作品タイトル不明
迫る影 ⑤
「よく娘と合流できたな」
「王都に入る前に剣も鎧も捨て、平民を装って王城の陥落を確かめた後、自宅へ帰ったところ、床下に身を隠していた娘を見つけることが出来ました」
「両親とは普段から、もしものときの取り決めをしておりましたので」
お父様の問いに拳を握りしめるエバンさんが答え、エバンさんの隣で拳を震わせるエイラさんが補足する。
「他の家族は?」
「母は押し入ってきた叛乱軍に抵抗して殺されました」
「そうか」
お母様の問いにエイラさんが答え、お母様が言葉短く答える。
エイラさんも、そりゃあ必死になるわけだ。
仕官を申し出てきたときの「全部あげちゃう宣言」も、目の前で家族を奪われた憎しみが背景に有ったんだね。
それを先に聞いていれば、「お父さんと相談してから決めろ」なんて言い方はしなかったな。
みんなに事情が有る状況七に、エイラさんの事情だけを聞いてあげるわけには行かなかったけど。
くっそう。勇王国め。
お腹の底からムカムカしてきた。
いつか絶対に倒してやるからな。
私の隣で大人しくしているルナリアも、表情をキツくして拳を握りしめている。
暴発させない配慮は必要だけど、目的が明確なだけにエイラさんも伸びるだろうね。
良いよ。私が戦う力を与えてあげる。
一緒に勇王国を倒そうじゃないか。
深く溜息を吐いたお父様が話を再開させる。
「で。国境で斬られたのか」
「はい。国境の関所は封鎖されていましたので、街道を避けて国境を越えようとしたのですが、巡回監視の兵に平民が発見されたために叛乱軍の兵士と戦闘になりました」
エバンさんの答えにみんなが首を傾げる。
「平民が発見された」ってどういうこと?
「平民に紛れていたのだろう? 逃散する逃亡民まで襲うとは、随分と徹底しているな」
「勇王国兵―――、いいえ。神教会教徒です。信仰を持たない者は 獣(けもの) と同じだと」
吐き捨てるようなエバンさんの言葉に、言い表しようのない嫌悪感が湧き上がる。
「それで人狩りか。狂ってるな」
お母様もまた吐き捨てる。
ウォーレス家の戦争では、無抵抗な平民に手を掛けることはない。
西方地域での最後の攻城戦で討伐軍が“準備砲撃”に平民を巻き込んだのも、義勇兵化して王国への叛逆を続けたからだ。
況(ま) してや、逃げ惑って脱出を図る平民を襲うなんて、神教会こそ獣と変わらない。
狂信者と化した人間は、ときに正気を疑うような殺戮を行うことが有る。
私が難民たちの説得方法で怖れたのも、それだ。
極端な宗教の教義やイデオロギーは人を狂わせる。
集団心理が理性の 箍(たが) を外させるんだよ。
地球の歴史上でも、善良だったはずの隣人が突然襲い掛かって殺戮を行った例は世界各地で有った。
国民同士で監視させ合う密告制度なんて可愛いもんだよ。
暗黙の了解で特定民族に対する殺戮は治安機構が黙認する、なんてことも往々にして起こるんだから。
無秩序な戦争や殺戮は止めましょう、なんて実効性が怪しい国際条約が結ばれて、地球でもまだ100年も経っていないからね。
現代の地球でも宗教の呼び掛けで特定民族を標的に無差別テロを行う例は多々有った。
ほんの数秒間で世界の端から端まで情報が届く地球ですら、そんな状態なんだから、情報伝達技術や倫理観が未発達なこっちの世界で極端な排斥思想を持つカルト宗教なんてものが絡めば、どうなるかなんてお察しだよ。
私が“人類の 業(ごう) ”に思いを馳せている間にも、理性的なお父様たちは情報を掘り下げに掛かっている。
「教徒かどうかを、どうやって区別する?」
「区別などしていませんでした」
「はん。ただの大義名分か」
鼻で嗤ったお母様の言葉を反芻する。
大義名分? 殺戮を行った真の目的は別に有るってことだよね。
殺す理由? そうじゃないな。
「・・・殺すことが目的だった?」
伸びてきたお母様の手が私の頭をぐりぐりする。
お父様も私を見て頷いている。
お母様から追加問題が出題される。
「攻め落とした敵地で、侵攻戦力よりも敵の残存戦力の方が多いと、何が問題になると思う? しかも、侵攻戦力の大多数が策略で叛逆させた敵戦力だった場合に、だ」
少数で敵の大群を攻め落とした場合ってことだよね?
そんなこと出来るの?
いや。出来るか。
味方の大多数が調略に応じて叛逆した敵軍だった場合だ。
それは、正しく今回の旧エクラーダ王国で起こったクーデターが当て嵌まる。