱える聖剣〈 空間羽握(スペースルーラー) 〉の中にいるらしい「シエルさん」も同席?している。

杵崎を倒したことで成長眠が来ているメンバーもいるのだが、もう少しだけ眠るのは我慢してもらうことになった。とくに大きくレベルが上がっているはずのミリア先輩はいったん成長眠に入ってしまうと起きるまでにどれくらいかかるかわからないからな。

全員が揃ったところで、ミリア先輩から改めて話を聞くことになったのだが、ミリア先輩の話はいろいろな意味で衝撃だった。

「私はミリアリアで、妹はエリアリアといいます。世の中にはあまり似ていない双子もいると聞きますが、私たちはそっくりでした」

二卵性双生児ではなく一卵性双生児だったってことだろうな。

ミリア先輩の隣にはジュリア母さんが座っていて、ミリア先輩の手を握りながらミリア先輩の話を聞いている。

「ですが、私とエリアには決定的に異なる部分がありました。エリアには類まれな演技の才能があったのですが、私にはそんな才能はなかったのです」

「双子なのに、ですか?」

「わかりません。ただ、サーガスティン家では私を姉と、エリアを妹として扱っていました。家族の中で求められる役割の違いが、エリアに演技の才能を与えたのかもしれません」

「……どういうことです?」

「エリアは、本当はすごく明るい子なのです。両親は夫婦仲があまりよくなくて、家の中はいつも暗くてギスギスしていました。それをあの子なりにどうにかしようと努めた結果が、エリアの明るさや演技の才能なのでしょう」

ミリア先輩が複雑そうな表情でそう言った。

「……私は、お姉さん失格ですね。私は父に求められるままに行儀のよい子どもに育ちましたが、そのことは家庭を明るくする役には立ちませんでしたから」

「ミリア先輩……」

ミリア先輩は首を小さく振って話を続ける。

「父は、エリアの才能に期待しました。幼少時から父はエリアに女優となるための英才教育を施すようになりました。とくに父は、エリアを母の 映し身(コピー) にしたいようでした」

「コピー?」

ここでもその言葉が出てくるのか。

「ええ。天才女優シルヴィーン・ジャスパネラのすべてを受け継ぐことをエリアに期待したんです」

俺たちはとつとつと語るミリア先輩に引きこまれていた。

「このことは、2人にとって残酷なことでした。エリアと――母にとって」

それはそうだろう。

幼いエリアさんは寸分違わず母そっくりになることを求められ、母である名女優シルヴィーンは夫が既に自分の女優としての生涯に見切りをつけていることを思い知らされたのだから。

「それなのに、エリアは日に日に母に似るようになっていきました。演技だけでなく、日常生活の一挙手一投足に至るまで、エリアは小さな身体で母そっくりに振る舞うようになったのです。……それは、見ようによっては滑稽だったかもしれません。でも、エリアは必死だったんです。すぐにでもバラバラになってしまいそうなこの家族を繋ぎ留めておくために、必死で努力してたんです」

ミリア先輩を小さくしたような女の子が、必死で母の演技を真似ようとする光景を想像する。その演技を顰めっ面で品評するサーガスティン侯の姿を想像してしまい、俺は気分が悪くなった。

「母は、女優を続けながらも、容貌が年々衰えていくことに怯えていました。そしてその怯えは、私やエリアの若さへの嫉妬へと変わっていったのです。母は私やエリアに辛く当たるようになりました。とくに、いつでも笑っていたエリア、自分を忠実にコピーしていくエリアに対する接し方には酷いものがありました」

ミリア先輩の言葉には、母への怒りは含まれていなかった。

ミリア先輩は、皮肉屋で子どもを道具としか思っていない父のことも、子どもにはどうしようもないことで当たり散らす母のことも、 切り裂き魔(リッパー) だった妹のことも憎んではいないのだ。

ミリア先輩は小さく首を振りながら続けた。

「……そのあとのことは、私にも何がなんだかわからないのです。

4年前のことです。エリアが……母を殺しました」

一同が、ぎょっとした顔でミリア先輩を見た。

「その頃には母は、精神の平衡を失っていたと思います。自分と役の区別がつきにくくなっていたのではないでしょうか。母はいつも言っていました。『まだ若くいられるうちに、ベアトリーチェのように子宮を引きずり出されて殺されたい』――と。

エリアは……その願いを叶えようとしたんです」

誰かが小さくため息をついた。

切り裂き魔(リッパー) 事件の手口が非業の死を遂げたベアトリーチェ姫の死に様とよく似ていた原因は、おそらくこれだろう。

「父は、エリアが母を殺したことを隠蔽しました。母は自殺したと表向きは発表し、エリアのことは座敷牢へと閉じ込めました。いわゆる『忌み子』というものですね」

ミリア先輩はその言葉を感情を込めずに口にした。

「座敷牢の中で、エリアはいつも笑っていました。父はもう、エリアに母の真似をしろとは言いませんでした。だから、エリアは童心に返ったように笑っていたんです。でも、私にはそれが痛々しくて、見ていられませんでした」

ミリア先輩がももの上で握りしめた拳に涙が落ちる。

「だから……私からエリアに持ちかけたんです。 私と入れ替わ(・・・・・・) ってみないか(・・・・・・) 、と」

「……ひょっとして、王立劇場の時も……」

俺の言葉に、ミリア先輩が申し訳なさそうな顔をした。

「ごめんなさい、エドガー君……あの時エドガー君と一緒に劇を観ていたのは、私ではなくエリアだったんです……。エリアは、リーブロップ版『ベアトリーチェ』が上演されると聞いて、絶対に見たいと言って聞かなくて……。因縁のある作品だけに、ひとりで観させるのは不安だったけど、私がついていくわけにはいかないから、悩んで、結局エドガー君に一緒にいてもらうことにしたんです」

「どうして俺だったんです?」

「エドガー君は年齢の割に落ち着いてるし、頭の回転も速いから、もしエリアがおかしくなってもなんとかしてくれるんじゃないかって。友だちに頼むわけにはいかないと思ったし……」

ミリア先輩はそう言うが――ひょっとしたら薄々気づいていたのかもしれない。

エリアさんが 切り裂き魔(リッパー) であることに。

俺に身を守るくらいの力があることは、ミリア先輩には話していたから、もしエリアさんが何かしようとしても止めてくれるのではないかとどこかで期待していたのではないか。

もちろん推測だけど、ミリア先輩の表情を見ているとそんなふうに思えてしまった。

「じゃあ、第一から第三の 切り裂き魔(リッパー) 事件が起きた時も……」

「はい。私とエリアが入れ替わっていた日でした」

ミリア先輩とエリアさんとは双子だけに適性が同じで、どちらも【身体透視】のスキルを持っていた。ミリア先輩はエリアさんに【治癒魔法】を教え、エリアさんはミリア先輩ほどではないものの訪問診察を問題なくこなせるくらいの技倆は手に入れていたという。

また、類まれな演技の才能の持ち主であるエリアさんは、すぐにミリア先輩を演じることができるようになったらしい。

もちろん、いくら演技がうまく、ミリア先輩と情報共有をしていると言っても限界はあるはずだ。が、エリアさんは嘘をつくのが天才的に上手かった。

「 切り裂き魔(リッパー) 事件が起きた時、私はまさかと思いました。でも、エリアは笑って否定したんです。いくら私でも抵抗する大人の人なんて殺せないし、見つかったら騒ぎになってしまう、と。それはその通りだったので、私は 切り裂き魔(リッパー) はエリアではないのだと思いました。……いえ、そう思い込もうとしていたのかもしれません……」

そして話は今日のことへと及ぶ。

「――父が、気づいたんです。私の部屋に巧妙に隠された、あの短剣とボレロのようなものに。そして、父は私を問い詰めました。いえ、正確には、 ちょうど私と(・・・・・・) 入れ替わって(・・・・・・) いた(・・) エリアを問い詰め始めたんです。私は2人の会話を、書斎の扉の陰から盗み聞いていました。

父はいつも通り理詰めでエリアを追い詰めて、『 ミリア(・・・) 、おまえが 切り裂き魔(リッパー) なのか』と聞きました。父は私たちの入れ替わりにはまったく気づいていなかったんだな、と私は他人事のように思いました。

その父を――その父をエリアは……」

ミリア先輩が言葉を詰まらせ、うつむいて嗚咽する。

「私はその光景を呆然と見ているしかありませんでした。私が我に返った時にはすべては終わっていました。私は、父の首を片手にぶら下げて、困ったように笑っているエリアへと近づきました。でも……何を言えばいいというのでしょう? どうすればいいというのでしょう? 私たちは2人で、言葉もなく立ち尽くしているしかありませんでした」

ジュリア母さんがミリア先輩を優しく抱き寄せる。

ミリア先輩は一瞬、抱き寄せられる感覚に驚いたようだった。

そして、迷った様子を見せて、ジュリア母さんを押しのけた。

まだ話は終わっていない、と言うかのように。

「部屋にあった燭台が、いつの間にか倒れて、部屋のカーテンに火が広がっていくのを、何の危機感も覚えずにぼんやりと眺めていました。

父も母も死んでしまった。いえ……エリアが――私の妹が殺してしまったんです。母の時は父が生きていたからごまかせましたが、家長である父が死んでしまってはもうどうにもなりません。それに、エリアはまず間違いなく 巷(ちまた) を騒がせている殺人鬼―― 切り裂き魔(リッパー) なのです。そして――その凶悪な殺人鬼を街に放ってしまったのは私自身でした。

もう、このままエリアと一緒に焼け死のう――私はぼんやりした頭のままでそう覚悟を決めかけていました。

そこに――誰かがやってくる気配を感じました。私は反射的に、書斎の机に置いてあった身を隠せるというボレロを掴んで、身体に巻き付けていました。

エドガー君が書斎に飛び込んできたのは、その直後のことでした」

そうか。あの時、あの場にはミリア先輩が隠れていたのか。

「入ってきたエドガー君は、エリアを私だと思ったようでした。でも、このままではエドガー君が危険だと思いました。私は慌ててエドガー君に駆け寄ろうと思ったのですが、それを行動に移す直前に窓が破裂して――」

シエルさん――いや、杵崎亨が飛び込んできて、立ち尽くすエリアの胸を、背後から一突きにしたのだった。

「……そこからは、わけがわかりませんでした」

それはそうだろう。転生者である俺と杵崎の会話はミリア先輩には理解できなかったはずだ。

いや、【自己定義】についてだけは、俺たちのやりとりから理解していたんだったな。

「……エリアが死んでいることは、私には否定しようもなくわかってしまいました。聖剣は正確に心臓を貫いて破壊していました。【治癒魔法】でもここまで損傷した心臓を治すことはできません。出血も酷くて……私には助からないことがすぐにわかりました。

だから、私はそのままボレロに身を包んで隠れ続けました。屋敷に火の手が回ってからは、書斎に転がっていた短剣を拾い、中庭にゆっくりと降りて、エリアを殺したあの男をただひたすらに観察していました」

そこから先のことは、俺たちにもわかる。

ミリア先輩は杵崎亨が晒した隙を見逃さず、 切り裂き魔(リッパー) の使っていた絶対切断の短剣で杵崎を刺した。【自己定義】の能力については俺たちの会話から察していたから、念入りに杵崎の身体を破壊してのけた。

ちなみにその後、念には念を入れて俺とジュリア母さんとで杵崎の死体は一片たりとも残さずに焼却した。【自己定義】で「身体の一部だけでも残っていれば再生できる」みたいな定義がされていたら大変だからな。焼却後の灰も、いくつもの壺に分けて巡査騎士たちに渡し、王都の外の離れた場所に少しずつ撒いてくるよう頼んである。ほとんど吸血鬼を殺すようなやり方だが、実際ここまでやらないと安心ができなかったのだ。

それはともかく、ミリア先輩があの時不意打ちで杵崎を倒してくれたことで、俺たちは大いに助かったわけだが、同時に疑問にも思う。

妹が殺されるのを見せられた後、死体にすがりついて泣くでもなく、ごく冷静に殺した相手の行動を観察し、得られた情報と手持ちの武器を合わせて復讐のチャンスを待つ。

そんなことを、正気でやってのけられるものだろうか?

ミリア先輩もまた、双子の妹であり 切り裂き魔(リッパー) でもあったエリアリアと同じように、どこかで精神の平衡を失ってしまっていたのかもしれない……。

俺が考えに沈んでいると、食堂の扉が遠慮がちに開かれた。

「……おなかすいたー」

開かれた扉から、アスラが顔を覗かせる。

杵崎との戦いにアスラを巻き込めるわけもなく、アスラは屋敷で留守番をしいられることになった。その後も激戦を終えて帰ってきた俺たちへの対応で屋敷はてんやわんやになっており、夕食時はとっくに過ぎてしまっていた。

「じゃあ、軽く食べられるものを用意しますね」

ステフがそう言って食堂を出て、厨房の方へと消えていく。

アスラは食堂をてくてくと歩いて、なぜかミリア先輩の前で立ち止まった。

「こんにちは、アスラちゃん」

沈んだ表情だったミリア先輩だが、笑顔を作ってそう挨拶する。

「……すこし、においがうすくなった?」

「匂い……ですか?」

アスラの言葉に、ミリア先輩が自分の身体の匂いをかぐが、わからないようだ。

「アスラ、匂いっていうのは?」

「ちのにおい、だよ。ナイトちゃんが好きなの」

「血……」

アスラの第二人格(第一かもしれないが)である「ナイト」はヴァンパイアという種族の魔族だった。

ヴァンパイアというのが文字通りの存在なら、血の匂いには敏感なのだろう。

そういえば、アスラは王立劇場でもミリア先輩――いや、ミリア先輩と入れ替わっていたエリアさんに近づいて匂いをかいでいた。「おいしそう」とも言ってたな。

「なあ、こないだ劇場でエ……ミリア先輩の匂いをかいでたのは……」

「ちのにおい、だよ。すごくこくこびりついてた」

エリアさんは 切り裂き魔(リッパー) だ。

あの時は犯行前だったはずだが、それ以前の度重なる犯行の際の残り香が、ヴァンパイアの嗅覚を持つアスラには感じ取れたのだろう。

……そんなところにも、 切り裂き魔(リッパー) の正体に気づくヒントがあったんだな。

「ミリア先輩、エリアさんの持っていた短剣とボレロですが、どこから入手したものかわかりますか?」

「いえ……まったく。エリアが外に出られるのは私と入れ替わっている間だけのはずなのですが……」

切り裂き魔(リッパー) がエリアさんであることは確定的だが、今度は凶器の出所がわからない。

……と、考えて俺は気づく。

ひょっとしたら、 切り裂き魔(リッパー) であるエリアさんに凶器を与えたのは杵崎自身だったのではないか?

だからこそ、杵崎は 切り裂き魔(リッパー) の正体が割れそうになった途端に、エリアさんを殺したのではないか。

しかしそうだとすると、杵崎は自分自身の用意した凶器によって殺されたということになる。あの頭の回る男の最期としては、やや間の抜けた印象を受けなくもない。

杵崎自身が戦闘に使っていたのは、希少ではあるが 古代遺物(アーティファクト) ではない単なるミスリルダガーだった。絶対切断の短剣や 隠身(かくりみ) のボレロのような貴重品を 切り裂き魔(リッパー) に提供できるのだとしたら、自分自身はもっと強力な 古代遺物(アーティファクト) を使っていてもよさそうなものだ。

だが、このことはこれ以上考えてもわかりそうにない。

当の杵崎が死んでしまった以上、奴の言葉を借りればそれこそ真実は「闇の中」だ。

俺は気を取り直して、食堂の隅で聖剣〈 空間羽握(スペースルーラー) 〉を抱えて座っているエレミアに聞く。

「エレミア、今度はそっちの事情を聞かせてくれないか?」

俺が言うと、エレミアは小さく頷いて立ち上がり、食堂のテーブルの上に聖剣〈 空間羽握(スペースルーラー) 〉を横たえた。

『事情は、私が説明した方がわかりやすいでしょうね』

聖剣から、シエルさんの声が聞こえた。

「そうだな。じゃあ、シエルさん。劇場の事件の後で、去り際にエレミアに何かを耳打ちしていたよな。あれは何だったんだ?」

俺は気になっていたことを聞いてみる。

『もし私に何かがあったら、聖剣を回収してください、とだけ』

俺はエレミアに視線を向ける。

「うん。でも、そう言われても何が何だかわからなかったよ。だけど、今日、シエルさんが水晶に閉じ込められているのを見て、これがシエルさんの言ってたことなんだってわかったんだ。だから、ボクは杵崎に奇襲をしかけた後で、聖剣〈 空間羽握(スペースルーラー) 〉を回収した。そしたら、〈 空間羽握(スペースルーラー) 〉から物凄い量の情報が流れ込んできた。折り悪く杵崎の放った衝撃波で吹き飛ばされてる時だったから大変だったよ」

シエルさんの言葉を、エレミアが補足する。

『杵崎の【自己定義】にはいくつか弱点があります。まずひとつは、いくら好き勝手にステータスを定義できるとはいっても、その時に必要とされるカースの量が足りなければ【自己定義】は失敗します』

「ああ、それは気づいたよ。杵崎は【極火魔法】99を取得する時に【火魔法】と【剣技】をカースに還元してた。その還元したカースで新しいスキルを取得したんだよな」

前世のゲーム風にいえば、振り直しのできるスキルポイント制みたいなものだ。

たしかに汎用性は高いが、振り直しにはどうしてもタイムラグができる。

これがもし、カースに関係なくスキルやアビリティをセットし放題だったとしたら、杵崎は攻撃の度に【自己定義】を修正する必要などなかったはずだ。思いつく限りのスキルやアビリティを常にセットしておけばいいんだからな。

とにかく、そのおかげで杵崎の攻撃と攻撃の間には、スキルやアビリティをセットし直すためのわずかな時間が存在していた。

だからこそ、俺たちにもつけこむ隙があったといえるだろう。

もしそんな隙すらなかったら、戦いはもっと一方的なものになり、俺たちはあっという間に押し切られていたはずだ。

『次に、【自己定義】では、『自分はアルシェラート・チェンバースである』というような完全な自己の規定を行うことができません。それをやってしまうと杵崎は自己を喪失し、定義後の存在は定義した通りに私そのものとなるでしょう』

「それは……そうだな」

『かといって、私が完全に杵崎に従属するような規定では、結局その『私』は行動を逐一杵崎によって指令されなければ動けない木偶人形になってしまいます。そのような『私』を第三者が見れば、どこかで不審感を抱くでしょう。つまり、勇者アルシェラート・チェンバースという存在を利用しようと思えば、複製した人格に一定の自由度を与えなければならないのです。

そして、その自由度こそが、私――いえ、私のコピー元である、複製されたアルシェラートのつけこむ隙となったのです』

面倒だから、オリジナルのシエルさんをA、杵崎によるコピーをB、聖剣にコピーされた「コピーのコピー」をCと呼ぼう。

シエルさんAは、転生直後の杵崎に罠にはめられて殺されてしまったという。

しかしシエルさんは杵崎の【自己定義】によってシエルさんBという形で生き延びた。

だがこのシエルさんBには杵崎によってさまざまな制約が課せられていた。杵崎の意思を無意識に自分の意思だと錯覚して行動する、というような周到で自覚の難しい制約だ。

にもかかわらずシエルさんBは自身の行動のおかしさに気づき、その原因が杵崎にあることまで察してのけた。

その時からシエルさんBは自らに課せられた制約を脱するためにさまざまに知恵を巡らせるが、結果的に杵崎の制約から逃れることは不可能だと判断せざるをえなかった。

だからシエルさんBは聖剣〈 空間羽握(スペースルーラー) 〉に自分の人格をコピーすることにした。

聖剣はもともと「 知性を持つ剣(インテリジェンスソード) 」だから、その内部には人格をまるまるコピーできるような特殊な領域が存在した。シエルさんBはそれに目をつけ、聖剣自身の力を借りて、自らの人格のコピーを聖剣内部に作成することに成功した。これが、シエルさんC――今目の前で語っている聖剣に宿ったシエルさんのコピーのコピーである。

シエルさんの話を聞き終えて、アルフレッド父さんが感嘆のため息とともに言った。

「勇者アルシェラート。あなたはまさしく勇者の名にふさわしい御仁だ。一体あなたの他に誰が、そのような状況で自分の行動の矛盾に気づき、自分を支配する寄生者の存在を推察し、その上でなお諦めず、支配を脱する術を探し続けることができるだろうか。僕は――王国騎士であるアルフレッド・キュレベルは、あなたのことを心から尊敬する」

父さんがシエルさん(の宿る〈 空間羽握(スペースルーラー) 〉)に向かって騎士式の敬礼を取る。

父さんの言葉は、この場にいるみんなの心境を代弁したものだった。

『いやぁ、はは……照れますね。でも、尊敬とかはいらないです。女の子は尊敬されてもモテるわけじゃありませんから。やっぱり、イケメン貴族を紹介してくれるのがいちばん嬉しいですねー。それとも……第二夫人にでもしてくれます?』

……剣になってもシエルさんは相変わらずだった。

「そういえば、シエルさん。杵崎の【自己定義】によって生み出されていたあなたの身体は杵崎の死亡で消滅してしまいましたけど、これからどうするつもりなんです?」

『そうなんですよねー。命があっただけでももうけものではあるのですが、身体がないとせっかくイケメン貴族と出会えてもイチャイチャもできませんし』

冗談めかしてシエルさんが言うが、さすがにそれは笑えないぞ。

「どうにかして、シエルさんの身体を作れないかな……」

エレミアが俺に向かってそう言ってくる。

「うーん……さすがに前世の知識を使ってもそれは厳しいな。あ、でも、ひょっとしたらアルフェシアさんならなんとかできるかも?」

始祖エルフであるアルフェシアさんなら、バイオ技術で身体だけを作ったり、義体のようなものを作ったりできるかもしれない。

『できるならそうしてもらいたいですけど……正直、不安ではあるんですよね』

「不安……ですか?」

『ええ。私は本物のアルシェラート・チェンバースのコピーのコピーです。私は、本物のアルシェラートではなく、そのまがいものにすぎません。コピーされた時に、もともと聖剣に埋め込まれていた〈 空間羽握(スペースルーラー) 〉の仮想人格を取り込んでもいます。今の私は、本当に人と呼んでもいい存在なのでしょうか……?』

シエルさんの声は、今まで聞いた中でいちばん弱々しいものだった。

俺たちは、誰ひとりシエルさんにかける言葉を見つけられなかった。

いや――ひとりだけ、動いた者がいた。

アスラだ。

アスラはテーブルをよじ登って聖剣〈 空間羽握(スペースルーラー) 〉の前にぺたんと座る。

「おねえちゃんは、ひとにつくられたそんざいなんだね」

『そうですね。人は人から生まれてくるものであって、人によって作られるものではありません。それは禁忌に触れることです』

「だったら、わたしも『きんき』だよ?」

『それは……』

シエルさんが口ごもる。

アスラは、杵崎亨によって造られたキメラだった。

そのことは、聖剣の中で話を聞いていたはずのシエルさんも知っている。

「わたしのなかには、たくさんのまものやまぞくやほかのそんざいがいた。

でも、そのなかでいきのこれたのは、わたしのほかにはナイトちゃんだけ」

アスラは多種多様な魔物や魔族、他の種族を合成して造られたと杵崎は言っていた。

どうやったらそんなことができるのかは不明だ。前世の知識と【自己定義】を組み合わせることでどうにかしたのだと思うが、具体的な方法までは想像もつかない。

合成されたキメラの精神の中では、詰め込まれた無数の魂、無数の精神がぶつかりあい、時に反発し、時に相手を吸収し、時に再び分裂し――そのような外部からは理解のできない過程を経て、最終的にアスラの人格へと統合された。アスラのベースとなったのは群れを精神感応で統御する能力を持っていたハーピークイーンの意識だというが、ハーピークイーンという魔物には高い知性は備わっていなかったはずだ。だから、アスラは素体となったハーピークイーンそのものではなく、それを核として合体融合した魂・精神の合成体だということになるだろう。肉体面のみならず、精神面でもアスラは「キメラ」のような性質を持っているということだ。

「くるしかったよ。すごく。だから、ナイトちゃんはわたしをたすけるためにむりしてあの『ラボ』からにげだしてくれた」

アスラの告白に、シエルさんも返す言葉を見つけられないでいる。

「そのあとは、まわりのまものたちがわたしをまもろうとしてくれたけど、やっぱりこわかった。まものとはおはなしできなかったし」

アスラが逃げ込んでいた岩山の周囲に多種多様な魔物が集まっていたのは、アスラ自身が多種多様な魔物の要素を持っていたからなのだろう。ひょっとすると、自身の持つ多種多様な魔物の要素を仲立ちにしてハーピークイーンの持っていた精神感応能力で魔物の群れに自分を守るように命令していたのかもしれない。

「おにいちゃんたちがさいしょにきたときはびっくりしたけど、やっとおしゃべりできるひととあえてうれしかった」

そう言ってアスラは薄く微笑んだ。

「ええっと、なにがいいたかったんだっけ……。そう、おねえちゃんのことだった」

アスラは聖剣〈 空間羽握(スペースルーラー) 〉の柄に触れながら話を続ける。

「あのね、わたし、にんげんじゃないんだ」

『それは……!』

シエルさんが言葉に詰まる。

たしかに、アスラは普通の人間じゃない。改造された人間……というわけですらなく、多数の魔物を含めた無数の魂と精神が統合されて奇跡的に組み上がったひとつの意識にすぎないのだ。

「でも、おにいちゃんたちはやさしくしてくれた。『ラボ』にいたひととはぜんぜんちがった。『アスラ』ってなまえをつけて、ひととしてあつかってくれた」

アスラはそこで言葉を区切った。

「――だから、わたしはそれにふさわしい『ひと』になろうとおもった。いまのわたしが『ひと』じゃないなら、すこしずつかえていって『ひと』になろうっておもったんだ」

『……ひとに……なる、ですか』

アスラの言葉に、シエルさんは意表をつかれたようだった。

いや、それは俺たちも同じだ。

アスラは見た目は5、6歳で言動も(主に俺と比べて)歳相応に幼い感じだから、ここまで深く考えているとは思っていなかったのだ。

しかし、アスラが多数の魂と精神を統合した意識なのだとしたら、目覚めたばかりで幼いことは事実にせよ、それぞれの魂や精神の持っていた知識や経験や感情を部分的にせよ引き継いでいるはずだ。だったら、高度な思考を働かせる能力だって、あっておかしくはなかったのだ。

『ふふっ……それもいいかもしれませんね。こんな形にはなってしまいましたが、私が『人』であろうとする限り、私は『人』でいられるのかもしれません』

いくぶんすっきりした声で、シエルさんがそう言った。

剣と幼女の会話を聞いて、ミリア先輩が少し寂しそうに言う。

「人である……ですか。私もエリアも……父も母も、どこかでそんな当たり前のことを忘れてしまっていたのでしょうね。求められる役柄を演じようとするうちに、『人』としては歪な存在になってしまった……もう、やり直すこともできませんが……」

ミリア先輩の言葉に反応したのは、ジュリア母さんだった。

母さんはミリア先輩を強く抱きしめながら、

「――やり直せるよ。ミリアちゃんはまだ生きてるんだから」

「でもっ……エリアは死んで……父さんも死んで……ううっ……」

「今は、辛いよねぇ。まずはゆっくり休んで、今後のことはそれから考えよう?」

ジュリア母さんがミリア先輩を連れて食堂を出て行く。

他のメンツも(俺とエレミア以外は)疲労困憊しているため、今日のところはこれまでということになった。