軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

話し合いの着地点

「――こんな騒動に巻き込んで、本当にすまなかった」

応接間に場所を移し、真っ先に口を開いたのはシルフィア様だった。シルフィア様は隣に座るクラウゼート王国陛下の頭をぐいぐいと押さえつけながら、陛下に謝るよう促す。

「ほら、お前もちゃんと謝れ」

「申し訳ない……」

治療など必要ない、という姉弟の意向により、陛下は血混じりの砂にまみれた姿のまま。鼻血が落ちたら汚いからと言って、鼻の詰め物だけ許されている。……私は怒りと哀れみがない交ぜになった複雑な気持ちを抱えながら、頭を押さえつけられる陛下を眺める。

「何を置いてもまず大人同士で話し合うべきだったでしょう。忍び込み、真っ先に幼子を巻き込むなど、王ともあろう者が何故このような短慮を起こされたのです」

エルンストが苦々しげに問いかける。陛下の目からぼろぼろと涙がこぼれた。

「……シルフィアがいなくなるなど耐えられず……ッ、一刻も早く子の身柄を確保しなければ息ができないと思った、もう二度と失いたくないと……シルフィアを、心を預ける人を、失いたくない…………ッ」

言葉を詰まらせ、陛下はこらえきれぬ嗚咽を漏らす。彼は喪失を恐れるあまり冷静さを欠いていたのだ。姉弟が揃って深々とため息を吐いた。

「悪かったよ。王に返り咲いて、生き延びた者を救ったからもう大丈夫だと…………ここまで拗らせていると思わなかったんだ」

「それは拗れもするでしょう……」

エルンストが頭が痛そうにつぶやいた。陛下は一度すべてを失っているのだ。あまりの痛々しさに心が哀れみに傾く。許せないものは許せないけれど。先に話をつけなければとこの場に座っているけれど、私は一刻も早くアルベルティナの元にいきたい。

「シルフィアが……シルフィアでなければ信じられない……」

哀れみを誘う痛々しいつぶやきが落とされる。エルンストが深々と、それはもう深々とため息を吐いた。

「……姉上、責任を取ってやりなさい」

「は!?」

「軽々しく生き物を拾ってはいけないと、拾ったなら最後まで面倒をみなければならないと、父上にきつく言い聞かされたでしょう」

「こいつは蛙じゃないぞ!?」

ああ……洗面台いっぱいの卵……孵ったのだろうか……洗面台みちみちのオタマジャクシ……大変だったんじゃないかしら……現実逃避のようについ考えてしまう。隣でエルンストがシルフィア様の説得を始める。

「ラウテル家の当主は私です」

「だが……私はその……出奔したし……」

シルフィア様はごにょごにょと力なく口をもごつかせる。エルンストが膝の上で手を組み、身を乗り出した。

「――姉上、今年でいくつになります」

「もうじき三十六になるが……」

「そろそろ野宿が身にこたえるのではないですか? いつまでも若くないのです。五年もしないうちに四十路なんですよ。いつまでも無茶がきくと思わないで、これを期に定住地を決めてしまいなさい」

シルフィア様がぐっと言葉に詰まる。エルンストは視線を動かし、陛下に問いかけた。

「姉上を迎える上で問題は?」

「何もない……! 弟に与していた都雅派、贅を好み血統を重んじる派閥は大きく力を落とした。今は軍部に力が偏りすぎているため後々調整が必要になるだろうが、今の主力派に対しシルフィアは信頼と実績を積み上げている……! 国民からも『戦女神』と讃えられているんだ!!」

望外の援軍を得て、陛下の顔が生気を取り戻す。勢い込んでエルンストに訴えた。シルフィア様が血相を変える。

「冗談だろう!?」

「これを拾ったのはあなたです。大体姉上も憎からず思っているのでしょう」

シルフィア様の言葉を斬って捨て、エルンストは陛下をひたと見据える。

「先に明言しておきますが、私もセシリアも今回の仕打ちを許しておりません。口先だけの謝罪も結構。今後行動で示していただきたい」

おずおずと問いかけるような陛下の視線が私に注がれる。私は真顔で頷いた。いくら同情できると言ってもそれはそれこれはこれ。子供を傷つけられたことを簡単には許しませんよ。

「何よりアルベルティナの心を大切にします。そう安々と面会出来るとはお思いにならないでくださいませ」

私は母だと胸を張る。陛下は肩を落とし、「シルフィアが恩人だと言いあそこまでの怒りを見せるほど、あなたがあの子を慈しんでくれたのだな……」と悔いを含んだつぶやきを落とした。……もしかしたら陛下は、ご自身が家族に裏切られた心の傷が元で、アルベルティナがさほど大切にされていないと思い込んでいたのだろうか。『渡せ』と命じればこれ幸いと身柄を引き渡すだろうと。

「待ってくれ! お前が嫁に送り出すような口ぶりだが、私は死んだことになっているんだぞ!?」

方向性が決まってしまうとシルフィア様が慌てきった声を上げる。エルンストが鼻で笑った。

「そんなもの、口裏を合わせればどうとでもなります。ここにいるのは当の侯爵家当主と一国の王ですよ?」

「シルフィアを得るためなら何だってしよう」

本当にどんな条件でも呑みそうな勢いで陛下が頷く。心から拒否するなら『嫌だ』と言い切って出ていくだろうに、シルフィア様は言葉に詰まりながら席を立たない。もう、陛下を身内に数えてしまっているのだろう。元からすでに見捨てられないのだ。愛情深い人だから。

「姉上、あなたに何があっても私は知ることができない。森のいずこかで姉上が朽ちていても、弔うことはおろか知ることさえできないのです。――もうこれ以上心配させないでください」

エルンストの切実な願いと、続く「王城の裏手にある森を住処にしていいから」という陛下の言葉で、ついにシルフィア様は頷いた。

さて、実の両親が正式に結婚するのであれば、アルベルティナの養育環境が用意できるということだ。ましてや一国の王女であると公表すれば隣国に渡って当然――アルベルティナの将来を思えば、母の知れぬ私生児と侮られるよりも、隠されていた王女であると明らかにした方が良いと分かっている。でも陛下と対面させていいのか分からない。そもそもアルベルティナを手放すなんてできないのだ。考えただけで胸が引き裂かれそう。それに何より――いくら人として信頼できても特技が『狩りと潜入とゲリラ戦』の野性味あふれる母親と、愛する人のこととなると情緒が安定しない国家権力者のもとに、お馬さんとおしゃれが大好きな小さな 淑女(レディ) を預けるのは……! 無理よ……!!

「エルンスト……」

私は縋るようにエルンストの名を呼ぶ。彼は戦いを前にしたかのような、獰猛な笑みを浮かべて。

「任せろ。アルベルティナは離さない。どんな手段を使ってでもだ」

ほっと息を吐く。私はアルベルティナのケアに注力し、外で起こる事態は彼に委ねると決めた。私は誰よりも、エルンストを信じているのだから。