作品タイトル不明
初めての新年 ⑲
まともに他人への好意を抱いたことのなかった私でも、恋愛小説の一つや二つぐらいは読んだことがある。
今の私にはよく分からないけど、仮定の話として私が本気でアスクレーくんを大好きになるようなことがあって、もしもアスクレーくんが戦場から帰ってこなかったら・・・?
いや、待て。この私が「アスクレーくん大好き!」なんて言い出す日が来る可能性は有るんだろうか?
むかし読んだ恋愛小説では、登場人物の心理状態が「なんで、そうなる?」としか思えなくて、全く理解できなかったんだよね。
グジグジと悩んだりダラダラと行動しなかったりの登場人物たちが、私と同じ人間の行動原理を持つと思えなくて当時は意味不明だった。
今でこそ大切な家族を得て、少しは登場人物たちの言動を理解できそうな気もするけど―――、いやいや。今でも私ならグジグジダラダラはしないだろう。
何が有っても帰ってくるようにアスクレーくんを鍛えないとな。
おうちに生きて帰ってくるまでが戦争だよ。
ハインズお爺様だって、戦場で左目をポロリしても、ちゃんと生きて帰ってきたんだし。
真面目な話、本当に手足の1本や2本、落っことしてきたって、魔力の手足を教え込めば介護無しでの生活だって問題なくできるはずだ。
むしろ、身長や足の長さで悩んで踵の高いシークレットシューズを履く必要がない、まで有る。
足なんて飾りです?
そういや、アレ。セリフの一次ソースを確認するのに動画で見たけど、魔力の手みたいに腕も伸びてたな。
最後には首も元気にポロリしていたような記憶が有る。
さすがにアスクレーくんは首をポロリしたらどうにもならないだろうから、致命的な 辺り(パーツ) だけはお外でポロリしてこないように言い聞かせなきゃ。
でもまあ、何が起こるか分からないのが戦争だしね。
常に騙し合って敵の裏をかき続けるのだから、「戦場に絶対は無い」ことぐらいは、ちゃんと理解してる。
そんな事態にならないように、私が敵を灰にして噴き飛ばせば良いんだろうけど。
エウリさんとエングさんにもお願いして、アスクレーくんを徹底的に鍛えて上げて貰おう。
鍛え方がスパルタ方式っぽいジアンさん・・・には、ちょっと様子見で。
何か観衆のザワザワが少し大きくなってきたな。
何か有った?
問題(トラブル) や 事故(アクシデント) や 事件(インシデント) が起こった様子は無いみたいだけど。
観衆の反応に私がネガティブな想像をしたのと正反対に、エルザさんは柔らかく微笑む。
「さあ。フィオレ様、そろそろですよ。準備をお願いしますね」
「・・・あっ。はい」
もう0時前なのか。
いよいよ出番と言われて緊張が高まるのかと思いきや、エルザさんの柔らかな笑顔のリラクゼーション効果なのか、思ったよりも緊張はしてこなかった。
「私たちも祝詞を捧げますが、鐘が鳴り終わったら始まると覚えておいてくださいね」
「・・・わ、分かりました」
笑顔と同じでフワッとした始動タイミングの指示だけど、エルザさんたちも一緒に祝詞を上げてくれるのなら大丈夫だろう。
「フィオレ様。こちらへ」
「・・・はい」
コーネリアさんに呼ばれて付いていってみれば、供物台の前で手持ち無沙汰な感じのルナリアが待っていた。
お父様と一緒にお供え物を見て回ってたものね。
ルナリアと一緒だったお父様は? といえば、数メートル後ろにお爺様たちとお婆様たちとお母様と一緒に横並びになっている。
貴賓席というか、主催者の立ち位置があそこなのかな。
お母様たちの周りにエゼリアさんたちとミセラさんたちが壁を作って、いつの間に来たのかエターナさんの横にディディエさんとダーナさんも並んでいる。
「フィオレ!」
「・・・何か面白いお供え物は有った?」
私の顔を見つけて嬉しそうにパタパタと手招いていたルナリアに訊いてみれば、意外な答えが帰ってきた。
「うーん。スープ?」
「・・・そっかあ」
首を傾げているルナリアの感覚で見ても不思議だったのか。
お鍋ごと供えてあったのかな?
精霊に、というよりも、亡くした家族へのお供え物と考えればおかしくないのかも。
日本人的な感覚でもお鍋ごと供えるのは違和感が有るけど、亡くなった家族の好物だったとか考えれば、心の籠もったお供え物と言えなくも無いのだろう。
だって、お墓に缶ビールや缶コーヒーを供えてあるのを見たことが有るし。
他に印象に残ったお供え物をルナリアが思い出そうとしている間に1の鐘が鳴った。
見た記憶は無いけど、領主館の裏手の方に有るらしい鐘楼から1回だけの鐘の音が響いてきて、新しい年に変わったことを知る。
こっちの世界に来て、初めて迎えた新しい年。
ルナリアも私も、今、この瞬間、6歳になったわけだ。
去年1年、思えば本当に色々なことが有った1年だったなあ。
日本での3ヶ月間に、”魔の森”での半年間。
そして、ルナリアと出会ってからの3ヶ月間。
王都にも行ったし、予想しない別れも有った。
大変だったけど、大切な家族を得た1年だった。