作品タイトル不明
守りたいもの
エルンストは叫んだ後、両手で顔を覆って俯き、指の間から呻くように声を出す。
「……問題は無数に思いつきますが、直近で何が問題になるのです」
「その……あいつ、どん底で助けちゃったせいか、私にえらく執着してるんだよ。出て行こうとしたら泣き落としにかかられて……アルベルティナの存在に気づかれた翌日、あいつは王城から姿を消した。間違いなくアルベルティナの身柄を確保しようと考えてのことだろう。そうすれば私を押さえられると分かってるんだ。私がラウテル家の出身だということも知られている。家紋の入ったペンダントを見られてしまったからな」
「ああ……父上が持たせたものですね」
エルンストが顔を上げ、大きく息をつくようにつぶやいた。姉弟の会話を横に、ゾッと血の気が引く。隣国の王にアルベルティナの身柄を要求されたら、どうやって抵抗すればいいのだろう――言葉を失う私の前で、シルフィア様がブンブンと音を鳴らし、真顔で拳を振った。
「だからバズがここに来たらボコボコにして追い返そうと思って、急ぎ駆けつけたんだ」
「ボコボコに」
「ああ」
「そうすることで起こる問題は?」
「殺しさえしなければ何も問題ない」
ボコボコにしてあっちの王城に送り返したらかえって感謝されるんだ、うまく先回りできてよかった、とシルフィア様が宣う。……一国の王をボコボコに。どうしよう、安心と葛藤を感じる。ボコボコに……っ王を……っ!
いや、アルベルティナの安全のためなら全てに目をつむろう。私は強く決意する。そして、シルフィア様がアルベルティナを託す先に変わらずここを選んでくださっていることに、感謝の気持ちがこみ上げる。
「王位に就いたばかりの王が失踪したとなると、あちらの王城は蜂の巣を突いたような騒ぎでしょうね」
「そりゃあもう大騒ぎだったぞ。宰相が泣きながら私のもとに駆け込んで来たんだ。……アルベルティナを託した上に、こんな騒動に巻き込んで本当にすまない。必ず今回でケリをつける。元々、王家間での交渉から手を回せば私が絶対に許さないと分かっているからこんな暴挙にでたんだ。公に実家を巻き込めば、私を永久に失うと知っているから」
……ああ。シルフィア様は確かに貴族社会に馴染めなかったのかもしれないけれど、心からラウテル家を、家族を大切に思ってくれているんだ。クラウゼート国王陛下が身にしみて知るほどに。胸が詰まる。エルンストが小さくため息を吐いた。
「バルタザール・エメリヒ・フォン・クラウゼヴィッツを名乗る男が現れたら姉上の前に通すよう、使用人に通達しておきます」
「頼む」
§
長く話し合っているうちに日が暮れてしまった。襲来に備えるためにもひとまず夕食を摂ろうと皆で立ち上がる。
応接間を出て、エントランスホールにさしかかったときだった。大階段から、可愛らしい声が響く。
「お母さま〜! お父さま〜!」
笑顔で階段をおりてくるのはアルベルティナ。いつもの時間になっても私たちが子供部屋に来なかったから、しびれを切らして様子を見に来たのだろう。
たまらずシルフィア様を振り返る。会っていただきたいと願ったけれど、こんな、急に――! 心構えもできていない。どうすればと迷っているうちにアルベルティナが近づいてくる。アルベルティナは首を傾げ、シルフィア様を見上げた。
「……お客さま?」
ぐっとくちびるを噛む。動揺する私の前で、シルフィア様が静かにしゃがみ、アルベルティナと目線を合わせた。
「 初(・) め(・) ま(・) し(・) て(・) 、君がアルベルティナだな。私は君の父上の古い友人なんだ。フィアと言う。しばらく厄介になるから、よろしく頼むよ」
「はじめましてフィアさま! アルベルティナともうします!」
アルベルティナは無邪気に、大人相手に挨拶ができたと目を輝かせる。……たまらなかった。だって私は振り返った瞬間、シルフィア様の瞳が揺れるのを見てしまった。シルフィア様は元から、他人として接する覚悟を固めていらっしゃったのだ。親子の邂逅なのに――瞳の色は違う。アルベルティナは翠玉色でシルフィア様は天青色。でもその髪はそっくりな、まるで溶かしたような黄金――私が動揺をあらわにしてシルフィア様のお心を無駄にするわけにいかない。拳を握り、笑みを浮かべる。
「お母さま〜!」
スカートに抱きついてきたアルベルティナを、さあ、いつも通り褒めなければ。
「すごいわティナ! 上手にご挨拶ができたわね」
「勉学の成果だ。よくやったな、アルベルティナ」
「うん!」
「今日は会いに行けなくてすまなかった。さあ、夕食の時間になる。部屋に戻りなさい」
「はい! おやすみなさいお父さま、お母さま、それから、フィアさま!」
エルンストも笑顔でアルベルティナを褒め、部屋に戻るよう促す。おやすみの挨拶を返して、三人並んで手を振り、アルベルティナを見送る。
下ろされたエルンストの手が微かに震え、握りしめられた。