作品タイトル不明
初めての新年 ⑥
ここまで本気で、急いで書き取ったのなんて何年振りだろ。
何かの資格試験の講習会で板書が妙に早い講師がいて、意地でも漏らさず書き取ってやろうと必死になったとき以来じゃないかな。
急いで書き取った祝詞に読み取れない箇所が無いか見直して、顔を上げると生暖かい視線が私に集中していた。何事?
「随分と優秀な方だと思っていましたが、優秀なわけですね」
「そうね」
おお。セリーナお婆様が手放しで褒めてくれるなんて。
ていうか、エルザさん、書き取っただけなのに褒めすぎじゃない?
シェリアお婆様までウンウンと頷いてるし。
「古い言い回しですのに、しっかりと意味を理解していらっしゃる様子ですし、素晴らしい集中力です」
「よくやったな」
「・・・ん? ん? ありがとうございます?」
何をそこまで褒められているのか分からないけど、ぐりぐりされたから取りあえずお礼を言っておく。
「古い言い回し」ねえ・・・。
日本の神道に較べれば簡単な祝詞に思うけど、日本の影響をヒシヒシと感じさせる祝詞では有るよね。
私は日本語ネイティブだったから言い回しに違和感は感じなかったな。
逆に言えば、違和感が無いってことは過去の勇者が絡んでいる可能性が高いってことだろうから、こっちの世界の精霊信仰と日本から拉致られてきた勇者は親和性が高かったんだろうと想像できる。
祝詞の内容を詳しく読み解くのは今する気は無いけど、印象的に「精霊と一緒に頑張って生きてくから力を貸してね」ってことだったように思う。
これも、ある種の望郷の念、なんだろうか。
前向きな意思表明のわりに日本への執着が感じられる気がしてならない。
故郷に帰れないと悟った上での諦観と、今を生きるための割り切りと、明日への決意だろうか?
私は日本に何の未練もないけど、幸せに暮らしていた人なら、きっと未練も執着も有ったよね。
今の私に置き換えて考えてみれば、ウォーレス領から私の意志を踏みにじって拉致されたとすれば?
執着が理解できるし、どれだけ悲しかったか想像できてしまう。
それでも、この祝詞を作った人は、その悲しみを堪えて、乗り越えて、前を向こうとしたのか。
すごく心の強い人だ・・・。
これ以上、悲しい思いをする拉致被害者を増やさないためにも、神教会の召喚魔法は絶対に潰さないとね。
エルザさんの話では、お供え物を供えた供物台の前で精霊を呼ぶための儀式的なものをエルザさんが行った後が祝詞の出番で、お祭りのような派手さの無いお祈りの場がご祈祷なんだって。
長い祝詞だし、カンペを読むのは「有り」らしい。
お坊さんだってお経の経典を見ながら唱えてるから「有り」なんだろうか。
はー、良かった。
あと数時間で暗記しろとか言われたらギブアップするしか無かったよ。
その後は、一年ぶりに会ったらしいセリーナお婆様とエルザさんが中心になっての、近況やピーシス領の様子を織り交ぜた雑談が繰り広げられて、8の鐘が鳴ったところで、儀式の準備をするというエルザさんとコーネリアさんが席を辞してお開きとなった。
私たちは11時半ぐらいにエルザさんたちと合流すれば良いんだってさ。
だったら王都から届いた荷物を見に行く時間ぐらい有るよね?
エルザさんたちとの待ち合わせまで2時間もあるんだから、ちょことだけ、先っぽだけなら問題ないはず。
お婆様たちが余韻の雑談に興じる中、目立たないように、そろ~っと腰を上げる。
「・・・じゃあ、私もちょっと席を外させていただいて・・・」
「何をしに行く気だ?」
ギクッ! お母様の声に私の両肩が跳ね上がる。
バレテーラ・・・。
お母様のジト目にダラダラと脂汗が垂れ落ちてくる。
おトイレとでも言った方が良かったかな?
お母様に見咎められて自然と気を付けの姿勢になる。
いつもなら歯を磨いて寝ている時間だし、夜の倉庫なんてものは真っ暗で 人気(ひとけ) が無いからダメって言われそうだと思ってたんだよ。
でも、バレてしまったものは仕方がない。
下手に嘘を吐くとお説教方面に飛び火して火事が延焼する。
ご祈祷が有るから、さすがに年越しお説教ライブは無いだろうけど、精神的に食らうダメージは計り知れない。
「・・・あー。えーっと。倉庫へお野菜を見に行きたいかなあって」
「王都で買い集めさせた作物か。ヨシ。私も行こう」
「・・・あっ。うん」
ふう・・・。
何気に新しい物好きなお母様だけど、農作物にまで興味を持つとは思っていなかったな。
次からは先にお母様を誘って防波堤に―――、いやいや。防波堤にする思惑がバレたら余計に叱られそうだから、謙虚に慎重にお母様の興味を刺激するだけにしよう。