軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

116 自己定義

「――変身」

ルーチェさんが眼鏡を外し、宙へと放り投げながらつぶやいた。

投げ出された流線型の眼鏡は光を発して変形、シート状に展開した光がルーチェさんの全身を覆っていく。

ルーチェさんの来ていた地味なカーディガン、ブラウス、スカートが光の粒子へと分解されて消えてしまった。

残されたのは、青白い光に包まれたルーチェさんの裸身だ。

青白い光は幾重にも渡って折り重なり、拡張と収縮を繰り返しながらルーチェさんの身体を隠していく。

光が収まった後、そこに現れていたのは――

「あ、あんたは……!」

「 はじめまして(・・・・・・) 、エドガー君。いえ、あなたは何度もわたしの姿を見ていると思いますけれど」

ルーチェさんは、白地に金のラインが入ったSF的なバトルスーツのようなものに身を包んでいた。おまけに、髪の色が白銀色に変わり、灰青色だった瞳は澄んだ空色へと変わっている。

まさに「変身」と呼ぶにふさわしい劇的な変化だが、驚くべきはそこではなかった。

俺は、彼女の姿に見覚えがあったのだ。

もちろん、図書館迷宮で出会ったルーチェさんではなく――「変身」後の彼女にだ。

「――アルフェシア、さん」

記憶の片隅からその名前を引っ張りだす。

「ええ。メルヴィがいつもお世話になってます」

俺の目の前にいたのは、メルヴィの故郷、テテルティア妖精郷で剥落結界に囚われているはずのメルヴィの「ご主人様」だった!

過去の【鑑定】結果によれば、アルフェシア・ウィラート・メーテルリンク。この世界の古代を支えたという始祖エルフの1柱だ。

「ど、どうして……」

「それは、あなたのおかげです、エドガー君」

「俺の?」

「剥落結界については、わたしも休眠しながら分析を続けていましたが、まだ解除する方法は見つかっていません。

しかし、あなたはある意味では正攻法によってあの結界を解除しつつあります。おかげさまでわたしは精神の一部を分離して結界から抜け出すことができるようになりました」

そんなことができるのか。

【鑑定】にはデミゴッド(=半神)とあったが、始祖エルフはとんでもなく卓越した力を持つ種族のようだ。

「どうしてメルヴィに言ってやらないんだ?」

「それは……メルヴィがとてもがんばってくれていたから。あと少しなのですから、結界の完全解除まで会うのは待とうと思っていたんです」

俺とルーチェさんが話しているのを隙と見たのか、黒い方の悪魔がこちら目がけて毒霧を吐いてきた。

ルーチェさんは落ち着いて、

「――青の143番」

ルーチェさんがつぶやくと、毒霧の 最中(さなか) に青系のカラーだけでできた1辺5、6センチのルービックキューブのような物体が現れた。

その物体はシャカシャカと音を立てながらほぐれ、キューブを構成していた多くのパネルが空中へと散っていく。

パネルは50センチ四方ほどまで大きくなりながら、毒霧と黒い悪魔をまとめて包囲する位置へと展開した。

そして、展開したパネルは元通りのキューブへと 戻った(・・・) 。

正確には、パネルのサイズはそのままで、間の空間にあった毒霧や悪魔もろともキューブの形へと戻ったのだ。

キューブはルービックキューブさながらに縦横に高速で回転し、パネルのカラーを各側面で一致させる。

一致した途端、キューブは収縮を始めた。

そして最初のサイズ――1辺5、6センチまであっという間に小さくなった。

そこには、敵を倒したという感慨すらなかった。

そこにあったものを空間ごと呑み込みしまいこんでしまったというだけだ。

ルーチェさんは何事もなかったかのような口調で言った。

「まだ、本調子には程遠いのですが、上級悪魔の1体や2体ならなんとでもなります」

シエルさんはルーチェさんを前に迷っているようだった。

杵崎はなんと言っていたか? 俺――エドガー・キュレベルは外来者であり排除する必要がある。そうは言っていたが、それを邪魔しに入ってきた未知の女性をどうするかについては何も指定されていない。

思考停止に陥ったらしいシエルさんの瞳が銀へと移ろった。

「――これはこれは……どなたかわかりませんが、勇者がこの世界の異物を排除するのを邪魔されるおつもりですか?」

「欺瞞ですね。あなたこそ、神に最も近いと言われた始祖エルフを敵に回すというのですか?」

「ふふっ……しかし、見たところあなたも本調子とは言いがたいようだ。ここで片を付けてしまいましょう。

【自己定義】による認識の定義――『外来者エドガー・キュレベルを援助する者もまた世界の秩序を乱す者であり――』」

再び何かを仕掛けようとする杵崎の言葉を、ルーチェさんが遮って言った。

「たしかに――わたしはまだ不完全な状態ですが。姑息な手段でこの世界の秩序を乱そうとする悪神の使徒。あなたに一撃を加えるくらいのことはできますよ?」

ルーチェさんはその言葉とともに宙に魔法文字を描いていく。

その魔法文字は――徹頭徹尾、読めなかった。

一字一字が読めない上に、描かれていく魔法文字の数が尋常ではなかったのだ。

数千にも及ぶと思われる魔法文字が、途中からはシエルさんの指ではなく魔力そのものによって描かれていく。

その文字列は、魔法文字というよりも前世のプログラムコードを見ているようだった。

「超多重次元結合結界――《クリスタル・メイズ》」

ルーチェさんの言葉とともに、杵崎=シエルさんの足元から巨大な霜柱のようなものが湧き出した。それは氷の蔦と化して徐々にシエルさんの足を蝕んでいく。蔦は蔦同士で絡まって太くなり、太くなると同時に透明度を増す。

シエルさんを徐々に押し包んでいくそれは――

「まさか……剥落結界!?」

それは、メルヴィの「ご主人様」アルフェシアさんを封印していた剥落結界によく似ていた。

「正解です、エドガー君。超多重次元結合結界――《クリスタル・メイズ》。 魔法神(・・・) アッティエラ(・・・・・・) がわたしを封じるために用いた結界の応用です」

「魔法神アッティエラ……」

アルフェシアさんを封印したのは、メルヴィの話では「悪い魔法使い」ということだったが……それは間違いで、アルフェシアさんは神によって封じられていたというのか?

たしかに、デミゴッド=半神である始祖エルフを封印できる存在なんて、神くらいしかいないかもしれないが……。

しかし、魔法を司る神アッティエラといえば、女神様と同じ善神側に属する神のはずだ。それがどうして始祖エルフを封印したというのか?

いや、今はそのことはどうでもいい。

ルーチェさん――いや、アルフェシアさんの放った結界は、既にシエルさんの下半身を覆い尽くしていた。

シエルさんは聖剣を振り回して結界を破壊しようとするが、剥落結界と同じく結界はごくわずかしか削れない。

「くっ……いやらしい結界ですね……! 完全に攻撃を弾くだけなら飽和攻撃をかければいいが、ごくわずかに隙を作ることで結界を一撃で破壊されないように構築されている……!」

さすがの杵崎も焦った声を上げていた。

杵崎を封じつつあるのが剥落結界と同じものなら、たしかに杵崎の言う通り悪辣極まりないシロモノだ。

「――そのまま、溶けることのない 晶(しょう) の中で永劫の時を懺悔しながらすごしなさい」

「ふっ……そんなことをする殊勝な趣味は私にはありませんよ。【自己定義】――『超多重次元結合結界《クリスタル・メイズ》に囚われて いない(・・・) 私がここに存在する。ここに囚われているのはあくまでもアルシェラート・チェンバースであり、 私ではない(・・・・・) 』」

杵崎の言葉とともに、杵崎=シエルさんの全身が結界に覆われた。

その外形はアルフェシアさんの閉じ込められているはずの剥落結界とそっくりだ。

しかし、その結界の前に、ひとりの男が姿を現していた。

その男は、右手に聖剣〈 空間羽握(スペースルーラー) 〉を握っている他には、衣服を身につけていなかった。

30代半ばくらいの引き締まった身体の男で、黒髪黒瞳、頭の回転の早そうな細く鋭い目つきをしている。

そう。以前女神様に見せてもらった日本のワイドショーに出ていた杵崎亨そのものだった。

「――次元収納」

杵崎がぼそりとつぶやくと、杵崎の身体が黒い背広のようなものと白いローブに覆われた。

そのローブはどこか前世の白衣を髣髴とさせるデザインだ。

「……おっと」

杵崎が手にした聖剣が激しく震えていた。

「こうなっては、持ち手とは認識されませんからね」

杵崎は震える聖剣を逆手に握り替えると、地面に向かって乱暴に突き立てた。

聖剣は持ち手を選ぶという。シエルさんと杵崎の関係はいまだにわからないが、さっきまでは聖剣は持ち手をシエルさんだと認識していたということだろう。

しかしルーチェさんの使った結界から脱出するために杵崎は何らかの無理をして元の姿に戻ることになり、同時に聖剣の持ち手としての資格を失ったというわけか。

「――やれやれ。まさかこの姿を晒すことになるとは思いもしませんでしたよ」

杵崎が肩をすくめながらそう言った。

俺は杵崎に思わず聞く。

「おまえは……転生者だろう? なぜ、生前の姿を取れるんだ?」

「たしかに、私は魂のみこの世界に転生しましたが、私の魂は既に肉体に囚われてはいないのですよ。結果、とっさに生み出された私の『本来の姿』は、魂に刻まれた前世の記憶をなぞることになったのです」

「肉体に囚われない……だって?」

「ふふっ。驚くのもわかります。疑うのなら、見てみればいいでしょう。あなたも転生者なら、【鑑定】系のスキルのひとつくらいは持っているのではないですか?」

こいつ……自分を【鑑定】してみろっていうのか。

ステータスを隠すことはこの世界では基本中の基本だ。ことに、相手が転生者となれば万にひとつも自分の保有するスキルを見られたくはない。

何かの罠か?

いや、ステータスにどんな罠が仕掛けられるというのか。

見せてやるというなら見てやろうじゃないか。

【真理の魔眼】。

杵崎亨(ERROR)

レベル ERROR

HP ERROR

MP ERROR

スキル?

・ERROR

【自己定義】ERROR(FORBIDDEN)

スキル

・伝説級

+【鑑定】9(MAX)

+【悪魔召喚】9(MAX)

・達人級

【空間魔法】9(MAX)

・汎用

【剣技】99(ERROR)

【格闘技】99(ERROR)

【短剣技】99(ERROR)

【火魔法】99(ERROR)

【自己定義】による存在の定義001(FORBIDDEN)

【自己定義】による存在の定義007(BROKEN:【自己定義】が破られた状態。当該ステータス領域が不安定となり、しばらくの間類似した【自己定義】を行うことができない。)

「私は杵崎亨であるのと同時にアルシェラート・チェンバースでもある。ただし、アルシェラート・チェンバースは杵崎亨の存在に気づくことはできず、また杵崎亨の意に反することはできない。アルシェラート・チェンバースは杵崎亨の意向を無意識レベルで理解し、自分自身の欲求であると錯誤する。欲求を行動に移すに当たっては、アルシェラート・チェンバースという人格が破綻しないよう理性によって可能な限りの自己正当化を行う。表層人格としてどちらの人格が表出するかは杵崎亨の一存によって決めることができる。」

「……っ!」

俺は思わず目を見開く。

異様としかいいようのないステータスだった。

俺の反応は期待通りのものだったのだろう、杵崎が口の端を吊り上げて笑う。

「あの時予期せぬ邪魔が入ったせいで、私の魂の一部はいまだ次元の狭間に囚われているのですよ。この中途半端な状態が定着するまで、私の魂は途方もない苦痛に苛まれる羽目に陥った……。しかし、そのおかげで、私は悪神モヌゴェヌェスですら想定していなかった新たな能力に目覚めることになりました」

「あの時」というのは、すべての発端となった前世での通り魔事件の時のことだろう。

って、そうか。転生した杵崎亨は、あの時凶行を止め、杵崎を殺してしまったのが前世の俺――加木智紀であることを知らないのか。

「予期せぬ邪魔」と口にした時こいつが浮かべた憎悪の表情からすると、知られたらかなりしゃれにならないことになりそうだ。

杵崎は俺の内心など知るはずもなく、優越感に陶然とした表情で言った。

「おわかりですか? 私は善神アトラゼネクの創りだした 秩序(システム) の外にいるのです。システム内部にいるあなたに勝ち目はありません」

【自己定義】か。そんなのありかよ。

もし文字通りの能力なら、ステータスを自分の好きなように弄りたい放題ってことじゃねぇか。【不易不労】が生ぬるく思えてくるような、本当の意味での「チート」だな。

こんなの、どう対策を立てたらいいんだ? こちらが手札を一枚見せるたびに杵崎はその手札への対抗策を無から生み出してしまうだろう。同時に、こちらのスキルを特定できれば杵崎は同じスキルを習得――いや、 生成(・・) することができてしまう。

反則だ……。杵崎の口ぶりからすると、この能力は悪神が与えたものではなく、転生時の事故によって備わったもののようだが、それだけにスキルの枠を越えた逸脱した能力になってしまっている。こいつと悪神にとっては幸運な事故だったってことか。

「格の違いがわかりましたか? くくっ……それではさような――」

「――《ガトリング・フレイム》!」

声とともに、屋敷の屋根の上から、十数条もの青い火箭が飛来した。

狙いはもちろん杵崎亨だ。

杵崎はその場から飛びのきつつ、

「【自己定義】――アビリティ・魔力霧散取得、アビリティ熟練度を5にセット」

杵崎はそうつぶやくと、自身へと飛来する青い火箭をなんと手のひらで叩き落とした。ふざけたことに、片手は白いローブのポケットに突っ込んだままだ。

火箭は杵崎の手にぶつかると黒い光の粒子となって霧散していく。

俺は屋根の上をちらりと見る。

そこには《ガトリング・フレイム》と屋敷を包む炎に彩られたベージュ色の髪の女性がいた。

もちろん、それはジュリア母さんだ。

熱い風に髪をなびかせ、炎の光を瞳に宿したその姿は、《炎獄の魔女》の二つ名にふさわしい。

その間に、俺の背後からも複数の気配がやってきた。

「――無事か、エド!」

「坊ちゃま、遅くなりましたぁ!」

そう言いながら駆け寄ってきたのは、アルフレッド父さんとステフだった。

同時に、父さんが俺にハンドサインを送ってくる。

これは――エレミアとチェスター兄さんも「配置」についているという合図だな。2人にはこうした事態に備えて予め打ち合わせてあった役割があるので、杵崎の前には姿を現さないことになっている。

〈牢獄〉とやらを張っていた悪魔2体はもういないのだから、みんなが駆けつけられたのも当然だ。

そうだ……何を弱気になっている。

みんながいれば戦える!

「エドガー! 無事!?

……って、えええええ!?」

意気を強くした俺のもとに、メルヴィが飛んできた。

そのメルヴィは、俺の前に立つ人物を見て驚愕の声を上げる。

「ご、ご主人様!?」

「はい、メルヴィ。本当は完全復活してから会おうと思っていたのですが、かえって悪いことをしてしまいましたね」

ルーチェさん――いや、アルフェシアさんがにっこりと笑ってそう言った。

「ど、どどど、どうしてご主人様が!? 剥落結界はまだ解除できてないはずじゃ……」

「その話は後でしましょう。今は、あの危険な男をなんとかするのが先です」

アルフェシアさんが前へと視線を向ける。

そこでは母さんの《ガトリング・フレイム》を受けきった杵崎が爆炎と黒い粒子の舞う中に悠然と佇んでいた。

「今のは【火精魔法】……いえ、その上の【極火魔法】でしょうね。なるほど、転生者でもない現地人にここまでのスキルを習得させているのですか。さしずめ、数の力で私を押え込もうという算段なのでしょうね。いかにもアトラゼネクの考えそうなことだ……」

「杵崎、おまえに女神様の何がわかるっていうんだ?」

俺が聞き返すと、杵崎はにやりと笑って言った。

「私は魂と輪廻を司る神アトラゼネクの作ったスキルシステムが気に食わないのですよ。

このシステムは、凡人を英雄に変えるためのシステムだ……。本質的に卓越した存在である私にとっては脅威にしかならない。万人を統括するシステムは、 私にとって(・・・・・) 都合のいいものでなければなりません」

すがすがしいまでに自分勝手な理屈だ。いや、理屈にすらなっていない。こいつが今言ったのは、他人のすべてを合わせたよりも自分の方が大事ということだけだ。

「キュレベルファミリー勢揃い……といったところですか? これは都合がいい。あなたたちは危険です。ここでまとめて摘み取らせていただきましょう」

「……そううまくいくかな?」

杵崎の自分勝手な言葉にアルフレッド父さんがそう応えて、氷霜をまとわせた槍を杵崎へと向けた。