作品タイトル不明
第973話 彼女は『魔鯱』と対峙する
第973話 彼女は『魔鯱』と対峙する
『アリー いってきたよー』
「お疲れ様リリ。これがお返事ね」
『うん。つかれたー おやすみー』
ジロラモへの報告の手紙を彼女は昼過ぎに伝令妖精に託して送り出した。どうやら、ガレー船の速度でパトラまであと一日半ほどのだという。
「どんな返事だった?」
彼女は伯姪に「どうぞ」と手渡す。
「お任せってことね」
「ええ。明後日には到着するようなのだけれど、実際に決戦はその翌日になりそうね」
明日、明後日と今日の嫌がらせは続けて行うことになる。
さて、明日も同じことの繰り返しでよいのだろうかと彼女は思考する。
「明日も今日と同じでいくのでしょ?」
伯姪も念を押すように言葉にするが、彼女は少し間をおいて答えた。
「基本は四隻での襲撃を考えているのだけれど、戦闘は聖エゼルの二隻、後方にリリアルの二隻を配置して、二方向からの襲撃に変更しようと考えているの」
サラセン海軍も、今日の二度の襲撃で相当に警戒度を上げていると思われる。わかりやすく、湾の中央を単縦陣で進むのは発見もされやすく包囲も試み易かろう。
「二手に分かれる。それで?」
「海岸線が緩やかな南岸沿いを聖エゼルが、小島や岩礁の多い北岸沿いを私たちが進んで、哨戒線で待ち構える海賊船団を奇襲するのよ」
湾の中央の場合、水平線に船影がはっきりと見えるであろうが、岸に近い海上を移動することで、陸地の影と船影が重なり視認しにくくなるだろうと彼女は考えていた。
「うむ、それは良い作戦であろうな」
「お爺様もそう思いますか?」
「こちらは、水魔馬が先導して、暗礁を避けるのだから、割り当ても妥当か。後は……」
ジジマッチョ曰く、キュプロス救援の際に、サラセン攻囲軍本隊を攻撃した後、魔物使いが『人喰』とともに現れたことを指摘する。
「おるなら、そ奴らも警戒網に組み込んでおくと思うな。どうだ?」
ジジマッチョの問いに二人も同意する。
「その辺、聖エゼルの側にも伝えた方が良いな。それに、カトリナ妃とその配下の修道女騎士たちは、海の魔物は初見になるじゃろ。鯨や海豚もそうなのだが、大きなものが船の下に入り込むと跳ね上げて転覆させようとするやもしれん」
海豚はさほど大きなものではないから問題ないが、『聖フローチェ号』と同じくらいの長さの鯨であれば、容易に魔導船をしたから持ち上げられるだろう。
「それでは、どう対処するのが妥当でしょうか」
ジジマッチョも実際に魔物化した鯨や海豚と戦った経験はないのだという。そもそも、海の中に棲む魔物をどうやって飼育するのかという問題もある。とはいえ、サラセンの『人喰』の四体が全て最初から魔物であったのかと言えば疑問でもある。
「あれって、ゴブリンが人間の魔力持ちを食べて魔術を扱えたり、人間の技術を身に着けられるのと同じだとしたら……」
「そういう邪法を扱う者がいるとするなら、人に慣れた海豚や鯱を魔物に変えてしまうことは出来るかもしれんな」
鯨はわからないが、海豚は船乗りにとっては割となじみのある動物であるようだ。船の移動に合わせて周囲を泳ぎまわったり、釣った魚を強請ったり、犬のように人間に構ってくる個体もいるのだとか。
「海豚や鯱は狼のような群れを作るからな。母親を頂点として、その子供や孫といった一族で行動する。母親を魔物化して操れるようになれば……」
「一つの群れの全てを魔物化して操れるかもしれないということですか」
「憶測だがな。だが、その、獅子の魔物化したものは、空を飛んだり人語を話したりしたのであろう? 獅子も群れを作る。同じことが海豚や鯱でできないとは言い切れんな」
リバイアの話を聞き、ジジマッチョは海棲動物について、思い出したり、団員たちと話したりして情報を集め、思案していたのだそうだ。偶には筋肉以外でも役に立つんだぞ!! とアピールしたかったらしい。
良かったね!!
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
今回、ジジマッチョには団員ともどもカトリナの乗る『聖ヨハネス号』に乗ってもらうことにした。四隻の中では『聖フローチェ』の次に船体が小さく、魔導外輪の性能も同程度。船型が細い為速度は若干優位であるが、その分、復元性がやや劣る。魔物に襲撃された場合、最も脆弱となると考えられる。
加えて、カトリナが勝手に魔物に吶喊した場合、聖エゼル修道女騎士団は団長のアレッサンドラ以下、カトリナを放置することもできず、船の指揮は混乱するだろう。その穴を埋める為に、それ以前に、カトリナを制御する為に派遣することにしたのだ。
「カミラもお爺様がいれば心強いでしょう」
「一緒にお仲間と吶喊しないことを祈りましょう」
ジジマッチョはともかく、ジジマッチョ団の団員はさほど魔力量が多くなく、船上での肉弾戦を得意とする聖騎士団員や海軍兵士・船乗りたちである。なので、カトリナの吶喊には付き合わないと思われる。
「あの船、おじじ比率がエグイことになってるよなー でございますねお嬢様」
人口過密化している『聖ヨハネス』に対して、『聖フローチェ』は閑散とまではいかないが、すっきりしている。いつもの人数といったところか。
「あのおじじ達がいないと、俺とこいつらだけじゃきついよな」
「それはこっちのセリフですよセバスさん」
「きついのはセバスさんの狭い了見と体臭だけにしておいてくださいほんと」
「セバス臭に耐えている俺たちの身にもなってくれよな!!」
おじさんは知らないうちに華麗臭を身に纏っている。周りは「キッツ」と思っているのだが、本人ばかりが気が付かない。誰ですか、腐った玉ねぎみたいだとか言っている人は!! あなたもそのうちそうなるんだよ!!
「セバス、体ぐらい洗いなさい。水球で水なんていくらでも作れるのだから」
「そうそう、水が嫌なら、小火球で少し温めればいいじゃない。臭いと今以上に嫌われるわよ」
既に大概嫌われている前提。強く生きるんだ、おじさん!!
夜が明けるより少し前。湾外の小島の陰に停泊していた四隻の魔導船は二隻ずつにわかれ、静かに全身を開始する。向かって右手、砂浜が続く南岸を聖エゼルの二隻が、岩礁や海にせり出す崖のある北岸をリリアルの二隻が進んでいく。
今回、灯火は用いない。先行は一隻だけであるし距離も相応に離れている。二隻というよりは一隻ずつ個別の戦闘を前提としている。それは当然、『リバイア』が現れた時に、一隻が囮あるいは標的となり、残りの一隻がその隙に攻撃を加えるという段取りを考えているからだ。近づきすぎては機動もままならなくなる。
「海賊船の哨戒線は……あるわね」
「ええ。あれをすり抜けて、奥に進んでから停泊中の船を襲撃、逃走するついでに哨戒線の海賊船を撃破すれば問題ないわ」
その時は、やもうえず衝角攻撃で弾き飛ばして逃走路を確保することになるかもしれない。すぐに沈没するわけではないだろうから、周りのサラセン軍船が救助してくれるだろう。奴隷の同胞の救出が間に合わないときは……天の国で謝ろう。そう割り切ることにする。
哨戒線は昨日の襲撃と同様の行為を想定したものだろうか、六隻が湾の中央で帆をたたんだ状態で待機している。風を受けて移動しても困るのだろう。ガレー船であれば、櫂走で動き始めれば問題ない。
陸地の陰に紛れて魔導船は哨戒線をすり抜けた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
払暁の襲撃を警戒し、湾の出口に近い側のサラセン軍船は、既にいつでも動き出せるように『帆』を張っていた。
「いい感じね」
「今日は予定通り昔懐かしい、『油球』を使いましょう」
「「「おう!!」」」
先頭を行く『聖ブレリア号』は進路を妨げる敵軍船には衝角攻撃を、それ以外に近づいてくる軍船には甲板上の兵士ではなく、操舵手や帆を操る船乗りを狙って『導線』射撃を行うことに定めている。
また、『魔物』と遭遇した場合、真上に小火球を打ち上げて知らせることを打合せしていた。
「アンナ!! 行きます!!」
バシュッとばかりに甲板を蹴り、海面すれすれの高さで魔力壁の足場を踏んで突進する赤毛娘。
「アンディ、行くぜ!!」
青目蒼髪が続いてサラセン軍船に向かっていく。
「今日は魔物の警戒に専念」
「それがいいわね。全部焼き払えるわけじゃないし」
そう。これは早起きさせるための嫌がらせ。昼過ぎの襲撃詐欺も同様である。敵の見張り台を占拠し、偽の狼煙と半鐘を鳴らして敵船接近と報告したのだ。
朝の襲撃の仕返しだ!! とばかりに、数十隻のフスタ船が我先にと漕ぎ出し湾の外に向かったのだが……敵影為し。虚報だと知れたのは日も大分傾くころである。
暗くなる中を湾の奥へと苦労して戻り、備えを解いて休めたのは夜半ごろ。そして、日の出のはるか前から起きだして払暁攻撃に備えていたのだ。もう、サラセン軍船のモチベはゼロ……とはいかないだろうが、かなり疲弊しているはずである。
油球を投げつけ、さらには火球で着火したとしても、潮風にさらされ続け湿気た帆布はそうそう容易に燃え上がるわけではない。とはいえ、帆を張る綱な、帆布の一部が焼けただけでも、操船は難しくなる。なにより、大切な船を傷つけられて海賊たちが面白いわけがない。
いまだ薄暗い海に浮かぶ軍船の帆柱にボワッと炎が上がる。が、しばらくすると消えてしまう。海の上なのだから消すための水を用意するのは容易である。
遠目に、何らかの道具、おそらく兜などに海水を汲んで水をかけているのだが、下の方は届くが帆柱の上方が燃え始めた場合、容易に消せるないはずなのだが、身体強化だろうか飛び上がって水をかけている。
「結構魔力持ちの海賊がいるのね」
「狙い撃ちしてくる」
声をかける間もなく、赤目銀髪が飛び出していく。手には久しぶりに見る『魔弓』。鏃はおそらく魔鉛製のものを使うのだろう。身体強化なり魔力纏いをしていても、魔鉛の鏃なら貫通して致命傷を与えることができる。
死なずとも、容易に治らない傷となるだろう。魔力を通したダメージは、体内の魔力をかき乱し、ポーションの効果や自身の治癒力を低下させる。手元から離れても魔力を宿し続けられる魔鉛ならでの特殊効果とでも言えばいいだろうか。魔力を通しやすいのは魔銀だが、魔鉛と同じことは出来ない。
「あ、当たったわ」
「甲板に落ちただけで大けがね」
「下敷きになった漕ぎ手がいれば、そっちも大怪我よ」
暗い空に紛れ、帆柱の最上部ほどの高さから、魔力持ちの消火に加わる者を選んで『狙い撃ち』していく。さほど離れておく必要もないので、30mほどの小弓でもあたるくらいの距離からドンと当てていく。
魔力持ちが甲板やら水面やらに落ちる音が鳴り響き、周囲を探せと命じる声や混乱した叫びが聞こえるが、赤目銀髪は既に次の標的へと既に移動している。
油球攻撃より、魔力持ちをつり出し狙撃する魔弓の狙撃の方が敵に与える心理的・戦力漸減効果は高いだろう。思わぬ成果であった。
十五分ほど、焼き討ち・狙撃を繰り返したのち、二隻の魔導船は堂々と帰路に就く。リリアル勢ほどでは無いが、聖エゼルの船団も襲撃は上首尾であったようで、こちらは派手に燃えている船も何隻か見て取れる。
「あとは哨戒線をぶっちぎって逃げるだけね」
「逃げずに、蹴散らしましょう!!」
「眠いから無理しない」
脳汁ドバァの赤毛娘はハイテンションだが、狙撃で魔力と気を使って消耗したのだろう、赤目銀髪は乗り気ではない。
「そろそろかもね」
「ええ。魔力走査に掛ったわ」
魚と異なり、海豚・鯨は呼吸をするために水面に出てくるか、水面近くを泳ぐことが多い。鼻の穴が頭の上の方についているのだから。人間だとすればかなりの異相である。
水面にぎりぎりの高さで周囲に『魔力網』を広げ、魔力を持つ存在の位置を探っていた彼女は、哨戒線の手前に大きな魔力をもつ何かがいることを察知していた。
「あの辺りに水棲の魔物がいるわ」
「じゃあ、あの哨戒している軍船に魔物使いが乗っているのかもしれないわね」
行きには魔物が魔導船に反応しなかったことは解せないが、もしかすると、味方を攻撃したことで初めて敵だと認識したのかもしれない。
敵味方の識別は、人間同士であっても簡単ではないのだから、水の中に棲んでいる魔物ならなおさらであろう。
背中の側から周囲が明るくなってきたことを感じる。日の出を背中に……とはいかないが、魔物と戦うには十分な明るさだろう。
「来るわ」
「よしこい!!」
こちらに向け、サラセンの軍船ほどもある大きな黒い何かが水中を高速で向かってくる。赤毛娘はとげとげ君を片手に、その黒い何かに向け飛び出していく。
「任せた」
「ダメよ、弓は有効なんだから、頑張りなさい」
目をしょぼつかせた赤目銀髪(夜目が効く)に伯姪がダメ出しをする。やれやれとばかりに、魔鉛製の鏃、それは少し赤みがかっているそれを持ち、魔力を込めてつがう。
バシュッと音を立て、その黒い突進する何かの前の水面に向け、赤目銀髪はその矢を放ったのである。