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作品タイトル不明

第975話 彼女は『魔鯱』肉をお裾分けする

第975話 彼女は『魔鯱』肉をお裾分けする

「『魔鯱』の肉、おいしいです!!」

「そうね。明日は決戦でしょうから、今日は滋養に良いものを食べて体力を

回復させましょう」

一旦、パトラの湾口から離れた四隻の魔導船は、離れた島の陰へと移動

無人であることを確認した上で上陸することにした。そのうち、リリアルの魔導

船は魔法袋へ収納し、本日討伐した『魔鯱』のうち、一番大きな『親』と思われる

個体をジジマッチョ団が解体して焼肉大会を開くことにしたのであった。

「この脂も良い素材になるのだよアリー」

「ちょっと独特の臭いがしますね」

「古くなるとかなり臭うが、問題ないのだろ?」

最近、時間遅延が限りなく停止に近づいている彼女の魔法袋(もはや無限

収納)ならば、脂の劣化を気にせず大量の保存できる。ジジマッチョはそれを

仄めかしたのである。

「みな、どんどん食え!!」

「……カトリナ様、あなた様が言うべきではありませんよ」

「いや、一応、私が最上位者であろう?」

大公妃と侯爵では確かにそうなのだが、見てただけのカトリナが宴の

主のように振舞うのはどうかとカミラは言いたいのである。

「最後の聖餐には、パンとワインだがな」

「……縁起でもねぇこと言ってんな。この大公妃様はよぉ。シャレになら

ねぇんだぞ」

今日は、命の危険をビンビンに感じた歩人がちょいキレで誰とはなしに

言い返す。いっぱい傷ついたおじさんだから、大目に見てほしい。世間は

おじさんに冷たいのだから。

「牛とも違うけど、赤身でおいしいです!!」

「魔物の肉は美味しい。魔猪とか」

不穏なことを口にする赤目銀髪。いや、一般論だから。

「あれは食べちゃダメなんだよなぁ」

「ダメでしょ。守備隊幹部なんだから」

癖毛の舎弟である『魔猪』は食べてはいけません。リリアル領で魔物の

被害を減らすのに、あ奴の協力は不可欠。それでも、魔猪の別個体が

あ奴に敗れてたまに死ぬと、リリアルでは『魔猪祭』が開かれ、リリアル生も

魔猪の肉を口にする機会がある。

「猪にも似ているかもしれません」

「あんま食べたことねぇけどな」

「肉はぜいたく品だからね」

三期生が口いっぱいに肉を詰め込みながら、そんなことを口にする。

リリアルでも毎日、卵や鶏肉は出るがそれ以外の肉類は口にし難い。

食肉用の家畜として兎も育てているが、肉質は鶏肉に近い。なので、

猪や豚、牛はめったに口にすることは最近ない。

冒険者活動を主にしていた一期生だけの頃の方が、猪の類は食事に

良く出ていたのだが、最近はそうでもないのだ。

「沢山あるから、遠征から戻ってからも食べましょう」

「デルタの人たちにもお裾分けしてあげたいです!!」

「開拓村にもな」

「羅馬牧場にもでしょ」

彼女だけではなく、リリアル生の皆もそろそろおうちに帰りたいのだ。

焼肉大会が一段落した後、聖征艦隊は既にパトラ湾近くまで集結していた。

とはいえ、既に戦い始めるには遅い時間。明朝、決戦ということになる。

「呼び出しが来たわね」

小型のガレー船が『独立分遣隊』が停泊している小島まで訪れていた。

海都国所属の連絡用の小型ガレーであり、バス爺が直前の作戦会議に

顔を出してほしいと寄こしたものであった。

『おにくー 好きなんだってー』

「……」

どうやら、伝令妖精が『魔鯱』肉を自慢したことで、「儂も、聖餐の前に

たべたいのー」と強請られた結果でもある。作戦会議への出席を名目に

『魔鯱肉』寄こせということなのだ。

小型のガレー船ならばともかく、旗艦となる大型ガレーやガレアス船に

もなると、魔導焜炉など装備されており、暖かい物も食べることができる。

宮廷料理のようなものは、教皇庁艦隊や神国所属の高位貴族ならともかく、

海都国の場合、上下の隔てなく同じような食事をとる。

なので、大量の『魔鯱肉』がバス爺のところに流れていくことになるだろう。

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「なんだか強請ったみたいでわるいのぅ」

どうやら、サラセン海賊だけでなく、キュプロス近海で『魔鯱』の襲撃で

沈められたり、被害にあう船は少なくなかったようで、憎っくき敵を屠った

成果を口にしたいということのようだ。明日は、海都国の命運を掛けた一戦、

「敵を食い破る」願掛けでもしたいところか。

「沢山あるので、みなさんでどうぞ」

「いやー 楽しみだのぅ」

ジロラモを神輿に担ぎ上げ、主導権を海都国がとる。その流れでこのまま

明日は乗り切りたいとバル爺以下、海都国艦隊の幹部は考えている。

「会議には参加しますが、何も発言しなくてよろしいですね」

二日間の襲撃の疲労に加え、『魔鯱肉』でお腹いっぱいとなった彼女は

眠くて仕方がない。なので、何も話したくないのだが。

「何も話さないわけにはいかんだろ? 斥候も務めたようなもんじゃ。サラセン

の軍船が実際、どの程度いたのかとか、いろいろ聞かれるわい」

だめかーと内心思いつつ、明日の主役であるジロラモ公を盛り上げる方向で

話をすることを決意する。明日は、後備艦隊で戦況が確定した後の残党狩りで

頑張る程度で十分だと思うのだ。

「何はともあれ、リバイアが出てこないのは有難い。あれは、海に落ちた兵士を

喰ったり、体当たりで船を沈めたり、いれば厄介だったろうからな」

役割としては、彼女たちの魔導船団と同様の遊撃が想定されていた

ようである。

「今日のところは四頭仕留めましたが、まだいるのでしょうか」

「いや、それで全てじゃな。それと……」

「魔物使いの乗っていたガレー船も『魔鯱』討伐後に沈めているから、

暫くは新しく使役する奴もいないから、安心しなさいバス爺」

会議の場では、彼女の背後で眠気と戦うことが確定している伯姪が

バス爺にやや上から目線で言い放つ。

「はは、ギデオンは良い甥孫をもったな!!」

「褒めても、魔物肉しか出ないわよ」

「大変結構じゃ」

バス爺は魔法袋を持っていないので、海都国の魔法袋持ちの魔術師を

自国艦隊から会議の場に呼び寄せている最中。仕留めて解体した一番

大きな魔鯱の中で、自分たちで焼き肉した残りをすべて渡すつもりである。

バス爺たち幹部が会議している間に、魔鯱肉が海都国側に振舞われる

ことになるだろう。

神国? 貸し借りがこれまでもこれからも無いので、特に渡す気はない。

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明日の最終確認、陣立て、開戦前の段取り。この辺りは、野戦と変わらず、互いに船で段列を形成し、船同士が接近し接舷、白兵戦で雌雄を決するという形になる。

聖征艦隊は湾口を塞ぐように展開し、それを正面から押してくるであろうサラセン海軍と対峙する形で始まるはずだ。

問題は、湾の向かって右手、南側が広がっており、そこを埋めるためには右翼艦隊を中央から放して展開せざるを得ないというところだろうか。

「形勢が定まれば、サラセン海賊どもがそこから脱出する可能性がある」

ゼノビアの海将の言い分に間違いはない。その反面、中央と右翼が離れあるいは右翼艦隊の段列が薄くなることで中央艦隊が半包囲されやすくなったり、艦隊の間隙を突破される可能性も否定できない。

「後備艦隊に右翼の更に右翼へと一部展開させてはどうだろうか」

教皇庁艦隊幹部から意見が述べられる。騎兵大好きマルカ・クルンだ。

「それは、承りかねる。中央の部隊の後詰が我らの役割。万が一、中央の段列が劣勢になった場合、そこを救援する必要がある」

後備艦隊はゼノビアと神国の二線級が宛てられているほかは、魔導船団四隻がそれに該当する。

「何か嫌な雲行きね」

伯姪が小さく呟き、彼女もそれに無言の頷きで答える。

「後備艦隊には、魔導船団が所属しているね。リリアル侯爵、中央と右翼の艦隊の間隙、抜けようとするサラセン軍船を阻止する役割、頼めないだろうか」

ジロラモが彼女に名指しの御使命である。お裾分けをしなかったことを根に持っているわけでは断じてない。

「総司令官閣下の命とあれば、承ります」

「そうか。これまでの海賊討伐、それに加えて、海の魔獣……なにか巨大なものだと聞いているが、それを討伐したそうだね」

「はい、総司令官閣下」

ジロラモはニッコリと王子様スマイルをたたえ、こう付け加えた。

「是非、私もご相伴に預かりたいものだな」

魔鯱肉振舞っていることがどこからか伝わっているようで、明日の決戦前の会議の場で、正々堂々と強請られている。

「儂のは譲らんぞ!!」

食い意地の張った爺が何か喚いている。

彼女は、明日の面倒な役割とこの後どうやって魔鯱肉を譲るかでしばらく考える。結論は……

「神国と教皇庁で一体、山分けしてください。後ほど、魔物をまるまるお渡ししますので」

すると、ジロラモは背後の従卒に彼女から魔鯱を受け取れるように、魔術師と魔法袋を手配するように伝え、議場を後にさせる。

「さて、大切な話はこの辺りで終わったと思う」

肉山分けが一番大事な議題であったのだろうか。ジロラモは明日の必勝を期すと皆に伝え、会議の場はそれで解散となった。彼女と伯姪は、ジロラモが手配した魔法袋と魔術師が来るまで、会議の場からしばしジロラモの公室へと案内されるのであった。

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ジロラモの公室、若干狭いとはいえリリアル学院の院長室よりもよほど豪華な丁度に囲まれた海に浮かぶ『宮殿』の一室としか思えない執務室。彼女と伯姪はそこに案内され、ジロラモと少々お茶をすることになった。

「私のようなものまで恐縮です」

「はは、あなたはニースの姫、粗略にできる方ではない」

伯姪は王国子爵である以前位、ニースの『姫』でもある。ジジマッチョの孫には男四人となっており、女子はいない。甥の娘である伯姪が唯一の女児であるから『姫』で間違いはないと思われる。

ジロラモは船での長期の移動が初めての経験であり、この後、次期ネデル総督となる予定であると口にし、船旅でネデルに行くのも楽しみであると二人に話をする。どうやら、母親がネデル貴族の娘でありネデルの宮廷に親近感を持たれやすいジロラモを神国国王は送り込みたいようである。

厳しい軍事的圧力で治安を維持する強権的な老総督から、若く見眼の良い貴公子然としたジロラモに置き換えることで、ネデルの原神子教徒との関係を緩和しようということなのだろうか。

とはいえ、老獪な高級軍人の総督から、血筋は良いが経験の乏しいジロラモに総督を変えることでネデルの統治がどう変わるのかは関心を持って王国も見ていくことだろう。若さゆえの厳格さで、今まで以上に原神子信徒を弾圧するのか、あるいはある程度信仰を許容し、その代わりしっかり徴税するのか。

既にオラン公ら、原神子信徒の多い海沿いの都市とそれが所属する州はネデル独立国なるものを形成しつつあるとも聞く。今のところ名ばかりであり、どちらかというと都市同盟に近い関係だが、力を増せば『新国』として成立するかもしれない。少なくとも、連合王国や山国のような原神子信徒の国は独立を認めるだろう。

「神国からネデルに向かわれる際は、ぜひ、王国にもお立ち寄り下さい」

「そうだね。話に聞く迎賓館も興味があるよ。その時は、歓待していただけるだろうか?」

潜在敵国ではあるが、外征に消極的な今の王家からすれば、表向き「歓迎」し、友好関係を演出する事を厭わないだろう。

「帰国いたしましたら、ジロラモ閣下が王国にお立ち寄りになる際は、王都を訪問したいと口にされていたと伝えさせていただきます」

「そうしてもらえると、旅の楽しみが増える。確か、王国の王太子殿下はレーヌ公女と婚約されたとか。時期が合えば、成婚式に出席させて

お祝いしたいものだな」

神国の王弟が王国を正式に訪れるとなれば王国としては久しぶりのこととなる。そもそも、先代国王の時代は周囲の国全てと戦争していたので、まともな外交ができていない。先代神国国王である皇帝が、若き日のオラン公を従者の一人として連れて休戦条約締結の為に訪れたことがある程度だ。

「それと、肉のお裾分け、感謝する。私自身もどのようなものか楽しみだが、兵たちが口にできれば、明日の戦いを前に気分も高まるであろう」

敵の魔物を喰うということで、相手をのんでかかるということになるだろうか。それとも、景気づけに一杯のワインとパンと魔鯱肉入りスープを振舞うことになるのだろうか。多くの人に味あわせるならば焼肉よりもスープがいいだろうが、肉が入っているかどうかは雲次第。

そこに、魔法袋を持った魔術師がやってくる。ここでは出せないということもあり、ジロラモと彼女たちは広い甲板へと出ることになる。それでも、数トンはある魔物のなので……

「ふ、船が傾く……」

結局、彼女が『魔力壁』の上に『魔鯱』をだし、その上で魔力纏いをした『魔剣』で解体。内臓や骨を海に捨て、可食部分の肉をそのまま魔法袋に移すことにしたのである。