作品タイトル不明
迫る影 ④
「ラフィーヌ様だな。お前の曾お婆様はカレリーヌ様の実妹だったんだぞ。いい加減、覚えろ」
「あっ。はい」
お母様にジロリと睨まれはしたけど、形勢不利を察したルナリアの即時撤退が功を奏したのか、いつものように頭を鷲掴みにされる悲劇は回避されたようだ。
ルナリアの物覚えは悪くないはずなのに、不思議とカレリーヌ様関連だけは忘れるよね。
意図している様子はないけど、これも謎だな。
黙って私たちの遣り取りを見守っていたお父様がエバンさんに目を向け直す。
「それで?」
「は。私たちの部隊は王城が落ちると判断を下されたグリス閣下の密命で、例の肖像画をオルレーシア妃殿下のご実家で有るエリステ公爵家へ届けようと、敵中を突破したのです。王命であると」
そりゃあ、初耳の固有名詞なわけだ。
フレーリアの母方の実家だったか。
そして、オルレーシア様のご実家が「エ」の付く家名だったことで、命名法則の謎を解く仮説が補強された。
家名に「エ」が入ってると名前に「エ」が入らなくて、家名に「エ」が入っていないと名前に「エ」が入る説が濃厚だね。
分かったから何? と言われれば、それまでで、何の意味も無いんだけど、私の気持ちはスッキリした。
頭文字(イニシャル) ”E”だ。
「エ」が「輝く」って意味だろうから、国民総キラキラネームの国だったわけだね。
私はキラキラネームに気を取られていたけど、他のみんなが気を取られたのは別のことだったようだ。
「ほう」
「強行突破か」
「よく突破できたわね!」
お母様もお父様もルナリアも感心の声を上げた。
ルナリアと私は敵中突破に失敗したからね。
戦闘経験が少ないルナリアまで驚いているのは、自分が失敗した作戦をエバンさんたちが成功させたからかな?
激痛を堪えるようにエバンさんはキツく目を瞑る。
「王都を脱した時点で部隊の生き残りは私を含めて3人。無傷だったのは肖像画を持たされていた私一人でした。深手を負っていた他の2人は足手まといになると言い、追手を阻むために待ち伏せようと道中に残り、私一人でエリステ領へ向かう途中に追手がすぐ近くまで迫っていることと、すでにエリステ領も陥落したことを教えられたのです」
ははあ。本当に最後の生き残りか。
それはキツいな。
自分の身に置き換えてみれば、本当にキツい。
1人、また1人とピーシーズが倒れて、最後に私1人だけ残されるなんて、私には耐えられそうにない。
私だったら逆上して特攻を仕掛けているかも知れない。
いや。そうなる前に、電撃的に逆侵攻を仕掛けて高高度からの戦略爆撃だな。
もしも、を想像しただけで腹が立ってきた。
徹底的に焼き尽くして、ペンペン草の1本も生えない死の大地にしてやる。
本当に出来るかどうかは、やってみないと分からないけど、死力を尽くして戦う所存。
者ども、討ち入りにござるよ。
丸太は持ったか?
丸太は目立つし重いから持っていかないけど。
いやいや。むしろ丸太を持っていって“神の杖”的な質量弾攻撃も有りなのか?
”神の杖”は構想だけで実用化されなかったロマン兵器で、衛星軌道からタングステンか何かの滑空弾体を落とすのだったはず。
衛星軌道までは上がれなくても成層圏の上層から落とせば―――、って、ムリだな。
軌道計算も終末誘導も出来ないから勇王国を外して他の国を誤爆しそう。
想像だけでカッカしている私を他所に、痛ましそうに眉を寄せたお父様がエバンさんの目をじっと見る。
「そう教えた男がジュノー人か」
「はい。エリステ公爵家の血を引く者に届けてやると」
悄然と頷くエバンさんの姿にお母様が首を傾げる。
「怪しいようにしか思えんが、託したのか」
「男が言った通り、追手の姿が見えたのです。もう、託すしか有りませんでした」
「・・・すごいな、間諜。ちゃんと約束通り届いてるし」
追い詰められたエバンさんにとっては究極の選択だったのだろうね。
結果的にそうなっただけで、スパイなんて職業の人が口約束を守ろうとしたわけではないだろうけど、事実として私の手元に肖像画は届いている。
何か一つでも後の世に遺そうとした人たちの 執念か怨念(オカルト) か、それとも 奇跡的(ミラクル) な何かか私には分からないけど、あの肖像画ももうちょっと大事に扱おうかな、と、さすがに私も考えた。
「その後は?」
「追手を撒き、王都へ戻ったときには、すでに王城は陥落して包囲も解かれておりました」
エバンさんが囮になったお陰でスパイの人は肖像画を持って逃げおおせたのかな。
スパイの人なら逃げおおせる技術を持っていそうに思ってしまうのは、フィクションに感化されすぎだろうか。