軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

安寧に響く叫び声

あれから二年近く月日が流れた。アルベルティナは先日五歳の誕生日を迎えたばかり。元気いっぱいで少しおしゃまな、小さな淑女に成長して。

「お母さま〜! ラウレンスがうんちした〜!!」

「教えてくれてありがとう、でも大きな声で言わないのよ、待って〜」

――そして、私とエルンストの間に、息子が生まれた。

「奥様、そのようなことなさらずとも、私どもにお任せを……」

「二人目だもの、慣れたものよ!」

ささっとおしめを替えて、むき出しのおなかに頬ずりする。

「ぽんぽこおぽんぽんむゆむゆ〜!」

ぷゆぷゆのぽこぽこ〜!! 私はぽこぽこお腹に口をつけ、ぷうと息を吹き出した。

「だぁ! あぅ〜う、だっ」

ブブブ! と鳴る音と波打つ振動に、ラウレンスが手足を跳ねさせてはしゃぐ。汚れ物を使用人に預け、ラウレンスの服を整えながらアルベルティナを振り返った。

「ティナちゃんのおなかもむゆむゆかしら〜!」

「ティナのおなかも、むゆむゆのぽこぽこよ!」

アルベルティナが誇らしげにおなかを突き出す。私はきゃあっと歓声を上げた。

「待っていてねかわいいおなかさん! 手を洗ってくるわ」

「はあーい!」

なんてことだろう。かわいいおなかが二倍になって、幸せは無限大だ。私は手を洗いながら目尻を下げる。ラウレンスは生後三ヶ月。侯爵夫人ともなれば子育ては人に任せるものだけれど、私は可能な限り自分の手で子供を育てたいと思っていて――エルンストも、そうしようと言ってくれている。

旦那様が意思を尊重してくれて、子供たちがかわいくてかわいすぎて幸せ! 部屋に戻り、アルベルティナを抱きしめておなかを撫で回す。アルベルティナはくすぐったがって、キャア! と笑い声を上げた。

お勉強のために退室するアルベルティナを見送って、ふにゅふにゅとぐずり始めたラウレンスを抱き上げる。アルベルティナは去年から文字の読み書きや計算の初歩を習い始めている。初めてもらったお手紙はうれしすぎて額縁にいれて私室に飾っている。健やかに育ち、どんどんやれることを増やしていくアルベルティナがすごくてかわいくて眩しい。

「ふぇっふんぇえ〜っふっふぇえ」

「おなかがすいたわね、よしよし」

しんと静まった部屋で、ソファーに腰掛けてラウレンスに乳を与える。懸命に乳を飲むラウレンスを眺める時間は穏やかで、安寧と幸福を感じア゛ッ!! 噛まないで!! それは本当に痛いのでお願いします!!

なんという傍若無人かしら……んくんくと音を立てながら乳を飲むラウレンスの頭を撫でて、赤子の理不尽さに苦笑してしまう。――エルンストは頻繁に私の両親と祖母、兄を屋敷に招いてくれる。「私は両親に孫を見せることが叶わなかったから、あなたの家族にはその分までラウレンスと触れ合ってもらいたい」と言って、何かにつけて招待してくれるのだ。

お茶を共にし、何度も顔を合わせるうちに皆すっかりアルベルティナに絆された。両親はかわいいかわいい孫娘のティナちゃんと言って相好を崩している。最近は逆に、次期侯爵閣下であらせられる跡取り様、とラウレンスに対して尻込みをしている 気(け) さえある。どうして。

なにはさておき、ふたりの子供を分け隔てなく孫や甥姪と思ってくれる家族のことを、私はとてもうれしく思っている。

腹を満たしぐっすり眠るラウレンスをじっと見つめる。シルフィア様が姿を消したのは、丁度アルベルティナが今のラウレンスくらいのときだったらしい。離れるなんて考えられない。こんなにも小さくか弱い命を、どんな気持ちで手放したのだろう。想像すると胸が締め付けられ、目が熱くなる。

……平気だったのだろうか。何も感じなかったのだろうか。でも、そんなわけがないと強く感じる。ラウレンスが本当に生まれたてのころ、つい最近までは心底大変だったのだ。身体はままならず、赤子は昼夜問わず頻繁に乳を要求する。一度に多くを摂取できないから、小まめに与えなければそのまま飢えて衰弱するのだろう。――夜間は乳母たちに任せられるのに、気が張って、ささいな物音で目が覚めた。皆を信頼しているのに、心配で目が覚める度に様子を確かめに行った。シルフィア様は、そんな状態のときに乳母がいなかったのだ。

どうでもよければ乗り越えられるわけがない。愛情がなければ。そもそも、興味も関心もなければここに預ける必要さえないのだ。

エルンストを、この家を心から信頼していたのだろう。死なせたくない、健やかに育ってほしいと願うからこそアルベルティナを預けたのだろう。私はその信頼にこたえられているだろうか。

ベッドで眠るラウレンスの髪を柔く撫でる。きっと、あと五年ほどでシルフィア様はここを訪ねてくれるだろう。見ていただきたい。アルベルティナはあんなにも愛らしく育ったのだから。ため息をひとつ吐き、私はお茶でも飲んで気分をかえようと、音を立てないようにそっと部屋を後にした。

子供部屋のある三階から、二階におりる階段に足をかけたときだった。屋敷がにわかに騒然となり、慌ただしい足音が響く。何事だろうと二階の吹き抜けから階下を覗けば、慌てふためくシモンと目が合った。

「お、奥様ぁ!! どうかこちらにいらしてください!! 私は旦那様をお呼びしてまいります!!」

「ええ? どうしたの?」

シモンがあんなに取り乱すだなんて! 私は驚いて一階におりる階段に向かう。吹き抜けに、シモンの声が響いた。

「シルフィアお嬢様がお戻りになられました! その、非常に具合が悪そうな、焦ったご様子で!!」