作品タイトル不明
301(後)・植物学者、ヴォラック・ラッカ
「いやいや、どーもどーも! はじめまして、ヴォラック先生! 私、キルシュ先生の友人で、『亜神』のルークと申します! 現在はリーデルハイン家のペットとトマティ商会の社長を兼任しておりまして、ラッカ家の皆様にもたいへんお世話になっております! お会いできて光栄です!」
大講堂を広く見下ろす三階部分。貴賓専用の、個室のボックス席へと導かれたヴォラックは、かわいい猫ちゃんからそんなちゃんとしたご挨拶を受けていた。
実のところ⋯⋯案内をしてくれたリルフィという魔導師を一目みた時から、違和感はあったのだ。
(おや? この娘さん、上位精霊からの祝福を得ているのか⋯⋯?)
はっきりとはわからない。しかし、ヴォラックも縁あって称号を持つ身なので⋯⋯精霊に祝福された者同士は、なんとなくわかる。匂い、気配よりももっと曖昧な⋯⋯それこそ『印象』というか、『錯覚』と紙一重の認識ではあるのだが、引っかかるものはある。
彼女に「スイール様も後ほど、こちらに合流されますので⋯⋯」と導かれ、貴賓席へと続く階段を上っている間も、何やらざわざわと奇妙な感覚はあった。
気のせいだろうか⋯⋯これから向かう先に、大量の「称号持ち」が集まっているような変な予感がしたのだ。
そして扉が開いてみれば、内部にはしっかりと防音の結界が張られており、真正面で出迎えてくれた少女の腕にはキジトラ柄の猫が抱えられていた。
元気に肉球を掲げて、早速のご挨拶が冒頭の「いやいや、どーもどーも!」である。
この時点で、ヴォラックはもういろいろと察してしまった。
周囲の面々は一癖も二癖もありそうな美男美女。
見知った面影のある顔(ポルカとマズルカ)もいたし、大半は制服姿の学生ながら⋯⋯明らかにおかしな軍服姿の青年(オズワルド)と、奇妙な民族衣装の娘(ヘンリエッタ)もいた。この二人は飛び抜けてヤバい。
あとはメイド(アイシャ)もどう見てもメイドには見えないし、額に逆三角形の刺青をいれた青年(ダンケルガ)はそもそも人間かどうかも怪しいし⋯⋯なにより妻のメルーサまでもが、奥の方からにこにこと笑顔で小さく手を振っている。もうそっち側? たぶんこれ、娘のソラネもとっくにグルだな?
(あっ、これは⋯⋯ 息子(キルシュ) が何かに巻き込まれたな!)
そこまで察してしまえば、ヴォラックは乗っかるだけである。
息子にも常々、「もしも旅先で、超常の上位存在と遭遇した時にはどう対応するべきか」と、その心構えを説いてきた。
精霊、魔族や神獣、亜神が実在するこの世界において、それは決して無駄な想定ではない。今こそフィールドワークで培った持ち前の愛嬌と対応力を発揮するべき時である。
「これはどうもご丁寧に! まさか猫様から直にご挨拶いただけるとは、たいへん恐縮です。 私(わたくし) 、キルシュの父親で植物学者の『ヴォラック・ラッカ』と申します。不肖の息子が、ご迷惑などおかけしていなければよいのですが⋯⋯」
跪いて視線の高さをあわせつつ一礼すると、少女に抱かれた猫が前足を左右に振った。肉球がとても愛らしい。
「いえいえ、とんでもない! キルシュ先生のことはたいへん頼りにさせていただいてます。お父様のお噂もかねがねうかがっておりまして、植物学者としては超一流、またその研究を通じて害虫駆除や病害への対応などにもお詳しく、加えて地方の珍しい農産物や郷土料理にも深い知見を持つ稀代の賢人と⋯⋯私も以前から、ぜひその教えを請いたいと願っていたのです!」
⋯⋯⋯⋯⋯⋯本当に亜神かな、これ?
まとう空気感が「めちゃくちゃ待遇の良い神パトロン」と一緒な気がする。研究者にとっては実際どっちも「神」ではあるのだが、この猫はたぶんガチの『亜神』なのでパトロンではない。
⋯⋯いや、パトロンの語源は「父親」らしいし、父なる神は人類にとってのパトロンみたいなものともいえるかもしれない。じゃあパトロンでいいのでは? ヴォラックは訝しんだ。
その後、貴賓席にいる面々にも一通り自己紹介をしてもらい、ヴォラックも概ね状況を把握した。
この猫はペットである。
ネルク王国の貴族が、上位存在をペットにしている。おそろしい。不敬を通り越してコメディとしか思えないが、当の猫がそれを是としているようなので何も言えない。
何故か妻までもが「ルークちゃんはいつも丁寧にご挨拶できてえらいねー」などと楽しそうに亜神の喉を撫でている。しかも亜神はゴロゴロいっている。神との距離感がエグい。
飼い主のクラリスという少女は、子供にしてはやや神々しすぎる感はあったが、一応は普通の人間だった。
魔導師ではなく、魔族でもなく、精霊や神獣の類でもない。普通の⋯⋯ごく普通の、『神を従えた』人間である。
⋯⋯古い神話には時折、こうした神と人とをつなぐ巫女的存在の関与が示唆されている。
「神とは何か」という命題に対し、それらの神話では「人の願いを叶えてくれる上位存在」と定義づけられる。
空を飛びたいと願った者には翼が与えられ、その子孫は有翼人となった。
狐を神聖視していた部族がそれに近い姿形を望んだ結果、黒狐人、白狐人が生まれた。
一部地域の森に棲むエルフなども、神に長命を願い、その身を精霊に近づけた結果、森から出られなくなったと言われる。いや、「出る」こと自体は可能なのだが、森から出た時点でその加護が失われ長命種ではなくなり、寿命も大幅に縮むらしい。
こうした亜人種の多くは、「神々からの祝福」、あるいは「加護」によって、その身を変化させたと言われている。
ただし、これらはあくまで「成功例」であり⋯⋯失敗例もある。それらはただの神罰、あるいは「人間側に神々からの寵愛を賜る資格がなかったのだ」などとまことしやかに神話は語る。
実際のところはあまりに謎が多く、神学者達の間でも意見は分かれがちである。
また、亜神の多くは人型だが、真なる神は異形だといわれる。
ここでいう異形とは「生物としてちょっとおかしい」レベルであり、目玉がたくさんあるとか手がたくさんあるとか触手が生えているとかマグマの中で生きているとかなんかいっぱい増えるとか⋯⋯つまり神々しさよりは禍々しさを連想させる容姿のことであり、「猫」はたぶん該当しない。
本獣も「自分は亜神」だと言っているから、この言は信じてもよかろうと思う。
そして異形とされる真なる神々の中でも、人類に有害と思われるものは『邪神』という扱いで各地に封印されている。
一説には、これらの神々は決して「真なる神」などではなく⋯⋯「まるで神のような力を持っている」ものの、実際には「人とは次元が違うレベルの高位生物」なのではないかとも言われている。
つまるところ、「異世界から来たすごく強いへんないきものたち」を、愚かな人類が勝手に「あれは神々だ!」と勘違いしているだけなのではないか⋯⋯とする学説である。
この世界、ちゃんと調べるとそもそも厄ネタが多いのだ。
流れでヴォラックが挨拶をした中にも、その厄ネタの有名どころが混ざっていた。
初見で「ヤバそう」と感じた二人⋯⋯こちらは魔族の当主格で、バルジオ家のオズワルド、ラスタール家のヘンリエッタと名乗った。
年齢は二百歳から三百歳前後のはずで、魔王のような最古参クラスの魔族ではないが、充分に恐ろしい。
この二人に聴講されながら平然と講義をやり切ったスイールの強心臓にも、改めて感心してしまう。
そしてもう一人。
すごく気になる相手がいた。
にこやかに挨拶をしてきた地味な黒髪の青年なのだが、精霊とも人間とも違い、どこか作り物じみた気配がある。
「やあ、私はダンケルガ。この体は仮初めの傀儡で、本体は木だ。好奇心からルーク様の事業を手伝っている。よしなに」
⋯⋯ダンケルガ。本体が木?
⋯⋯⋯⋯⋯⋯賢樹ダンケルガ?
それは植物学者にとって伝説の⋯⋯あるいは 垂涎(すいぜん) の未知なる研究対象であり、樹齢千年を超えると言われる謎多き大樹の名である。
実在すら疑わしいが、なにせ本体が魔族の領地にあるため、余人は近づくことすらできない。周囲の魔物も強いので単独で山を越えるのは難しく、かといって部隊を率いて侵入すれば、魔族から「敵対行為」とみなされ粛清される。
どのみちホルト皇国からでは遠すぎて、今生で目にする機会などなかろうと諦めていたのだが⋯⋯
努めて平静を装い、ヴォラックは「お会いできて大変光栄です。どうぞよろしく!」と友好的に握手をかわした。
手を握ってみて確信する。
手触り、体温も人間そのもので、普通の者にはわからないだろうが、ヴォラックは「植物」のことならわかってしまうのだ。
このダンケルガの身は、筋肉を模した繊維質や骨を再現した木材など、植物素材で構成された魔道具⋯⋯極めて精巧に作り上げられた、まるで人間そのものの魔導人形である。体温もおそらく、動力源を兼ねた琥珀による副産物だろう。
魔導人形、いわゆる「労役用・警護用のゴーレム」を目指した研究は各国で行われているが、その到達点、もしくは目標とされているのが『神話におけるダンケルガ』の傀儡である。
ヴォラックはまったくの畑違いだが、こんな縁を特定分野の研究者達に知られれば「紹介してくれ!」と懇願される。そんなことで亜神その他の不興を買う気はないから、絶対に他人には漏らせない。
ヴォラック・ラッカは息子のキルシュと違って魔導師ではない。フィールドワークが大好きな、ただの植物学者である。
ただ、若い頃に旅先でとある花園を再生させた際⋯⋯その地にいた精霊から感謝され、『花園の再生者』という称号を得た。
この称号によって植物を鑑定する能力が補強され、他の精霊を知覚できるようにもなり、さらにこれが縁となって『地精霊の祝福』をも得た。
ゆえに彼は、上位存在との距離感、付き合い方も多少は心得ているし、そこそこの確率で『見分ける』こともできる。
息子を経由してつながったこの奇妙な縁に、ヴォラックは内心で小躍りしつつ、それぞれのメンバーとしっかり握手をかわしていくのだった。