作品タイトル不明
第956話 彼女は御座船をサボアに運ぶ
第956話 彼女は御座船をサボアに運ぶ
噂によると、神国国王は王太子殿下からの手紙を受け取ると激高、王弟ジロラモに「必ずサラセン艦隊を撃滅せよ」と欧命を下したという。
よく考えると、王太子の武名を高める戦場には三度とも彼女とリリアル勢が存在した。タラスクス討伐、ミアン防衛戦、ヌーベ征伐。加えて、ネデルで神国国王とその配下である総督軍とオラン公軍が戦ったのち、彼女を介して王太子殿下とオラン公が面識を得ている。王国を通過し、無事いずこかへと再起を図るため立ち去った際も手助けした。
神国もその辺りは把握しており、文句を言って来たようだが「オランの地はそもそも王国の領内にある。その地の貴族を名乗るものが王国に立ち入ることを認めるのは吝かではない」と返答している。
そんなことより、ミアンにやってきたアンデッドはネデル領から現れたと推定されている。この件に対しては「知らん」という返答であったので、それでお相子といったところだろうか。
ジロラモ以下、神国艦隊の編成が順調になされそうで何よりである。
「そろそろ学院に帰りたいわね」
「そうね。この辺はそろそろ熱くなるものね」
日差しが強くなり、そろそろメッサーラに向け艦隊に加わる軍船が集まり始める時期となる。
「儂らは、その前に、サボアに御座船を運ばねばならん」
ジジマッチョが彼女にそう告げる。
「サボアも聖王同盟艦隊に参加する故、魔導船を先に届けてもらいたいのじゃ」
と老土夫は彼女に「依頼」として話をしてくる。
サボア側との話では、聖エゼル海軍を引退した船乗り=ジジマッチョ団が教導としてサボアの魔導船に乗り、指導をするという。つまり、ジジマッチョたちはサボアに何人か向かうということになる。
「そうですか」
「アリーよ。『聖ブレリア号』は聖エゼル海軍の魔導船と一緒にメッサーラに向かわせるとして、『聖フローチェ号』と御座船をだな……」
彼女の魔法袋には二隻の魔導船が収容可能。そして、最初から単独で航行させるのは不安が残る。ということで、僚船に『聖フローチェ号』とリリアル冒険者組&操舵手歩人+監視員三期生年長組を向かわせてほしいということである。
「大公妃殿もアリーとの再会を楽しみにしておるじゃろ」
ギュイエ公女カトリナは、成婚式はいまだ行われていないものの、既に大公妃として広くサボアで受け入れられていると聞く。どうやら、「魔導船に乗ってサラセン討伐に大公の代理として向かうぞ」と宮廷で宣言して大盛り上がりらしい。竜殺しの大公妃として、周囲の期待も大きいのだとか。虎に翼といったところだろうか。
別行動となる『聖ブレリア号』組、心配でないとは言えないが、少なくともそこには『ドゥリス男爵』となった灰目藍髪と魔導騎士がいる。少年少女が大半の部隊だが、聖エゼル海軍と同航するのであるから、問題も起こらないと信じている。
彼女と伯姪、冒険者組と歩人監視団、加えてジジマッチョ団の半数がサボアへと向かう。今回は、魔導船の引き渡しを兼ねた王国侯爵の訪問ということもあり、いつもの冒険者風では具合が悪いとのこと。
大公宮殿を素通りするわけにもいかず、加えて挨拶抜きにともいかない。故に、リリアルの魔導箱馬車に彼女と伯姪、護衛のリリアル騎士、その後ろには魔装荷馬車に歩人監視団を乗せて、ニース騎士団の一小隊を護衛にして向かうことになる。
残念ながら川を遡行してとなると、海都国経由で大回りとなることもあり、今回は陸路の馬車行である。
「さて、近道で行こうかの」
ジジマッチョの言う「近道」とは、その昔法国戦争において、王国軍がニースから当時帝国に属していたサボア公領に侵入した『ピエモン街道』を用いた経路である。
当時、ミラン公が死去した隙をついて王国軍が北法国に侵攻したのだが、サボアからトレノに至る主街道からの侵入を警戒していた帝国・サボア公軍の背後にピエモン街道経由で大軍を投入。トレノを陥落させ、一気に優位に立ったとされる。
結果、トレノを返還する代わりにサボア公国は王国に帰順するという条件で講和が成立。それ以来、サボアは王国の属国という関係になっている。
「感じが悪いのではないのでしょうか、御爺様」
伯姪があまり良い印象のない移動経路で、大公が気分を害するのではないかと心配するのだが。
「儂らにとってはそうかもしれぬが、今の大公が赤子の頃の話よ。まあ、年寄はムカッとするやもしれんが、今は味方なのじゃから問題あるまい」
がははと笑ってすますジジマッチョ。そういうところが良くないと思う。今となっては、サボアが帝国側につくメリットがない。経済的なつながりを王国と強めつつあることを考えると、王国に加え、海都国にも対サラセンで貸を作り、王国と海都国の間で上手く立ち回り利を得た方が良いだろう。
「なぜ、馬車を降りて歩くんですか!!」
赤毛娘は不満を口にするが、表情はにこにこしている。そう、この通称『塩の道』と呼ばれるピエモン街道は、2000mの高さの峠を越える道であり、馬はともかく、馬車を挽いて登れる道ではないのだ。
「少しは整備しておるのだがな」
「……」
そもそも、塩漬けの魚をニースやゼノビアの街から買って徒歩でサボア領に持ち込むいわゆる抜け道のような街道。塩には税金がかかるが、塩漬けにした魚には税がかからないという庶民の知恵を生かすための回廊なのだ。馬車なんて便利なものはゼノビア領内の平地を経由して多少大回りになるがサボア領へと向かうのだ。馬車なんだから、そっちにしておけばいいのに。
「この街道があるから、儂らニースとサボアは繋がっておるといえるのだ」
ジジマッチョの言いたいことは理解できるが、そういうことはリリアル生ではなくニースの民に聞かせてあげてほしい。
大山脈に連なる尾根を越え、あとは下るだけ。
しかしながら、馬車は上るより下る方が気を遣う。勢いが付き過ぎれば止まれなくなるからだ。なのでやはり、急坂が終わるまでは騎乗と徒歩で続くことになる。
「車輪の回転を減速させる機構が欲しいわね」
「魔導外輪の後進させる技術を使ったりできないかしらね」
車輪を動かしているわけではない魔導馬車にはない機構。それを追加するのは小型化やコストも考えると時間がかかりそうだ。が、自動で走ることができれば、馬なしの馬車……『車』ができるのだろうか。
「馬なしの馬車はただの車です!!」
「馬車-馬=車。正解」
そういうことではない。
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ニースからトレノまでの距離は150㎞ほど。魔装馬車ならば一日で到着できる程度の距離なのだが、峠を徒歩で越えたこともあり、峠越えの前後でそれぞれ一泊した結果、三日かかってトレノ宮に到着した。
「相変わらず豪華じゃな」
ジジマッチョが呟いたのは、古の帝国時代から改築され続け、いまや原型を留めていないほど建て増し装飾されているとか。
「王都城塞に少し似ているわね」
「そうかしら」
「じゃあ、これみたいに両側に塔を追加しましょう!!」
「いらない」
そもそも、周囲に濠をほどこしているので、そんな余地はない。
街壁で囲まれた古代都市にある四方に設けられた街門の一辺を利用し、その背後にロの字型の城塞を追加したもので、聖征の時代において時のトレノ伯が自衛のための居城として改築したものが今の城門楼の原型となっている。
「城塞に住むのはどうかと思うわ」
「ブレリアの城塞はいいんですか!!」
「……あれしかないのだから、仕方がないのよ」
まともな住民ゼロ、都市や街・村もゼロ。百年戦争時代に遺棄された古い城塞跡くらいしかないのだから許してください。
「そのうち、城塞の麓に城館を建てればいいのよ。ニースもそんな感じで城塞だけではなくなっているからね」
「三世代くらい後になる」
「……頑張るわ」
今の学院は、元は王の狩猟用の城館であるものの、王妃殿下に譲られた時点で王妃の別邸に相応しい程度に内装を改装されているので貴族の城館としては十分すぎる格を有している。その後、兎を飼育している試作の人造岩石塔や増築された木造の使用人棟などがついかされ、やや格落ちしているのだが。
常在戦場の心意気で、今時、石造りの城塞に住み続けたくはないのだ。
リリアルの紋章入りの馬車で大公宮殿の正面まで乗り付ける。副伯では不可能であったが、王国海軍帝国代理兼侯爵となった彼女の身分ならば、それも可能となる。世知辛い。
「リリアル侯爵閣下御到着!!」
衛兵長らしきおじさんが大きく声を張り、彼女たち一行の来訪を知らせる。既に出迎えの使用人や大公の侍従らが彼女を出迎えているのだが。その真ん中に仁王立ちする赤髪長身の美女。
大きく胸を反らすように張り、何故か腰に手を当てている。大変偉そうである。
「久しぶりだなアリー、いや、アリックス・ド・リリアル侯爵」
「……何をしているのかしら、ギュイエ公女殿下」
「ふははは!! 友が訪問してくれたのだ。歓迎の意を示すためには私自ら出迎えるのが当然だろう」
そう言い放つカトリナの背後で、ギュイエ時代からの専属侍女であろうカミラが申し訳なさそうに頭を下げる。目で「問題ない」と問い返す。
「あらあら、私のことは歓迎していないのね」
「拗ねるなよ我が友。いや、ニアス卿」
「今まで通り、メイでいいわ!! そうでないと」
「そうでないと?」
一拍おいて伯姪が厳かに騎士の礼をする。
「妃殿下とお呼びいたします」
「それはやめてくれ!!」
サボア大公妃殿下であるのだから何も問題ないが、旧知の仲で改められるのはいやなのだそうだ。相変わらずの我儘公女殿下である。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
騎士服姿に見慣れていた二人は、ドレス姿のカトリナを揶揄う。
「そのドレス似合っているわね」
「うむそうか。これも、大公妃らしく見せるための道具だ。騎士の剣と何も変わらぬ。好きで来ているわけではないが、似合っていて何よりだ」
好むと好まざるとにかかわらず、大公妃として皆に奉られなければならない身としては、自分の嗜好は二の次であり、必要だから身に着けているということなのだろう。
「流石に朝の鍛錬の時には、騎士の稽古着に着替えているがな」
「……なぜ、大公妃殿下が鍛錬をしているのかしら」
「よくぞ聞いてくれた!! それは、私が、聖エゼル修道女騎士団の総長職を賜っているあからだよ!!」
そういえば、どこぞの女王陛下も国王故に青帯騎士団の総長を務めていると聞くし、先日会った『聖ステフ騎士団』の総長は華都大公が代々世襲する役職であると聞いた。
これが、聖エゼル騎士団であれば、大公殿下が総長となったのであろうが、『修道女騎士団』の総長に男性が付くのはおかしいとなる。女子修道院の院長が男性であるということだからだ。おそらく、この話を持ち込んだのは彼女の姉であり、聖エゼル修道女騎士団を立ち上げる際にカトリナの総長就任を念頭にしていたのだろう。サボア大公よりも、カトリナの方が話が通しやすい。そして面白い。
「そういえば、アイネ殿はご壮健か」
「今は産休中で安定期よ。秋くらいには生まれるのではないかしら」
「そうか」
「つい最近は、魔装馬車でノーブルの村まで弾丸行していたけどね」
「はは、相変わらず動き回られているのだな」
そう。人妻になっても、母親になってもフットワークの軽さは健在。落ち着きがないともいう。
彼女と伯姪、そしてジジマッチョは大公妃夫妻との晩餐に招かれている。
「侯爵、先日は王太子殿下とヌーベ領の征伐に参加されたと聞く。是非その話を伺いたい」
「おお、そうだな。確か、また竜を討伐したんじゃろ?」
ジジマッチョは「儂も参加するんだった!!」などと非常に残念そうなのだが、いたら絶対おいしいところを持ってこうとしたに違いない。
「竜ではありませんわ御爺様」
「ええ。毒蛇王という、巨大な毒蛇の魔物です」
「石になるやつかアリー」
カトリナの言う通り、「石になる」のではなく、石になったかのように体が硬直する毒を放つといったところだ。動けなくなった獲物を生きたまま丸のみにする大蛇に相応しい能力だと言えるだろうか。
そして、魔導船とキュプロス救援の話。サラセン討伐のための聖王同盟艦隊への参加。サボアは元々、保有するガレー船を参加させる予定であったが、新たに魔導船を受け取り、そのまま習熟航海兼、遠征参加へと持ち込むつもりなのだとか。
「総長だからな、私も行くぞアリー」
「大公殿下、よろしいのでしょうか」
彼女がそう問いかけると、やれやれといった表情を作りながら頷いて見せる。
「我が夫は出来た人物なのだ。これで、海都国に貸を作れれば、サボアのためにもなる。良いことづくめだな」
魔導船に乗りたくて仕方のないカトリナはそういって可かと笑った。