作品タイトル不明
初めての新年 ⑳
1の鐘の余韻が響く間に様々な思い出を振り返っていると、余韻が消え去ると同時に間近で音色の違う鐘が鳴った。
鐘楼の鐘よりも高く澄んだ音色の鐘を鳴らしたのは、片手サイズの木槌を握ったコーネリアさんだ。
鐘楼の鐘が「ガラーン!」って力任せな感じの音なのに対して、ご祈祷の鐘は「カーン!」って感じで遠くまで響く透き通った音。
長い余韻が尾を引いて、消え入る頃に次の鐘が鳴らされる。
観衆の間に燃え残った炭火のように残っていたざわめきが、鐘の音に溶け入るように消えていき、しわぶき一つ無く静まり返る。
エルザさんは、といえば、木桶に刺さっていた木の枝を手に取って、パサッ、パサッ、と、供物台の供物の上に振り翳している。
キラキラと何かが光魔法の光に反射してに煌めいているから、お清めの水でも供物に振り掛けているんだろうね。
三度(みたび) 、鐘が鳴らされたときに視線を感じて目を向ければ、優しく目を細めたエルザさんが私に向かって頷いてきた。
木の枝を木桶に戻したエルザさんが、足元に木桶を置く。
この余韻が終わったときが祝詞の始まりか。
大きく息を吸って吐いて、祝詞の紙をルナリアにも見えやすいように広げる。
「「 万物(ばんぶつ) の魂は精霊の下に生まれ、精霊の下に還るものなり」」
エルザさんとコーネリアさんの静かに通る声が歌うように一節目を 諳(そら) んじ始めた。
滔々(とうとう) と伸びやかな声が二節目に掛かる前に、ルナリアの肘をコツンと肘で突っついてタイミングを知らせる。
私と肩が触れ合うまで寄り添ってきたルナリアが、私の手元にあるカンペを覗き込む。
「「「「 暁(あかつき) と共に目覚め、 宵(よい) と共に眠る。風と共に歌い、土と共に生きる。水に癒やしを得て、火に営みを得る」」」」
ルナリアと私の声もエルザさんたちの声に合わせて重なり、シンと静まり返った深夜の空気を震わせる。
困ったのは、胸の奥が熱を帯びてきて、魔力がざわざわし始めたことだ。
ちょっ! 魔力は使っていないのに、なんで、今!?
「「「「 吾(われ) ら、 吾(わ) が身に宿りし精霊に恥じぬ 生(せい) を生き、精霊と共に歩まん。 吾(わ) が身の精霊を 傷(いた) ましむこと無かれとす」」」」
祝詞は続く。
動揺する私を 他所(よそ) に、胸のざわざわも大きくなってくる。
動揺が声に出ないように気を付けているけど、私の様子の変化が肩が触れ合う距離で並んでいるルナリアには伝わったようで、チラチラと私の顔を覗き見ている。
ええい! 落ち着きなさい!
心の中でざわざわを鎮めに掛かるけど、一瞬、大人しくなっても、すぐに一回り大きくざわざわし始める。
「「「「この故、このときに、清く潔い 詞(ことば) あり。清く潔ければ、 穢(けが) るること無し」」」」
祝詞の文字を目で追いつつ、心の中でざわざわを抑えようと悪戦苦闘し、口では祝詞を口ずさみ続ける。
ああ、忙しい!
大きくなったざわざわは私の中に収まりきれず、体感的にはピョッピョコピョッピョコと私の体からはみ出しているように思う。
しかも、脈動するようにざわめきが大きくなるタイミングがバラバラで、まるでリズム感が無いものだから、ざわめきを意識し過ぎてしまうと口ずさむ祝詞のリズムを乱される。
「「「 吾(われ) らは常に精霊と共に在り。精霊と同根なるが故に、万物の精霊と同体なり」」」
祝詞を噛みそうになって、慌てて目で追う文字に集中する。
もおおおっ! なんで大人しくしてくれないの!
無理だって! 集中できないよ!
心の中で鎮まれと命じても、胸のざわざわは収まらない。
もうコレ、ざわざわじゃなくピョッピョコかポンポコとでも呼び変えるべきじゃないかな。
荒ぶっている、というよりも、ピンポン球みたいに飛び跳ねている感じだけど、悪意が無いように感じてしまうから嫌いになれない。
私が祝詞を噛みそうになったことに気付いたのか、観衆もざわざわし始めている気がする。
「「万物の精霊と同体なるが故に、労を終えし魂の静め鎮まるを願い奉らん」」
ぜんぜん集中できない頭で何とか文字を目で追いつつ、必死に口を動かす。
私の中どころか私の周囲全部がざわざわしているように感じるんだけど、意識が集中できていないだけに紙面の文字から目を離せない。
でも、あと少しだ! あとちょっとで祝詞が終わる!
唸れ!! 私の集中力!!
「幾千幾万の日の果てに、再び相まみえんと願い奉らん。この新しき 歳(とし) に精霊の加護を賜らんと願い奉らん」
目で追ってた紙面の文字が、ようやく文末まで至る。
終わった!?
やり遂げた!! 私は祝詞を唱えきった!!
私が「終わった」と確信した途端、ピョッポコ感がスゥーッと溶け入るように胸の中へ消えていった。
ヨシ! 勝った!
私は困難を乗り越えた!
グッと拳を握って紙面から目を上げると、ルナリアがポケーッと口を開けて空を見上げていた。