作品タイトル不明
第971話 彼女は『パトラ』へ向け露払いを務める
第971話 彼女は『パトラ』へ向け露払いを務める
『独立分遣隊』としてリリアル義勇軍及び、魔導船団は彼女の指揮の下にサラセン海軍の集結していると想定される『パトラ湾』に向け先鋒を務めることになった……と解釈される。
後備艦隊に配置された四隻の魔導船だが、『ケルキ』に荒天を顧みずいち早く到着した成果を無視することは出来なくなった。加えて、海都国側から「魔導船を生かすには、独立して運用を任せるべきである」という申し入れがあり、教皇庁もそれに同意。多数決で、神国の意思は無視され魔導船は独立運用されることが決まったのである。
「魔導船なら、一日かからずに『パトラ』に移動できるんですもの。後備艦隊にいる意味ないわよ」
「神国と海都国が対立した結果、神国の我儘を通すのも難しくなったようだからな。ま、良いことだ」
伯姪の呟きにジジマッチョが返す。ケルキとパトラの間は200㎞強。ガレー船なら二日ないし三日ほどかかるのだが、魔導船ならその半分以下。朝出れば夕方には到着するだろう。
「まずは偵察を行いましょう。それで、リリ、手紙をジロラモ公に届けてもらうことになるのだけれど、大丈夫かしら」
『うーん、がんばる!!』
ジロラモら聖征艦隊本隊も、魔導船の後を追い『パトラ』へ進むことになるのだが、最新の情報を総司令官に伝えるのに最も効率の良いのがピクシー通信……妖精の伝令である。半分の速度で移動してくるとしても、偵察の後の想定移動距離は100㎞以上離れているだろう。ピクシーが海の上を100㎞も手紙を運ぶのは可能かどうか、やってみなければ正直わからない。
『アリーから、魔力を分けてもらえれば、たぶん大丈夫。ジローの魔力も覚えたから、船も見分けはつくとおもうよ!!』
ピクシー的にはジロラモは『ジロー』らしい。ちなみに、最近、もっぱら『聖ブレリア』の番犬と化している駄犬『ガルム』はピクシー的には『ガー』らしい。確かに、ガーガーなにか言っていることが多い、そして大したことは言っていない。
リリアル先遣艦隊あるいは、魔導船団の四隻は、ケルキからパトラの間を移動している。その上で、『魔熱球』を浮かべ、周囲に存在するサラセン海軍の哨戒海賊船をいち早く見つけようとしているのだ。
発見した場合、『聖ブレリア』にピクシー通信で敵の位置を『聖ブレリア』に指示をして、早急に衝角で撃沈することにしている。
「あの子も衝角攻撃が好きよね」
「冒険者組を少し移動させておく必要があるのですもの。手を挙げた子に任せるわ」
赤毛娘と赤目銀髪が一時的に『聖ブレリア』へ移動。魔導騎士を動かすまでもないのだが、魔装銃兵とジジマッチョ団、三期生年少組では海賊が生き残っていた場合、面倒なことになる。
ということで、希望者二人を一時的、派遣したわけだ。
「あの島の陰に、海賊船がいるわね。リリ、お願いね」
『うん、いってくるよー』
今回の伝令は、この後行う、ジロー便の練習も兼ねている。手紙を運ぶことにも慣れてもらわねばならない。そもそも、できるかどうかもだ。
成功すれば『伝書リリ』として、今後の活躍も期待できるだろう。鳩のように何百キロも飛べるかどうかは疑問だが。因みに、伝書『鳩』は、時速40㎞ほどで、丸一日飛べるのだとか。すると1000㎞近く飛べるのだが、そもそも、決まった場所に戻ることしかできないので、相手の魔力を辿って目標を見つけることのできる『伝書リリ』の方が、はるかに有用だと言える。
多分、今回一回やって「疲れるからイヤ」となるだろうが。
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『かいぞくは……みなごろしだ!!』
子供はすぐに影響を受ける。精神年齢が幼児並みのピクシー『リリ』は伝令で向かった先で、悪い影響を受けたらしい。いや、言っていることは間違いないのだが。
『かいぞくは、ばーんだ!!』
「ばーん? 魔装銃で銃撃したのかしら」
どうやら、海賊船を撃沈したあと、海に投げ出された海賊の頭を魔装銃の『導線』射撃で「救済」していたのだそうだ。海賊叩きゲーム。
「溺れ死ぬのと頭吹き飛ばされるの、どっちがいいんだろうな」
「泳げば近くの島にでも流れ着くんじゃない?」
「無理だろ。そんな泳げねぇよ、魚じゃねぇんだから」
蒼髪ペアの意見は一致しなかった。浮かんでいれば撃ち殺されるか、そのうち力尽きて溺れ死ぬのだから遅かれ早かれ。死は救済になるのかどうかはわからないが。
『溺死しても、アンデッドにはならねぇよな?』
「……どうかしらね。幽霊船にはなれないから、多分大丈夫よ」
幽霊船という存在があることはある。乗員が何らかの理由で死に絶え、船が沈まず、ボロボロの船がアンデッドを乗せて海を漂い、近づいてきた船を襲う……という存在だ。
だがしかし、現在、『聖エゼル号』は魔装衝角で海賊船を撃沈している。つまり、船は真っ二つになり海の藻屑になっているわけだから、海賊船が幽霊船にレベルアップすることはない。大変結構。
何日も哨戒船から連絡がなければ不審に思われるだろうが、リリアルが接近するわずかな時間、サラセン海軍の首脳部が知るのはさらに遅くなることが期待できる。
サラセン海軍の総司令官は、美麗帝時代の重鎮ではなく泥酔帝になってから新たに重用されるようになった官僚であると海都国のエージェントから情報が伝わっている。サラセン海賊の大首領やその上の総督たち、あるいは、従軍している親衛軍団の幹部も美麗帝の時代に出世した実力者ばかりであり、その間に齟齬が生じているとも聞く。
バス爺が折れることで、神国と海都国の間の主導権が海都国側に移動したことで、聖征艦隊の運用が改善したのに対し、サラセン海軍首脳部は恐らく、一枚岩になり切れないことが想像できる。
泥酔帝は、自らが抜擢した若手総司令官が手柄を立てることを望むであろうし、その意を受けた総司令官は自分の主張を容易に曲げないだろう。対して、親子ほど年の差がある、大首領や親衛軍団長が提案する献策を素直に受け入れる関係性があるとは思いにくい。
その辺りに、サラセン海軍の隙はあるだろう。
加えて、キュプロス征服も上手くいっていないということがある。時間を稼げば『マグスタ』が陥落するのであれば、持久戦・遅滞行動をとって聖征艦隊を拘束する意味もあるだろうが、それは今のところ良い作戦ではない。むしろ、聖征艦隊を目の前にして、積極的に戦わなかったことの方が、若い総司令官が泥酔帝に問責される可能性が高い。
戦わず、戦力を温存することの意味が総司令官の若造にはない。大首領たち海賊勢は内心、戦力を温存したいと考えているだろうが、積極的に戦わなかった結果、後日、総司令官から皇帝に消極的な姿勢を讒訴されれば、兵を失う以上に自身の命を失うことになりかねない。
「誘えば、応じてくれそうなのかしら」
「挑発すれば、応じそうではあるわね」
立場的にはジロラモと同じようなものだ。周囲は経験のある老人ばかりで、自分自身は身分こそ高いものの、それは与えられたものでしかない。強くでなければと自身に言い聞かせて、強硬論を主張する可能性が高いだろう。消極論は唱えられないのは、自分を守る為でもある。
「さて、このまま進むとサラセン艦隊と接触する時間には暗くなりそうね。
このまま進むの?」
伯姪の問いに、彼女は首を横に振る。
「流石に、船で夜襲は掛けないわよ」
彼女とリリアルは何かと夜襲を多用するが、流石に、船での夜襲は想定していないということだが。
「払暁攻撃よ」
「……朝駆けというわけね。いいんじゃない?」
夜陰に紛れて逃げるなら夕暮れ時に仕掛けて、暗くなるタイミングを選ぶのも良いが、魔導船の攻撃ならば暗い時間帯に接近して明るくなるタイミングで湾外へと逃げる方が良い。
「それと、一芝居打つことにしましょう」
「どういう意味なのか、説明してくれるんでしょうね」
哨戒船からの連絡がなくなり、明日以降、サラセン艦隊は敵の接近を気にすることになると思われる。
「二手に分かれて、監視灯台から敵艦隊接近と知らせてあげるのよ」
「不意打ちにならないじゃない」
伯姪の反論に、彼女はこう答えた。
「オオカミ少年の故事に習おうと思うの」
オオカミ少年とは、狼になってしまった悲しい少年の物語―――
では当然なく、狼が現れたと嘘をつき慌てふためく大人を見て喜んだ羊飼いが、何度も同じことを繰り返したことで、本当に狼が羊を襲った時には、誰も助けてくれなかったというお話である。
「本隊が接近するまで、幾度か魔導船で襲撃するわけね」
「ええ。そして実際本隊が現れるときには……」
「疲れ切って反応が遅れる。先手がとれるというわけね」
わずか四隻の襲撃で、効果があるのかどうか。それ自体は、やってみなければわからない。何もせずに、哨戒線を破壊するだけなのは物足りないと考えていた二人には、良い案であるように思えたのである。
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「明日、日の出前に、サラセン艦隊の停泊地に接近し、襲撃を掛けます」
「おお、払暁攻撃か。太陽を背にできないのは残念だな」
パトラ湾は、西向きに広がる湾であるため、太陽に向かって進むことになる。魔導船の速度があれば十分逃げ切れると思われるのだが。
「……わずか四隻で仕掛けるのか」
「敵も、四隻だと思えば、我先に追いかけてくるでしょう。勝つことではなく、敵を損耗させることに意味があります」
「ふむ、要は嫌がらせだな。海賊どもはともかく、親衛兵や司令官たちは不慣れな海戦の前に余計なことを強要されて疲れるのは嫌であろうな」
ジジマッチョは彼女の意図を理解し、同意を示す。
「で、それだけでは、一度の襲撃でしか反応させられまい」
「翌日も仕掛けるつもりです」
「足らんな」
足らぬ足らぬは工夫が足らぬということか。
「儂に良い考えがある」
悪い笑みをたたえ、ジジマッチョが提案を口にする。
「楽して勝てるのがいいです!!」
「脳筋には難しい」
「誰が脳筋だ!!」
それはあなたですよ、前辺境伯閣下。マルス島やニースの皆ともそうだが、港湾を守る為に、入り口付近には物見台を兼ねた灯台を置くものだ。確かに、賢者学院の島にも、連合王国の兵士が詰める物見塔兼防塞が海岸沿いに建っていた。
「そこに詰めているサラセン兵を捉えて、偽の狼煙で襲撃を知らせるのよ」
払暁攻撃に反応するのはサラセン艦隊の一部に過ぎない。その後、停泊地に留まる艦隊全てが動いたわけではない。
「昼過ぎくらいに、敵艦隊接近の狼煙を上げる」
「狼煙を上げても実際、確認の小船団が動くくらいではないでしょうかお爺様」
狼煙が上がったとたんに、全力で出撃するとは思えない。
「少なくとも、払暁攻撃に参加した腕に覚えのある海賊たちは出航させられるだろう。それにだ、慣れない戦場に待機している兵士たちにも精神的な負担を掛けることができる。本来は、万全の状況で敵を待ち受けるサラセン兵なのだろうが、そうはさせぬ……ということだな」
悪質ないたずら。そして、相手が「どうせ」と思うまで繰り返す。
「翌日、払暁攻撃を再度行い、その上で、別の物見台から再度、別の方法で敵発見の報告をする」
昼間であれば、狼煙でわかるのだが、夜間は灯火を大きく上げて知らせることになっていると思われる。サラセンに妖精の伝令は存在しないであろうし、元々サラセンにおいて稀少な才能である魔術師、妖精の加護持ちをたかが見張台に張り付けておくはずもない。なので、薄暮の時間に盛大に灯火を焚いて知らしめることにする。
一日の終わり、二日にわたる嫌がらせを重ねたのだ。怒り心頭となるだろうし、出撃しても戻るタイミングではすっかり日も暮れ、夜間の航行を迫られる船も出てくる。
あるいは、隊列も組めず、適当に停泊するサラセン軍船も出てくるであろう。
「その翌日、ジロラモ閣下率いる本隊が払暁攻撃を行えば、サラセン艦隊はどうなる?」
ジジマッチョは一段と笑みを深める。
「大変な仕事になりそうだな」
「カトリナ様、仕事に楽なものはございません」
「はは、義勇軍がここまで色々するとは、正直思っていなかった。こう……
一気にサラセン海賊どもを討伐してだな!!」
「それは、先日さんざんやったではありませんか」
「うむ。そうだな」
カミラに窘められ、カトリナも気持ちを切り替える。
「サラセン海賊と大運動会決定!!」
「目つぶしもある」
追跡してくるサラセン海軍の軍船に向け、殿軍を務める『聖フローチェ号』に乗ったリリアル冒険者組が、『生石灰玉』の目潰しをサラセン兵に向け投げつけ、その上で……斬り込む。
小型船を器用に動かし、集団で大型船を狙うであろう、海賊集団を少しでも多く削っておくことで、本隊の司令官たちが座乗するガレー船の損害を減らせることだろう。
『マグスタ』救援を成功させるためには、司令官たちが生き残り、再編後に時間を置かずキュプロスに向かわねばならない。
彼女はなるべく早くおうちに帰りたいのだ。