作品タイトル不明
第八章 パトラ海戦 第976話 彼女は聖征艦隊の段列に加わる
翌朝、薄暗い時間に抜錨し、聖征艦隊はパトラ湾を塞ぐように艦隊を展開し始める。
ゼノビアの海将『ジョー・ドレ・ドリヤ』が率いる右翼艦隊六十隻
ジロラモの乗る総旗艦と、教皇庁艦隊旗艦と中央艦隊六十隻
『バステア・ニエル』が指揮する左翼艦隊五十五隻。
加えて後備艦隊二十五隻、指揮するのは『バルバロ・ヤザン』侯爵ここに魔導船四隻が加わる。位置は後備艦隊最右翼。
パトラ湾は左翼が展開する北岸には小島や暗礁、川の河口などがあり、複雑な地形となっている。海都国の船乗りの「地元勘」をあてにしているといったところだ。
右翼艦隊が展開する南岸は海岸線が南に向け広がってることもあり、やや薄い戦列にならざるをえない。
「魔導船は、右翼を突破し我らの後背に回り込むサラセン快速船団を阻止してもらう」
「承知いたしました」
禿爺こと後備艦隊司令官ヤザン侯爵には「俺たちはジロラモ公の護衛だから、別行動な」とばかりに右翼艦隊のフォローに宛がわれる。後備艦隊に配置されているのは、不慣れな神国所属の艦船であり、あまり柔軟な運用ができるとも思われていない。
本来、戦闘段列が乱れた際の予備兵力なのだが、必要な場所に救援に向かう役割は、四隻の魔導船が担うことになるのだろう。押し付けられたともいう。
『勝手にやってい行ってなら、助かるな』
「ええ。それに、戦力的には大型軍船との接舷戦闘なんて無理ですもの。遊撃と小型船狩りに専念させてもらうわ」
『それしかねぇな』
『魔剣』の言う通り、今までの海賊狩りの戦闘を、この決戦でもするだけだと彼女は割り切る。他にやりようもない。
「これで終わりにしたいわね」
『終わりだろ? 義勇軍だぞ。手柄も褒章も関係ぇねぇ。海都国にはいいもんもらったしな。かえって魔装工房でも建てる方が優先だ』
今まではハンドメイドであった魔装糸紬も、楽になる。毎晩、魔力が尽きるまで、糸紬する必要もない。昔はそうであったが、魔力が増えて寝る時間がどんどん遅くなっているのだ。機械化すれば早く終わるので、ありがたい。魔力だけ流していれば別の仕事をしてもよいのだから。
「水車も沢山いるのよね」
『おう。開拓が進めば、水車も山ほどいるだろ。粉ひきに鍛冶に、紙づくりに繊維を作るとか……まあ何でも使う』
早く帰って、リリアル領の村づくり街づくりに専念したい。孤児院巡りでスカウトもしたいし、引退するギルドの職人を雇ってリリアル領都の職人街も作る。弟子には中等孤児院卒か見込みの生徒を入れてあげたい。ギルドの徒弟に孤児はなりにくい。ギルドの親方の子や親類縁者が入り込むからだ。そういう紐付きはリリアルに不要だたぶん。
禿爺の旗艦から小型試作魔導船『リ・アトリエ』で『聖ブレリア号』へと戻る。魔導船四隻の指揮官がここに集まっているからだ。
「アリー戻ったんだね」
「おお、どうじゃったかな」
義兄ギャランとジジマッチョが声をかけてくる。彼女は挨拶を軽く返すと「遊撃一任です」と与えられた任務を端的に返した。
「おお、腕が鳴るのぉ」
「右翼艦隊を抜けるサラセンの快速船団を押さえてほしいということです」
「薄く広げれば、容易に抜かれる場所もあるからね。よし!! 聖エゼル海軍の名を轟かす機会だ。存分に戦い、愛する我が子に自慢するとしよう」
どうやら、遠征直前に彼女の姉は子を産んだようで、彼女も晴れて『叔母』となったのである。
「儂、この戦いが終わったら、甥曾孫に会いに行くんじゃ」
「「「……」」」
この戦いが終わったら……とか、生きて帰ったら……とか変な条件付けは止めましょう。縁起でもない。
カトリナは「遊撃か!!」とやりたいようにやろう位の雰囲気だが、彼女はやんわりと否定する。魔導船四隻のうち、後付けで魔導外輪を装着した急造魔導船である『聖フローチェ』と、軍船としては小さく魔導外輪も『聖フローチェ』と同じ小型の魔導外輪が装着されている。
『聖エゼル海軍』の魔導船と『聖ブレリア』の魔導外輪は出力が高く、魔力の消費も多い反面、優速であるのに対し、出力が低く魔力消費が少ない小型の魔導外輪を装備している二隻は一段も二段も劣る。先の二隻は船体も魔装箱馬車同様に『魔装布』を外板の内側に張り、外輪意外にも魔力を流して船体の強度・防御力を高めているが、『聖ヨハネス』は喫水線の部分より上だけ、『聖フローチェ』に至っては後付け魔導船なので装備されていない。
「大型二隻で前衛を張ってもらい、『聖ヨハネス』はその後方、『聖フローチェ』はさらにその後方。イメージとしてはY字型の配置を考えています」
「それでいいじゃろ」
「問題ないねアリー」
不満そうな大公妃殿下が若干一名いるのだが、小型で防御も速力も攻撃力も一段落ちるとなれば文句も言えまい。とはいえ、Y字がいつのまにやらT字になりかねないのが心配ではある。メチャ心配。
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『聖フローチェ号』に戻ると、彼女は決まった作戦について説明をした。
「遊撃」
「好き勝手に戦えるってわけだ!!」
「絶対違うわよ。いつもと同じだろうけどね」
赤目銀髪、蒼髪ペアが思いを口にする。「いつもと同じ」とは、少数でできることをする。今回の艦隊での戦いは、その昔に参加したオラン公の負け戦の野戦以来の大規模な戦い。リリアルはそこに組み込まれるよりは一段後ろで空いた穴をふさぐ仕事の方が向いている。
そもそも、船の大きさでは中小型船に過ぎない魔導船では戦列に並ぶには格が足らない。
「うわぁ、すっごい朝焼けです!!」
「血の色」
東の空が真紅に染まる。今日は決戦日和。雨の心配はないが、風向きは湾の奥から手前に向け、東から西へ吹いている。サラセン艦隊にとっては追い風、聖征艦隊にとっては向風。おかげで、船の移動と戦列の整備に時間がかかっているようだ。
彼女は朝焼けを見ている赤毛娘に声をかける。
「あなた、『聖ブレリア号』に移りなさい」
「え」
「心配なのでしょう? 前線に立つあの船を守るのも大切な仕事なのだから。お願いするわね」
「……はい!! しっかり守って見せます!!」
一瞬の躊躇ののち、赤毛娘は彼女に一礼しすると『魔力壁』の足場を蹴って一人、前に展開する『聖ブレリア号』へと駆けていった。
「心配なのよね」
「ええ。それに、この陣形だと先頭の負担が大きいでしょうから。接舷してくるサラセン兵を追い払うのに戦力が少し足りなさそうですもの」
『聖ブレリア』には魔導騎士の灰目藍髪とガルム、ジジマッチョ団の半数が乗っているが、船内外を飛び回り立体的に敵を排除する戦力がない。それに、黒目黒髪を間近で守りたいという赤毛娘の意思もある。
「今日は背中を守る」
「大丈夫よ、私たちの前に敵はいても、背後にはいない戦いなのだから」
サラセンの軍船に背後を取られることがない戦い。彼女と本日のペアを組む赤目銀髪は、背中は任せろというが、そんなことは微塵も考えない。
「さっさと戦いを終わらせてリリアルに帰りましょう」
「その前に、甥っ子に会っていかないとね。死ぬまで弄られるわよ」
伯姪の言う通り、姉の息子に会わず素通りで帰れば、何を言われるかわかったものではない。ここでジジマッチョ団を降ろして魔導船を一隻に纏めて南都辺りまで戻れば、あとは二日かからずにリリアルへと帰れるだろう。もう帰りたくて仕方がない彼女なのである。
「サラセンが出てきたわね」
「そうするしかないでしょう」
季節的にはまだ夏半ば。これが二ヶ月もあとであれば、持久戦で聖征艦隊が引き上げるのを待って冬をこの湾で越すという手もあっただろう。加えて、慎重なベテランの部下を前に、その意見に唯々諾々と従うことを若い総司令官は良しとしなかったのかもしれない。
年寄りの意見に耳を貸さないのは、サラセンも神国も大差はないのだろう。今まで積み上げてきたものが崩れる危険を冒したくない老人と、リスクを承知で名を上げようとする若者。守るべきものの有無がその姿勢を大きく左右しているともいえる。
今は『熱魔球』の上からサラセン艦隊が湾の奥でこちらに対抗するように段列を整えている姿を彼女は伯姪と共に目にしている。さほどの高度は必要ないので、せいぜいが50mほどである。
「便利よね」
「そうね。いつか、リリアル領の開拓が進んで立派な領地になったなら、上から眺めるのも楽しみになるわね」
「今は森と廃墟しかないから、面白くないでしょうからね」
王家から押し付け……賜ったワスティンの森。魔物を拝し、害獣を駆除し畑を広げ村や街を築いていく。彼女の生涯をかけても終わるとは思えない事業である。
『上から見て地図を作るのもいいかもな』
「そうね。その見た目を紙にでも写せるとなおいいわね」
正確な地図は戦略物資。攻めるのにも守るのにも大切な道具である。王太子に単なる偵察用の設備としてだけでなく、『観測部』のような近衛連隊なり軍に部署を設け、『魔導支援船』の使い装備として提案するのも良いかもしれない。全ての魔導支援船に装備する必要はないが、二隻程度、『中隊指揮船』などという設定で若干大きな船に設備を載せると良いかもしれない。指揮官用の魔導船は有無でいえば「有」だ。
すると、そこに神国・ジロラモ公の使者が小型ガレー船で近づいてきた。話を聞くところによれば……
「『リ・アトリエ』を貸してほしいと」
「然様。総司令官ジロラモ公が、軍船の戦列の前を閲兵し、士気を上げたい。その時の座乗船として借り上げたいのだ」
借り上げたいとはいえ、魔導船の操作をするのは簡単ではない。魔力を持っていても、一瞬の大出力が魔力の扱い方だと思っている騎士や魔術師には扱えないものだからだ。
「お貸しするのは吝かではありませんが、操船するのはリリアルの魔術師に委ねていただくことになります。でなければ、そもそも動かすことができないでしょう」
「……試してみてもよろしいか」
躊躇した使者が、実際に確かめてみることになる。
「ふううぅぅぅんんん!!」
「「「……」」」
「ううぉおおおおお!!!!」
「「「……」」」
使者である上級騎士も、その護衛で同伴した騎士、従者も、魔導外輪を回転させることは出来なかった。
「こちらのものに変わってみせてもよろしいでしょうか?」
壊れているのではなどと言い始める使者一行に、彼女は三期生年長組の魔力持ち『カル』を呼び、操船することを命じる。
ひょいと『リ・アトリエ』に飛び乗り、操舵輪をにぎると……
「「「おおぉぉ……」」」
何事もなく、魔導外輪が回転し前進する。そして、後退元の位置へと戻る。
「魔力の使い方が異なるのです。ですので……」
「相分かった。この少年……騎士見習と共にお貸出しいただきたい」
どうやら、そういうことになりそうである。
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「いい衣装貰ったな」
「はい!! 記念になります」
「生きて帰れれれば」
青目蒼髪が『カル』の馬子にも衣裳を褒めると、縁起でもないことを言う赤目銀髪。いや、正しいけど。
銀色に輝く甲冑に身を固めたジロラモ大公が、魔導船に乗り、閲兵式に右翼から中央、左翼の艦隊の最前列を横切り剣を振り上げ鼓舞して進んでいく。
本来ならば、白馬に乗ってでもするのであろうが、今日は魔導船でそれを代替しているのだ。『カル』はジロラモの従者らしくみえるように、豪華な刺繍の施された衣装をもらい受け、『リ・アトリエ』の操舵手を務めたのだ。
その後勿論、衣装は下賜された。孤児の着た服を、ジロラモ公の正式な従者に与えるわけにもいかないといったところだろう。庶子とはいえ王弟、その従者は名だたる神国貴族の子弟が付けられている。この後はネデル総督に任ぜられ、ネデルの宮廷で出世競争するような子供たちである。
「どうだった?」
「あれなら、いつでもヤれる」
「「「だろうね」」」
三期生年長組の三人は、『カル』に話を聞き暗殺可能だと確認する。いや、そういうのだめだから。ネデルが混乱すると、カエル殿下の領地に悪影響するから。その後始末がこっちに回ってくるのも困るのだ。
ミアンとか、ミアン、後ミアンなどで事件が起こるのは困る。
各軍船から紋章旗が降ろされ、戦闘準備が進んでいく。ジロラモの座乗する総旗艦の帆は、十字架のもとに集う聖征艦隊に参加する諸国諸侯の紋章が描かれている。そこにリリアルと王国の紋章はないが『聖ブレリア号』の舳先には真紅地に黄金の太陽の旗が翻っているのである。