作品タイトル不明
初めての新年 ⑦
ティールームを出るとバタバタと準備が整えられていて、領主館を出る前にマキアナさんの手でドレスの上から外套を着せられる。
お母様と私が倉庫へ行くとなれば、ルナリアとノーアが参戦しないわけもなく、ルナリアはイディアさんの手で、ノーアはディーナさんの手で外套を着せられている。
「倉庫内は寒いですから、風邪を召さないようにしてくださいね」
「・・・寒いの?」
答えをくれたのはトリアさんの手で外套を肩に掛けて貰っているお母様だ。
「おう。この時期なら一部の備蓄品が凍る程度にはな」
「・・・氷室かな?」
いやいや。違うな。ウォーレス領の気候は霜が降りることも滅多に無いぐらいだし、降雪なんて、もっと無い。
だとすると、魔法的な手段で冷やす?
あれ? 何か最近、似たようなことを考えなかったっけ?
何だっけ。うーん・・・?
ハッ! ピーシス領で見たバードギールだ!
もしかして、バードギールの実物が見られる!?
ヤバい! お野菜だけじゃなく、バードギールも見られるとか最高か!!
あわよくば、 地下用水路(カナート) も見られるかも!
ふおおお! めっちゃワクワクしてきた!
エゼリアさんとアンリカさんを除いてトリアさんを筆頭としたお母様の側近たち6人に、ピーシーズ5人とミセラさんたち3人とエターナさんを加えた15人を引き連れて、軽い足取りで領主館の裏手へ回る。
「・・・あれ? ディディエさんとダーナさんは?」
そう言えば居ないな。
農業アドバイザー要員のディディエさんにダーナさんには、こういうときに居て欲しかったんだけど。
「あの二人でしたら、今は勤務時間外で自由時間です」
「・・・あっ。そっか。そうだよね」
8の鐘が鳴った後だから、今は夜の9時過ぎだ。
朝4時から働いていたし、いつもなら夜の8時には勤務を終えて休んでいる時間だものね。
「ご祈祷には参列したいと希望していましたので、後ほど顔を見せるかと」
「・・・そうなんだ。まあ、二人なりに頑張ってるもんね」
ミセラさんたちの水準から言えば、まだまだだろうけど、二人は、ついこの間までは、ただの村娘だったんだから。
それを思えば、慣れない仕事なのによくやっている。
肉体的には農作業よりも楽かも知れないけど、精神的には疲労しているかも知れない。
「まだ領主館で勤め始めて短いですし、負担を考えて、念のために仮眠を取っておくように申しつけておきました」
「・・・ありがと。そうしてくれた方が良いよ」
私が気付いていないところまでミセラさんたちが管理していてくれたことに、素直に感謝を伝える。
上司で有る私が想像力を働かせて指示しなきゃいけないことなのに、私も気が回らないなあ。
みんなが無理なく働けるように、もっと意識しなきゃ。
「・・・おっと」
喋りながら厩舎の方へと続く領主館裏手の出入口を出ると、思っていた以上の肌寒さを感じてブルッと来た。
さすがに夜の風は冬の季節を主張するように、ひんやりとしている。
この低い気温にカナートとバードギールの放熱効果が加われば、部分的に倉庫内の食料が凍結するというのも頷けるよね。
何人かが頭上に浮かべてくれた“ 光(ルーメン) ”の魔法で周囲の建物が闇の中に浮かび上がる。
領主館の壁に沿った奥に見えるのが目的地である食料倉庫の建物だ。
厩舎前の広場を横切った奥に有る食料倉庫へ来るのは初めてだなあ。
毎日のように広場の向こうに見えていたけど、私が倉庫に入る用事なんて無かったからね。
ちなみに、食料倉庫は領主館の敷地外にも分散して何ヶ所も有って、万一、城壁内に敵の侵入を許してしまったときの 危険回避(リスクヘッジ) がなされている。
そして、この領主館の食料倉庫の向こう側に立ち並んでいるのが、単身者用の兵舎と宿舎だ。
領主館本館内部の兵員区画には200人ぐらいの収容能力が有って、こっちの兵舎には600人ぐらいの収容能力が有るそうだ。
もちろん、レティアの町中には同様の兵舎があちこちに有るから、「領主館の敷地内の」兵舎が、この規模ってだけ。
集団生活が基本で複数人部屋の兵舎と違って、非戦闘員用の宿舎は小さいけど個室で、60人ほどの収容能力が有るんだって。
今、ディディエさんとダーナさんが暮らしていて、亡くなったマーサさんが独身の頃に暮らしていたのがこっちの宿舎らしい。
ほんの数分間の距離でも、職場から離れた場所に生活拠点が有るのは、気が休まるんじゃないかな。
職場の空気や人間関係が自分に合っていれば良いけど、合わなかったら地獄だよ。
そう言った意味でも、職場と自宅の移動に数分間でも時間が掛かれば気持ちの切り換えが出来る。
倉庫の屋根を見上げれば、なるほど、少しだけ奥まったところに細い塔状のバードギールが確かに立っている。
厩舎の陰になって角度的に見えなかったんだな。
上昇気流の性質を利用して地下水路の冷たい空気を吸い上げる人類の知恵。
こんなに近くに原始的自然科学の不思議を象徴するような施設が有ったなんて、また日を改めて、明るい時間帯に見せて貰うしか選択肢は無いよね。