作品タイトル不明
第985話 彼女は姉に竜【対峙】を依頼される
第985話 彼女は姉に竜【対峙】を依頼される
「話はすべて聞いた!!」
開かれた扉の先にいたのは、カトリナ。その背後で申し訳なさそうに頭を下げるカミラ。いや、止めてもらいたい。
ズカズカと妊婦の寝室に入ると、半身に構えて左手を前に突き出すと何かを宣言し始める。
「サボア領の燐領であるノーブル領はいわばご近所さん。そこに竜がいると聞けば、サボア大公妃として、また聖エゼル騎士団総長として助力せざるをえない!!」
未だトレノに帰りたくない症候群を発しているカトリナ。このビッグ・ウェーブに乗る気満々である。
「あーカトリナちゃん」
「む、なに、遠慮は無用だ」
姉は両掌を上に向け「やれやれ」のポーズである。
「竜の加護がある土地になれば、先々良いことがあると思うんだよ」
「ふむ」
「少し大人になったジャンくんがお友達になって、頭の上に乗せてもらって友誼を深めたり」
「なるほど」
「空を飛んだり」
「夢があるな」
どこか終わりのない物語のような話が続く。姉は竜とコンタクトを取り『ガルギエム』とリリアルのような関係を、ノーブルの竜と姉一家で結びたいようなのだ。つまり、「まずはお友達から」始めたいのである。
カトリナも討伐ではなくまず話し合いと理解したようだ。
「姉さん」
「何かな妹ちゃん」
「私が友誼を結ぶわけではないのだから『わたしも行くから大丈夫!!』」
全然大丈夫ではない。リリアル生と姉と恐らく御供の不死の使用人。それに、カトリナ主従に聖エゼルの団員達。ざっと二十人ほどになる。
「余り大勢で押し掛けると討伐に来たと勘違いされて、話し合いの前に戦闘になる可能性があるわね」
「つまり、力づくで配下にするということだな」
全然違います。話合いの上、合意でなければ、加護だ祝福だという関係にならないのである。
姉の調べた情報によると、竜は西の『古の帝国』が滅んでからその存在が知られるようになったということのようで、『ガルギエム』と同程度、千年ほど生きている個体のようだという。
「なら、『ガルギエム』と同じように、人語を解する可能性があるわね」
「完全に野生に戻って、縄張りを荒らしに来たと思われ襲われる可能性も否定できんだろう」
「……」
カトリナ、殺る気満々である。
潜んでいそうな場所はノーブルで合流する一方の側の水源に近い上流で大山脈の西端に相当する場所だという。
「馬車では途中までしか入れなさそうね」
「なら、河原を歩いて遡上するのね」
「河原歩きか。楽しそうではあるな」
すっかり旅行気分の者が若干一名。
ノーブルの装飾に使われる意匠は二匹の竜。 蛇(ISERE) と 竜(Drac) は二本の川の名称でもある。竜がいるのはド・ラク川の上流とされる。
「で、どうやら『白竜』と『黒竜』の二体がいるという話もあんだよ」
この地に限らず、大山脈に接する各地には『竜』の目撃情報は歴史的にも少なくない。数年前、サボアの地にも羽の生えた蛇のような姿の『竜』が現れ聖エゼルの騎士により討伐された。治世のない悪竜であったので討伐も止む無しであったとか。
ド・ラク川は上流で『白川』と『黒川』に分岐している。いや、二つの川が合流して一つの川になっているのが正確か。そのどちらかの竜が悪さをして時に大洪水が起こるのだとか。
「要治水ということかしら」
「その辺、セバス君を派遣してもらえるといいかもね」
「応相談で承るわ」
姉は彼女に「身内価格でオネシャス」と言い放つ。ま、歩人がすることなので彼女は問題ないかと思いなおす。領地の整備、マグスタの城壁整備でも相応の能力の底上げは出来ている。貸し出すのは吝かではない。少なくとも、リリアル生におじさん弄りされるより本人も幸せだろう。魔装馬車は貸さないが。
「長生きしている竜は『人化』することもあるんだって。美男子に化けて川で洗濯する女を誘惑するとかあるみたいね」
川で洗濯しないリリアルには関係ないようだ。人を誘惑する行為から「悪魔」扱いされることもある。竜=悪魔というのは、御神子教的には以前から住む精霊=竜を神の敵とすることで土着の信仰を排し、新しい信徒を増やすための方便なのだろうが、悪魔と同一視された精霊が今まで恩恵を与えていた人間に対して敵対するのも分からないではない。恩知らずに対して妥当な仕打ちだろう。
ノーブルが大洪水に見舞われた時期は、聖征の末期であり、御神子教が相当浸透した時期だと推測される。竜は、恩知らずに罰を与えた可能性がある。
「ちょっと関係がこじれているかもしれないけど、仲直りできないかなってね」
「人化してもらって、聖人認定すれば祝福なり、加護を得られやすいんじゃない?」
「メイちゃん!! その案採用☆ ノーブルの礼拝堂に聖人にして祀るから仲良くしようぜぇって話してみよう!!」
彼女は、もう姉だけで、もしくは姉とカトリナだけでいいのではないかと思うのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
彼女はリリアル生の滞在する別館に移動。姉からの依頼を帰途に片付けてから学院へと戻る話を伝える。なぜかカトリナ主従も一緒に。
「竜しない討伐」
「話し合って、どうしてもダメなら討伐になるわ。それも、ノーブル女伯(仮)の判断次第ね」
リリアル一期生、冒険者組は冒険者なので討伐に固執してはいない。依頼を受けて目的が達成できるのであれば、より楽な選択をするのは冒険者として当然の判断。
「拗れるな」
「……拗れさせるの間違いじゃないですか?」
断言するカトリナに、「お前の都合でだろ」と切り返す赤毛娘。竜の祝福があったほうが領地は良くなるので、極力討伐はしない方向でお願いします。
後発組に姉からの依頼を伝える。聖エゼルは二手に分かれ、カトリナに付き合うのは騎士団長『アレッサンドラ』と、『アンドレイーナ』の二名が同行する。他の団員は、竜相手に立ち回れるほどではないので仕方がない。というよりも、団長と隊長格が自らを犠牲にしてカトリナの我儘から団員を救ったといったところであろうか。
水の精霊の加護持ちである『アンナリーザ』が操舵手として、また、一部陸上移動をする際に魔導船を収納する為に、聖エゼルでカトリナに次いで魔力量の多い『ベネデッタ』が搬送係として別動隊で活動する。よって……
「聖エゼルは私以下二名か」
「あなたの我儘にこれ以上つきあわせたら、あの子たちに申し訳ないでしょ?」
「いや、サボアの城館にも久しぶりに寄ってだな……」
「ノーブル到着後、先触れを出しておきます」
「うむ、よろしく頼んだぞカミラ」
僅か四名での移動が不満なようだが、四人なら魔装馬車一台で移動できる。何なら、二輪馬車でも可能だ。さっさと帰りたいのでそうしてもらいたい。なお、二輪馬車の方が悪路走破性は高い。
「カトリナだけなら兎馬車でも問題ないのにね」
「あの小さな馬車だな。一度、乗ってみたいものだな」
「「「「……」」」」
農民が乗るような粗末な兎馬車に、聖王国の王位継承権を持つ大公家の妃が乗るのはどうかと思われるが、カトリナ的には興味津々のようだ。
「結構楽しいですよ!!」
「兎馬は長い時間同じ速度で走れる。但し、気分屋」
「そうか、聖エゼルでも……」
トレノ宮に兎馬車を導入するのは無理なので、聖エゼルに置いておき、「公務だ!!」と聖エゼル総長の肩書でお出かけし、兎馬車を乗り回そうというのだろう。甚だ迷惑。
「特注の魔装兎馬車の注文を、ニース商会にだな……」
「勝手に商談することは財務官から窘められますよカトリナ様」
「大公妃も楽ではないな」
持参金なり個人財産から払えば問題ないのだが、聖エゼルの資産になるのであれば、聖エゼルの財務官(アンナリーザが担当)に承諾を得て、聖エゼルから発注をしなければならない。因みに、サボア領内のニース商会支店から発注可能。
「魔装荷馬車を一両、それと……」
「お姉ちゃんの魔装箱馬車にカトリナちゃんたちを乗せるよ。護衛も減らせるし丁度いいかな?」
姉がサボアまで送って、そこからカトリナはトレノまで自力で移動するということだろうか。サボアには自前の騎士団や馬車もあるだろう。なければ数日滞在してトレノから呼べばよい。領主夫人なのだから問題ないだろう。姉も否とは言うまい。
ノーブル行の打診から数日。そろそろリリアル学院へ帰ろうかと彼女が考えていると、ようやく準備が整ったと姉からの連絡が入る。どうやら、ジャンの母乳係を見つけるのに苦労したようなのだ。
「いやー ジャンくんはグルメっぽいんだよね」
姉はそういうが、単純に母乳に含まれる魔力量の少ない乳を飲みたがらないだけであったので、彼女謹製の魔力回復ポーションを一般乳母の母乳と割って飲ませることで飲むようになったのだとか。
「お姉ちゃんも魔力回復ポーション作れればよかったんだけどね~」
姉は魔力量は多いが、扱いが雑なのでポーションづくりの際に自身の魔力を注ぎ込むような魔力操作ができない。容器を破壊するのが関の山なのだ。幸い、姉妹で魔力が近しかったこともあり、ジャンは彼女の魔力を母親であると認識し飲むようになった。
「もう、我が子といっても過言ではないのではないかしら」
「過言でしょ」
「過言」
「過言以外の何物でもないです!!」
伯姪を筆頭に、リリアル生全員が否定しているのは珍しい。叔母馬鹿にならなければ良いのだが。
「自分で産めばいいよ!! まだあきらめる時間じゃないでしょ妹ちゃん」
「……諦めないで」
「……考えていないわよ、結婚どころか、婚約者もいないのですもの」
心が痛いから、いろいろ言わないでください!!
一週間ほどの別離になるだろうか、姉は授乳を終え胸の張りも収まったとばかりに馬車止めに現れたのだ。
「今回は箱馬車に私と、大公妃御一行様。あ、二人の騎士団員のうち一人は警戒のために御者台に座ってね。交代交代だよ!!」
「承知しました」
騎士団長『アレッサンドラ』が頷き、『アンドレイーナ』が御者台へと移動する。御者は『レヴナント』のアンヌ。姉とも長い付き合いである。
リリアル生が荷馬車へ登場し、姉とカトリナ一行は箱馬車へと乗り込む。貴族の馬車と護衛の冒険者風の車列となる。
「さて、張り切って行こうか!!」
姉の掛け声とともに、二台の馬車は進んでいく。ノーブルへは一度南都へ出てから東に移動する他ない。大山脈西端の尾根がニース領とノーブル領の間を分けているからだ。
片道三日ほどはかかる。
「竜と罰にならなければいいのだけれど」
「二頭とも討伐なら胸熱展開です!!」
海賊討伐で血の気の増した赤毛娘が腕を上下に激しく降る。危ないから狭い馬車内ではご遠慮ください!!
「二体とも説得できるかもしれない」
「いやいや、ライバル同士でいがみ合っていてよぉ、俺らを利用して相手を倒そうとか思って、嘘つかれるかもしんねぇ」
歩人の戯言に失笑が漏れるが、彼女はあながち間違いないのではと思う。知性があり、人間の思考を理解できれば、「被害者ビジネス」を繰り出す竜がいてもおかしくはない。
「セバスじゃないからありえない」
「セバスおじさん!! 難しいこと考えられて偉いです!!」
「ちくしょぉー」
どうやら、赤目銀髪と赤毛娘は否定的のようだ。赤毛娘は、討伐したいだけなのだろうが。
長く魔導船の上での生活が続いた彼女たちだが、荷馬車の旅は久しぶりである。そして、爆走せずにそれなりの速度で移動しているのもまた同様。
「いい天気ね」
「過ごしやすい季節ですもの」
夏が終わり秋半ば。冬にはまだかなりある。内海沿いの夏の熱波が落ち着き、日差しも和らいでいる。
「馬車で揺られていると、眠くなるよな」
歩人は荷馬車の最後部に乗り、外を眺めながらそんなことを呟いている。最後は操舵輪に体ごと縛り付けられ、船と運命を共にするような姿で魔導船を操っていたことを考えると、本人はとても平和な気持ちなのだ。魔導船はブラツク!!いや、そもそも船乗り生活全般が超ブラックなのだが。
「セバスさん、今のうちゆっくりしておいてくださいね」
「珍しく優しいじゃねぇの」
赤毛娘が声をかける。確かに珍しい。
「学院に戻れば、土木魔術でガンガン領地開発」
「掘ったり、埋めたり、固めたり……」
「うがぁぁぁ!! 思い出させんじゃねぇよぉ!!」
転寝したくなるような平和なひと時。僅かな心の安らぎさえ、土木戦士歩人のセバスには許されないのであった。
ヒーロー?は孤独だ。