作品タイトル不明
第966話 彼女は海賊の大首領の宝袋に期待する
第966話 彼女は海賊の大首領の宝袋に期待する
『クルナ=アリ』とその側近・近衛の海賊は生きたまま捕らえ、海都国本土へと送ることにした。本来、捕らえた海賊の持つ私財は捕えたものが受け取る権利を有することになる。
身に着けていた剣や銃などで、華美なものはそのまま「海賊大首領の装備」として海都国で展示でもしてもらおうと一緒に贈ることにしたが、魔銀を用いた武具など、リリアルでも使い道のある道具は回収することにしている。
「魔法袋が問題なのよね」
「ええ。意地でも中身を渡さなかったのですもの。仕方ないわ」
『クルナ=アリ』は勿論のこと、他の側近たちも収納量の大小はあれども、魔法袋を持っていた。誰でも使えるものではなく、持ち主の魔力を通すことで中身を取り出せる仕様の物。
彼らは、取引の材料にでもするつもりだったのか、中身を明け渡すことを頑として拒んだ。
「死ねば中身が出てくる」
「あー あとは、手元を離れて魔力が補充されないまましばらく経つと中身吐き出しちゃいます!!」
「今は、先生の魔法袋の中に全部収まってんだから、まあ、しばらくすれば全部出ちまうんだろうな」
大抵の魔法袋は、使用者が魔力を継続して注ぎ続けておく必要がある『魔道具』である。収納量が大きければ大きいほど注ぎ込む魔力が多く必要であり、蓄えて置ける期間も相応に長くなる。
『クルナ=アリ』の持っていた魔法袋は、その私的財産すべてが収まっていると言われており、魔力を多く注いでいたと考えられるので、側近たちの魔法袋よりも長く収納されているかもしれない。
「サラセンとの決戦が終わるころには吐き出されると思うわ」
「帰ってからのお楽しみでいいじゃない?」
伯姪的にはお楽しみなのだろうが、彼女の中では開拓費用の足しになればいいという思いと、王家に献上するのに目ぼしいものがあればと考えている。大首領の所持品でそれとわかるものがあれば、彼女を提督代理に任じた王太子の顔も立つだろう。後で、余計なことを言われるのも癪であるからだ。
「あの大首領とゆかいなお仲間は海都で処刑されるのかね」
「どうだろうね」
蒼髪ペアは明るく物騒な話をしている。海都周辺で、「吊るし海賊」は見かけなかったのでどうだろうか。
「『クルナ=アリ』本人は、海都国でしばらく尋問を受けた後、教皇庁送りでしょうね」
伯姪は推測を口にする。以前、サラセン海賊でも政府幹部であったものは虜囚として捕えておき、今回の決戦の終了後のようなタイミングで和平交渉をする際の材料にしていたのだとか。
「じゃあ、魔法袋、しばらく開けられませんね」
「側近たちは処刑されるでしょう? そっちは直ぐ中身ぶちまけられるわよ」
海賊の大首領の財産と、その側近の私財では文字通り桁が違うだろう。金貨何百枚……といった程度に違いない。大首領であれば、何万枚という単位になるだろう。
「寿命もそう長くはなさそうだから、十年は持たないのではないかしら」
『クルナ=アリ』は五十歳前後に見えた。魔力持ちなので少々長生きではあろうが、虜囚生活を考えると二十年くらいの余命だろうか。
「サラセン皇帝に処刑されるかもしれません!!」
「泥酔帝だからありえる」
「あー 俺も泥酔してぇ……でございますお嬢様」
歩人、毎日長時間操舵手をして、心が病んできたらしい。魔力量の多い黒目黒髪や彼女からするとそう負担でもないが、歩人はそれほど魔力量は多くない。土魔術連発ができるのは『加護』の効果で魔力消費が並みの百分の一で済んでいるから可能なだけなのだ。
単純な魔力消費が要求される魔導外輪の駆動には加護の影響がないのでいつも「ギリギリ」まで酷使され……鍛錬を求められている。
「……もう……やぁだああぁぁぁ!!!」
歩人おじさん、ちょっと心が壊れかけている……かもしれない。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
歩人は心を持ち直した。その理由は……
「セバス、この航海が終わって『クルナ=アリ』の魔法袋が開いたなら、あなたに特別報奨金として金貨二十枚を与えることとします」
「まじで」
「ええ」
「……いいのかよ」
「そのくらい、あなたは頑張っているわ」
「くぅぅ……」
感涙にむせぶ歩人。おじさんは怒られても褒められることはないので涙もろい。
金貨二十枚は商人なら年収に相当する金額。特別多くもないが、手当としては少なくもない。妥当だろう。そもそも、歩人は衣食住リリアル持ちで生活しているので、商人の年収相当額をまるまる小遣いとしてもらえるのだ。ウハウハである。
因みに、一期生冒険者組は漏れなく「王国騎士」なので、王国から年間金貨三十枚が支給されている。そのうち半分はリリアル学院に収めてもらい、衣食住と装備その他騎士として必要なものを与えている。孤児では騎士となったとしても、そういった伝手がないので悪いことではない。
だれですか、やりがい搾取とか言っているのは。
今回の遠征、戦闘時以外はずっと船に似っているか馬車に乗っているので運動不足、鍛錬不足になるかとおもうと、そうでもない。
「くぅ。この魔導具、壊れてませんかぁ!!」
「問題ない。魔力操作が雑なだけ」
歩人が主操舵手だが、平時は四時間ごとの三交代で回している。鍛錬代わりに、四時間操舵を握ることも冒険者組にとっては問題ない。それに、宿直というか夜間の見張り担当のうち一人が操舵手を兼ねるので、それも良いのだ。
加えて、海都国で貰ったキュプロス救援の報酬の魔導具。魔装糸紬機と魔導機織機。これも魔力操作の鍛錬となる。
「そんなに沢山いっぺんに魔力が流れないのよこれ」
「魔力持ちの平民の用いる道具ですもの。それはそうでしょう」
魔力量が少ないと言っても、リリアルの薬師組などは騎士団の魔騎士程度には魔力量がある。言い換えれば、学院入学後の鍛錬でそこまで増えたのだ。最初から魔力量が多く、幼少時から魔力による身体強化で「お手伝い」してきた赤毛娘にとっては、少ない魔力を長時間出し続けることが不得手であったりする。
二期生サボア組や灰目藍髪あたりは、おそらくこの魔導具を上手に使うことができるだろう。老土夫に相談し、この魔導具の複製を作れないかどうか打診してみようかと彼女は思う。おそらく、問題なく作れるのではないだろうか。
サボア組が聖エゼル王国騎士団=姉が伯爵位を賜るノーブル伯領の騎士団設立の際には、その魔装製造魔導具を高く売りつけられるのではないかと、皮算用したりする。
「サラセン海賊もこの辺りには現れないでしょうし、暇ね」
「魔導船がうろついていることは既に知られているでしょうし、『クルナ=アリ』の遊撃艦隊が撃滅されたこともすでに伝わっているのだから当然ね」
一漕ぎ手奴隷から成りあがり、総督代理まで上り詰めたサラセン海賊の中での立身出世の旗頭が、十二隻の海賊船を率いていたにもかかわらず僅か二隻の『魔導船』に討伐された話は、海都国の船乗りを中心に速やかに噂として広められている。
サラセン艦隊との決戦前に、味方の士気を高め敵の士気を落とす良い話題となるだろうからだ。『クルナ=アリ』の海賊船団は、実質、サラセン海軍の先遣艦隊であり、海都国の海上連絡線を破壊する部隊でもあったのだから、ただの海賊船団討伐とは意味が異なる。
また、『クルナ=アリ』から、編成されるサラセン艦隊の内容も聞き出せるだろう。凡その戦力は海都国の情報網から導き出されるものの、指揮する人物の人となり、考え方などは参考にしたい情報であろう。
「お酒でも飲ませれば口が軽くなると思います!!」
「サラセン教徒は酒を飲むのは禁忌なのよ」
「じゃ、こっそりまじぇまじぇしちゃえばいいと思います!!」
「飲んだことがないから、わからない」
『クルナ=アリ』は少年時代は法国で過ごした法国人の水夫の息子。なので、ワインのようなものを飲んだことがなくとも見知っているのでそれは難しいかもしれない。
「あれ、方便らしいわよ」
伯姪曰く、熱い場所でアルコールを飲むと体調を崩したり、最悪死を招く可能性もあるので禁止にしているのだとか。実際、公には販売していなくとも、ひそかに入手し嗜んでいる者は少なくないという。
「略奪品の中にワインがあったら、そりゃ飲んじゃうだろ?」
「もったいないもんね」
「酒を飲むのではなく、胃の中に捨てるだけ」
宗教は人を救うものであって、人を縛るものではない。なので、これはそういう理屈でOK!! としているかもしれない。御神子教徒の場合、修道士も一日ワインボトル一本分は支給されるのだ。ワインは御神子の血に例えられることもある。なので、異教徒であるサラセンは飲まないのかもしれないが。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「明日にはメッサーラに着くわね」
「どれだけ待たされるのかしら」
海都国になるべくダメージを与えたい神国からすれば、昨年同様時間稼ぎをして出撃を遅らせサラセンとの決戦を行わないように振舞うだろう。だがしかし、そうはさせない。もういい加減、彼女はリリアル領に帰りたいのだ。おうちに帰りたいのだ!!
今だに春の陽気なのだが、夏前にはサラセンと決戦を済ませて、王国へ帰還したい。キュプロス救援、前衛の遊撃船団も撃滅したので、二隻の……実質一隻の義勇海軍としては十分すぎる戦果だと言える。もういいだろ?
『てか、王弟が出陣するんだから、あの国だと、いろいろ儀式めいた出陣式を沢山やりそうだ。それと、西内海にある自国領にも立ち寄って、一々その地の副王だの貴族の歓待を受けるんじゃねぇか』
先代神国国王こと、無駄デカ王と若いころから法国戦争を挟んで戦い続け、晩年は馬に乗れなくなるほど体を酷使した帝国皇帝と異なり、今の神国国王は王宮に引きこもっている。軍を率いて遠征などすることはなく、高位貴族の総司令官任せである。ネデルにすら足を運ばない。
そう考えると、神国国王を王に頂く十を超える諸領地は、王族であり若き英雄と称えられるジロラモ公を歓待して、王家の威信を示したいだろう。諸領地は神国の領地ではなく、それぞれが小王国であったものが王家の血筋が絶えた結果、神国国王を王に仰ぎ、その元で議会や副王府を持って統治している。その大半が領内で完結しており、ネデル以外は神国国王に納税すらしていない。納税の義務はあるのだが、いろいろごねて支払わないのだ。その割に、サラセン海賊討伐を強請ってくるので、神国本土の負担でその討伐を行っている。
世界に冠たる神国であると看板を掲げているので、「いや、臣下の義務果たしてないから無理」とは断れない。サラセン海賊討伐を拒否すれば、神国の看板に傷がつくということだ。
「ゆっくりと進軍することで、サラセン海賊に対する示威行為を狙っているのかもしれません」
「魔導船があれば、蹴散らしながら進軍できそうですけどね!!」
「無い袖は振れない」
珍しく茶目栗毛が意見を述べるが、赤毛娘は相変わらずである。魔導船が欲しい? 一昨日きやがれ!!
そもそも神国は潜在敵。先王の時代から覇権争いを行う相手ですらある。ミアンに攻め寄せたアンデッドの大群もそうだが、ギュイス領に西大山脈を越えて攻め寄せたこともある。
とはいえ、海都国同様、神国貴族をはじめ庶民も魔力持ちは少ないのは自然環境からしても自明のこと。北部の山岳地帯の他は海に面した地域以外の大半は荒野のような場所であり、そこには精霊が少ない。加護や祝福もないので、魔力持ちが育ちにくい。新大陸に向かったり、多数の兵士で武装させた軍を運用するのも、魔力持ちの少なさを補う為でもあるのだろう。
「二ヶ月くらい待たされるかもね」
「えー」
伯姪の予想は二ヶ月の遅刻。二時間でもなく、二日でも二週間でもない。季節が変わるほどの遅刻とは遅刻といってよいのだろうか。昨年の遅参と戦意の低さは教皇庁にも伝わっており、『海の聖征』を豪語する教皇猊下は大変ご立腹だと伝わっている。
神国宮廷に、教皇猊下の詰問特使が派遣されたとも聞く。今回、多少の遅参はあったとしても、神国国王の体面を考えるとジロラモ公はサラセンと戦って見せねばならないだろう。
「一度、リリアルに戻れるかしらね」
「……ダメでしょ」
「ダメです!!」
「ダメ」
彼女の本心の吐露に、伯姪、赤毛娘、赤目銀髪が即座に否と答える。そもそも、リリアル学院やリリアル領で仕事をするのが大好きな彼女が、ちょっとだけ帰ってすぐ戻ろうとはならないはずだ。往復でひと月弱、滞在にひと月程度可能だとして、「じゃあ行きましょう」とはならないだろう。
「諦めて、メッサーラ観光でもしましょう」
伯姪の提案に彼女も「それはそれでよいかもしれない」と考える。リリアル領には港はないものの、河川港を持つ「コーヌ」の使用権を貰えることになっている。リリアル領ではないのだが、それなりに手を加えることができる。いや、リリアルで手を加えることを前提に、使用権を譲渡するのが王太子の腹積もりだろう。
「メッサーラは、面白いわよ。御神子教徒とサラセンの文化が入り混じった不思議な土地だから。見て回るのにはいろいろあるって聞いたわ」
伯姪もメッサーラを訪れるのは初めてのようだが、この港の話はニースの船乗りや聖エゼル海軍の騎士たちに聞いて興味を持っていたようである。
「確か、聖母大聖堂も有名みたいね」
「王都とどっちが大きいんですかね?」
赤毛娘の疑問に、赤目銀髪が答える。
「王都の大聖堂は普通」
「普通ってなんだよ」
普通ってなんだろうね? 王都の大聖堂が最も大きいということはない。そもそも、あまり巨大な構造物を作ろうとすると、崩れたり倒れたりするのだ。どこかの斜塔が崩れないのは『神の奇跡』にあたかもしれない。
リリアル一行は、いつになるかわからない出撃を待つべく、メッサーラ港に入港するのであった。