軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第75話 片田舎のおっさん、案内される

「やはり、広いですねえ」

「ええ、入学したての学生は時々迷われたりもしますから」

キネラさんに案内され、魔術師学院の学舎を歩く。

今は一階を歩いているが、この建物何階建てなんだろうな。少なくとも四階以上はありそうだ。一階一階の大きさもさることながら、これが上にも連なっているとなると、そりゃあ迷う学生さんも出てくるだろうというものである。

「ミュイも早く慣れないとね」

「……大丈夫、だと思う……多分……」

見慣れない景色と広さに、きょろきょろと視線を泳がせているミュイ。強気な言葉は出てきているものの、その語気は弱めだ。

まあ彼女に限らず、この規模の建物の全景を一日で覚えるのはまず無理がある。俺だって覚えきる自信はない。単純に外に出ることは可能だろうが、どこに何があるかを把握するにはここは些か広すぎる。

「キネラ先生、おはようございます!」

「はい、おはようございます」

時々廊下ですれ違う学生と、キネラさんは挨拶を交わす。

俺はと言えば、とりあえずの会釈をするにとどまっている。だって俺の立場でどう対応すればいいのか、いまいちよく分からないからね。ちなみにミュイは気まずそうに視線を逸らしたり俯いたりである。

大丈夫かな。この調子で友達とか無事に出来るんだろうか。おじさんちょっと心配。

「しかし皆さん、礼儀正しい子たちですね」

ただまあ、学生一人ひとりの立ち居振る舞いはしっかりとしたものだ。キネラさんだけでなく、ちゃんと俺たちにも挨拶と会釈をしてくれる。

権威も歴史もある学院だからかな。その辺りの教育もちゃんとしているのかもしれない。

ちなみに通っている学生たちだが、あくまでぱっと見た感じだけで述べると、年齢はミュイより小さい子も居れば、明らかに年上っぽい子まで様々といった感じ。その才能がいつ開花するか分からない魔術師の卵が相手では、年齢なんて何の基準にもならないんだろうな。

そういう意味では、ミュイはまだ馴染めそうではあった。年齢や性別が固まっていると、外様はどうしても入り込みづらいものだからね。

「国を代表する魔術師になるかもしれない子たちですから。その辺りの教育もカリキュラムに組み込まれております」

「なるほど」

やっぱりそういう教育もあるんだなと頷く。

まあそれはある種当たり前の話で、レベリオ騎士団と魔術師団はレベリス王国を代表する組織だ。騎士団は腕っぷしが重視されるところもあるが、魔法師団はそれ以上に素養が見られる、ということだな。

いや、騎士団も腕っぷしだけでは入れない組織ではあるのだが。

「そういえば、ミュイさんはもう魔法専攻は定まっていますか?」

「魔法、専攻?」

なんだそれは。おじさん初めて聞きました。

ルーシーもそんな言葉は使っていなかった。ミュイもなんじゃそれ、みたいな顔でキネラさんを見ている。

「あら、すみません。ええと、魔法には大別して幾つかの体系がありまして。大抵の方は得意系統と不得意系統を持っていますから」

「へえ、そういうものがあるんですね」

やはり魔法は一種の学問に近い気がする。ある程度体系化されているということは、つまりそういうことだ。

「……アタシは、炎しか出せない」

「それでしたら、ミュイさんは攻性魔法への適性が高いのかもしれませんね」

「攻性魔法?」

どんどん知らない単語が出てくるぞ。

書類上とはいえ魔術師学院に通う子を持つ身として、魔法に無知なのはもしかしたらダメなのかもしれない。またルーシーに教えてもらおうかな。いやでも彼女は彼女で忙しい身だろうし、どこかで時間を見つけて基本だけでも習っておくのがいいのだろうか。

「失礼かもしれませんが、ベリルさん、魔法の方は?」

「ああいや、お恥ずかしい限りですがからっきしでして。この通り、私は剣の方が得意なもので」

キネラさんの問いかけに対し、腰に差した鞘を拳で叩く。

今更ではあるんだが、俺の特別指南役とかいう肩書は外交的にどこまで意味を持つんだろうね。

国王御璽付きの任命書がある以上、ただ内部的にぶち込んだって話でもないと思うのだが、そこら辺他人に語ることがなかったから、いまいち勝手がよく分からん。

「なるほど。いえ、すみません、私こそ不躾な質問でした。魔法の才はどこで花開くか分かりませんからね」

「いえいえ、お気になさらず」

まるで俺みたいなおっさんにもまだチャンスはある、みたいな言い方だ。今更魔法の才能が開花してもそれはそれでちょっと困るし、そもそも俺に魔法の才能はまったくもってないからなあ。

俺は気楽に剣の道を楽しめればそれだけで十分なのである。

「魔術師学院にも剣魔法科というものがありますが、使い手は正直あまり多くありません。今後増えてくれるといいな、なんて思っています」

「ほう、剣魔法ですか」

剣魔法の使い手と言えば真っ先にフィッセルが思い浮かぶ。というかそれ以外知らんのだが。やっぱり使い手としてはそんなに多くはないようだ。

「フィッセルさん……ああ、この学院の卒業生なんですけど、非常に優秀な方も居られたのですが」

「へえ、やっぱりフィッセルは優秀だったんですね」

こんなところで元弟子の名を聞くことになるとはなあ。なんだか感慨深い気持ちになる。

「あれ、えっと……フィッセルさんとお知り合いですか?」

そんな俺の感想に、キネラさんがちょっと意外そうな声色を紡いだ。

「ええ、彼女に剣を教えたのは恥ずかしながら私なので……」

「あら、まあ……!」

おや、なんだかキネラさんのテンションが見るからに上がったぞ。

「それは、あの……大変失礼を」

「いえいえいえいえ、気になさらないでください。何も失礼なんて感じていませんから」

と思ったらめちゃくちゃ縮こまられた。

ええ……これどういう反応が正解だったんだ。分からん。

「フィッセルさんの剣魔法はとても流麗で……よい師に巡り合えたんだなと思っていたんです」

「ははは……恐縮です……」

魔術師学院の教員にここまで言わせるとは、やっぱりフィッセルはとんでもないことをしているような気がする。普段はぽけーっとしてるのにな。人は見た目によらないものである。

そしてその余波を何故か俺が食っている。何か恥ずかしくなってきた。

「そ、それより、魔法の体系の話が気になりますね」

なんかキネラさんの俺を見る目があまりよろしくない方向に曲がりそうだったので、ちょっと慌てて元の話題に戻す。

弟子たちにヨイショされるのには少しずつ慣れてきた……いや嘘吐いたわ。今でも慣れないけど、まったく知らん人に誉めそやされるのはマジで身体がちくちくする。嬉しいよりも恥ずかしい感情がどうしても勝ってしまうからな。

「ああ、すみません、体系の話でしたね。魔法には大別して、攻性魔法、防性魔法、回復魔法、強化魔法、生活魔法の五体系があります。複数に跨る魔法もあれば、どれにも分類されない魔法もありますけれど」

「ふむ……」

魔法にもやっぱり色々とあるんだなあ。となると、ミュイは炎を出せるのだし、攻性魔法が得意ということになるのかな。

しかしそれら全部をひっくるめても、この国で魔術として体系化している魔法は全体の一割にも満たない、とはルーシーの言だ。つくづく底の見えない学術である。

「ただ、最初は知識面も踏まえて、全ての魔法の基礎を習います。専門性を追求するのはもうちょっと後からですね」

キネラさんの説明が続く。

初対面の時から思ったが、この人丁寧だなあ。誰に対しても人当たりよく、また親切である。世の中こういう人ばかりであれば随分平和になるんだろうな、と詮無いことを考えてしまうくらいには出来ている人のように思えた。

「着きました、こちらが職員室となります。転入に関する書類などはお持ちですか?」

そうやって、魔法や学院についてちょこちょこと情報を聞きながらしばらく歩いていると、どうやら学院の教師たちが集まっている部屋に着いたらしい。

転入に関する書類かあ。確かに書き上げた記憶はあるが、そこらへんルーシーに預けっぱなしなんだよな。

「案内ありがとうございます。書類に関してはルーシー……ああ、学院長に直接お渡ししておりまして」

「なるほど、そうでしたか」

書き上げた書類はそのままルーシーが持っていったから、魔術師学院の方にも通じていると思いたい。まさか忘れてるってことはないだろう。

「ではそちらは後ほど確認させて頂きます。入校と入寮に関しての説明がありますので、ミュイさんはこちらへ。ベリルさんはどうされますか?」

「うーん……」

これ一応俺も聞いておいた方がいいのかな。入校はまだしも入寮に関しては、ミュイが聞いておけば問題ない話題のような気もするが。

「一般的には、親御さんも聞かれることが多いですよ。やはり我が子を預けるとなると、気が気でない方もいらっしゃいますので」

「じゃあ聞いておきます」

じゃあ聞いとこ。確かに気にならんといえば嘘になるしな。決して俺が親馬鹿であるとかそういう話ではなく。

あとついでに、俺とミュイの姓が違うことも伝えておいた方がいいのだろうか。いやそれこそ書類見れば分かることなんだが、ここら辺の事情を誰にどこまで話しておくべきか、というのは地味に迷う。

「……別に一人でも分かるのに」

「ははは、まあ俺も気になるしね」

ミュイは俺が引っ付いてくることがどうにも恥ずかしい様子だが、俺は嘘は吐いていないので不問とします。

「ふふっ」

「? どうかされました?」

俺とミュイのやり取りを聞いて、キネラさんが小さく笑いを漏らす。

何だろう、さっきのやり取りにそんな笑うところがあっただろうか。せいぜいミュイが可愛いくらいだと思うんだけど。

「いえ、普段は"俺"なんですね、と思いまして」

「……あー、いや、お恥ずかしい……」

うわー、地味に恥ずかしいやつだこれ。頑張って余所行きの自分を作ってはいたのだが、やっぱり多少繕ったくらいじゃ駄目だな。容易くメッキが剥がれてしまった。

「では、お入りください。諸々の説明がございますので」

「あ、はい。ほら、ミュイも行くよ」

「うるせえ。分かってるよ」

話題の転換も兼ねてミュイに催促を飛ばすと、つっけんどんな答え。

ただ、そんなミュイを見てもキネラさんは何も言わなかった。ちょっと気性が強いだけの子に映っていると俺としても嬉しい。ミュイは言葉こそキツいが、別に性根がキツいわけではないからね。そこら辺分かってくれるとありがたい。

しかし色んなことがあったとはいえ、まさか俺が魔術師学院の敷居を跨ぐとはなあ。世の中本当に何が起こるか分からんものである。

中に入れば、教師と思われる人たちの多数の視線がこちらに向くが、皆慣れているようでその視線はすぐに外された。

奇異の目で見られないってのは地味に助かる。こちとらバルトレーンに来てから、慣れない視線の連続だったからな。主にアリューシアやスレナやルーシーのせいなんだが。

「では、お掛けください」

勧められて、部屋の端にある応接スペースのようなところへ案内される。

豪奢というほどではないが、しっかりしたつくりのソファにミュイとともに腰を下ろす。そこそこの座り心地である。やはり備品一つとっても、質を感じさせるね。

さて、それじゃ真面目に話を聞くとするか。ミュイの今後が関わっているわけだしね。