軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

愛しい、あなた

部屋でアルベルティナを膝に座らせ絵本を読んでいると、アルベルティナはうとうとし始めて私の膝の上でころっと寝入ってしまう。ついさっきまであんなに元気に遊んでいたのに、と可笑しくなって、私はだらんと力の抜けたアルベルティナを抱え直し髪を撫でる。よく痛めないものだと感心するくらい首をぐんにゃりと伸ばして、アルベルティナは全身を私に預けきっている。

無防備な信頼が愛おしくて、汗ばんだ額に張り付く前髪をそっと払った。眠る子供は意識があるときよりも不思議と重く、そして温かい。

心地よい風がカーテンをそよがせる。使用人がブランケットを取りに退室する。隣に座るエルンストが、静かに涙をこぼした。

「……どうしたの? あなた」

「……ッ、すまない、急に」

エルンストは言われて初めて自分が流す涙に気づいたように、驚いて目を瞬かせる。困惑した瞳で私を見つめ、それから、くしゃりと顔を歪めた。

「――幸せで」

エルンストは声をつまらせ、ぽつぽつと話し始める。

「……家族が欲しいと願っていたのに、誰かと結婚をする自分がうまく想像できなかった。そうすることで幸せを築けるという自信が、どうしても持てなかった」

今でも、エルンストはたまに身構える様子を見せる。考え事をしているときや不意をつかれたときに、癖が現れるのだ。でもその癖の原因は信頼関係を結べなければ明かせない。癖のせいで女性とうまく信頼関係を築けない。

……堂々巡りだったんだろう。侯爵閣下相手に『警戒されている』と感じたら一歩引くのが当然で、踏み越えるきっかけなんてそうそうなくて。互いに距離を取るから親交が深まらない。私だって、こんなきっかけがなければ言葉を交わすことさえできなかった。

「アルベルティナを託されたときには、『ああ、この子をどうやって守ろうか』と悩み……」

俯くエルンストを切なく眺める。ひとりきりでアルベルティナを抱え、途方に暮れるエルンストを思うと胸が締め付けられる。支えてくれる使用人はたくさんいるけれど、共に立てるのは家族だけで。そしてエルンストの家族は、近くにいなくて。

隣に立ててよかったと心から思う。アルベルティナと三人で過ごすこの時間を、エルンストが幸せだと感じてくれることに目が熱くなる。私たちは、家族だから。

エルンストもそう思っている。確信をもって言える。たまらずアルベルティナを抱く腕に力を込めると、エルンストが顔を上げ、濡れたような瞳で私たちを見つめた。

「その先で、自分がこんな幸せを手に入れられるなど、思いもしなかった。あなたが隣にいてくれて、共にアルベルティナを愛してくれて、私はこんなにも幸せだ。欲しかったもの全てが手に入ったようにさえ思う。私は——」

一度言葉を区切り、エルンストは真剣なまなざしを私に向ける。くちびるが、開いて。

「私は、あなたを愛している」

鼓動が高鳴る。喜びで胸があふれる。私たち、恋も夫婦も飛ばして両親になったけれど、共にアルベルティナを育てる中で築いてきたものは。心に芽生えた感情は。

「私も、私も幸せですエルンスト」

渡りに船だと思った契約結婚だった。実家を援助してもらえる上に妻として遇してもらえるなんてこれ以上ないとエルンストの提案に乗り、その先で、あなたは。

「あなたの誠実さを、愛情深さを尊敬しています。私もあなたを愛しています。私はとても幸せです。……でも、でもね」

手を伸ばし、彼の頬に触れる。潤む瞳がきらきらと輝いて見えて、愛しさが込み上げる。私は喜びにくちびるを震わせ、そっとささやきかけた。

「あなたとの間に子供が増えたら、もっと幸せじゃないかと思うの」

頬を触れる手に、エルンストの手が重なる。そのままぎゅっと握りしめられた。捕まった手が彼の口元にいざなわれる。柔らかなくちびるが指に触れて。

「……ああ、本当に、その通りだ」

噛み締めるように言葉がこぼされる。一粒落とされた涙と共に、熱い吐息が指先をかすめた。

その日、ラウテル侯爵邸の主寝室の扉が明け放たれた。使用人たちが軽やかな足取りでシーツを運び、部屋に花を飾る。

あんなにも仲睦まじいのになぜ、と歯がゆい思いをしていた使用人たちは、華やぎ笑顔を浮かべて部屋を整えていく。

ラウテル家は幸せに満ち溢れていた。