作品タイトル不明
第972話 彼女は払暁にパトラを血で染める
第972話 彼女は払暁にパトラを血で染める
暗い海を四隻の魔導船が単縦陣で進んでいく。先頭は『聖ブレリア号』、最後尾は『聖フローチェ号』。先頭の先を進むのは『水魔馬』。浅瀬や暗礁を避け、暗い中、朧に光る水魔馬マリーネが安全な航路を先頭に立ち示してくれている。
『リリのでばんはいつ?』
「そのうち来るわ。明るくなるまでは、頭巾の中で大人しく寝ていなさい」
『わかったー もう少し寝るー』
水魔馬に対抗心を一瞬燃え上がらせたピクシーだが、子供はまだ寝ている時間である。眠気に勝てず、そのまま頭巾の中へと戻っていく。
「意外と先導する船って見えるものね」
船尾にだけ灯火を掲げ、わずかな目印を追いゆっくりと進んでいく。
警戒している海賊船はなるべくスルーする方向であるが、気が付かれたなら容赦なく衝角攻撃で沈め、海賊どもの処理は水魔馬に委ねる段取りだ。水中に引き込まれ、海賊から水死体にジョブチェンジしてもらうことになる。
パトラには聖征の時代以前から存在する城塞『パトラ城』が存在し、港湾と周辺の土地を統治するサラセンの太守が配置されている。サラセン海軍の幹部は船上ではなく、一旦上陸し、城塞かその周辺の城館に宿泊していることだろう。
生粋の海上育ちである海賊どもはともかく、親衛兵もその指揮官である軍団幹部も、遠征を指揮する司令官たちも大半は船での生活は苦痛でしかない。この大停泊地に集結し、引きこもっている理由は、敵をおびき出し、遠征で疲れた敵を気力十分な味方で叩くという発想なのだろうが、言い換えれば、少数の奇襲には、海賊たちに丸投げ、現場に一任していると言っても良い。
この初回の襲撃は、その海賊たちを十分に引っ張り出し、痛打を与え哨戒・即応戦力を削ることに意義がある。
山際が明るくなり、空が白み始めるころ。パトラ湾奥に進んだ単縦陣を組んだ四隻の魔導船は横陣へと隊列を変更する。
四隻はそれぞれの判断で停泊中の海賊船を攻撃するが、もっぱらを射撃による攻撃とし、斬り込み、白兵は行わないことを決めている。数百隻の中に長時間留まれば、容易に包囲され逃げ出すことも困難になるだろうことは容易に想像できるからだ。
変形の雁行のような並びとなり、先を進むのは当然の如く、『衝角』攻撃大好き『聖ブレリア号』。今回は射撃戦の主役でもあるのだが、赤毛娘が単独で移乗している。曰く「ガルムのお坊ちゃまには任せられません!!」とのことらしい。
剣士としては並み以上の腕前を持つノイン・テーターの元侯爵子息ガルム何某だが、率直に言って判断力がない。魔導騎士の灰目藍髪が同乗しているとは言うものの、射撃戦に集中している魔装銃兵組を守りきれるかというと少々疑問でもある。
見かけはちっこい少女だが、経験と思い切りの良さには定評のある赤毛娘が同乗することで、そこを補おうというのと、黒目黒髪の精神安定剤としての役割もある。
ジジマッチョ団も半数が乗り込んでいるものの、団長のジジマッチョは『聖フローチェ』に乗っている。彼女たちが斬り込みする際には、船を守る為の指揮官が必要だからだ。これは、歩人と三期生しか残らない中で、必要な人事なのだ。
「銅鑼が鳴り始めたわね」
「ようやく気が付いたのでしょうけれど、……手遅れなのよ」
湾外に近い位置に停泊している、小型のガレー船・フスタ船の船上では動きの大小こそあれ、魔導船を指さし、大声で部下に指示を出している船長だか海賊首領の姿が見て取れる。
罵声と怒号で叩き起こされ、やおら船を動かすように蹴られ殴られる漕ぎ手奴隷の姿も何とはなしにわかる。
顔がわかるほどの距離まで近づくと、手にした魔装銃をそれぞれが放ち始める。彼女たちは当然、魔鉛弾を『導線』の魔術に乗せ放つので、大声を出して甲板を行き来する海賊幹部らしき姿を、狙いすまして倒していく。
「寝起きで動きが鈍いのかしらね」
「魔力なしの普通の海賊なら、そんなものでしょう? 機敏に避けたりするわけないわ」
連続して装弾、射撃を繰り返し、湾の外側で動き出そうとしている海賊船の首領・幹部らしき男たちを狙って倒していく。
左右に二隻ずつ別れ回頭、その射撃は、湾の中央から左右に広がりつつ被害範囲を拡大させていく。
「あ、中央から海賊船団、出る!!」
青目蒼髪が背後を指し示し、四隻の海賊船がこちらに向かってくる様を伝えてくる。
「右回頭、湾外に向けてゆっくりと移動。ガレー船の動きに合わせて距離を少しずつ詰められる速度でね」
「かしこまりましたでございます、お嬢様。オラアァァ!!」
急に舵を切り、船がやや傾斜しつつ90度ターンを決める歩人。三期生年長組も含め、歩人の嫌がらせのような転舵を華麗にスルーする。
「……なんでみんな何事もなかったようなんだよ」
若干悔しそうな歩人に対し、切り捨てるように容赦のないコメントが三期生から買ってくる。
「セバス ださ」
「おじさんは足腰弱ってるからこのくらいで効いちゃうんだよ」
「まあ、俺たち平衡感覚は鍛えられてるからな」
「魔力なしでも、大抵のことはこなせるしね」
「ちくしょう。俺だって、土魔術なら、結構いけるんだぞ!!」
歩人-土魔術=怠惰なおじさんという式が成り立つので、確かにその通り。いや、土魔術の使えない歩人なんて、黒いGと同じレベルの嫌われ者である。土魔術が使えている今の時点で、おじさんはそれなりに嫌われているのだ。存在自体。
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四隻の魔導船を追いかける十数隻の海賊船。それぞれが、四五隻で三グループほどだろうか。
『聖ブレリア』を先頭に先ほどの単縦陣のような形に戻りつつ、湾の中央を外に向けて逃げているのだが、魔導外輪の出力的には『聖フローチェ』の船足が最も遅く、先の三隻から徐々に遅れ始めている。
「セバス、もう少し速度を落としなさい」
「お、おう。結構しんどいな……この速度調整」
「魔力操作の鍛錬不足よ」
「なら、替わってくれよぉ……でございます、お嬢様」
わざとらしくない程度の速度差で、徐々に先行する三隻から距離が離れ、海賊船が距離を縮めてきた。
「ただいま戻りました!! マリスさんたちもこっちに参加するそうです!!」
魔力壁を蹴って赤毛娘が帰還。灰目藍髪は水魔馬に騎乗し、遅れてこちらに向かっているとのこと。海賊の残敵討伐は任せられそうだ。
「そろそろ仕掛けてもいいんじゃね?」
「周りも明るくなってきたから、タイミング的には……いいかもね」
蒼髪ペアが『生石灰玉』を自身の魔法袋から取り出し、両手に握りいつでも来いとばかりに魔力を纏う。
「さっさと終わらせて、気分良く朝ご飯を食べましょう!!」
「その後、交代で昼寝も所望」
早朝とは言えないほど早起きし、暗い中うちから動き始めたのだから、確かに体感的にはご飯を食べてちょっと寝たいかもしれない。このあと、昼過ぎには別の仕掛けもするのだから。
「では、追いかけてくる海賊たちに、一泡吹かせてあげましょう」
「「「おう!!」」」
「あんま無茶すんなよ」
彼女の掛け声に応じる冒険者組に、歩人が声を掛ける。さっさと終わらせて昼寝がしたい。強い気持ちが重なる。
『聖フローチェ号』が一瞬、進行方向をそれて右に転舵する。海賊船の舳先で様子を確認してた海賊がその行動を見て、漕ぎ手奴隷たちに怒鳴りつける。
「もっと力入れて漕げ!!」
その声が周囲へと鳴り響く中、彼女は船の前に立ちふさがるように構えつつ、少し高度をとる。甲板に満遍なく、生石灰をぶちまける為に。
『Cristiani dovrebbero chiudere gli occhi, mettere le mani dietro la testa e sdraiarsi a faccia in giù finché non viene loro detto diversamente』
――― 御神子教徒は目を閉じて手を頭の後ろに組んで前に伏せよ。良いというまでそのままでいることをすすめる
クルナ・アリの海賊船団を攻撃した時と同様、目の前の漕ぎ手奴隷に向け、彼女は警告を発する。
その上で「おりゃ!」とばかりに生石灰玉(大)を甲板めがけて放り投げる。放物線を描き落ちていくそれに向け、彼女は『魔刃』を繰り出した。
BONN!!
BONN!!
質量のある煙のようなそれが中空に広がり、やがて海面へと落ちていく。
『うぎゃあ!!』
『目が、目が合あぁぁぁ!!』
『ひやああぁぁ、あちぃぃぃ!!!』
幾人かの海賊は海へと転げ落ち、あるいは、その場でうずくまり転げ回る。
『よし、次だな』
「いえ、少し討伐しておきましょう」
転げ回る海賊で足の踏み場のない甲板を避け、後方の操舵手のいる辺りに降り立つ。
『てめぇぇ』
犬のような吠え越えを上げながら、身に纏う衣装に金属片を縫い付けた布鎧を着た立場のありそうな海賊が彼女に襲い掛かってきた。
「邪魔よ」
身体強化の掛かった状態で、魔装の手袋で斬りかかってくる剣ごと布鎧海賊を手刀で払いのけたのだが……
『ぎやああああ』
剣身を叩き切り、そのまま海賊の胸へと手刀が振り下ろされ、肉を貫く。抜くのも手間とばかりに、海賊を背後の海面へと蹴り飛ばす。
「これも壊しておきましょう」
『ま、ほどほどにな』
海賊船の転舵輪を根元から破壊する。漕ぎ手が苦労することになるだろうが、暫くは追いかけてこれないだろう。この後の戦いにも参加が難しくなるかもと考え、船が沈まない程度に破壊をしておく。あくまでも嫌がらせの範囲で済ませる。
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三隻目の海賊船に『生石灰攻撃』を加える頃には、魔導船隊を追いかけてくる海賊船はすっかり見えなくなっていた。
「リリ、迎えに来るように伝えて頂戴」
『かしこまり!! いってくるねアリー~』
リリ伝令兵を見送り、湾の奥に向かい振り返ると、あわただしく出港準備をするサラセン艦隊と、その手前には帆を折られ、もたもたと湾の奥へと逃げていく先ほどまでリリアル勢に攻撃されていた海賊船たちが見えていた。
『嫌がらせの第一弾終了か』
「そうね。でも、重ねることで効果が高まるから。続けなければね」
魔導船隊はすっかり姿を湾外へと消し……たのだが、足の速い『聖ブレリア』に戻ってもらい、『生石灰攻撃隊』を回収してもらうつもりである。
「先生」
「海に落ちた海賊たちの始末は終わったのね」
「はい。マリーネが文字通り、海の藻屑にしてくれました」
BURURU!!
鼻息も荒く、水魔馬が自己主張をしている。『衝角攻撃』を避けたのは、海賊船に乗る漕ぎ手奴隷を殺さないためでもある。加えて、沈めてしまえばそれで終わりなのだが、壊した船を直す負担をサラセン艦隊に与えるという嫌がらせもあるのだ。
「おーい。この辺でいいんだよな」
「あ、先生。迎えは来るんですよね」
蒼髪ペア、赤毛娘、赤目銀髪、茶目栗毛、伯姪と攻撃に加わったメンバーが集まってくる。
「沈めたかったです!!」
「棍棒でめちゃめちゃ船体破壊していた。沈んでないけど、実質廃船」
どうやら、赤毛娘は修理不可能なほどに船体をとげとげ君でぶっ叩いたようだ。一隻に時間をかけ過ぎた結果、その一隻で襲撃が終了してしまったようなのだが。
「伝説作った」
「そうです!! とげとげ君伝説が、サラセン海賊の間に広まっていくのです!!」
嫌な伝説である。多分「赤鬼」呼ばわりされることだろう。喰人鬼に金棒、赤毛娘にとげとげ君。
やがて、得意げに舳先でポーズをとるノイン・テーター系騎士のガルムを乗せ、『聖ブレリア号』が戻ってきた。久しぶりに顔を見る黒目黒髪だが、ちょっと雰囲気が変わって……一皮むけたのだろうか。
「さっさと乗って下さい!!」
「「「お、おう」」」
気弱な黒目黒髪は、消えてしまったらしい。
そして、昼を過ぎた頃、パトラ湾入り口にある物見台では、敵艦隊接近の狼煙が上がった。朝の寝起きを襲われた時点で、いつでも戦闘態勢に移行できるよう準備をしていたサラセン艦隊は湾の入り口に向け、多数の艦船を横陣の段列へと配置する。
全ての船が、湾の奥に現れるであろう敵艦隊を探し、凝視していたのだが、日が傾き、やがて闇が迫るまで、当然の如く聖征艦隊は現れなかったのである。