作品タイトル不明
城壁移設 ⑫
そうこうしている間にも、結構な勢いで城壁が手前に滑ってきていて、空中に浮遊していた私たちも背中方向へと倒れ始めている。
高度50メートルで崩れたバランスは、傾きを増せば増すほど、結構な勢いで速度も増していく。
背後から吹き付けてくる激しい風に煽られた後ろ髪が前方へと靡き、モニターに映る二次元世界から這い出して来る黒髪のお姉さんみたいな髪型に、ルナリアと私の二人ともがなっている。
本物の私の体なら、重心が崩れれば足を踏み出して体を支えるところだけど、焦れば焦るほど、どの魔力の手が「足」だったのか分からなくなる。
「足」!! とにかく「足」!! 早く!!
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」
「・・・ええい! 出ろおおおおおおおっ!!」
ヤケクソで叫んだらグッと体勢の傾斜が止まったので、城壁を停めようとしたら、重くて止まらない。
推定、数万トン? あるいは数十万トン? もの、質量が持つ運動エネルギーを止めるには、通常、運動エネルギーを相殺する同等のエネルギーが必要になる。
えーっと、どのぐらいだろ?
大雑把な推定質量だって暗算してる余裕なんて無いよ!
これをリニアモーターカーだとS極N極の通電制御を高速で切り換えて吸引力を強め、制動力に変える。
確か、そうだったはず。
同じようにして城壁を―――、あれ?
S極N極で吸引させるってことは、S極N極が引っ付くってことだよね?
城壁の底面と地面をS極S極に見立てて反発させているものを、S極N極に変えたら城壁の底面と地面が引っ付いちゃうじゃん!
私が今やっている上下方向だけの浮遊方法だと、吸引力を強めると城壁が墜落してしまうことに、今になって気付いた。
推定、数万トンから数十万トンかどうかも定かではない大質量で、辺長4キロメートルもの「 毀(こわ) れ 物(もの) 」が暴力的に墜落して、無事で済むわけがない。
そーっと、そーっと、優しく置かなきゃ、一瞬にして膨大な瓦礫の山が出来上がること請け合いだ。
何てことだ! 私のリニア魔法はとんでもない欠陥構造だった!
磁力による制動力のない暴走列車なら、力尽くで止めるしかない!
“蒼焔”の「核」の超質量を支えられる魔力の手なら、城壁の大質量も支えられると信じるしかない!
仮想の超質量と実在の大質量の、どちらが重いかの議論をしているヒマなんて無い!
信じろ! 訪問販売に来た“幸運を招く壺”を信じるわけでも、訪問勧誘に来た”神の救済”を信じるわけでも無い!
幸運? 神? ハハッ。
信じるものは私自身だ! いつだって私は私自身を信じてきただろ!
やれる、やれる! 諦めるな! ダメダメダメ! もっと熱くなれよ!
どこかのプロテニスプレーヤーみたいな叱咤激励を私自身に送りながら眼下に目を向ける。
まだ体勢は崩れたままだけど、イケるはずだ! いや、イケる!
取りあえず、津波のように「足」下へ迫ってきている城壁をピョンと跳び越えた。
クルリと振り返って、走ろうとする飼い犬をリードで必死に引き留める散歩中の飼い主のように、走り去っていく城壁を全力で引き留める。
「・・・ふんぬぅううううううううううっ!!」
引き摺られて足元の畑を踏み荒らさないように踏ん張ったまま耐えていると、空母甲板の 着艦制動装置(アレスティングワイヤー) のようにズルズルと引き出されていた魔力の手の伸びる速度が徐々に落ちてきた。
ヨォーシ! いい感じ!
どうどう! いい子だから止まんなさい!
荒ぶっている城壁を全力で引き留めつつ宥めていると、つんのめるように速度が落ちてきて、ようやく城壁の移動が止まる。
「・・・ぶはああああああああああ・・・」
良かった! 暴走列車は事故を起こさなかった!
事故が無かったということは、何も無かったということだ!
誰も、何も見なかった。良いね?
真実の目撃者で有るルナリアはギュッと目を瞑って私の首に抱き付いているから、目撃者はいなかった。
これで世は全てことも無し。
実体のある牽引ロープなんかだったら、方向転換した時点でロープが捻れて絡まっていたところだけど、魔力の手に実体は無いから絡まらずに済んだよね。
はー、良かった。
深呼吸して、どの魔力の手がどの感覚かを確かめつつ城壁へと向かう。
ヨシヨシ。これが「足」だな。
四点支持は、やっぱり安定するなあ。・・・あれ?
よくよく考えると「足」が4本に増えている。
魔力の手の数を数え直してみると、1、2、3、4、・・・8本あるな。
どうやら切羽詰まった火事場の馬鹿力で2本増えたらしい。
虫から 蛸(タコ) に進化した気分だけど、そのうち 烏賊(イカ) に進化するんだろうか?
まあ良いや。大は小を兼ねるんだから、たくさん有るのは良いことだ。
兄貴! 戦争は数だよ!
魔力の「足」を、みょーんと伸ばして、作物の芽を踏まないように畑を跨ぐ。
500メートルも距離があれば、畑は何枚もある。
みょーん、みょーん、みょーん、と畑を跨いでいって、よっこらせと城壁も跨いで越える。