軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第984話 彼女は「おばちゃん」と擦られる

第984話 彼女は「おばちゃん」と擦られる

「ジャンく~ん、おばちゃんですよ~」

「だぁ」

「……」

「あれれ、おばちゃんだよ~」

「あふぅ」

「……」

姉の執拗な「おばちゃん」呼びに辟易する彼女である。確かに叔母なのだが、おばさんおばさん、言われるとあまり気分の良いものではない。

「ジャン、あなたの叔母よ。よろしくお願いするわ」

「ふわぁ」

「……ええ、またあとでゆっくりお話ししましょう」

『眠そうだもんな』

『魔剣』に言われるまでなく、生まれて間もない赤ん坊は大抵寝ているのだ。そして、すごい勢いで大きくなっていく。なにしろ、一年で歩けるようになるのだ。もっとも、馬や鹿は生まれた瞬間立ち上がるので、別に驚くほどでは無いが。

ジャンは顔立ちこそ姉に似ているが、肌の色はやや浅黒く、産毛も濃い。つまり父親似だ。

――― ジャン・ドゥ・ニース。ゼロ歳。未来のノーブル伯爵閣下である

「いいとこどりになりそうね」

「男の子でよかったわ」

彼女の実家は男子が少ない。祖母は婿を取っているが、実は兄がいた。その兄は若くして法国戦争に従軍し亡くなっている。父には男兄弟はいない。そして彼女たちは二人姉妹である。女性の当主が認められていないわけではないが、珍しい存在ではある。

「次は妹ちゃんだね☆」

「……婚外子は教会に良く思われないわ」

「うんうん、王都に帰還報告したらしばらくして伯爵に陞爵するでしょ?」

「……そうね」

「伯爵の代理になりたい貴族の子供はたくさんいるよ!! お見合いし放題、選び放題だよね!!」

「……」

サラセン討伐が終われば、領地経営に専念できるはず。結婚相手に恋愛感情を求めない貴族らしい結婚を望むのであれば、内政畑に強い家系の優秀な男性を伴侶にするのも良いだろう。そう考えると、今は南都総督の役職にむけ準備を進めている彼女の父親に紹介させるのも良いだろう。

「騎士騎士しているのは遠慮したいわ」

「そうだね、これから領地を発展させるのに騎士かぶれはいらないもんね」

おっと、どこかの公爵家の息子の悪口はそこまでにしてもらおう!!

軽騎兵隊の隊長として改心している……はず。

姉に息子を見せびらかされた気分になった彼女は伯姪と共に姉の寝室を後にするのである。どうやら、姉は子供を奪任せにするつもりはなさそうだ。首が座ったら、子供をおぶってでもニース商会の仕事に復帰するつもりなのだろうと彼女は推測する。

あの姉が、おとなしくニースで母親業に専念するわけがない。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

ニース帰航後、彼女は関係各所に手紙を出していた。船上でおおよその内容は書き記している。王宮、王太子、彼女の父親、祖母、学院に残している者、開拓村などなど……公的にはサラセン海軍との戦闘経緯や同盟各国の動向など報告すべきことを伝えている。

海都国やサラセン帝都、あるいはニース辺境伯家からサラセンとの海戦の情報は王宮に伝達されているであろうが、参加した当事者である彼女からの報告が最重要視されるのは間違いない。

ついでに言えば「義勇軍」解散の報告もせねばならない。リリアル・ニース・サボアの三者による義勇軍は、ニース帰航を持って解散となった。

つまり、カトリナ主従はさっさとトレノに帰ってもらいたい!!

「まだ書類を書いているのか?」

「……ええ。義勇軍とはいえ、王宮の要請で出兵しているのですもの。報告をしなければ、困る方々もいるのよ」

サボアは大公妃自ら出陣しているので、報告はさほど急がないのだろう。とはいえ、最低限の戦勝報告と安否報告は行っていると思われる。報連相は大事。

彼女の執務室の一角で、カミラに優雅にサーブされつつ寛ぐカトリナに、彼女と伯姪の視線は冷たい。

「そろそろ帰った方がいいんじゃない?」

「うむ、あれだ、アルゴン物語の気分なのだ」

古代の内海を舞台にした戦争の物語の後日譚。戦争の英雄の一人が長旅の末、家に帰りたくなくなった一団が「如何に苦難の道を戻ってきたか」

と様々な魔物や不思議な存在と対峙し乗り越えたかを語ったお話なのだが、家に帰るのが遅くなった言い訳をでっち上げた「奥さん怖い」のお話だと解釈されている。

「トレノの宮廷が居心地悪いとか?」

「王都と比べればずっと居心地よいが」

「じゃ、さっさと帰りなさいよ!!」

そう言い放つ伯姪。もう、大公妃に対する扱いではない。招かれざる客というのはそんなもんだとは思うのだが。

「皆優しいのだ。王都ではな『公女殿下がその様なふるまいを』などと口さがない連中が陰口を言ったり、露骨に貶めるような言い回しをするのだ」

カミラは黙ってうなずく。とはいえ、それは身から出た錆。騎士学校時代を思い出しても、「公女殿下らしい」とは全く思えなかったのだから当然だろう。

「トリノでは、誰もそのようなことを言わぬ。もう何度、竜退治の話をしても初めて聞いたかのように感心するのだ。記憶喪失なのではないかといつも訝しく思うのだぞ」

「マナーでしょ」

「む、私は痴呆老人ではないぞ」

『おじいちゃん、朝ご飯はさっき食べたでしょ』扱いではないとカトリナは言いたいのだろう。確かに、同じことを何度も話すのは老人にありがちであり、そして大抵、大したことは話していない。

「私はもう少し、ぞんざいに扱われたいのだ」

「それは無理」

どうやら、彼女たちに絡むのは割とカトリナを雑に扱う存在だからというのはあるようだ。とはいえ、大公妃を雑に扱うことは宮廷であろうとなかろうとありえない。低いとはいえ、王国の継承権持ちでもあるのだ。

「騎士団は良かった」

「それはそうでしょ? 生まれで一々区別していたら仕事に差しさわりがあるのだから」

カトリナは近衛騎士であり、一般の騎士ではない。それでも、仕事の場では一近衛騎士として命令を受ける立場であり、同僚と同じように命令を受けるのは心地が良かったのだそうだ。

「高貴な生まれというのは大変なのね」

「まあ、慣れだがな」

「なら、早々に帰りなさい」

「嫌だ!! もう少しニースにいるんだぁ!!」

とはいえ、聖エゼル修道女騎士団員たちの疲労困憊は二三日で回復する程度ではなく、一週間ないし十日ほどはこの地で静養させたい状態だと彼女も理解している。

「リリアルは皆元気だな」

「私たちは日ごろから開拓や遠征で慣れているからでしょうね」

「そうか……では!!」

「大公妃殿下は遠征や開拓には向かいませんよカトリナ様」

「……」

当たり前である。そもそも、サボア大公領も王国と比べれば小さく、歴史ある国なので遠征を必要とするような事態も少ない。つまり、平和なのだ。

「また、サラセンと戦争があれば……」

「「「しばらくないわ(よ)」」」

そうそう頻繁に戦争があってたまるか!!

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

軍港では先日の簡易な目視点検を行い問題ないとされたのち、一度海から引き上げられた『聖フローチェ号』が定期点検整備ののち、海へと戻され出港準備を進めつつ待機している。

船の引き上げは本来、時間も手間もかかるのだが、魔法袋と馬鹿魔力のおかげで一瞬で終わる。

今日は昼前にニースを出て海路、南都を目指す先発帰国隊の見送りに彼女たちは訪れていた。

「先生、お先に失礼します」

「急がないでいいから気を付けて、帰りなさい」

「はい」

操舵手は『黒目黒髪』。「聖フローチェ」を動かすだけであれば魔力量の少ない者でも問題ないのだが、途中、川を遡行し引き上げる際に、魔力量の大きな者が魔法袋に収納する必要がある。今回の遠征参加者の中で可能なのは彼女と『黒目黒髪』だけなのだ。お留守番の『癖毛』も可能。

「仕事溜まってると思うから、よろしくね!!」

「はいぃ……」

伯姪の言葉に、若干涙目になる黒目黒髪。赤毛のルミリが留守居で連絡係を務めているのだが、最低限の処理しかできていないだろう。

「ここはおいらがついていくから……」

「セバスおじさんじゃダメだって話だったでしょ!!」

「お、オイラも帰りてぇ」

彼女の従卒として歩人もそれなりの経験を積んでいるが、騎士としての教育を済ませている『茶目栗毛』には遠く及ばない。王宮や騎士団、各貴族家への使者としても正騎士である茶目栗毛の方が適任である。

後発組は、彼女と伯姪、蒼髪ペア、歩人、赤毛娘、赤目銀髪、二期生サボア組三人である。他のメンバーは『聖フローチェ号』で先にリリアル学院へと変える。ちょっとぎゅうぎゅうかもしれないが仕方ない。

「ちょっと狭いけど、セバスおじさんがいないから」

「加齢臭がしない分、清々しいかも」

「……お、オイラ臭くないよね? 毎日体洗ってるよ。朝晩、の時もある」

「「「……」」」

「無言で距離とるの酷くねぇか!!」

おじさんは悲しい生き物なのである。

先発組を見送り、彼女はニースの城館へと戻り、いくつかの残務を済ませていく。

「これ、経費の範囲かしら」

「入れておいて問題ないわ」

彼女の収入=リリアル領の歳出となる。どこに計上しようとも、結局彼女の支払いであることに問題はない。とはいえ、遠征費の会計報告の金額を膨らませておくことは大切である。一つには、「戦争は金がかかる。ほらこんなに」と後世に残すことで、戦争を回避する努力を惜しまない姿勢を作る材料とすること。いま一つは、義勇軍とはいえ彼女の資金で王宮からの命令である軍役を果たしたのであり、支出した資金の額=王国と王家に対する忠誠心の証であるから、多い方が良いのだ。どのみち出ていった金なのだから、報告書の金額にオールインして問題ないだろう。

『ま、餓鬼どもの小遣いだって「人件費」「慰労金」の範囲だわな』

軍を維持するには金がかかる。まして、魔導船は金食い虫だと現場を知らない王宮の官僚に知らしめる必要がある。次は金出せよといったところか。因みに、海都国からの報酬などは収入にわざわざ計上しないし、海賊から回収した略奪品の類も収入とは計上しない。今回の報告書は「いくらかねが掛ったか」の報告書であり「いくら儲かったか」は報告する必要はない。だって義勇軍だもの。

因みに、大黒字である。

サラセン海賊よ、リリアルの糧になれ!!

二人が書類作成をせっせと熟しているのだが、実務のできる黒目黒髪と茶目栗毛を送り出したので、それなりに大変なのだ。他の一期生は……頭脳担当ではないので仕事を振れないので仕方がない。

扉をノックする音がする。侍女が「アイネ様が面会をご希望です」との言伝を頼まれたようだ。これが出産前であれば、アポなしで本人が現れるのだが、妊娠出産様様である。

仕事を斬りの良いところで一段落させ、彼女と伯姪は姉の寝室へと足を運ぶ。

「ジャンくーん、おばちゃんが来ましたよ~」

「あぷぷ?」

「ほら、おばちゃんですよ~」

「くわぁ」

授乳が丁度終わったところのようで、姉は胸元を直しつつ、ジャンを乳母らしきやや年嵩の女性へと預ける。乳母が乳を与える場合もあるが、姉は自分で授乳するようだ。

「まだ出が悪いんだよねぇ」

「あんまり与えすぎると胸の形が崩れると聞くわ」

「大丈夫!! 身体強化で修正するから。ずっと練習しているからね!!」

姉のナイスなバディは身体強化で維持されているようだ。崩れる余地のない彼女のどこかには無用な技術である。貴族女性のスタイルが維持される秘訣はどうやらそうした魔力の使い方をしているからだとか。

「それより、何の用事かしら。授乳を見せたかったのなら、特に求めていないので結構よ」

「まあ、それもあったけど次の機会にね。それよりも……」

姉は王都に帰る途中で、少々ノーブルに寄ってもらいたいというのである。

「新しい村の住民の様子を見てくれば良いのかしら」

元川賊の集落を廃村後に復興させたのはもうしばらく前だ。一度、様子を見ておく必要があるかもしれない。

「それはついででいいかな。あのね、ノーブルって昔っから竜が住んでいるって話なんだよ」

「また竜」

「そう。王国も古くからある街には、竜が住んでいる場所があるんだよね」

今はすっかりリリアル領になった、ワスティンの森の中にある湖に棲む竜『ガルギエム』も、元は王都がある場所近くの沼に棲む竜であった。王都となるしばらく前に、ここから立ち去ってもらいたいと聖職者にたのまれてワスティンの森にある湖に移り住んだのだ。

「討伐するのかしら?」

「ま、話し合いが不調に終わればね」

彼女がしばらく考えていると、背後の扉がバンと音を立てて開かれたのである。