作品タイトル不明
第七章 艦隊集結 第959話 彼女は海都国元首と謁見に向かう
第959話 彼女は海都国元首と謁見に向かう
「素晴らしい眺めだ!!」
『聖フローチェ号』のメインマストに登り、海都への海路を満喫する駄犬大公妃。どうやら、ボルドゥあたりから出るギュイエ公爵配下の船に乗せてもらい、ルーンや旧都などまで船旅をしたことがあるのだそうだが、当然、公女らしく振舞わねばならず、それは近衛騎士となっても同様。
今回のサラセン討伐行は、そうした制約もなく、見とがめるのは侍女のカミラくらいのもの。つまり、駄犬の首輪が外れたようなものだ。
「魔熱球のことは伏せておきましょう」
「それは絶対ね。たぶん、一日降りてこないわよ」
『聖ブレリア』には魔導騎士の整備工房の試作一式が、『聖フローチェ』には索敵用の魔熱球が搭載されている。今のところ気が付いていないようだが、知れば間違いなく乗りたがるだろう。
サラセンにはもちろんのこと、海都国をはじめ、連合艦隊側にもできるだけ伏せておきたい秘密兵器。見ればほしくなり、なんやかんやと強請られる事が目に見えている。構造は単純だが、魔装布を相応に使用し、また、魔熱球を維持するために相応の魔力か魔力を込めた魔水晶・魔石が必要となる。それも含めて用意するのは、相当にコストがかかる。また、魔装騎士の支援船に偵察用の魔熱球を乗せることで、敵の機動に即した対応が速やかに可能となることも容易に想像できる。
拠点配置型と魔導支援船による機動配置型の組み合わせで、さらに柔軟な防衛作戦が可能となるのだ。相応の見返りがなければ、技術提供を含めて開示するようなものではない。
「おお、海都が見えるぞ!!」
「リリ、帆柱の上にいる駄犬殿下に、そろそろ降りて相応しい振る舞いをするよう話してちょうだい」
『うん、いってくる!! おーい だけーん!!』
「「「あっ」」」
ピクシーのリリは三四歳くらいの理解力なので、言われたことを素直に対応します。誉め言葉も陰口も一切忖度なし。
「だ、だけんじゃないもん!! 大公妃だもん!!」
『だけんたいこうひ?』
はい、妖精の前でも、人が傷つくようなことを話すのはやめましょう。
海都国にはサボア大公から先ぶれが為されている。『聖ヨハネス号』にはサボア大公と聖エゼル十字の紋章を入れた旗を掲揚、『聖フローチェ号』にはリリアルの紋章を掲揚している。
「水先案内が近づいてきたわね」
海都国は大小数百の島と、その島に面する海岸一帯の法国の東部を領地としている。海都は、東内海に面する海岸線を岬と自然堤防により区切られた細長い湾の中にある干潟を埋め立てた『本島』を中心に発展した商業都市といえるだろう。
自然堤防の間にできる水路を通り、浅い湾の中にある比較的水深のある水路を選び進んでいくことになる。
水先案内人が先行する『聖ヨハネス号』に乗り込むのが見て取れる。サボアの紋章を掲げているのだから、当然、大公の関係者が乗っていると思ってそちらに乗船したのだろうが、残念、駄犬殿下は後ろの船でした!!
「こちらには来ないな」
先行する船について来いということだろう。彼女は歩人に命令する。
「微速前進、前の船についていきなさい」
「び、微速前進!!」
人がゆっくり散歩する程度の速度でゆるゆると前進を開始。魔導船を初めて見たのであろう、水先案内人を乗せてきた小型ガレー船が慌てて航路を開ける。速度的には、後をついてくることになるだろうか。
「大丈夫!! 浅瀬に乗り上げても、収納しちゃえば問題ないよ!!」
「魔法袋に収納できるのがばれるのは問題」
知っていても、できるわけではない。そもそも、船一隻、いや彼女の場合二隻以上収納できるのは、有り余る魔力で拡張する魔法袋を有しているからである。それだけの魔力持ちを海都国が得ることは難しいし、魔力拡張型の魔法袋を用意することもまた難しい。
「うわぁ、すごい船の数です!!」
「沢山生っている」
『ふねの木でもあるのかもー』
船が生る木なんてあるわけありません。ピクシーには少々難しいようです。
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「おいらも上陸したいよな」
操舵手ビト=セバス上陸を希望。しかし、『聖ヨハネス号』の習熟も一段落し、アシスタントの仕事を終えた年長組四人衆が戻ってきてそうそう、歩人の言葉をピシャリと否定する。
「セバスさん、操舵手といえば、船長の次に偉い人なんですよ」
「そ、そうか」
いつもこき使われているとしか思っていない歩人からすると、「操舵手の俺、偉い」と速やかに脳内変換される。
「それで、船長格である院長・副院長先生が、上陸するとなると、その次に偉いセバスさんは上陸できないわけです」
「責任者ですから」
「な、なるほど。責任があるから、船からは降りられないよな。そりゃそうだ」
「ですです」
自分の三分一ほどしか生きていない少年少女に言いくるめられる歩人。
「騎士の皆さんは大公妃殿下・侯爵閣下の護衛です。国賓なんですから冒険者みたいに二三人でプラっといけません」
「数を揃えないと、義勇軍とはいえ舐められますから」
「舐められるのは良くねぇよな。おいらもそれはわかる」
終始、学院でも舐められキャラである歩人は、その辺り切実に理解できる。心にすっと入ってくるのだ。人生、舐められたらあかん。
「あっちの船も、操舵手の修道女騎士さんは待機ですね」
「それはそうだな。すぐに船を動かせるやつがいなきゃだめだもんな」
こうして、少年少女になぜ残らなければならないかしっかり理解させられ、自負と責任感をもって操舵手・ビト=セバスは船に残るのであった。
「元首官邸にご招待とは驚いたわ」
「サボアの大公妃様を招くのだから当然じゃない?」
実質寡頭制・貴族の合議制により選ばれた元首とはいえ、格とすれば国王に相当する。大公妃を迎えるには、その格に合わせて元首が応対するのは当然だろう。
「キュプロス救援のお礼もしたいでしょうしね」
「それにかこつけて、念押しかもしれないわ」
今回のサラセン海軍討伐は海都国の国運が掛かっている。王国でいえば、賢明王や勝利王が百年戦争で命運を掛けた戦いに挑むことに似ている。この一戦に敗れれば、穏やかに衰退していくことになる。キュプロスから始まり、クロス島の外、東内海に残っている拠点港湾都市もサラセンに奪われ船を持っていても、それを運んでいく先を失うことになる。
サラセンに勝利し、その後、おそらくはサラセンと海都国は手打ちをする。最大の顧客であるサラセン皇都とその宮廷は、海都いまだ侮りがたしとなり、また商売相手となるだろう。これは、教皇庁も神国も納得できないだろうが、サラセンと戦い続けるメリットが海都国にはないのだから仕方がない。
そんな話を伯姪とすると、伯姪は納得する。
「ゼノビアだって、神国の風下に立つ以前は、内海南岸のサラセン諸侯と貿易していたのだから、それはそうよね」
サラセン諸侯は神国南部に残っていたサラセン諸侯国とともに、ゼノビアは西内海の貿易相手として大いに儲けていた。ところが、神国から追い出された様々なサラセン人が南岸へと流入し、元々の支配層を武力で追い払いあるいは殺してその地位を奪った。その上、自分たちの正当性を担保するために、サラセン皇帝の代官・総督となり、独立した穏健派のサラセン南岸諸侯国は一転、海賊の一大拠点となったわけだ。
「サラセンを一時的に、何年か何十年か押しとどめるための戦いね」
「それでも、十年の平和は、百年の戦争に勝るでしょ?」
「そうね。十年後……」
心の中で、彼女は「絶対母になってやる」と叫ぶのであった。
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元首宮から差し向けられた二台の豪華な馬車は、サボア大公妃とリリアル侯爵一行を乗せ、再び元首宮に戻ってきていた。
王都の旧王宮のように、元首の居城でありながら裁判所・行政諸庁がそこにはあり、隣接する敷地には巨大な聖堂が建っている。王都大聖堂と並びたつ今は裁判所と騎士団本部となっている旧王宮にそれも似ている。
「サボアの大公宮殿も素晴らしかったのだけれど」
「ここもすごいわね。これは真似したくなると思うわ」
百年戦争の頃から建つ城塞を王宮として過ごしていた先王・無駄にでかい戦争と城館と女が大好きなおっさんが、法国に何度も戦争を仕掛け、その地の建築家を招いて法国風の城館をいくつもたてさせた理由は、その地を自分の住処にしたいという欲望からであったのだろう。
占領できないなら、自分の領地に建ててしまえというところだ。
華都のリカルド宮が、外見は古帝国風、中身は豪華絢爛といった作りであったのに対し、海都の元首宮はサラセン風のアーチ柱を組み合わせたエキゾチックな外観をしている。お得意様に「うちも気に入ってるんですよあなたのところの文物は」と建築で語っているような不思議な建物でもある。
サラセンかぶれの建物が大聖堂の横に建っていることに違和感や疑問を感じないのは、王国の感じているサラセンが遠い異国の話であるのに対し、海都では身近な隣人であるからだろう。サボア領からわずか三日の距離にある国でさえ、ここまで異なるのだ。
「あまり深くかかわらないようにしましょう」
「そうね。サラセン相手に商売を成立させるような海千山千の商売人に私たちがかなうわけないものね」
今回、侯爵として訪問するわけで、国外においては全権大使に相当する権限を与えられている海軍提督……代理でもある。
「お礼は受け取る、賛辞にも甘んじましょう。けれど」
「詳しいことは本国に持ち帰って検討させていただきます……ね」
「その通りよ。何も決めないわ」
彼女の何気ない同意を「王国の決定」と解釈されては堪らない。
元首宮は海を背にしたコの字型の建物であり、海側から見ると四角い建物のように見えるのだが、中庭の正面には礼拝堂というには巨大な聖堂が建っている。海都の守護聖人とされる、伝道者聖マルク。その名を冠した聖マルク聖堂が建っている。
聖堂の向こう側には『聖マルク広場』があり、その周囲には海都国政府の官庁が立ち並んでいるという。
「商人街も見てみたかったわね」
「次の機会にしましょう」
海都には、様々な出身地別の『商人街』が存在している。ラビ人、ガレ人、スキア人、アルバ人、ルメニ人などだ。加えて、『商館』を有しているのが帝国・サラセン・パルティアとなる。
「サラセン人の街も残しているのね」
「商売に宗教は関係ないのかもね」
利害が一致するなら異教徒とでも取引する。そういうスタンスでなければ海都国は大きくななかったことは理解できる。ここからずっと東、カナンの地の手前にあるキュプロスまでの海上を抑え、その周辺に多数の港湾都市を支配している強大な国なのだから。
馬車が停止する。先頭の馬車に乗っている大公妃主従が下車し、出迎えに揃う海都人の貴族たちから大いに歓迎を受けているのが見て取れる。
「今のうちに、あの後ろに並びましょうか」
「……あなたも歓迎を受けなければね、海軍総督代理の侯爵閣下」
社交は面倒にしか思えない彼女からすれば、どうでもいいので、おつきの従者のようにカトリナの後ろに並んでやり過ごしたいのだが、そうもいかないらしい。
「王国侯爵である、アリックス・ド・リリアル閣下、海都国一同、閣下と旗下の皆様のキュプロスへの御助力、深く感謝申し上げます!!」
カトリナの時の一般的な王族への歓迎とは異なり、彼女と伯姪への礼は、感謝の意を込めた最敬礼。長い時間頭を下げられ、キュプロスの地が海都国にとってどれほどの価値を持つのか、同胞を守りたいという意思の強さをはっきりと理解できる。
彼女と伯姪は何も言葉を返さず、礼を正したのちの出迎えた人たちに目礼を返すのみ。リリアルにとっては依頼を達成しただけのこと。それに、十分見返りは頂いている。感謝の気持ちは受け取ったと。
カトリナ一行とともに、元首との謁見の間へと案内される。公式の訪問であるから、公式の場であいさつする必要があるのだろう。
『随分と豪華絢爛な内装だな』
『魔剣』が思わず口にするほどの彫刻に壁画。金色に装飾された額縁のような彫刻の奥に、様々な聖典の場面や神話の類の絵が、鮮やかな彩色で描かれている。
「法国戦争に駆り立てられた気持ちが少しだけわかるわ」
『金では買えないと思わせるからな』
誰もが描けるわけでも、彫刻できるわけでもない。一人の職人が描ける規模には限界がある。有名な画家や彫刻家であれば多くの弟子や徒弟をを持つ工房をもち、そこで大規模な建築物などを手掛けるのだろうが、十年単位で時間がかかる。つまり、この作品を作った作者は、その生涯で数えられる程度しか手掛けられないのだ。
「人を育てるところから考えると、王国ではまだまだ時間がかかるのでしょうね」
と思いつつも、彼女はリリアル領にはそれ以前の未開の状態を脱するところから始めなければならない。村も畑も街も街道も整備の途中。人もそれほど住んではいない。リリアル領で一万人くらい住め不自由なく暮らせる程度の仕事を与えなければならない。
「こんなもの飾りよね」
「けど、偉い人にはそれも大事なの」
彼女は内心、偉くならなくていいのだけれどと思う。が、もう、そうも言えない立場にある。