作品タイトル不明
初めての新年 ⑩
「・・・これが、エライワー?」
何だろう? これ。思い出しそうで思い出せないな。
くんくんと嗅いでみる。
熟しているくせに青臭さの残るこの匂い・・・。
果実では有るんだろうけど果物では無い?
外見や触感を観察しているだけでは分かりそうも無いから、意を決して囓ってみる。
どこかブニッとした固い感触で果肉に歯が食い込み、ほんの少しだけ囓り取る。
「・・・うえっ。スッゴい灰汁」
仄かに甘みが有るようにも思うけど、甘みを遙かに上回る粘り気の有る渋みが口内に広がった。
そして、やっぱり鼻の奥に抜けてくる匂いは、どこかで嗅いだことのあるような青臭さが強い。
毒性が有ったら怖いから確かめるためにモゴモゴと口の中で果肉を転がす。
「・・・むむむ・・・?」
体細胞を破壊するようなピリピリする刺激や突き刺すような痛みは感じないから、果肉の毒性は高くないと思う。
だって、そもそも果実って子孫を残すための植物による生存戦略だからね。
植物にとって果肉は種子を運んでくれる動物を引き寄せるためのツールでしか無く、動物に食べられても種子が残るように固い殻で種子を守る。
この理屈は、熟して落果した果実よりも、動物に食べられて果肉が無くなった種子の方が発芽率が高いことから、植物の意図が察せられる。
果肉の毒性が強かったら動物に果実を食べて貰えない。
果肉ごと種子を食べて貰えなければ動物に種子を運んで貰えない。
逆説的に死ぬほどの毒性は無いと結論した私は口の中で転がしていた果肉を嚥下した。
倉庫内で吐き出すわけにも行かないし、ほんの少量だからね。
嚥下してみて気付く。
口の中が果汁で粘ついている。
果汁に―――、果肉に油分が強いんだろうか。
油分・・・?
「油」という単語と記憶の中に有る果実の視覚情報が私のフィオレ脳で結びついた。
ハッ! もしや!! これ、オリーブ!?
オリーブの原産地って、確か地中海沿岸だったよね!?
王国の気候は地中海性気候に近いと私は判断してる。
だったら、植生的にもオリーブの可能性が高いよね!!
「・・・ふおおおおおっ・・・!!」
あまりの感動に 語彙力(ごいりょく) が迷子になって変な声しか出てこない。
両手のひらに載せた果実を恭しく掲げる。
ピンポン球よりも小さな真っ黒に熟れた果実が、後光が差すように光り輝いて見える。
何てことだ!!
私の知るオリーブよりも1.5倍ぐらい大きな実だけど、本当にオリーブだったらエラいことだよ!!
まさに「エライわー」だ!!
油が! 良質な植物油が大量に採れてしまう!!
こっちの世界で植物油は高額で取引されているから、文字通り、カネのなる木になってしまう可能性が有る!!
まさに金の卵だ!!
これは早急に相談案件として家族会議に掛けねば!!
囓った実を麻袋に戻し、見本として無傷の一粒をポケットに忍ばせる。
お行儀悪いけど、今の私にとっては果肉よりも種子の方が遙かに価値が高くって、種子を抜いた後の果肉は絞ってみる実験素体に使うから私の歯形ぐらいはどうってことない。
「大丈夫ですか? フィオレ様」
「・・・大丈夫、大丈夫。ちょっと興奮しただけ」
フー、フー、と、粗くなった息を抑えつつ答えると、横合いから伸びてきたマーシュさんの手に 手巾(ハンカチ) で口元を拭われた。
「でも、 涎(よだれ) は拭きましょうね」
「・・・あ、ありがと」
いけない、いけない。
特大のおカネの匂いに我を忘れそうになっちゃった。
気持ちを切り換えよう。
素数でも数える?
天井のシミの数は・・・違うな。
倉庫の天井は高いから数を数えられるほどシミは見えないし。
「こっちの小さな革袋は何かの種、でしょうか?」
「・・・どれどれ?」
手のひらサイズの革袋を覗き込んでみれば、芥子粒みたいに小さな種が一掴みほど入っていた。
メモ書きの名前は「ベースカ」。
ほんと、何の種だろう?
こんな大きさでゴマ粒っぽい形状の種子だけど、嗅いでみても 胡麻(ゴマ) の臭いはぜんぜんしない。
イチゴ・・・だろうか?
農作物と一緒に送ってきたのだから、花の種ってことは無いはずだ。
私は縄文人みたいな定住型狩猟民族で農耕民族では無かったから、いちいち食用に適さない種子の形状までは記憶してないよ。