作品タイトル不明
精霊姫 ②
「なんで、こんなことすんのよ―――ッ!!」
「・・・だって、ルナリアが高所作業の危険さを忘れてるんじゃないかと思ったから」
お猿さんムーブを止めた涙目のルナリアの叫びに、自分の両頬を摩りながら答える。
「えっ? わたしが?」
予想外の指摘だったようで、お 冠(かんむり) だったルナリアのボルテージが一気に下がる。
ヨシ。取れてない。
私のほっぺは健在だ。
お猿さん攻撃が再開しないとも限らないし、ほっぺが撃破される前にルナリアをパージしておこう。
魔力の手を解除したことでルナリアが私の背中から降りて自分の足で立つ。
かなり真面目な話だから、真っ直ぐにルナリアと向き合う。
「・・・そうだよ? シカの出荷作業中に囲いの内側へ完全に身を乗り出してたでしょ。20メテルもの高さから落ちることも危険だけど、囲いの内側に居るのが魔獣の群れだと忘れてない?」
私のせいでウォーレス領では食肉扱いに認識が変わりつつ有るけど、シカ―――、バイコーンは雑食性で人間を襲うことも有るという危険な魔獣なんだよ。
減らしても減らしても無限に増える最高にステキなお肉だとしか私が認識していなくても、魔獣であることには変わらない。
そんなものが数十頭も群れている中へ転落すれば、無事で済むわけがない。
7階建てのビルと同じ高さから転落しても、普通は無事で済まないだろうけど、魔獣が群れている囲いの中へ転落すれば、救出することも難しい。
「む・・・。そうだったかしら?」
ルナリアが難しい顔で首を傾げる。
仕事に夢中になって意識していなかったんだろうね。
夢中になると周りが見えなくなる点については、しょっちゅうやらかす私にルナリアを責める資格は無い。
私が思い出させようとしたのは「危険性」だからね。
高所というものは、そこに物体が在るだけで位置エネルギーを内包する。
バランスを崩すことで位置エネルギーが運動エネルギーに変わり、着地することで運動エネルギーが衝突エネルギーに変換されれば、水分を含ませた肉のスポンジに過ぎない人間なんて容易く死ぬ。
衝突エネルギーに対する対抗策を持たない人間が高所から身を乗り出すなんて自殺行為だよ。
私の指摘に、「あっ」という表情をした後、転落防止係を務めたディディエさんとダーナさんがウンウンと大きく頷いて、転落防止係としてディディエさんたちを任命したので有ろうミセラさんたちだけでなく、転落しないかといつもヒヤヒヤしてたらしいピーシーズもウンウンと頷いている。
陪審員の評決も満場一致で「 有罪(ギルティー) 」だね。
「・・・新人さんたちの目も有るし、ルナリアが頑張ってたからその場では止めなかったけど、すっごく危なかったんだよ?」
「そ、そうなのね」
大真面目な私の目にルナリアも気まずそうな表情になる。
アレをするな、コレをするな、と、頭ごなしに言いたく無かったんだよね。
ルナリアは賢くて自立心の強い子だから、叱りつけるよりも体験させる方が深く理解すると思った。
転落する怖さを知れば、ルナリアなら叱りつけなくても落ちないように自分で注意するもの。
転落体験も私が一緒にすればルナリアを守れるし。
「・・・だから、落下する怖さを思い出して貰おうとしたんだよ」
「思惑は分かりましたが、やり過ぎです! 万が一が有ったらどうするつもりですか!」
「そうですよ。お二人とも、ご自分が大切な身だという自覚が足りません」
おまゆう、って感じ?
横合いから入って来た2人分の声に、私だけでなくルナリアにも被弾する。
厳しい表情で介入してきたエターナさんとミセラさんから立て続けに指摘されて、私も反論する言葉が見つからない。
確かに、紐無しバンジーは、やり過ぎだったかも知れない。
風で巻き上げられた髪の先が鼻の穴に入って私が 嚔(くしゃみ) をしたりすれば、集中を切らして魔力の手の維持に失敗した可能性は、素粒子レベルよりも大きかっただろう。
反省がない?
だって、偶然にも髪の先が鼻の穴に入って 擽(くすぐ) る可能性なんて、 蹴(け) っ 躓(つまづ) いて偶然にも落ちていた小枝が頭に刺さって死ぬのと同じぐらいの確率じゃないかな。
フィクションの主人公がトラックに轢かれて死ぬ確率や、サスペンスドラマの犯人が断崖絶壁に殺される確率に較べれば、無いに等しい可能性だよ。
私が反省すべきは、みんなを心配させたことについてだ。
「・・・む。それはそうだね。ごめんなさい」
「そうね。ごめんなさい」
素直に非を認める私たちにエターナさんが言葉に詰まり、ミセラさんがニコリと笑う。
「ご理解いただけたのなら、それで結構ですよ」
ミセラさんが場を締めに掛かったことでピーシーズも肩の力を抜く。
階段を下りてきた新人さんたちを見回したネイアさんが手を挙げる。
「フィオレ様。撤収準備を進めても?」
「・・・うん。お願い」
私の許可を得たネイアさんがニコリと笑い返して背中を向ける。
他のピーシーズと連れ立って指示待ちの新人さんたちのところへと向かう。