作品タイトル不明
亡国の騎士 ④
囲いの底で多くのシカが一斉にパッと私たちの方を見上げたことに気付いて、ちょっと引く。
やっぱりシカは―――、魔獣は魔力を感じ取るんだね。
逆に言えば、魔力を伴わないものに対しては反応が薄いんじゃないかな。
この反応から考えられるケースとしては、もしかして、魔力を伴わないものは脅威だと思っていない?
いやいや。推測を立てられるほどの情報が得られているとは思わないから、経過観察の要ありだな。
崖上へと目を向けたお母様の目が、焦点の合っていないような様子になる。
たぶん、魔力制御に集中してるんだろうね。
じっとお母様の顔を見上げていると、ピクッと目元が厳しくなった。
「・・・お母様?」
「何か居るな。そこそこ強い魔力だ」
「―――ッ!!」
ハッとして崖上に目が向く。
お母様が「そこそこ」と言うぐらいだから、結構強い魔獣のはず。
反射的に魔力の手を伸ばしかけて、ぐっと堪える。
ついさっき咎められたばかりなのに、お婆様たちとの約束を違えるわけには行かない。
キュッと私の手に力が入る。
「・・・どうしよう?」
「動きは無いから罠に掛かっている可能性が有るだろう? どのみち、強い魔獣が拠点の近くを彷徨いているものを放置はできん」
「・・・そうだね。じゃあ、討伐で良い?」
みんな作業中だけど、すぐに伝えるべきかな?
“敵の存在”が分かっていれば危険に備えられるものだ。
備えが有ると無いとでは、有事の対応力に大きな差が生まれる。
だからこそ、軍隊は軍事演習をするし、民間でも避難訓練を行う。
少しでも早く脅威を察知できるのがアクティブソナーだし、事前に備えることで、出来ることなら、みんなが直面する危険を少しでも引き下げたい。
気持ちは焦るけど、今は私自身の手で脅威度を測れない。
動きたくても動けない。
ジリジリと炭火で炙られるような串焼きの気分を味わっていると、ポンと私の頭にお母様の手が乗せられる。
「慌てるな。今現在の作業が終わってからでも遅くは有るまい?」
「・・・う、うん」
反応がある魔獣がバンダースナッチかも、という懸念は共有しているはずなのに、お母様は動じた様子をまるで見せない。
ただ、身に纏う空気と目付きが剣呑になっていて、好戦的な笑みと相俟って戦闘モードに入っていることが私にもひしひしと感じ取れる。
「指揮官は動じてはならん。動じていても狼狽した姿を見せてはならん。分かるな?」
「・・・はい」
お母様が戦闘モードに入ったなら、エゼリアさんたちが気付かないわけが無い。
楽しそうに出荷作業を手伝っていたエゼリアさんたちは、自然に作業から離脱して、お母様の周りを固め始めている。
ミセラさんをはじめとしたロス家の三人も、スルスルと、私とルナリアとノーアをカバーできる位置取りに変えていて、若いピーシーズとの経験の差が感じられる。
だからと言って、どのみち出荷作業はしなきゃいけないわけで、お母様もピーシーズを責めるつもりは無いようだ。
作業はもう終盤で、トドメを刺されたシカがロープで吊られてキャットウォークの下へと下ろされて、地上でシカを受け取った猟師さんたちが荷馬車に積み込んでいる。
「おい。シーヴァとビネガーを用意させておけ」
「はっ」
雑談するような調子で指示を受けたエゼリアさんが短く答え、アンリカさんたちが身に纏う空気もピリッと引き締まる。
お母様の指示を実行に移そうとしたマキアナさんを手で抑えたマーシュさんが、足早に階段を下りていく。
この頃になるとピーシーズも雰囲気の変化に気付いていて、気付いていないのはノーアにトドメの刺し方を教えていたルナリアぐらいかな。
最後のシカが地上へ下ろされて、作業終了を見届けたお母様が私へ視線を向けた。
もう、オッケーかな? ヨシ。
「・・・じゃあ、下へ下りて、崖上へ上がるよ。バンダースナッチが掛かってる可能性が有るから、みんな気を引き締めて」
「「「「「―――ッ!?」」」」」
バンダースナッチと聞いて、みんなの顔色が変わる。
出来るだけ平常心で、平然としているように装う。
「・・・ほら。行くよ」
「「「「「はっ!」」」」」
率先して階段へ向かうと、気合いの入った返事が返ってくる。
お母様がノーアをヒョイと抱え上げて、ビックリした顔で固まっていたルナリアも、通りがかりに軽く肩を叩くとハッとして私と並んで先頭に立った。