作品タイトル不明
第970話 彼女は『ケルキ』に到着する
第970話 彼女は『ケルキ』に到着する
魔導船艦隊四隻は、嵐をものともせず、予定通り『ケルキ』の港へといち早く入港した。嵐のおかげで段列を守るどころではなくなり、ちりじりになったのが功を奏した。
実際は、船の損傷は軽微であるものの、乗員、特に兵士たちの具合が大分悪くなっているようだ。慣れない海、さらに大荒れの中、大波にもまれ雨風を受けて全身ずぶぬれ、まともな食事はおろか水さえ容易に口にする事が出来ない環境に遭遇し、精強を誇るとされる神国兵・帝国傭兵もすっかり萎びているらしい。
これは、後備艦隊司令官・禿爺こと『バルバロ・ヤザン』侯爵に『リリ伝令兵』を送り付け、艦隊との別行動をする許可を得た時に伝言された内容であった。
神国の高位貴族らしく、「勝手すること罷りならん」と一蹴されるかと思ったのだが、「リリアル侯爵の判断にゆだねる。再合流まで分遣隊の指揮官として独自の判断をされたし」と、後備艦隊分遣隊として行動する許可をくれたのである。
「このまま分遣隊としてさらに東に進むんだ!!」
と勝手なことを言う大公妃殿下も存在したのだが、『ケルキ』で再集合し、その後、サラセン艦隊の新情報を確認したうえで、どこで決戦を挑むかを聖征艦隊として話し合うことになっている。偵察程度は許されるであろうが、勝手に進むことは憚られる。
「義勇軍が勝手にすると、面倒なことになるわよ」
「まあ、そうだの」
カトリナの主張は本人以外賛同者がおらず、さっさと陸に上がって揺れないベッドの上で寝たいということに見解の一致を見たのである。
「大変なことになったようだな」
「ええ」
数日の滞在。『ケルキ』の港には不穏な話が流れていた。
神国兵が海都国の船乗りを私刑で殺し、その場に現れたバス爺がその私刑を咎め、私刑に加わった四人の神国兵を処刑した。その結果、総司令官であるジロラモが激怒し、バス爺を神国兵と同じ刑に処するようにと命じたというのである。
海都国の船の上は、その領土と同じこと。そして、その船の上の領土の裁判権を持つ者は海都国総司令官であるバス爺にある。そもそも、神国兵が海都国の船乗りたちの操船の邪魔になっており、それを咎めたところを逆切れされて私刑に及んだのである。
不慣れな海の上に何日も滞在し、その上数日にわたる嵐も経験した。真っ暗な中で上下左右に振られ続け、船から落ちればそのまま地獄行となる状況で心身ともに衰弱していたのであろうことは容易に想像できる。
だからといって、操船の邪魔だと苦言を呈した船乗りを、私刑で殺していいはずがない。驕り高ぶりの激しい、神国兵からすれば、たかが船乗りから咎められて腹が立ったのであろう。その辺り、ネデル遠征でネデルの市民相手に無茶をしていた神国兵のありさまと重なり、彼女は状況が容易に理解できた。
「バス爺、処刑されちゃうんでしょうか!!」
「あの爺は殺しても死なない」
「ま、強く出ざるを得ないんだろうな。若さ故もあれば、神国国王に対する手前ということもある」
赤毛娘たちに向かい、珍しく真面目な雰囲気で自分なりの意見を放すジジマッチョ。
神国国王とその意向でつけられている側近たちの手前、相手に理があったとしても、強く抗議せねば神国におけるジロラモの立場が危うくなる。神国兵も海都国の味方をするジロラモを面白く思わないだろう。
神国兵は貴族でも騎士でもなく、海都国の船上は海都国の領土であり、私刑で海都国人を殺せば、当然、海都国の法で裁かれる。本来は、船長にその権限があり、船の上では元首の代理人として振舞う権利と義務がある。
その上で、バス爺は船長ではなくその上司である艦隊総司令官が処断するということで私刑を行った神国兵を処刑した。船長ならば、外交の手段として処刑される可能性があると判断したからだろう。海都国の総司令官を処刑するわけにはいかない。
「サラセンと戦う前に、厄介なことになったわね」
伯姪の呟きに皆が頷く。
どういったところで落としどころを決めるのか。サラセン艦隊は『ケルキ』から数日の距離にある港湾都市『パトラ』に集結中であると伝えられている。船の数は増え、百五十から二百にまで増えているとのことだ。
「どうするつもりかしらね、東方大公閣下は」
彼女は、好青年然としたジロラモの姿を思い浮かべ、振り上げた拳をどう収めるのだろうかと想像していた。
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バス爺こと海都国艦隊司令官『バステア・ニエル』は処刑された……
わけもなく、一時謹慎。聖征艦隊の会議に参加しないこと、その間、副司令官『ゴスト・バルバ』が代理を務めることとなった。
「ま、儂、戦闘になるまでお邪魔虫なんじゃもん」
「はぁ」
彼女はバス爺を目の前にして、深いため息をついていた。何故なら、謹慎場所が『リリアル義勇軍預』とされたからである。勝手に決めんな!!
「儂、悪くないもん」
私刑を行い海都人船乗りを大した理由でもなく殺した神国兵。その殺人犯を裁判権を行使して死刑に処したのは法的に問題はない。とはいえ、神国に対して配慮しても良かったのではないかと思う。
「ジロラモ公に対して『貸し』にしておけば、サラセンとの決戦に有利に意見を通すこともできたと思うのですが」
「……儂、正論、苦手じゃもん」
脳筋ジジマッチョの上位互換であるバス爺は、腹芸が苦手なのである。むしろ、いま現在、バス爺の代理を務める『ゴスト・バルバ』の得意分野でもある。相手と自らの理を調整し合い利を見出す。外交官や商人のそれである。いわゆるWIN-WINというやつだ。
「それはそうとだ。ギデオンよ、ブランディはないのか。あれは……いいものだ」
どうやら、自分の仕事は終わったとばかりのバス爺。いやいや、あんた謹慎中ですから!! いい酒飲んでリラックスするのは謹慎じゃない!!
「この戦に勝てば、いくらでも進呈しますよ」
「はは、騎士に二言はあるまいな」
「勿論」
安ワインを買い叩いて仕入れ、それを蒸留するというニース商会の主力商品。いくらでも手に入るので問題ありません。進呈するのは姉の夫である彼女の義兄ギャランなのだが。
「儂は悪くないんじゃぁ!!!」
叫ぶバス爺に、赤目銀髪は冷静に「頭が悪い」と呟くのである。
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キュプロス島『マグスタ』はいまだ健在。クロス島南岸から海都人の潜入工作員が密かにマグスタ周辺へと向かい、籠城は問題なく継続できていると報告が上がってきていたのは彼女やバス爺にとっても安心材料であった。
「アリーたち義勇軍があそこで『マグスタ』を助けてくれなんだら、今頃は陥落していたかもしれん」
攻囲・籠城開始からすでに十か月。補給に向かった時点で、城壁の損壊は進んでおり、食料や医薬品、火薬や鉄などの金属素材も少なくなっていた。敵は十万を超え、味方の兵は民兵含め一万足らず。力押しを避けたとしても一年と持たなかったのは当然だろう。
ところが、一度は攻囲を後退させ、切り札であろう『人喰』の魔獣も討伐した。攻囲軍が持ち込んだ攻城砲や火薬・食料の類も野営地にあった物資はあらかたリリアルが回収し、マグスタの籠城物資とした。住民の心さえ折れなければ、今回のサラセン艦隊との決戦に勝利すれば、救援は叶うだろうと海都人は信じることができている。
「何もかも、リリアル義勇軍のおかげだ。改めて礼を言う」
「でも、お酒は渡しません」
「ぐぅ。儂、謹慎中じゃけど、悪くないんじゃもん」
「頭が悪い」
「ぐぅ。世間は、爺に冷たいのぉ」
流石リリアルの猛獣使い、赤毛娘と赤目銀髪!! いや、毒をもって毒を制すの精神だろうか。
バス爺が抜けて、神国・海都国・教皇庁の三頭会議は比較的よく回り始めた。一時、神国の幹部から、『パトラ』のさらに東にある港湾都市『ハルキ』を占領してはどうかと提案がなされた。
大いなる愚策である。
そもそも、その場所を維持する意味も、目的も存在しない。単なる冒険心を満たす行動に過ぎない。その場所を維持するコストはだれが負担するのか。陸上は既に今拠点としている『ケルキ』周辺もサラセンの領土なのだ。キュプロスに万余の戦力を集めてもサラセンの送り込む十万の戦力に抵抗できないのに、何の益もない港湾都市を占領して得られるは、空っぽの栄誉だけであると理解できないのだろうか。
いや、理解できないから船員を私刑したり、自国領のネデルで十万の兵士を送り込んで神国の税収の半分を賄う領地を傷めつけているのであろう。この国の王宮も大概「頭が悪い」のである。夢は寝てみてください。
「それで、どうなりそうなんでしょう」
会議は海都国が折れ、バス爺を謹慎させたことでジロラモに対して「貸し」を作ったことになったようだ。加えて、英雄的な抵抗を続けるキュプロス島の港湾都市『マグスタ』を一刻も早く救うべしという空気を神国兵に醸造させる事にも成功している。
つまり、これは、聖王都を奪還する為に計画された第三次聖征……英雄王・尊厳王・赤髭帝が揃って聖王国を目指した偉大なる聖征を想起させるものであった。
神国はマグスタ防衛の成功の為に、なるはやでサラセン艦隊を撃滅し、その勢いのまま東進。キュプロスを逆封鎖してサラセン攻囲軍をも殲滅するのだと息巻いていた。
この辺りは、教皇庁と海都の副司令官の共同作業の成果であろう。ジロラモ公を除く神国軍幹部はサラセンとの決戦に消極的なのは国王の意思の表れと思われるのだが、配下の兵士たちは聖征の成功を疑うことなく戦う気満々となっている。
むしろ、今では海都人船乗りを私刑にした神国兵の非を認め、共通の敵であるサラセンをともに征伐しようという機運が高まりつつある。海都人のトップがとった行動の正義を認めつつ、神国の面子を建てる為に自ら謹慎を申し出た……ということになっているバス爺の評価も鰻登り!!
謹慎も半月近くなるのだが、最近はすっかり勢いを取り戻してうざいことこの上ない。
「儂、悪くなかった!!」
「頭が悪い。頭いいのは副司令官」
「……、ま、まあの」
赤目銀髪に釘を刺されるものの、決戦に向け海都の船を訪れ、士気を高めるように振舞っている。謹慎も実質、謹慎終了になりつつある。
「いつまでもここで油を売っているわけにはいかないでしょう」
「早く帰りたいわね」
「マグスタにはいかないんですか!!」
行くわけがない。今回上陸するとすれば、神国と帝国傭兵の部隊になるだろう。そして、後方に上陸されたサラセン軍が神国軍との決戦をすることになると思われる。城塞の防衛ならともかく、野戦で三十人ばかりのリリアル勢が加わる意味がない。こういう戦いは数が物を言うからだ。
サラセンとの決戦、勝利したとしてもそのまま東に向かうわけにはいかない。船も損傷し、兵士や船乗りにも死人怪我人が多く出る。一度、『ケルキ』に戻り、艦隊を再編し、『マグスタ』救援軍を派遣することになるだろう。
その場合、一二ヶ月の間が空きかねない。すると、海が荒れることを気にする必要が出始める。軍を上陸させ十分な補給物資を揚陸することとを考えると、決戦を遅らせるのは宜しくないのだ。
艦隊会議はそれを踏まえ、早々に『パトラ』に集結するサラセン艦隊への決戦を挑む流れとなっているようだ。
とはいえ、『パトラ』はV字型の奥行きの広い湾をもつ停泊地であり、そこからサラセン艦隊をおびき出す手段が見当たらないのが難点のようだ。サラセン海賊も、どこぞの王宮の官吏のように消耗を望まずマグスタが陥落するのを待つ可能性が高い。
相手は時間を稼げば、昨年同様、元々利害対立のある三者の関係が悪化し、聖征艦隊は退却する。そう考えているはずだ。
「火攻めにしましょうか」
「おお、それはいいな。魔導船なら風向きも潮流も関係ない。斬り込みも退却も自由自在」
「ふむ、では、聖エゼルも……」
自分たちも!! と言いそうになるカトリナをカミラが全力で取り押さえる。
「援護いたしましょう、総長閣下」
「む、そうだな。追撃してくるサラセン海賊どもを返り討ちにするのも面白い」
聖エゼル修道女騎士団の幹部が揃って安心した表情になる。どうやら、先日の『クルナ=アリ』討伐の行動が相当な負担であったようだ。つまり、「もうついていけません!!」ということなのだろう。
出撃は明後日。後衛艦隊であることは変わらないのだが……神国の禿爺とジロラモ公、そして、バス爺代理の『ゴスト・バルバ』からは継続して『独立分遣隊』としてリリアル義勇軍及び、魔導船団は彼女の指揮下に「戦端を開くために尽力してもらいたい」という命令を受けていた。
「カトリナが指揮官じゃなくっていいのかしら」
「大公妃様に責任取らせられないからではないかしら」
侯爵と大公妃なら大公妃のが上の立場になるが、あくまでも『聖エゼル修道女騎士団総長』としての参戦、であり、リリアル義勇軍に協力する立場という位置づけになるのだろう。ニースの聖エゼル海軍も、魔導船以外は後衛艦隊に残り禿爺の指揮下に収まっているので、齟齬はない。
「サラセン軍をおびき出して、早々に決着をつけましょう」
「そうね。いい加減、リリアル学院に戻りたいわよね」
伯姪の言葉が続き、周囲のリリアル生も同意するようにうなずいた。もう、おうちに帰りたいのだ。