軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第76話 片田舎のおっさん、飯屋に入る

キネラさんから一通りの説明を受け、魔術師学院を後にする。

入ってきた門を逆から潜れば、日は東の空から幾分高くなっており、もうしばらくすればお昼時になるであろう時間帯である。

昼飯はどこで食べようかなと、そんなことを考えながらの移動となった。

「ミュイはちゃんと理解出来たかい?」

「ふん、馬鹿にすんな」

隣を歩くミュイと一言二言会話を交わす。

魔術師学院で説明された内容としては、そのほとんどが基本的なことであった。

学院の成り立ちや授業の全体的なカリキュラムなどを中心に、学院に併設されている寮について部屋割りや門限等、規則的な部分の説明を受けた。

ちなみに、入寮に関しては強制ではないらしい。

魔術師学院はこのバルトレーンにしかないから、首都圏外などの遠方から通うのが難しい学生のために開かれている側面が強いようで、近場に住んでいる人は別に自宅から通ってもいいそうだ。

ただやはり、魔術師の卵となると親御さんも身辺については慎重になるらしく、結果的に入寮を希望する人の方が多いんだとか。

ルーシーは寮があるから問題ないと言っていたが、それならちゃんとそういうところも説明しておいてくれたまえよ。あの人本当に動き出しが速いのはいいんだが、ところどころが絶妙に雑な気がする。

「とりあえず、どこかで昼飯でも食べようか」

「ん」

今日はとりあえず説明を受けるのと挨拶が中心ということで、実際に魔術師学院にミュイが通うのは来週からということになった。

まあ受け入れにもそれなりに時間はかかるだろうし、その期間は妥当とも言える。

「けど、よかったのかい?」

「……何がだよ」

昼前の時間帯、もともと中央区や西区に比べてやや閑散としている北区を二人で歩きながら、言葉を零す。

質問を飛ばされたミュイの反応はなんというか、少しぎこちないものだった。

「寮に入らなくても」

「……別に。家からだって通えるし」

そう。

ミュイは魔術師学院への入寮を断っていたのである。

確かに強制ではない説明は受けたし、納得はしている。ただ、大体の子が入寮を選ぶということは、やっぱりそれだけ魔術師学院での生活自体を重要視しているということだ。

ミュイだってそんなに遠くないとは言えど、家から毎日通うよりは寮に入った方が時間の節約にもなるし、授業にだって集中しやすいはず。

それに寮に入れば衣食住のうち、食と住は保証される。

まあ住に関しては家でもさして変わらないだろうが、食の問題が手軽に解決されるのは、割と見逃せないポイントではあると思う。

一緒に住むことになった以上、家事は分担することになるだろう。

勿論俺だって、幼い子に全てを押し付ける気は毛頭ないが、それでもミュイが家事をまったくやらないってのはちょっと不自然だ。多少は協力してもらうことになる。

加えて通学の時間だって馬鹿にならない。俺は騎士団庁舎への通勤も運動の一環と捉えているから、多少歩く分には問題ないが、ミュイくらいの年齢ならそういう無駄ともいえる時間は省きたいのが普通だと思うんだが。

「……なんだよ。なんか問題あるのかよ」

「ああいや、ミュイがいいならいいんだけどね」

そんな気持ちでミュイの顔を眺めていたら、ちょっと怒ったような声。

確かにミュイの言う通り、問題があるわけではないしなあ。俺だって誰かと住むのが初めてってわけじゃないから、共同生活自体はどうにかなるだろう。ミュイだってお姉さんと二人で過ごしていたはずだし。

しかし、寮という選択肢が目の前にありながら、あえて俺と一緒に居る選択を取ったのは、どうにもむず痒いというかなんというか。

ただまあ、それを眼前の少女に問い詰めたとして詮無いことか。俺ももともと一緒に暮らす前提でこの家を貰ったってのもあるし、それならそれで上手いことやっていこう。

「……オッサンこそいいのかよ」

「ん? 何が?」

「その……今日もあったんだろ、仕事とか」

なんだ、そんなことか。

無論、無断欠勤なんて愚行は犯していない。この歳になれば、周囲からの信用を築くのは大変で、崩れるのは一瞬だってことくらい理解しているつもりだ。

だからちゃんと、アリューシアには話を通している。この家を譲ってもらったことや、ミュイと一緒に住むことになったこと、その経緯も含めて全部。

話をした時、一瞬全ての感情が抜け落ちたかのような貌になっていたが、深くは気にしないこととする。

「心配ないよ。ちゃんと予定は調整してある」

「……ならいいけど」

それに、別に毎日出勤するのが義務でもないしね。

当初の予定では俺はビデン村から定期的に通う予定だったから、そこまでギチギチにスケジュールを向こうから積まれたわけじゃない。おやじ殿に実家を追い出されて特にやることがなかったから、俺が勝手に毎日顔を出していただけである。

「だから、今日は休み。ミュイのこれからの方が大事さ」

「……ふん」

ちょっとクサい台詞だっただろうか。またしてもミュイにそっぽを向かれてしまった。

ただまあ、今日のことが落ち着いたら庁舎に顔は出しておこうかなとは考えている。俺もなんだかんだで毎日剣を振る生活が板についているから、素振りくらいはやっておきたいしね。

「そういえばお昼だけどさ、ミュイは何か食べたいものとかある?」

「……別に。なんでも」

中央区行きの乗合馬車に再度乗りながら希望を募ってみるが、やはり返答はぱっとしないものであった。

前からそうだが、ミュイは自分の好みというか我が儘というか。そういうものをほとんど発揮しない。

それが育まれた感性なのか、俺に遠慮しているところからきているのか、それは分からない。多分前者じゃないかな、とも思う。食料を選り好み出来る生活はしていなかっただろうし。

ただ俺も、贅沢三昧というわけにはいかないが、それなりの収入と貯蓄を持っている以上、ミュイに平均以下の生活をさせるつもりはなかった。

年相応の我が儘くらい聞いてもいいんだぞ、ということを何とかして伝えたいところなんだが、かといってそれを素直に伝えてうんと頷く性格でもなかろう。ここら辺は一緒に生活していく中で、少しずつ彼女の意識改革を行っていく他ない。

「それじゃあ、適当に飯屋に入るとしようか」

「ん」

ガタゴトと揺れる馬車の中で、中央区で降りたら何となく目に入ったところに入ろうと決める。こういうのは下手に思い悩む時間も勿体ないからね。

それに、過度に選ばない前提であれば、バルトレーンは飯屋が豊富だ。それが街の中心である中央区であれば尚更のこと。

それだけ人の数が多く、また繁盛しているということだろう。毎回思うことだが、あらゆる面から見て俺が住んでいたビデン村とは大違いである。

程なくして、馬車が中央区へと辿り着く。

料金を払って馬車の外に出れば、朝来た時とはまた違った喧騒が街を囲んでいた。

「……お、あそこにしようか」

「……どこでもいい」

バルトレーンは、行政の区画整理が行き届いた大都市だ。規則正しく石畳の道が続く中、これまた等間隔に、様々な店が顔を覗かせる。今は丁度お昼時ということもあって、そこかしこの店から活気のいい声が聞こえてくる。

その中で、ふと目についた食事処の旗。あれはシャルキュトリか。

いいね。俺も腸詰なんかは好みだし、今日のお昼はここで済ませるとしよう。

「お邪魔しますよっと」

「いらっしゃいませー!」

店の扉を開けると、気前の好い店員の声。

お昼時という時間もあって、そこそこの客が入っているようだ。二人ならまだなんとか座れそうかな。

「……ん? 先生?」

「うん?」

さてどこに座ろうかな、ミュイも居ることだし、大テーブルでの相席は出来れば避けたいな、なんて考えていたところ。

既に席についていた一人の女性から声を掛けられる。

「スレナじゃないか、奇遇だね」

そこに居たのは、冒険者ギルドに属するブラックランクの最高位冒険者、スレナ・リサンデラ。

俺たちが店に入る時より少し前にこの店に入っていたらしい。彼女は今まさに、腸詰に齧り付かんとしているところであった。

「私と相席でよければですが、座られますか?」

「ああ、それは助かるよ。ありがとう」

見知らぬ人と食卓を囲むよりも当然、見知った人と囲む方が飯も進むというものだ。彼女の申し出はありがたく受けるとしよう。

「…………あの、先生。その子は……?」

「……あー」

その言葉とともに、俺に向けていた視線をミュイへと移すスレナ。

しまったな。彼女には会う機会もなかったから、ミュイのことや家のことを伝えていなかった。

さて、どうしたもんか。

とは言っても、素直に伝える他ないんだけれども。