軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ボコボコのボコ

覇気のみなぎる顔立ちに立派な体格。戦い、勝利してきたのだと示す傷跡。……ただ黙って連れていかれるわけにはいかない。今この場に、クラウゼート王国陛下に対峙できるのは私しかいないのだ。シルフィア様のお言葉を信じよう。『公にラウテル家を巻き込めない』『シルフィア様の怒りを買う行動はできない』――ならば、彼はラウテル公爵夫人である私に手荒な真似ができないはず!

「ヨランダ、アルベルティナを屋敷に!」

「は、はい!!」

「抗うつもりか!! 大人しく俺の娘をこちらに渡せ!!」

使用人がエルンストに伝えるため走り出す。ヨランダが「さあ、お嬢様……!」としゃがみアルベルティナを抱えようとする。アルベルティナが怯え私のスカートに縋り付く。ああ、お願い逃げて……!

一歩出ようとしたクラウゼート国王陛下を片腕を広げ制す。私は声を張り上げた。

「ここはラウテル家ですよ!!」

相手がぐっと怯んだ隙に、ヨランダがアルベルティナを抱え上げた。小さな手がスカートから引きはがされる。ヨランダが走り出して――

「お母さま、お母さまあ!!」

アルベルティナの悲痛な叫びが鼓膜を震わせた。庇い立つ私を差し置いて、クラウゼート国王陛下が叫ぶ。

「この女はお前の母ではない!! お前の母はシルフィアだ! お前はこの俺とシルフィアの娘だ!!!」

その言葉を聞いた瞬間、対峙する相手が誰であるかが頭から消え去った。怒りで頭が真っ白になる。自分が何をしたか知覚するより先に、パアンと甲高い音が庭に鳴り響いた。

「アルベルティナがどれほど傷つくか、心を砕けぬ者の何が父親か!!!」

力いっぱい頬を張った手がまるで火傷をしたようにジンジンと痛む。人を叩くなんて初めてだ。ましてや一国の王を――けれど今そんなことに何の意味が。アルベルティナはどれほど傷ついただろう。どんなに辛い思いをしているだろう。まだあんなに幼いのに、まだ何も知らなかったのに、私との関係まで否定されて。断じて許しておけるものか!

「私がアルベルティナの母親です!! 文句がおありですか!!!!」

打たれた頬に触れ、驚きに目を見開いた男が一拍の後憤怒の表情を浮かべる。

「――誰を相手に狼藉を働いたか分かってのことか! この無礼もげぺっ」

言葉の途中でクラウゼート国王陛下の姿がかき消えた。大きな影が前をよぎって――黄金が視界に広がる。人が地面に倒れ込む振動が足を揺らした。

「――貴様私の恩人に一体何を仕出かした?」

音も、気配も感じなかった。シルフィア様が来てくださったのだ……! 「セシリア……!」と呼ぶ声に振り向けば、エルンストが駆けてくる姿が見える。私を守ろうとエルンストの腕が伸ばされる。私は駆けつけた彼に縋り付いた。

「エルンスト……っ!」

「すまなかった……! 恐ろしかっただろう、アルベルティナは」

「ヨランダが屋敷に!」

「どこかで行き違ったか……」

ひとまずの無事に、エルンストがほっと息を吐く。肉を打つ音が鳴り続ける。

「…………あ、あの」

「どうした、セシリア。何を言われた? まさかどこか痛むところでもあるのか?」

エルンストの手が私の頬に触れる。痛むところがないか確かめるように、両手で肩を柔く掴まれる。人を殴る音の合間に、短い悲鳴が聞こえてくる。

「あ、あのね……!? クラウゼート国王陛下がね!?」

シルフィア様が馬乗りになって、地面に倒れ伏した陛下を殴り続けている。途切れ途切れに制止の声が聞こえる。あ……っほんとにボコボコに……っ、あ……っそんな、大丈夫なのかしら……っ!

「心配することはない。あれは貴族の屋敷に侵入し、ラウテル家の夫人と子女を害そうとした暴漢だ。討った後に何か判明したとしても、ただの不幸な事故だろう」

「その言い分は無理よお!!」

だって皆正体を知っているじゃない!! 許せないのは許せないとして、人ってどれくらい殴られても無事でいられるのかしら……! 暴力なんて身近に感じたことがないから基準が全く分からない!!

「私とお前の問題に、よくも実家とアルベルティナを巻き込んだな」

「だっごぺッ……だがッ!」

「だがもクソもあるか」

シルフィア様は獲物を屠る修羅のような形相で怒りをあらわにしている。髪の毛まで逆立っているかのよう。シルフィア様は加減をご存知だろうか。反論しようとしているのだから一応は大丈夫なのだろうか。ハラハラしながらエルンストとシルフィア様とクラウゼート王国陛下に視線を巡らせる。――ああっ一国の王が泣き始めてしまった……!!

ハラハラし通して順繰りに三者に視線を巡らせ続ける私に、エルンストがため息を吐いてシルフィア様に制止の声をかけた。

「姉上、セシリアが怖がっています。――そこの不届き者の言い分だけでも聞いてやろうじゃありませんか」

ピタリ、とシルフィア様が空中で手を止めた。「わ……っわるがっだ……っ」というクラウゼート王国陛下の涙混じりの声が庭に力なく落とされた。