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第960話 彼女は国営造船工廠を見学する

第960話 彼女は国営造船工廠を見学する

謁見の間。一段高くなった場所には、海都国の元首であるアルヴィ何某。海都国の元首は市民の選挙により選ばれる終身職。古の帝国における執政官職に相当するとされる。

その左右に、『十人委員会』に属する海都国の交換が並ぶ。さほど広い場所ではないが、その内装は謁見の間に相応しい彫刻と壁画で飾られている。

元首アルヴィは一段高い位置から降り立つと、カトリナを迎えるべく前へと進み声を発する。

「ようこそギュイス公女にしてサボア大公国大公妃殿下。海都国を代表し歓迎の意を示させていただきます」

「こちらこそ。歴史ある海都を訪れる機会をいただき、深く感謝する」

海都国は『貴族』と称される高位高官を輩出する富貴の家柄はあるものの、実際は市民による共和政治の形態をとる国。古の帝国が皇帝を得る以前の政体に似ている。他国の王族に対しては一段控えた態度をとったと言えるだろうか。

「そして、海都国の国難を救っていただいた、アリックス・ド・リリアル侯爵閣下。我らが市民を代表し、故国深く感謝の意を示す次第です」

カトリナに対する外交儀礼的挨拶に際し、彼女に対しては仲間の窮地を救ってくれた恩人に対する感謝を示している。周囲の高官たちも同様に彼女に対し最敬礼で感謝を示している。

「我らリリアル王国義勇軍は、キュプロス島の危機を耳にし、できうることを為しただけに過ぎません」

「いいえ。十万のサラセン軍に包囲された都市へと入城し、食料に鉄や火薬、回復薬を運び込んでいただき、包囲軍に夜襲を仕掛けては後退させ、さらに、城壁の修理と魔物の襲撃を討伐していただきました。それは、誰もが叶うことではありません。そのおかげで、我々は同胞を救う時間を得ることができました」

あのままでは、おそらく対サラセン艦隊が編成され、敵を打ち破ったとしてもマグスタを救済するには間に合わなかったのだろう。しかしながら、彼女らの救援物資搬入と攻囲軍への攻撃、破損した城壁の補修・補強によりこの秋まで、持久が叶うこととなった。

まだ間に合う、戦う意味があると、海都国は国内一丸となって奮起しているのだという。

「感謝の気持ち確かに受け取りました」

「はは、それだけで十分ではありますまい。我らの気持ちが済みません」

商人の感覚からすると、依頼を受け対価を払った上に、感謝の気持ちを示したのだ。彼女にとっては十分だと考えているのだが。

「リリアル閣下には、王家の許しを得た上になりますが、海都国名誉元老院議員の称号と、毎年年金を支払わせていただくことを考えております」

貴族が複数の国の爵位を持つということはないではない。例えば、サボア大公家は『聖王国王位』の他、いくつかの伯爵位を有している。そのいくつかは帝国に属するものであったりする。

貴族の存在しない海都国においては、『名誉元老院議員』がそれに値するのだろう。

「大変名誉に思います。ですが……」

「元老院議員としての免税特権や、海都国の様々な国家的施設へのアクセスが可能となります」

「……王家の許可が得られるならば、大変ありがたく受け取りたいと思います」

彼女の同意を得たということで、その場の高位高官から拍手が為される。

「それでは、場を改めて食事などしながらお話をいたしましょう」

堅苦しい挨拶はここまでと、元首アルヴィは話を切り上げ、二人を別室へと案内するのであった。

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「ギデオン!! 久しいな!!」

「……バステニア殿。ご無沙汰しております」

「貴様も、変わらぬようでなによりだな、わはは!!」

謁見室から退出し、一度与えられた客室へと移動。そこで衣服を改め晩餐へと向かった。出席するのは彼女と伯姪、駄犬殿下とジジマッチョ。そして、海都国元首以下高官の皆さんなのだが、先ほどの謁見室にはいなかった巨躯の老人がそこにはいた。

彼女たちに元首は『海都国海軍総司令官』として、その巨躯の老人を紹介した。元首閣下が、賢者を思わせる学者肌の老人であったのに対し、総司令官はジジマッチョよりさらに一回り大きな体を持つ『海の漢完成型』であった。

そして、ジジマッチョが驚きを示すなか、ずかずかと近寄りバシバシと肩を叩いて大声で挨拶し始めた。国賓である大公妃殿下を迎えた元首主催の晩餐会のはずなのだが、そこだけが下町の居酒屋の空気となっている。カトリナや彼女は騎士や冒険者も経験しているので違和感はないのだが、普通の貴族女性なら泣き出してもおかしくない『ジジマッチョ²』な絵図らである。

総司令官というよりは大海賊首領といった雰囲気の爺。

「二人は旧知の仲であったな。大公殿下、侯爵閣下、彼は今回のサラセン討伐において海都国総司令官を務める『バステア・ニエル』という」

すると、紹介されたバステニア……バス爺がこちらをジロリと目を向ける。

「リリアル候、それとニアス卿。キュプロス援助に感謝する。そして、大公妃殿下、相まみえたこと光栄に存ずる」

こちらに態を向けると胸に手を当て、貴族風の挨拶を返してくる。カトリナ

への挨拶より、彼女と伯姪の感謝の言葉を優先したあたり、このご老人が

何よりキュプロスを救いたかったのだと彼女は理解する。

「俺たちみたいな年寄りが、真っ先に死んでやらないとな。がははは」

そして、今回の遠征で本人は死ぬ気で戦うようだ。同意を求められたジジマッチョは「死ぬのはバステア殿だけにしてもらいたい」と反論している。

晩餐はバステアが話題の中心となり、今回の遠征艦隊の編成について大いに自信を持っているという内容で語られていく。海都国は常に大量の船舶を保有し、その損耗に耐えうるだけの新造船を建造し続けている。

昨年の空振りに終わった遠征艦隊は、帰還時に荒天に襲われかなりの損害を受けたにも関わらず、わずか半年で元の戦力に戻すことができている。

その秘密は、海都国の誇る『国営造船工廠』の存在にある。

それは、ただの造船所ではなく、海都国の国力の源泉の一つであり、巨大な軍事機密の集合体とされている。常時二千人が雇用されており、戦時下である現在は三千人にまで増員が為されている。

そこで行われているのは新造船の建造だけではなく、装備する武器弾薬の開発と製造、帆を除く艤装用具一式が製造されているという。工廠職員は軍属に相当し、非常時には海都の慰安維持や疫病発生時において工廠を避難所として用いることもあるとか。

「海都の精神を具現化したような場所なのだ。がははは!!」

「「「……」」」

そう考えると、リリアルの精神を具現化した場所……射撃演習場(的は吸血鬼達磨)かもしれない。

彼女と伯姪が興味深そうに聞き入り、その中でカトリナが不意に「見てみたいものだな」などと口にする。

「国賓待遇とはいえ、軍事機密の塊なのだから。部外者は立ち入り禁止でしょう」

彼女が窘めると、元首閣下がそれを否定する。

「リリアル侯爵は我が国の名誉元老院議員。その訪問ということであれば、工廠の皆も大いに喜ぶでしょう」

「確かにな。キュプロスの聖女と呼ばれる卿が工廠を訪れてくれるならば、一段と士気が上がるだろう。天を突く程にな。がははは!!」

総司令官閣下まで彼女の国営造船工廠訪問を進めてくる始末。

「よろしいのでしょうか」

「勿論。むしろ、こちらからお願いしたく」

「私も問題ないのだな」

駄犬殿下が仲間外れにされるのではないかと、慌てて自身の訪問も確認する。国賓なんだから、それっぽくしてもらいたい。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

翌日、自ら案内人に立候補した艦隊総司令官バステア・ニエルに先導され、カトリナとリリアル一行は『国営造船工廠』へと足を運んでいた。

「この工廠全体が一個の要塞のようなものなのだ。がははは」

笑う要素がどこにあるのかはわからないが、海都の一角に防御壁で覆われた国営工廠が存在しており、外部から入り込むことは至難の業といえるだろう。そもそもが海に囲まれた島に存在し、他の市街地と城壁で隔たれているのだから堅牢この上ない。

その敷地は実に五キロ四方にも及ぶ。都市といっても良い規模ではないだろうか。

国営造船工廠で出迎えてくれたのは『工廠総監』と呼ばれる責任者で、海軍提督に比する人物であった。実際、近衛兵の存在しない海都において、非常時の戦力となる工廠員を指揮する工廠総監にはそうした権限が付与されている。

「アリックス・ド・リリアル名誉元老院議員閣下、並びにリリアル義勇軍の皆様。ようこそ、海都国営造船工廠へ。我ら工廠員一同、歓迎いたします」

就業時間中にも拘らず、正門周辺には多くの工廠員が彼女たち一行を歓迎するため集まっていた。因みに、工廠の就業時間は日之出から日没までとなっているので、この時間は一休みするための時間なのかもしれない。

とはいえ、就業最低日数は月に十二日、月曜から土曜の午前までが就業日であり、土曜の昼が給料日となり、日曜日は休業日となっている。休みなく働くのは生産性が低下するということで、日曜は戦中でも必ず休むことになっている。

「考えさせられるわね」

『リリアルは休みねぇもんな』

曜日も関係なく仕事をしている彼女たちである。常在戦場、リリアルに休みはない!! とはいえ、今は若いものしかいないから為せることであり、領地運営が安定する数年後には、日曜は『祈る日』として仕事を休むようしっかり管理するべきかと思う。休みなく働くのは事故や怪我の元なのだ。

「すごい広いです!!」

「船がたくさん」

赤毛娘と赤目銀髪は終始、周りをきょろきょろせわしなく見回している。

「この工廠は、聖征初期の時代に建設された産業団地が元になっております」

海都国の発展の歴史において、聖征は欠かせない事業となっている。海都国から東に海岸沿いに向かい、やがてクロス島、キュプロス島そしてカナンの地へと至る。今は失われた聖王国に向かう多くの人々は、陸路で海都国へと至り、船に乗った。あるいは、法国を南下し、メッサーラあたりから帆船で直接向かう航路も存在したとか。

「ここには、『工廠連隊』の宿舎が設けられ、海軍の修理施設も併設され二度の拡張ののち、今の規模になっているのです」

船渠はその都度拡大され、現在では毎日一隻のペースで進水・竣工しているのだとか。想像以上に海都国の造船能力は桁違いに大きいのだと彼女は理解する。

数年かけて水に馴染ませた北法国産の木材を使い、また、様々な船具、小型船でも一万五千、大型船ならその十倍もの金具を用いて建造されることから、大規模な木材加工工房・鍛冶工房も備わっている。

「とても見学しきれないわ」

「ふははは!! 当然であろうな。ニースはこれほどの規模の造船所はあるまいギデオンよ」

「持てない……でしょうな。この十分の一の規模でも十分ですから」

年間三百六十隻を建造する国営造船工廠、流れ作業で船体の建造から艤装まで行い次々と進水させ完成しだい、東内海沿岸の海都国の衛星港湾都市へと試験航海に向かうことになる。

実際、戦争の際は船と最低限の乗員だけ乗せ出航し、途中で戦闘員や食料品などは先の港湾都市で収容して戦地に向かうのだとか。船の建造だけでなく、戦闘準備も流れ作業なのだ。

「徐々に工房を増やし、この中で完結するまでに二百年近くかけております」

「「「「二百年……」」」」

「国策事業故な。大聖堂の建築と同じようなものだな」

確かに、大聖堂の完成には長期時間がかかる。が、それは、諸々の不備や予算不足で工期が伸びてしまっているからであって、この巨大な工廠とは訳がちがうだろう。

「領都ブレリアにもこうした一画が欲しいわね」

「どこと戦うつもりなのよ、あの場所で」

戦うための武器を製造するわけではない。王国では、魔力持ちが相対的に多い。孤児の中にもそれなりにいるくらいなのだ。今は王家とリリアルでしか扱っていない魔導馬車や魔導外輪船、あるいはその発展型としての魔導外輪車の生産・製造を拡大するのであれば、この『国営造船工廠』の必要な職人を一つ所に集め集中生産するという形は良い考え方だ。

不具合の修正や新たな工夫も同じ場所で製造・生産がおこなわれているのあれば、速やかになされることになる。意思の疎通も製造計画も擦り合わせ容易だ。加えて、情報秘匿にも有利となる。

王都や既に発展している都市内にこうした一貫製造の『工廠』を新たに作ることは困難であるし、そもそも、元からある職人組合や商人組合から横槍も入るだろう。

「魔装に関しても、同じ工廠内で生産する方がいいわ」

魔装布・魔装糸・魔装縄は魔導外輪や魔導馬車の素材として使われており、その製造は今のところリリアルで内製しているものに限られている。これも、魔力持ちがいなければ成立しないので、囲い込むにしても人の採用教育から考えねばならない。

そんなことを考えながら案内を受けていると、工廠総監がとある工房へと足を進めていく。

「クロス島総監とのお約束の品がこちらにご用意してあります」

金貨による報酬のほかに、彼女が求めたもの。それは、魔装糸が紡げ、魔装布が織れる魔導紡績機・織機。

「これは……」

「魔力を通し、足踏みすることで手で紡ぐより素早く魔装糸が紡げ、こちらは魔導具の織機です」

人力では60㎝幅でしか織れない布を魔導具化した織機を用いることで180㎝の幅で織ることができるのだという。これが引き渡される理由は、海都国では、この織機で十分な時間織り続けられる魔力持ちの職人が揃えられないからということであった。