作品タイトル不明
姉弟の揃う食卓
それぞれ身支度を整え、食堂に集まる。シルフィア様も旅の埃を落とされて、さっぱりしたご様子で姿を現した。
「悪かったな、気を使わせただろう」
席に着くなり、シルフィア様が声を上げる。
「自分から名乗り出るつもりはないんだ。私にはそんな資格がない。ただ、あの子に会えて本当にうれしかった。一目見ただけで分かる。アルベルティナは愛されて、幸せにしているんだな」
シルフィア様の言葉が胸に苦しい。一呼吸おいて、シルフィア様が真っ直ぐな視線を私に向けた。
「礼を言うのも遅くなってしまった。あなたがあの子をあんなにも豊かな子供に育ててくれたんだろう? 心から感謝している。ありがとう、あなたは私の恩人だ」
そう言って笑うシルフィア様は、エルンストそっくりな笑顔で。
「いいえ、アルベルティナと会えてから、私がずっと幸せを貰っているんです」
アルベルティナを『豊か』と表してくれることがうれしくて、私はシルフィア様に微笑み返す。ため息交じりにエルンストが「姉上のことで気を揉むのはいつものことですよ」と柔らかくつぶやいて、それがきっかけのように料理が運び込まれた。
テーブルにずらりと並ぶカトラリー。その中央には前菜が乗った皿。シルフィア様はまるで戦に挑む武人のような顔つきでテーブルの上を睨みつける。
「……セシリアはおおらかで寛大な人です。姉上が多少無作法をしても目をつむってくれますよ」
本当だろうか、と言いたげなシルフィア様の視線を受ける。子犬のような目がアルベルティナを思い起こさせて、つい微笑ましい気持ちになってしまう。
「ここはシルフィア様のご実家ですもの。どうかおくつろぎください」
パアッと顔を輝かせ、シルフィア様がカトラリーを手に持つ。エルンストが給仕に何か合図を送る。心得たように礼をした給仕が、シルフィア様の前に次々と料理を並べた。
シルフィア様が料理に手をつけられて……無作法といっても、音を鳴らしたり、皿を持ち上げたり、ガツガツと粗野に食べるわけではない。カトラリーも端から順に迷うことなく使い分けている。確かに教育を受け、習得したご様子であるのに、ただもう食べるのがびっくりするくらい早い! まあ、フィレステーキがふたくちで!
「それにしても、アルベルティナの存在を悟られるなど何故そんなヘマをしたのです」
思わず手を止めお食事の様子を見つめてしまったけれど、エルンストは慣れた様子でゆったりと食事しながらシルフィア様に話しかける。
「取っ組み合いになった拍子に腹を見られてしまってな……」
ああ……思い当たっておなかに手をあてる。きっとシルフィア様のおなかにも刻まれているのだ。妊娠線が。
「断固として黙秘したのだが、時期から何から次々と言い当てられてしまった……」
恐ろしく正確だった……とシルフィア様が力なくつぶやく。強く否定もしきれなかったのだろう。アルベルティナの存在を無いものにはできなくて。
「……そもそも何故一国の王と取っ組み合いを」
「出て行くなら俺を倒してからいけって泣き縋られたんだよ……」
それで倒そうとしたんだあ……ワア……『悲劇を覆した英雄王』のイメージが音を立てて崩れ落ちそう……シルフィア様が次々と給仕に「これと同じものを」と追加の指示を出す。あっという間に皿から料理が消えていく。いつもの食堂なのに、会話の内容も、雰囲気も、エルンストの顔つきまで『面倒見のいい弟』になっていて、なんだかとても愉快な気持ちになってしまう。
「ふふっ、胸がすくような食べっぷりですね」
「この体格だからな。たくさん食べるぞ」
「おなかいっぱい、お召し上がりくださいね」
「ああ!」
シルフィア様は皿の上からパッと料理が消えるみたいにたくさん召し上がられて、私はいつも通りいただいて、丁度同じくらいに食事を終えた。ではそれぞれ私室に戻ろうか、と立ち上がったとき、ふいにシルフィア様に話しかけられる。
「おお、そうだ。きちんと名乗ってもいなかったな。私はシルフィア、エルンストの姉だ」
近くに立ち、見上げるとことさら実感するけれど、シルフィア様は本当に長身でいらっしゃる。エルンストに比べても引けを取らないくらい背が高いのだ。
「まあ、私も名乗りそびれてしまいましたね。私はエルンストの妻、セシリアと申します。どうぞよろしくお願いいたします、シルフィア様」
「まさかこんなにかわいい義妹ができていたとは。いや、うれしいものだな」
「息子もおりますよ」
「なに! 甥か!!」
声を弾ませ、シルフィア様は心の底から喜んでくれていると一目で伝わる喜色満面の笑みを浮かべる。「どうか会ってやってくださいね」と言えば、「ぜひとも」と柔らかく笑ってくれた。
§
シルフィア様に認められたと気を抜いていたのだろうか。それとも、昨日の今日でと油断していたのだろうか。
警戒しているつもりだった。前庭には出ないと決めて、ラウレンスのお散歩も中止している。ただ、アルベルティナに不穏を悟らせたくないと思ってしまったのがいけなかったのだろうか。まさか、誰も予想だにしなかったのだ。屋敷の裏手にある庭だけ、そこから繋がる厩舎までと決めて歩いたその先に、クラウゼート国王陛下が姿を現すなんて。まさか一国の王が他国の侯爵邸に忍び込むだなんて――!
突然木の上から降ってきた剣呑な雰囲気を放つ旅装の男に、アルベルティナが戸惑い私の手をぎゅっと握りしめる。
アルベルティナと同じ翠玉色の瞳が私を射抜いた。口が、開かれて。
「返せ。その子供は俺の娘だ」